第四話 強敵 前編 その1
季節は夏真っ盛り、舞台はある町に存在する何の変哲もない民家
昼食も済んだ昼下がりに、真狐が居間でいつものように昼寝をしている
そんな真狐が起きたら冷たい飲み物を出してあげようと、
少年は一人近くの自販機まで足を運んでいた
無論、ただ真狐に飲み物を出すためだけというわけではなく、
自分の飲みたいものがなかったという理由もある
自販機の前に立った少年は商品を少しだけ眺めたが、
何を買うかは概ね決まっていたので、すぐにお金を入れ出す
小さなペットボトルが並んだ辺りのボタンを押し、
自分用に炭酸の入ったものを、真狐用に果物の味がするものを
それぞれ購入する
二つの小さな冷たいペットボトルを手に取り、
その冷たさを心地よく感じながら自宅へ歩き出す少年
そんな少年の後ろで、突然大きな声が上がる
「あ~ん! 入っちゃった~!」
その声に驚いた少年が振り向くと、お尻を高く突き出しながら、
自販機の下を覗き込むように屈む女性の姿が目に入った
その女性は真狐よりも背丈がやや低く見え、
どこかの学校の制服のようなものを着ており、
かなり短いスカートが際立つ
飲み物を買おうとして硬貨でも落としてしまったのだろうか、
女性は唸りながら底に手を伸ばしている
「う~ん、全然届かないよ~!」
ただ、その手は手首までしか入っておらず、
必死になるあまり、突き出したお尻を扇情的に振るばかりだった
少し不格好な形で必死になる女性に苦笑する少年だが、
次の瞬間、驚いた少年は小さく声を上げてしまう
女性のお尻に、真狐のものに近い大きな動物の尻尾が
突然現れたからだ
呆気に取られた少年が、思わず頭部に目をやると、
そこにも真狐のように獣の耳が生えていた
自分の見間違いかと思い、少年は何度も瞬きをしてみる
するとすぐに耳も尻尾も消え去り、ごく普通の女性が目に写った
不可解な出来事ではあったものの、自分の勘違いだと思い、
困っている女性を助けようと近寄ってみる
少年が近づいたことで存在に気が付いたのか、
屈んだ格好の女性は少年の方を向くと、
少しの間眺めた後、唐突に立ち上がった
正面から女性を見据えると、やはり真狐よりも背丈は低い
しかしその胸には、真狐に負けず劣らず、
下手をすれば真狐よりも大きいかもしれない
豊満な胸を携えている
少年がそんなことを考えていると、女性は顔を真っ赤にさせて、
スカートの裾を前後から抑えながらこんなことを言い出す
「ね、ねえキミ、今、私のパンツ見てなかったよね・・・?」
唐突な言葉に一瞬訳が分からなくなる少年だが、
女性がお尻を突き出す格好だったので、
下着が見えていなかったか気にしているのだと分かり、
慌てて首を振ってその言葉を否定した
「ほ、本当? 本当だよね・・・?」
女性に疑わし気な視線を向けられ、
少年は殊更躍起になって否定する
「・・・ムキになるところが怪しいけど・・・、
そうだなあ・・・、じゃあちょっと手を貸してくれたら
キミのこと信じてあげる」
多少は信じる気になったのか、
女性は要求と引き換えに少年の言葉を信じると言う
元々手を貸すつもりだった少年は、
何をして欲しいのか女性に尋ねた
「簡単なことだよ~? この自販機の下にお金を落としちゃったんだけど、
それを拾ってくれたら信じるよ~」
「私じゃ手が入らないけど、キミの手なら入るかもしれないよね?
ちょっとやってみてくれない?」
予想通りの要求に胸を撫で下ろしつつ、
少年は持っていたジュースを女性に預け、
自販機の下を覗き込む
虫がいるのではないかと慎重に確認するが、幸いなことに何もおらず、
手が届きそうな位置に100円玉が見える
少年はゆっくりと手を入れ込み、目的の硬貨を掴み取ると
そのまま手を引き、無事にお金を取り出す
そして女性にお金を渡し、持っていてもらったジュースを受け取った
「わあ~、本当に取ってくれたね~、ありがとう~♪」
「約束通り、キミのことを信じてあげるよ~♪」
誤解が解け、少年が胸を撫で下ろしていると、
おもむろに女性の手が少年の頭へ伸びる
「ふふふ、今時珍しい殊勝な少年だね~、いい子いい子♪」
女性は、少年を褒めたたえながら頭を撫で始めてしまった
まるで幼子扱いするようなその行為に気恥ずかしさを覚える少年だが、
満面の笑みで撫で続ける女性を拒絶することも出来ない
ふと正面に目をやると、少年の頭を撫でるために、
前かがみになっている女性の谷間が、服の隙間からわずかに覗いている
少年は慌てて正面から目を逸らし、顔を赤らめながらそっぽを向く
そのまま少しの間、女性が満足するまでされるがままになっていた
「よし、じゃあ少年、縁があったらまた会おう!」
少年の頭を撫で終えると、女性は明るい言葉を掛けながら、
手を振って元気よく走り去っていく
その姿を見ていた少年は、女性が自販機で
結局何も買わなかったことに気が付くが、
別段気に留めることもなく、踵を返して家に向かって歩き出した




