第三話 逢引 その7
その後、何事もなく家に着いた二人は、玄関の前に立っている
「うむ、ほんの数刻ぶりじゃが、我が家というのはいいものじゃな♪」
家を見上げつつ感慨深く言う真狐、どうやらすっかり家に馴染んだらしい
少年は声を掛けつつ家の中に入ったが、特に返事があるわけではない
玄関に二人の靴はなかったため、少年は二人ともまだ帰っていないと判断した
「どうやらまだ誰も帰っていないようじゃのう、
丁度良い、少しばかり居間で休ませてもらおう」
言うが早いか、真狐はそそくさと居間へ入り、テレビを点けた
少年はいったん洗面所へ行き、手洗いとうがいをしてから
真狐の元へ行く
「おお、この番組は今日もちゃんとやっておるな」
ほんの二日ほど前だが、お気に入りになったと言う番組を見て、
真狐が嬉しそうに言う
少年も座り込み、一緒に番組を見てみるが、
やはり何の変哲もない特集を組んだ番組だ
この番組の何が気に入ったのか尋ねてみると、
画面から目を離さずに真狐が答えた
「ああ、2日ほど前に、デートスポットとやらの特集をしとってな、
仲の良い男女が沢山テレビに映って、なんとも華やかじゃったよ♪」
「ついでにそこで「恋人繋ぎ」のことも知ったから、
いつかお主とやってみたいと思っておったのじゃ、
こんなに早くする機会が訪れるとは思わんかったがのう♪」
先ほどはやはり恋人繋ぎについてわざと聞いたのだと分かり、
少年はやや呆れたような声を出す
恐らくソフトクリームを二人で分け合うことも、
どこかで見て憧れていたのだろう
「・・・それとのう、もう一つやってみたいことがあったんじゃが、
これはどうやら「初デート」ではあまりしないらしい・・・」
「しかし、どうしてもやってみたくなったのじゃ・・・、
その、構わぬか・・・」
テレビから目を話すことなく少年に尋ねる真狐
特に変なことではないだろうと思い、
少年もテレビを見ながら二つ返事で了承する
「・・・そうか、では、失礼して・・・♡」
突然真狐が立ち上がったかと思うと、
少年の側にしゃがみ込む
どうしたのか尋ねようとした少年だが、
真狐の顔を見た瞬間、言葉は何も出なくなった
「・・・じっとしとって・・・おくれよ・・・♡」
真狐の顔は頬まで真っ赤に染まり、息も荒くなっている
少年がそのことに気付いた直後、真狐の手が少年の顔に添えられ、
真狐の唇が少年の頬にゆっくりと近づいていく
「ん・・・♡ ちゅ♡」
そして、ほんの一瞬だけ真狐の唇が少年の頬とくっつき、
柔らかい感触と薄い唇の痕を残し、小さな水音と共に離れていく
「ふふ・・・、わしらの「初デート」の記念に接吻を、
つまりキスをさせてもらったぞ」
自分の身に起こった出来事が信じられないという表情で、
真狐の唇が触れた部分をそっと触れる少年に、
自分の取った行動を少し気恥ずかしそうに言う真狐
頬とはいえ、始めて女性に、それも美しく豊満な体つきの美女に
キスをされたという事実をかみしめた瞬間、
少年の興奮は急激に高まり、ゆで上がったように頬は真っ赤になる
そのまま少年は、だらしのない緩み切った笑顔を浮かべながら、
その場にゆっくりと倒れ込んでしまった
「くすくす♡ 案の定可愛い反応をしてくれるのう♡
たかだか頬への接吻でこれほど幸せな顔をするとは、
まだまだ女に慣れとらんな♡」
呆けた笑みを浮かべたまま放心する少年の顔を覗き込みながら、
楽しそうに笑いつつ真狐が言う
「ま、それはわしにも言えることか・・・、
お主の頬に接吻しただけで、これほど心が満たされるとは思わなんだ・・・♡」
「ちゃんと味わってくれたかのう・・・?♡
ま、覚えていないというならまたキスしてやるまでじゃな・・・♡」
「これから幾度となく訪れるであろうお主との様々な経験、
全て楽しみにしておるぞ・・・♡」
嬉しそうに笑いながらそう呟く真狐だが、
その呟きは、当然少年には聞こえていなかった
その後、両親が帰宅する頃を見計らって起こされた少年は、
頬に付着したキスマークを指摘されると同時に両親が帰宅してしまい、
玄関の両親に声を掛けながら、慌てて洗面所へ走り込んだ
今日という日は、真狐だけではなく、
少年にとっても忘れられない日になっただろう
今日もまた、騒がしい一日が終わりを告げようとする
夕刻、少年と真狐を家の外から眺める謎の影が
あったことにも気が付かぬまま・・・




