第三話 逢引 その5
「ほぉ~、この建物には書物が沢山あるというのか・・・」
道すがら、図書館という施設について軽く説明された真狐は、
図書館としては小さい方だが、普通の民家よりは遥かに大きな建物を前に、
感心したような声を上げる
「おまけに書物を無料で見れるとは・・・、
誰であろうと知識を自由に蓄えられる、良い世の中になったものじゃ」
そう言いながら頷く真狐に小さく声を掛け、
少年は扉を開けて中に入る
予想通りクーラーが効いており、外とは比べ物にならないほど涼しい
「更にこうも涼しいのか、まさに至れり尽くせりよのう」
少年の後を付いて入って来た真狐も、冷房が効いていることに驚いている
「さて、ここから先はあまり言葉をしゃべってはいかんのじゃったのう?」
小さく頷くと、少年は人目に付かず、空いている席を探す
人の姿がまばらに見えるが、そこまで多くなかったため、
目当ての席はすぐに見つかった
「うむ、ここなら誰かが来ることはなさそうじゃな・・・」
周囲を見回しつつ、こっそりと椅子を引き、
座り込みながら真狐が言う
少年は一度座って一息つこうかと考えたが、
その前に本を持ってくることにした
「む・・・、本を持ってきてくれるのか・・・、
なら、折角じゃからこの町や人の歴史でも・・・、
学べる本を・・・ふわぁ・・・」
少年が真狐の要望を尋ねてみると、
眠たげな声と欠伸が返ってくる
昼食を済ませた後のこの時間帯は、
普段なら真狐が昼寝をする時間帯であったことを思い出す
座ってしまった途端に眠気が襲ってきたのだろう、
少年は、無理をせず眠ってよいと真狐に告げた
「むぅ・・・、しかし・・・、逢引きの途中で一人眠りこけるなど・・・、
そんな真似・・・は・・・」
瞼を擦りながら眠気に抗おうとする真狐だが、
その声は次第に次第に小さくなっていく
「折角・・・、お主と二人で・・・・・・」
言葉を言い終わる前に机に突っ伏して眠り始める真狐
外出はまた出来ると、少年が真狐の耳元で小さく囁くと、
その口元に少し笑みが浮かんだように見える
妖怪故に風邪を引いたりはしないだろうと判断し、
少年は手近なところにあった本を取り、
すやすやと眠る真狐の側で読み始めた
「んん・・・・・・はっ!」
日も沈み始めた頃、眠りこけていた真狐がようやく目覚める
勢いよく起きた真狐は、目の前にある少年の顔を見つけると、
すぐに落ち着きを取り戻した
「おお・・・、すまぬの、折角お主と共に出かけたというのに、
こんなところで寝入ってしもうて・・・」
謝る真狐に、気にしていないことを伝えると、
少年は読んでいた本を閉じて帰り支度を始める
「む、もう帰るのか・・・、なんと、こんな時間になっていたのか、
どうやらいつもより長く寝ておったようじゃな・・・」
窓から差し込む夕日に気が付いた真狐は、
日の沈み具合を見ながらそう言った
公園や、共に歩いた道中で散々はしゃいで疲れたからか、
真狐の昼寝は明らかにいつもより長い
どこか子供っぽさを感じさせる真狐の挙動に、
少年は自然と微笑んでしまった
「むぅ、なんじゃその笑みは、
さてはお主子供っぽいとか思っておるじゃろ!?」
少年は真狐の問いに答えることなく、
真っすぐに立てた人差し指を笑みの浮かんだ口元に当て、
本棚へ本を返しに行く
「わしの声は人に聞こえんのじゃから、静かにする必要はないわい!
それよりも、子供っぽいと思っとるなら取り消すのじゃぞ!?」
珍しく余裕のない真狐にどこか可愛らしさを感じつつ、
少年は本を返して図書館を後にした




