第三話 逢引 その3
「おお~、ここが公園とやらなのか♪ 山とは大違いじゃのう、
走り回れるほどの広さがあるとは♪」
二人は程なくして公園に到着した
遊具の類いは置かれていないが、芝生が広がっており、
涼しい時間帯なら犬を連れた人でにぎわっている
中央には小さな噴水が置かれ、憩いの場所として少なからず人が集まる、
そんな公園だ
今も、多いというほどではないが、それなりに人がいる
「おや? あそこに人が集まっておるが、何をやって・・・、
むむっ! あれはまさか・・・!」
真狐の視線の先を見てみると、遠くて見えづらいが、
アイスクリームの移動販売車らしきものが目に付いた
真狐の視力に驚きつつ、少年はあそこでソフトクリームが売られていることを
真狐に告げる
「おおおっ! 本物のソフトクリームか!
早く早く! すぐ買いに行こうではないか!」
早く食べたいと、真狐は少年の腕を引っ張って急かす
しかし、それなりに暑いためか、車の周りには何人か人が並んでおり、
今すぐに買うことは出来ない
また、他の人からは姿が見えない真狐と共に並んでしまい、
万が一揉め事が起こってしまえばソフトクリームどころではなくなってしまう
少年は、ソフトクリームは自分一人で買いに行くと真狐に告げ、
人に迷惑をかけない範囲なら、公園の中で遊んでもよいと許可を出した
それを聞いた真狐の顔が、途端に明るくなる
「おお、この中なら車に気を付けんでも大丈夫なのか?
うむ、一人で買いに行かせるのも心苦しいが、
姿の見えんわしが人ごみに行くのも危ないからのう、
ここはお主の好意を素直に受けるとしよう♪」
「なら早速この草の上を走り回って来るとするか♪
かように広々とした土地で走るのは初めてかもしれんな♪
では行って来るぞ♪」
それだけ言うと、いつの間にか狐に戻っていた真狐は
すぐさま芝生の上をかなりのスピードで走り出す
妖怪となっても、動物としての力も変わらず持っているのか、
その速さはかなりのものだ
しかし決して人の近くには行かず、離れた場所を走り回っている、
その足音も、風に紛れて誰かに聞こえることはないだろう
家での生活だけでは運動不足なのかもしれないと思い、
定期的に公園などの走れる場所へ通う算段をつけながら、
少年は一人で移動販売車の元へ歩いていった
やや割高なソフトクリームの一番安いものを一つだけ買うと、
少年は人のいない場所で駆け回る真狐の元まで早足で歩いていく
少年が近づくまではしゃぎ続けていた真狐だが、
声を掛ける前に、足音か何かに気付いたのか、
少年に気が付き動きを止める
そしてその手に持つソフトクリームを見た瞬間、
即座に駆け寄って来た
「おおお・・・! それが本物の、本物のソフトクリームか♪」
真狐は目を輝かせつつ、少年の手にあるソフトクリームを
様々な角度から眺めている
溶けてしまう前に食べようと、少年は人から見えない木陰への移動を提案した
「そうか、ソフトクリームは暑さで溶けてしまうのじゃったな!
ではあそこへ行こう、向こうの方は特に人が少なかった」
そう言いつつお勧めの場所を真狐が指差すので、
少年は了承すると早足で木陰へ向かった
手頃な場所へ腰かけると、周りに人がいないことを確認し、
待ちきれないと言わんばかりに尾を振る真狐へソフトクリームを手渡す
「おお~・・・、これがあのソフトクリーム・・・、
なんとも甘い香りじゃ・・・! おまけにこの冷気、
本物を見ると夏場に食べる物として紹介される理由が良く分かる!」
よほど嬉しいのか、真狐は念願のソフトクリームを手にしたまま、
臭いを嗅いだり眺めてみたりと、すぐに食べようとしない
「おっと、感動に浸るのも良いが、溶けてしまう前に食べるとするか、
確かこう、舌ですくい取って食べるのじゃったな♪」
しかしソフトクリームは溶けてしまうことを思い出し、
ゆっくりと舌を伸ばすと、目一杯すくい上げて口の中へ入れる
その瞬間、真狐は目を輝かせながら体を跳ね上げた
「ん~~♡ なんという甘さ♡ なんという柔らかさじゃ♡」
「口の中に入れた瞬間、口いっぱいに甘さが広がる、
かような食べ物がこの世に存在するとは、まこと素晴らしい♡」
よほど気に入ったのか、すぐにもう一度舌で目一杯掬い取る
そして目を閉じたまま口を動かし、甘さを噛みしめる
その顔に堪えきれない笑みが浮かんでいる所を見ると、
やはりとても美味しいようだ
「ああ・・・♡ なんと素晴らしき食べ物じゃ・・・♡
わしは今日と言う日を一生忘れぬぞ・・・♡」
頬に手を添え、うっとりとした表情でアイスクリームを眺めながら
大げさなことを呟く真狐
喜んでもらえたことを嬉しく思いつつも、
少年は真狐の大仰な反応に苦笑する
そんな少年の視線に気づいたわけではないと思われるが、
何かに気が付いた真狐は、突然少年の方を向き、
手に持っているソフトクリームを差し出した
「あまりの美味しさにうっかりしておったわい、すまなんだな、
かように美味なものを一人で食べるなど、ばちが当たってしまうわ♪」
「さ、お主も遠慮なく食べておくれよ♪
これはお主が買うたものじゃからな♪」
全て真狐に食べさせるつもりで1つだけ買った少年は、
差し出されたソフトクリームにやや戸惑う
「ほれどうした?、早よう食べぬと溶けてしまうぞ?」
短い付き合いではあるが、ここで拒むことは出来ないと理解している少年は、
諦めて真狐が口を付けていない部分へかじりつく
「おお、良い食べっぷりじゃのう♪ どうじゃ、美味かろう?♪」
少年はソフトクリームを口の中で溶かしつつ、真狐の問いに頷くが、
実際のところ、味わう余裕はほとんどなかった
一つの食べ物を二人で食べ合うというまるで恋人同士のような行動に、
胸を高鳴らせるばかりである
「うむ、やはり美味しいか♪ よし、次はもう一度わしが食べるぞ♪
今度はお主のように大口を開けて食べてみるか♪」
そう言うと、真狐は口を大きく開け、
ソフトクリームを頭からかじりつく
そして口いっぱいに頬張ると、再びだらしのない笑顔を浮かべ始めた
「んん~~♡ やはり素晴らしい♡ それにお主と一緒に食べていると思うと、
この上なく幸せじゃのう♡ さ、お主の分はまだまだ残っておるぞ♡」
口内のソフトクリームを飲み込んでから、真狐は歓喜の声を上げ、
再び少年にソフトクリームを差し出す
こうして二人は、ソフトクリームが綺麗になくなるまで
分け合って食べ続けた




