第三話 逢引 その2
「で、では、気を取り直して外へ行こうとするか・・・、
それと・・・、本当にすまんかったのう・・・」
10分後、正気に戻った少年は、約束通り真狐を外に連れて行くため、
準備を済ませた状態で玄関に立っていた
何度も謝る真狐に気にしていないことを伝えつつ、
玄関の扉を開ける
「庭には何度も降りておったが、こうして玄関から出るのは初めてじゃな」
少年は、興奮を隠しきれない様子で玄関の扉をくぐる真狐に
一人で外に出ないよう釘を刺しながら、鍵を閉めて戸締りを確認した
そして真狐に向き直ると、何かに興味を惹かれても
自分から不意に離れないこと、
常に車へ注意を払うことだけは念入りに言い聞かせた
「車か、山の中や家の窓から何度か遠巻きに見ておったが
かなりの速さで走る鉄の塊じゃったな、うむ、ちゃんと気を付けよう」
「それと、わしはお主と一緒が一番楽しいから、
決してお主と離れるような真似はせぬと誓うぞ」
「それと、わしも未知への恐怖というものは多少なりとも持っておる、
じゃから童のように目の前の物に注意を引かれ、
お主と離れてどこかへ行ってしまうような真似はせぬと誓うぞ」
「何せお主の側が一番安心出来るのじゃからな♪」、
二つ目の言葉に少し照れる少年だが、
真狐の真剣な眼差しが目に写り、慌てて気を引き締める
そして、車が来ていないことを確認しながら、
家を出て、公園に向かって歩き始めた
「ふむ、こちらの道はどことなく見覚えがあるな、
ここへ来る時に少し通ったかのう」
少年の後ろを寄り添うように歩きつつも、
真狐は景観を眺めながら楽しそうに呟く
まだ昼にならないとはいえ、かなり日差しの出ている時間帯だからか、
歩いている人も、走っている車もほとんど見当たらない
少年は、真狐の行動に気を配りつつも、
二人きりで歩く時間を楽しんでいた
そのまま歩いていると、ふと民家の塀にしゃがんでいる
1匹の猫が目に付く
大人しく、人に慣れており、通行人にも頭を撫でさせる、
ちょっとした町の人気者と呼べる猫だ
暑い日は大抵家の中に入っているのか姿が見えないが、
何かの気まぐれか、たまに現れる通行人を眺めているらしい
折角出会えたのだから頭を撫でてやろうと、
猫の側まで来た少年は手を伸ばした
しかしその瞬間、猫は毛を逆立て、こちらを威嚇するような姿勢を取る
今までにない反応に戸惑う少年だが、
そんな少年とは対照的に、真狐は面白そうに笑いながら口を開いた
「くっくっ♪ 一丁前に毛を逆立ておって♪
そなたと事を荒立てるつもりはないから気を鎮めるがよい♪」
真狐の言葉で、少年は猫が真狐の方を向きながら威嚇していることに気付く
驚いた少年は、この猫には真狐が見えているのか尋ねてみた
「うむ、まず確実に見えておるよ」
「前に話したが、わしの姿はごく一部を除けば、
ほとんどの人間からは見ることが出来ん」
「じゃが相手が動物となると話は別でのう、
動物というのは基本的に勘が鋭いから、
大体わしのことを認識することが出来るのじゃ」
「そしてわしは妖怪じゃから、動物たちはまず敵と、
それも強力な敵と認識してしまうんじゃよ、
特にわしは獣から変化した妖狐じゃからな」
「ま、妖怪を敵と認識するのは
動物に限ったことではないではないがのう」
そう言ってのける真狐だが、
少年の目にはどこか悲しそうな表情が写っている
「さあ、早く先へ進もうではないか、
このまま猫を興奮させておったら住民が異変に気付くかもしれんからな」
真狐にそう言われ、少年は慌てて猫から離れるように先を急いだ
猫から距離を取り、自然と歩を緩めた少年は、
段々と不意に見せた真狐の悲し気な顔が気になり出す
そして少し迷ったが、山の中に封じられていた間、
寂しくはなかったのか尋ねてみる
だが、意外なことに真狐は笑顔を浮かべてこう返した
「ふふ、わざわざ心配してくれるとは、ありがたいのう♪」
「ま、確かに一番身近な獣と一切触れあえんというのは、
寂しくなかったと言えば嘘になるかのう・・・」
「しかし心配は無用じゃぞ、お主が来る以前は登山客が少なからず来ておった」
「そやつらをからかうのは良い退屈しのぎじゃったから、
あまり寂しいという感情は出てこなかったのう」
あっけらかんとそう言い放つ真狐、
どうやら強がりでも何でもなく、実際にそうだったしい
少年は、真狐が寂しくなかったことに安心しつつ、
どう返答して良いか分からず苦笑していた
「それに、友人・・・、というか知り合い・・・、と言うべきか、
はてまた好敵手というべきなのか・・・、
まあ顔見知りの妖怪が時折様子を見に来てくれておったからな」
妖怪の友人と聞き、少年から驚き交じりの声が上がる
少年は、真狐の友人はどういう妖怪なのか尋ねてみた
「ふむ、そうじゃのう・・・、わしのように、
いやわしよりも悪戯好きなやつじゃった」
「おまけに気まぐれで、3日続けて来たかと思えば、
3年も間を開けてやってきたりといつ来るか分からんかったのう」
「あと人の姿になった時は・・・、背丈こそわしよりも小さかったものの、
乳はわしよりも大きかったのう♡」
自分の胸を持ち上げつつ、真狐はそう言ってのける
少年は思わず真狐の胸に視線を向けてしまい、
同時に件の妖怪はどれほど胸が大きいのか、
頭の中で想像してしまった
「これ、いやらしい想像をするでないぞ?♪
全く、男というのは赤子から大人まで女の乳に執着していかんのう♪」
「それにおなごの前で、別なおなごのことを考えるなど失礼じゃからな?♪」
少年が想像してしまうのを見越していたのか、
にやにやと笑いなが真狐はそう指摘する
少年は慌てて想像を振り払い、
目的の公園が近いことを告げながら早足で歩き始めた




