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妖縁奇縁  作者: T&E
22/76

第三話 逢引 その1

季節は夏真っ盛り、舞台はある町に存在する何の変哲もない民家


妖狐の真狐が家に来てから既に四日ほども経った頃の朝、

居間にはテレビを真剣に眺める真狐の姿が見える


家にある家具の使い方を少年が説明すると、真狐はすぐにそれを覚え、

あっという間に使いこなすようになった


少年の助けはすぐに要らなくなり、自分でテレビを付けて

様々な番組から情報を集めたり、家にある雑誌を流し読みしたりと、

多くの知識を日々蓄えている


生活の時間帯も極力少年に合わせられるようになったが、

やはり日中は眠くなることがあるのか、昼食後の昼寝は毎日欠かしていない


そんな真狐の側に、飲み物を持った少年がやってきた


「おお、麦茶を持ってきてくれたのか、ありがとう♪」


少年に微笑みかけながらお礼を言い、

真狐はコップに口を付ける


その仕草もどこか色気を感じさせるものだが、既に少年は見慣れているのか、

特に気にすることなく自分の飲み物を飲み始めた


「んん~♪ 冷たくて気持ちがいいのう♪」


「まったく、暑い夏にこんな冷たい物を飲んで涼がとれるのじゃから、

便利な世の中になったものじゃ♪」


相変わらず見た目からして暑苦しい着物を着ている真狐が、

いつもと変わらない反応をする


先日、着物を着ていて暑くないのかと少年が尋ねてみたら、

あの着物は毛の一部を変化させたものであり、

例え涼し気な恰好をしたところで変わらないという答えが返って来た


見た目からして暑苦しい恰好なので夏場は目に優しくないが、何か言うと、

薄着だが目のやり場に困るような姿になられる可能性もあるので、

少年は服装に関して口を挟もうとしない


今日は何をしようかと少年が麦茶を飲みながらぼんやり考えていると、

テレビから快活な声が聞こえてくる


二人が同じタイミングでテレビに注目すると、

テレビの画面には、夏だからかソフトクリームが映っていた


「おお~、あれは確か、ソフトクリームという冷たい甘味じゃったな」


いつの間に覚えたのか、画面の中で白く輝くソフトクリームを見ながら、

真狐が興味津々といった様子で言う


少年は、真狐の知識を吸収する速度に関心しつつ、

テレビと真狐に目を向けてみた


テレビの中では、レポーターらしき人物が、

ソフトクリームを手に取ったまま、材料などの蘊蓄を紹介している


その度に、真狐の口から「ほぉ~・・・」や「はぁ~・・・」と言った、

感心とも羨望ともとれる声が漏れてしまう


そして、レポーターがソフトクリームを口にして味の感想を述べ始めると、

真狐は目を輝かせ、尻尾を激しく振りながら身を乗り出した


「なんと、舌ですくい取れるような柔らかさなのか・・・、

おまけにそれほど甘くて濃厚な味だとは・・・」


ここ数日、真狐は少年から分け与えられる食べ物を少しずつ口にしては、

その度に感嘆の声を上げている


山に封じられていたころは、味気ない食料を口にすることが多かったらしく、

人の生活に慣れ始めて来た今も、食べ物に関しては思う所が多いようだ


少年がそんなことを考えていると、

ソフトクリームの紹介は終わり、続いて別な物の紹介が始まる


しかし、真狐はテレビの画面を恍惚とした目で見つめたまま、

先ほどのソフトクリームに思いを馳せていた


「はぁ・・・、人の世にはわしの知らぬ食べ物がまだまだあるんじゃのう・・・、

一体どのようなものなのか・・・、ああ・・・考えれば考えるほど

気になって仕方がない・・・」


少年は、まるで恋でもしているかのような真狐の発言に笑みを浮かべつつ、

ソフトクリームが食べられそうな場所を頭の中で探し始めた


番組で紹介されていた場所はとても遠く、

真狐と二人で行くにはまず不可能である


電車に乗ってデパートまで行けば恐らくソフトクリームを売っていたはずだが、

お小遣いが心もとないうえ、まだ家から外へ出たことのない真狐を連れて

電車に乗るのは恐らく難しい


いくつかの候補を思い浮かべては選択肢から除外する、

そうやって頭の中で考えているうちに、ある案が浮かんできた


歩いて行ける距離にある公園で、

ソフトクリームの移動販売が行われていたことを思い出す


最近は公園へ行くこともあまりなくなったうえ、

大して気に留めてなかったから定かではないが、

恐らくソフトクリームを売っていたはずだ


この時間なら、本格的に日差しが強くなる前に行けるだろうと、

少年は大まかな計算でアタリを付けた


更に、今朝は忙しかったせいか少年の昼食は用意されておらず、

変わりに昼食用のお小遣いを渡されている


どこかの安いお弁当を昼食にすれば、

ソフトクリーム代も充分に賄うことが出来るはず


その後は帰るなり、どこか適当な所で涼むなりすればいいと

大雑把に頭の中で考える


一通り今日の予定を組むと、少年は未だ思いを馳せ続ける真狐に

声をかけてみた


「・・・はっ! おお、すまぬ、ついつい物思いに耽っておったわい」


「麦茶はもう飲んでしもうたのじゃな、すぐに片付けてくるから、

ちょっと待っておくれ」


片付けの催促とでも勘違いしたのか、真狐は温くなってしまった

自分の麦茶をすぐに飲み干すと、いそいそと少年のコップを引き寄せる


少年は真狐にお礼を言いつつ、少しだけ緊張しながら、

今から外へ出かけないかと真狐に打診をした


すると突然真狐の動作が止まり、尻尾を真っすぐに立てながら、

尻尾を緩やかな動作で振り始める


「外へ・・・、ということは・・・、

わしを家の外に連れて行ってくれると・・・、つまり逢引きを・・・、

デートをしてくれると、そういうことなのかや・・・?」


はっきり「デート」という単語を口にされて顔を赤らめる少年だが、

真狐の問いを肯定して、ソフトクリームが食べられる所へ行くことも伝えた


「ソフトクリーム」という単語を聞いた瞬間、尻尾の動きを

激しくしながら、真狐は身を乗り出して少年に尋ねる


「ソ、ソフトクリームじゃと!? それはつまり、そこに行って

先ほどテレビに映っていたあれを食すことが出来るということか!?」


この食いつきはいくらか予想外だったのか、

顔を近づけ続ける真狐から体を後ろに逸らして離れながら、

テレビで放映されたものと全く同じではなく安物であることを念押ししつつ、

食べることは可能なので食べに行こうと改めて真狐を誘う


その瞬間、真狐の口から感動とも取れるような声が漏れ、

これ以上ないほど尻尾を激しく振りながら目を輝かせ始めた


「おお・・・、おお・・・、なんということじゃ・・・」


「以前頼んだ通り外に連れて行ってもらえるばかりか、

ソフトクリームを食べたいなどというわしの我儘を聞いてくれるとは・・・」


「嬉しい・・・、嬉しいぞ史陽ー!」


少年の言葉に感極まってしまったのか、身を乗り出していた真狐は

そのまま勢いよく抱き着いてきた


全身に感じる柔らかい体の感触とぬくもり、

そして胸部に感じるひと際柔らかい感触が

少年の体温を一気に上昇させる


燃え上がるように頬が熱くなるのを感じながら、

少年は一瞬遅れて離れるように言おうとしたが、

その言葉は真狐の更なる行動で遮られてしまう


「ぺろ・・・♡ ああ、嬉しい、嬉しいぞ・・・♡

お主と出かけられるだけでなく、あの不思議な甘味が食べられるとは、

今日はなんて良き日なのじゃ♡ ぺろぺろ♡」


なんと、嬉しさのあまり真狐は少年に抱き着いたまま、

少年の頬を舌で舐め出してしまった


真狐にとっては親愛や嬉しさの混じったスキンシップの一環ともとれる、

そこまで深い意味のない行動かもしれないが、

少年にとっては当然極めて刺激の強い行動になってしまう


何度も頬に触れる生暖かい舌の感触、

そして舌が触れる度に頬を濡らす真狐の唾液


抱き着かれた時点で相当に興奮していた少年は、

更に頬を舐められるという口付けに近い行動も加わったことで、

興奮のしすぎで完全にゆで上がってしまった


「ぺろぺろ♡ ふふ、では早速外へ・・・、おや、どうした・・・、

あっ! し、しもうた、嬉しさのあまりついやり過ぎて・・・!」


「こ、これ、しっかりせい!

ああ、すまぬ、そんなつもりではなかったのに・・・!」


顔を真っ赤にしてだらしのない笑みを浮かべながら、

呆けた声を出して放心する少年に気付いた真狐は、

慌てて自分の行いを謝罪する


そして少年を正気に戻そうと、頬を軽く叩きながら何度も呼びかけ続けた

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