第二話 紹介 その10
「むむ、そんなには必要ないぞ? 一箸ずつあれば充分じゃ」
真狐は、食卓に並んだ食事を半分ずつ分けようとする少年を制止して、
ほんの少量で良いことを告げる
それでも自分より体の大きい相手に少ない量では申し訳ないと思っているのか、
量を減らすべきか迷っている少年に真狐が再び声を掛ける
「先ほども言うた通り、わしは基本的に食事をせんでも大丈夫じゃ、
故に味が分かる程度の量があれば良い」
「・・・それと、その緑色の野菜がほとんどわしの皿に入っておるのは、
わしの腹具合を気にかけての行動ではないのじゃろう・・・?」
少量でも良い理由を突き付けられ、
更には苦手な野菜を多く食べてもらおうという行動も見抜かれた少年は、
慌てて真狐の量を減らし、自分の皿へと戻し始めた
「うむうむ、こんなもので良い、お主は男なんじゃし、
しっかり食べんとのう♪」
要求通りきちんと一箸ずつ食べ物の乗った自分の皿を見て、
真狐が満足そうに微笑む
「さあ、美味そうな昼餉じゃ、早速食べようではないか♪ では頂きます♪」
真狐は食べる前に手を合わせると、
少年に用意してもらった客人用の箸を手に取り
食べ物を少しずつ口に運ぶ
少年もまた、自分の皿に戻って来た苦手な食べ物に気落ちしながらも、
手を合わせて箸を動かし始めた
「どれどれ、まずは先ほど温めていた、この食べ物から・・・、
んむ、確かに温まっておるのう♪ おまけになかなか美味ではないか♪」
「よし、次はこちらの漬物も・・・、おお、これも良い塩加減♪」
真狐は人の手で作られた料理が嬉しいのか、それとも単純に美味しいのか、
食べ物を口にする度、満面の笑みを浮かべている
満面の笑みを浮かべながら食べ続ける真狐に思わず笑みをこぼしながら、
少年はゆっくりと箸を進めていった
「ん~♪ どれもまっこと美味であった♪ ご馳走様♪」
少年が苦手な野菜以外を半分も食べ終わったころ、
真狐が先に食事を終えて箸を置く
少しずつ味わいながら食べていた真狐だったが、
やはり量の問題か、少年よりも早く食べ終えてしまったようだ
「お主の母君はなかなか料理が上手いではないか、
このように贅沢な食事が毎日食べられるとは良い生活じゃのう♪」
「特にあの肉と野菜を炒めたものが絶品で・・・♪」
よほど美味しかったのか、真狐はうっとりとした表情で
料理の味を思い出している
その様子を見ていた少年は、
本当にこれ以上食べる必要はないのか尋ねてみるが、
真狐の答えは全く変わらなかった
「ふふ、お主は優しいのう、じゃがさっきも言った通り、
これ以上は不要じゃよ♪」
「なんというか、簡単に言えば妖怪の食事は、
物を食べるだけではあまり意味がないのでな、
心が満たされて初めて食事に意味が出来るのじゃ」
真狐の言葉を理解しきれなかった少年は、どういうことか詳しく尋ねる
「そもそも妖怪は人や動物とはかけ離れた存在でな、
食べ物を食べて腹を膨らませることが出来ぬやつすらおる」
「わしの場合はそこまでではないが、やはり心の方が大事なのじゃ」
「食べたいものを食べたり、
美味しいものを食べたりすることで気分が満たされれば
同時に腹もしっかり満たされるといった所かのう」
その説明で一応は理解したのか、少年は納得したような声を出す
「そうそう、それともう一つ、お主と共に食事をしていて
新しく分かったことがある」
「・・・好いている男との食事は、
何よりもわしの心を満たしてくれるということじゃ♡」
顔を赤らめながらもはっきりとそう言ってのける真狐に対し、
少年はどう返事をするべきか迷い、真狐よりも顔を赤らめながら俯いてしまった
「ふふ、その野菜にはなかなかてこずっておるようじゃのう♪
いい機会じゃから、お主が食べている所をこうして眺めておくとしよう」
そう言いながら、真狐は顎に手を載せ、尻尾をゆっくりと振りつつ、
少年の顔をじっと見つめだす
少年は少しの間戸惑っていたが、やがて観念したのか、
苦手な野菜にもゆっくりと箸を付け始める
こうして真狐は食事が終わるまで、
少年が苦手な野菜に苦戦している様子を微笑みながら眺めていた




