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6、難敵



「おい、アイツだよ。貴重品袋盗んだって言う……」


 翌日。


 登校すると学校が近くづいてくれば来るほど、そんな囁きが聞こえてきた。


 予想はしていた。


 軽蔑、恐怖、好奇、警戒、様々な感情が宿った目に晒されるのも、そのうち慣れるだろう。


 教室に着く。


 入ると同時にほぼ全ての生徒がこちらを一瞬だけ見て、再び何事もなかったかのように目を逸らした。


 まぁ、シカトはいつもと変わらないが……。

 黒板に目を向ける。


『犯罪者Kは学校から消えろ』


 俺は勤めて平静を保ち、自分の席についた。黒板のはあえて消さない。どうせ担任に見られる前に誰か消さなくてはならないのだ。わざわざ俺が消してやる義理もない。


 机に教材を入れようとした時だ。置いていったノートに落書きがされているのが目に入った。


 死ぬ。消えろ。盗人。


 ボキャブラリーの無い言葉によって、半年間の授業を記したライティングのノートが使い物にならなくなっている。


 ――今日から全て持って帰らないとダメか。


 俺は予備のルーズリーフを出して、見える範囲で直近の内容を写し始めた。


 時折、太字の『死ね』により重要箇所が見えないと苛立ったが、十分程度で終わらす事が出来た。


「おはよう」


 書き写すのが終わると同時に担任の大沼が入ってくる。黒板の文字は気付くと消えていた。


 起立――礼。


 挨拶をして顔を上げると無意識に大沼の顔が視界に入り、目元にはっきりとクマが出来ている事に気付いた。寝ていないのだろうか。


「連絡事項は昨日の盗難事件について」


 保護者連絡用のプリントはないらしい。恐らく下手に広げたくないのだろう。


「まず貴重品袋は一時廃止されます。元々、学校管理ではなく生徒の管理だったのですが、予防のため全て自己管理でお願いします」


 当然の措置に思える。むしろ元々生徒の管理だったという言葉が印象に残った。


「それと放課後は施錠します。六時を過ぎると全ての教室を施錠してしまうので、速やかに部活なり帰宅なりして下さい」


 こちらは形だけだ。放課後に施錠したところで何になる。全くの無意味なのに、対応した事実を作ろうとしている苦肉の策。


 俺はそう斜めに見てしまう。


 この曖昧な対応が、昨日指導室で聞いた職員室の喧騒を体現している様に思えたからだ。


「あと、金庫を再び使用するかは分かりませんが、もし使うのであれば新しくダイヤル式の鍵を追加します。番号は『一二四五』です。クラスの人だけが知っているようにして下さい」


 どういう事だ。鍵なんて追加しても内部犯なら意味はないはず。


 ――アピール?


 内部だけが知っている鍵を用意する。それはあたかも外部犯対策に思える。


 おそらくはそう思わす事が学校の狙いだろう。外部犯であるという無意識による暗示。


 いや、考え過ぎか?


「以上です」

「……は?」


 驚いて俺は大沼の顔をマジマジと見つめてしまった。


 それだけ?


 教室が騒がしくなる。財布を盗まれて、それだけしか対応しないと言うのは被害者として理解できないのは当然だ。

 大沼がその気配を察して愚痴を漏らす。


「僕に言わないでくれよ。校長先生が国外への出張で不在だし、貴重品袋は学校管理じゃなくて、あくまで生徒の責任だよ。それに学校側も不用意に警察とか介入させる訳には行かないんだ」


 大沼と目が合った。


 “君のために呼ばないんだからね?”


 そんな事を言われた気がした。


「でも人のお金を取るって犯罪ですよね?」


 女子が投げかけた質問にクラス全体が同意の声を上げる。

 例え学校内であっても人の金を盗むのはれっきとした犯罪だ。


「そうだけど、まだ紛失の可能性もあるし、学校側が被害届けを出すって事はあまり考えられないかなぁ。まぁ、この話はもうお終い! 後は個人的に聞いてよ。六限のHRは希望者の面談にするからさ」


 その言葉に納得はいかないながらも、生徒達は渋々と引き下がる。


 個人面談。おそらくこれも騒動鎮火への対策だろう。あらかじめ生徒達の不満を聞き、芽を摘むのが目的か。


 だがそれは逆に、上手くすれば学校側の情報を引き出せるのではないか。俺はむしろそちらに意識が行った。


 それからは取り留めの無い話だった。朝のHRが終了する。一限は移動教室ではないので、みな雑談に花を咲かせ始めた。


 ポケットからスマホを出し弄るふりをして、俺は家で考えていた犯行の様子を思い返す。


 ――犯人は河原崎だ。


 犯人だ思う理由は二つ。


 第一の理由は、犯人は俺だと教師達が確信していたこと。そうでもなければあそこまで攻撃的な尋問はしない。つまり体育の時間に居なかった俺の弱みが、そのまま犯人の条件になる。結局、体育の時間にいなかった人物にしか犯行は不可能、学校側の見立てはそういう事だろう。

 確かにあの時間、五組から七組は授業中だった。校内から八組に進入するには、三クラスが授業している一本道の廊下を行かなくてはならず、気付かれてしまう。そうなると唯一の進入経路は俺が休んでいたベンチの奥にある非常口、外からの経路だ。廊下の突き当たりに存在するから、他クラスにバレずに出入りする事が出来る。

 そしてその非常口を使用した人間はたった一人。


 そう、河原崎だ。


 俺は河原崎が近づいて来た時、トイレだと思い込んでいたが、犯行に及んでいても何も不思議ではない。それに他のヤツは近くの水道場に来ただけで戻って行った。もし反対側から非常口に入ろうとしても、結局はドアを開けるので、その時点で俺が気配で気付く。


 そして第二の理由は札と鍵。


 札が変えられていた時点で八組の内部犯である事はほぼ確実となる。さらに偽者の鍵を仕掛けたタイミングと、体育委員の女子用の鍵を知っていたとなると、もう内部の犯行以外にない。


 河原崎の計画はこうだ。


 まずあらかじめ女子が使用している南京錠と同じ物を用意しておく。体育委員の鍵は元々、先生が用意したものだ。だが安物であり手に入れ難いものではない。

 そして体育の授業前に体育教官室へ俺が先生を呼びに行っている間に、人が殆どいなくなった又は最後に教室から出る際に自分の鍵をつけ、山本の札をつける。盗むのは大変だが、人がいても鍵をつけて札をぶら下げるだけならば数秒で済む。そうして鍵をしに戻ってきた俺の目を誤魔化す。

 あとは体育が始まったらすぐに非常口から校舎に侵入し、自分の鍵で金庫を開け、袋を抜き取り札を俺の名前に戻す。


 実にシンプルな手。だがいろいろと不備もある。俺と山本が話の中で鍵のことを出し、不審に思う事もあっただろう。


「ああ、だからか」


 そこまで考えて河原崎が体育の時に執拗に山本に話していた事を思い出す。気にしていたのだ。俺と山本の会話を。


「こんなところか……」


 これが俺の考える河原崎の計画の全容。計画は酷く稚拙な様にも思えるが、現実的にはこれが一番しっくりくる。


 しかし河原崎にも想定外の事があった。俺が校舎に消える現場を目撃してしまった事だ。


 河原崎は見られた事に気付いてない。だがそれが仇で俺のアリバイも消えてしまい、この河原崎目撃情報は信憑性がなくなってしまった。確かに考えられる犯人は河原崎しかいない。


 だが証拠もない。


 昨日、二人が帰った後に教室内は一通り探してみたが、実際に何かそれらしい物を発見する事は出来なかった。それに残り二日を考えれば、これから新しい証拠を期待するのも無謀に思える。

 そうなると重要になってくるのは――。


 俺は横目で扉近くで談笑する河原崎を見た。


 ――動機はなんだ?


 動機が分かれば証拠がなくても、何らかの手によって河原崎を自供まで追い詰められる可能性は高い。


 だが……計二十八人の財布を盗む。


 盗難だけでもかなりのリスクがあるのに、この数だ。このまま解決しないと恐らく二日後には警察沙汰になる可能性も十分ある。


 人の物を盗めばそれは犯罪だ。

 そこまでして財布を盗むメリットが俺には全く見えてこなかった。


 金目当て?


 いや、いくら三十近い数でも所詮は高校生の財布。たかだか数万のためにここまでの事をするのか?


 何より来週から集金がある。金目が当てなら来週を狙うはずだ。それに河原崎はかなり裕福な部類に入ると聞いた。俺の様な家庭ならまだしも、そんな河原崎が金目当てに財布を盗むとは到底考えられない。


 怨恨か?


 確かに俺は嫌われているが、犯罪者に仕立て上げられる程の恨みはないはずだ。


 そもそも河原崎と俺は事件があるまでお互いを嫌悪するだけで、ロクに喋った事もなかった。


 むしろ河原崎とはどんな人間だ?


 チャラい男。小心者。成績が悪い。裕福。そう、たったそれくらいしか俺は知らない。もう少し人間像を掴む必要がある。

 あと有力な動機の説としては財布の中身。目的は多数の財布ではなく、誰かの財布の中にある『何か』という可能性も十分にある。恐らく河原崎について調べて行けばこの線は強く浮かび上がるだろう。


 ふと、河原崎と目が合った。あちらは顔を顰めてすぐに目線を外した。


 ――暴いてやる。


 財布を盗んだ動機。そこに事件解決の方法があるはずだ。


 問題はどうやって調べるか。俺は河原崎と親しい人間の顔を思い浮かべた。


 ――三人。


 それも頭に過ぎった顔は、どいつもこいつも厄介な奴だ。


 まず通称、カス。イジメの被害者である赤石。


 次に担当教師である大沼。


 そして――柳。


 柳は言わずもがな、因縁の相手だ。そして大沼もあの性格を考えれば一筋縄では行かないだろう。


 それに赤石は……『例の事件』が頭を過ぎる。下手をすればどうなるか検討もつかない。しかし悩んでいる時間がないのも事実。


 まずは赤石だ。


 そう、体育でボールを蹴りこまれていたイジメの対象。あのイジメの時には犯行に及んでいたからいなかったが、河原崎にとって赤石は体のいいパシリであり、昼休みは飯を買わしている小間使いだ。


 それに二人は同じ中学の出身者らしい。昔にどんな事があったか俺には分からないが、動機面では詳しく知っているはず。


 何より加害者と被害者を除けば最も近しい相手でもある。だからこそパシリと見下し、河原崎が思わぬ隙を晒している可能性は高い。


 勝算も多少ある。河原崎への復讐をほのめかせば協力を得られるかもしれない。


 ――ただし俺を、恨んでいなければだが。


 正直、協力してくれるとは言い難い。『例の事件』以来、俺は赤石を避けてきた。それどころか俺はクラスの空気に負けて赤石をイジメた事も二、三回ある。


 河原崎か俺か。


 俺は二択を迫る事になるだろう。それでも可能性はゼロじゃない。柳から情報を聞き出す事を考えれば、まだどうにか出来そうな気がした。


 “俺が犯人を捕まえてやるよ”


 昨日の宣誓を思い返す。やるしかない。

 これからの方針が決まった所で一限の担当教師が教室に入ってきた。


 タイムリミットは残り一日と約八時間。


 俺は授業の開始と共に赤石攻略の方法を考え始めた。




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