5、お前だろ?
姉さんと話し終えた俺は、階段を下りながら淀みの消えた頭で思考する。
――実はパズルのピースは既に揃っているのではないか?
いざ犯人を考え始めるといろいろと見えてくるものがあった。
何よりも教師達の態度が頭から離れない。あれは俺を犯人だと確信を持って罵っていた。そうでなければいくら責任を問える立場でも、生徒相手にあんな危うい事は出来ないだろう。
俺はクラスの扉に手を掛ける。他のクラスは施錠したらしいが、俺が残っている関係で八組だけ電気が点いており、鍵も開いているとの事だ。
金庫に鍵がされ、札に細工がされており、教師達は俺を犯人だと断定している状況。また校内からの進入はまず無理。さらに鍵を使った事からクラスの内部犯であるのは確実。
それはつまり。
「――え?」
俺は扉を開け飛び込んできた光景に言葉を失った。
俺のカバンがひっくり返され中身が机の上に散らばっていた。二人の男がその机を囲んでいる。
「タイミングわりぃな、クソッ」
舌打ちが聞こえた。柳だ。その姿を見て殴られた腹が再び痛んだ。
あともう一人……長身の河原崎は気まずそうに目を逸らした。
「あっ、いや、これ、その……ちげぇんだよ木戸」
「なにやってんだ」
愕然としている俺はただ尋ねた。
「見りゃ分かるだろ? 検査してんだよ。犯人のカバンを漁って何が悪い」
開き直った柳が言い切る。
アイツが悪い。だから、何をしても許される。
そんな言葉が蘇る。
「ふざけるな。カバンを返せ」
「犯罪者が偉そうに命令してんじゃねぇよ」
そう言い返すえと柳は紙を一枚、散乱した机の上から取り出した。
「これ、なんだか分かるか?」
三メートル程のこの距離からでも分かる。推薦応募のための書類だ。大学から取り寄せる書類のため替えが利かない。
「なにを、する気だ?」
柳は笑みを浮かべる。
「やめろ!」
ヤツはおもむろに書類に手をかけ、そして。
紙が引き裂かれる音が教室に響く。
――破いた。
俺の目の前で書類は真っ二つにされ、クシャクシャに握り潰される。
「お前にはもうこんな『ゴミ』いらねぇだろ?」
柳が俺の三年間を嘲笑う。
「それに犯罪者なんて推薦されちゃ大学も迷惑だ。代わりに逮捕状でも持ってこようか?」
「お前ぇ!」
自分の声とは思えない程の怒声。柳に近づき両腕で突き飛ばす。
推薦の書類を破かれたというよりも、俺の三年間をゴミ呼ばわりし踏み躙った事が何より許せなかった。
しかし柳は動じない。
「何だよ犯罪者?」
また薄っすらと笑いを浮かべている。
その顔を見ていると罪も無いのに腹を殴られた屈辱が蘇る。
何もしていない俺がなぜ罵られ、蔑まれ、殴られ、挙句に犯罪者呼ばわりされなければならないのか?
柳を睨みつけながら疑問が頭の中を駆け巡り、怒りが鎌首をもたげる。
だが突如――ベチャッ、と音が耳元でした。
頬に冷たい感触。
それが柳の吐き捨てた唾だと分かった瞬間、頭が真っ白になり怒りが決壊した。
「――!」
突進する。よろめく柳。
その隙に胸倉を掴みあげ、後ろの掃除用具箱に叩きつける。
だが――前頭部に激痛が走る。
逆に頭突きを食らったのだと気づいた時には、痛みで倒れそうになる。
「ほらよッ!」
さらに痛みで後ろに下がり距離が開いた所で、腹にもう一発。再びの鈍痛。つい体勢を崩してしまう。
「こいつ!」
だが掴んだ手は離さない。倒れそうになるのに身を任せ、がむしゃに引っ張り寄せる。
再度の近接。揉み合う。だがそれはすぐに崩れた。
「――がッ!」「――つッ!」
パワーバランスが取れず、柳が後ろの壁に後頭部をぶつけた。俺は柳の肘が顎に当たる。お互いきつい一発を浴び、重心が取れず二人同時に倒れこむ。
俺が肩から、柳が背中から倒れる。
背中に痛みが走った。柳も悶絶している。
お互い苦悶の声を上げ、肩と背中を押さえた。
だが、相手への憎悪は消えていない。
即座に再び立ち上がる。
「テメェッ!」
「コイツッ!」
そして二人同時に掴みかかった。
「ま、待てよッ! ま、待てったらオイ――」
その二人の間を遮るように河原崎が割り込む。
「退けよ河原崎!」「邪魔だヘタレッ!」
よく見ると表情が怯えている。喧嘩などの荒事に慣れてないのだろう。手も震え、腰も引け、怒鳴り声には身を竦めていた。だがそれでも止めないとヤバイ状態に見えたのだろう。
一方の俺と柳は肩で息をしている。しかし横槍のおかげで呼吸はお互いに落ち着いた。
が、熱はまだ冷めない。
「俺はやってない!」
「証拠もねぇクセに!」
柳が目を見開いて叫んだ。
その反論に俺は心に決めていた事を宣言し返す。
「なら――俺が犯人捕まえてやるよ!」
俺の啖呵に河原崎と柳が息を呑んだ。
後悔はない。元よりそのつもりだ。失敗すれば後はないのだから。
しばしの沈黙、そして。
「……もし。もしだ。出来なかったらクラス全員の前で土下座して謝罪しろ」
落ち着いた声になった柳が睨む。しかし俺は怯まない。
「上等だ。だがもし真犯人が見つかったら、お前が俺に土下座しろ」
俺と柳の視線が絡んだ。
――忘れるなよ。
お互い相手にそう念を押した。
「行こうぜ」
柳は制服を直し、俺を鼻で笑ってから河原崎を誘い扉へ向かった。
「ぇ……お、おいっ、待ってくれよぉ、オイッ!」
教室を出る時、河原崎はこちらを盗み見る様に見てから出て行ったが、柳は振り返らなかった。
教室の緊迫した空気は消え、再び静寂が戻る。
俺は退出した後姿に言葉を投げかける。
捕まえてやるさ。必ず俺が捕まえてやる。
犯人は俺しかいない状況、変えられた札。
そう、この状況的に犯人は一人しかいないのだ。
――お前だろ、河原崎?