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23、純白の教室


「君のおかげで助かったよ」


「いえ……」


 教室に入り扉を閉めるなり、大沼が安心した声で言った。


「いや、最初はどうなる事かと思ったよ。でも大事にならなくて本当に良かった」


「はい……」


 一人楽しそうに大沼が喋り続ける。


「さすがにあんな事件が起きるとはねえ。赤石君にも困ったもんだ」


「そうです………………え?」


 適当に相槌を打っていた俺は、思わず目を見張りマジマジと大沼を見る。


 ――なんで今、赤石の名前が出た?


 俺は職員室で赤石が犯人だと証明できなかった。なのになぜ当然の様に名前が出てきたんだ?


「なんで今、犯人が赤石だと断言したんですか?」


「え? そりゃあ、赤石君は僕のところに河原崎君と一緒に前からイジメの相談に来てたし、事件が起きた後の彼に鍵を渡した時にも、確証はなかったけどそれっぽい相談事もされたからね。それに君が面談中、僕のいない間に書類を漁って河原崎君を調べてたから、繋がり的に彼しかいないんじゃないかなって?」


 俺は当然の様に次々と出てくる事実に開いた口が塞がらなかった。


 イジメの相談に来ていた?

 赤石が鍵を大沼から預かったそんな前から?

 俺が漁っていたのも見ていた?


「いや、まさかいくらイジメで追い詰められたからって貴重品袋を盗むとは思って無くてさぁ」


 そういって頭を掻きながら笑う。


「まぁ、でも事件が起こる前にアンケートが取れて良かったよ。ほら、君も見ていたじゃない?」


 見られたいた。


 その事実に衝撃を受ける同時に、面談の時に感じた視線の正体を理解した。


 教室から出てずっと見ていたのか、俺を。

 言葉が出ない俺に大沼は続ける。


「で、本題なんだけど……木戸君、まさかこの件を表沙汰にしようとは考えてないよね?」


「……」


 それは考えていなかった。


 しかし――いいのか?


 俺の疑惑はまだ晴れていない。それに、加害者の自業自得とも思う。何より、この事実を隠していて良いのか? そんな葛藤が胸にあった。


 怪訝そうな表情でこちらを見ていた大沼が言う。


「うーん。もしかして、勘違いしてないかい?」


「え?」


「いやね、このクラスで犯罪なんて何一つ起きてないよ」


「――は?」


 意味が分からず聞き返した。


 盗難。

 恐喝。

 暴行傷害。

 名誉毀損。


 表沙汰になればただでは済まない犯罪が確かにこのクラスにはいくつも存在している。


 なのにこの男は一体何を――。


 その疑問に大沼が笑いながら答えた。


「ははっ。分かってないなぁ、木戸君は。学校にはね、社会とは違ったルールがあってね……」


 そして目だけが異様に冷たい表情をして言い切った。


「暴行も恐喝も『イジメ』と言えば犯罪ではなくなるんだよ?」


 鈍器で殴られた様な衝撃が走った。

 そんな馬鹿なこと。そう否定しようとする。


 しかし。

 しかし、だからこそ、誰一人として会費の恐喝を犯罪だと気づかなかったのではないのか?


 ――自分の財布が盗まれ、犯罪だと騒ぐクラスメイト達。


 ――赤石に暴力を振るい金を巻き上げても、イジメと言って犯罪と認識しなかったクラスメイト達。


 そして俺自身も、これらをイジメだと片付けてきた。犯罪だと思った事は一度もない。


 大沼の言葉は紛れも無い事実。


 誰もがイジメを犯罪だと認識していなかった。


 それが暗黙の、学校のルールだったから。

 そうしてイジメという言葉は犯罪の免罪符になっていた。


「……だ、だがイジメは、確かにこのクラスに存在します」


 俺は無意識に言葉を搾り出した。

 そうだ。イジメは犯罪にならないが、それでもイジメが存在するのは確固たる事実。


 だがしかし大沼は言った。


「え、このクラスにイジメはないよ?」

「は? いや、だって、さっきハッキリとあんたは――」


「でも二十六人もの生徒がイジメはありませんと証言した訳だけど?」


 ――アンケート。


 目の前が真っ暗になった。


「僕は誰よりも『生徒達を信じてる』から、イジメは存在しないんだよ」


 大沼は生達を信じるという名目で、最初からイジメを黙殺するつもりだったのだ。


『アンケートが取れて良かった』


 その切欠が赤石だったのだろう。赤石はイジメに耐え切れず、河原崎と一緒に大沼に密告したのだ。

 しかし大沼は二人の言葉に耳を貸さなかった。それどころか、保身のためにアリバイとなるアンケートを急遽とったのだ。


 この男、全ての真実を知った上でシラを切り通すつもりか……っ!


 ――だが。


 だがしかし、俺はそれを否定する事はできない。


 なぜなら俺もまた――イジメはないとアンケートに書いてしまった人間なのだから。


 ああ、そうだ。誰もが発覚を恐れていた。それが共同意識となってイジメの存在を抹消した。

 俺もまた、決して傍観者などではなく、何の罪の意識もないままこの有り得ない隠蔽劇の共犯、加害者の一人になっていたのだ。


「ほらね。この教室は黒じゃない。犯罪もなく、イジメも存在しない白。汚れ一つない純白の教室なんだよ?」


 俺は拳を握り締めた。


「そ、そんな嘘がまかり通ると」


 大沼は嘲笑った。


「通るよ。だってこの結末は誰にとっても都合がいいんだから。そう、皆が望んだ結果なんだよ。まさにハッピーエンドじゃないか」


「馬鹿な……何も、何も問題は解決していない!」


「解決してないだって? あははは、冗談。赤石君のイジメはなくなり、河原崎君も解放される。クラスの皆の元には会費分抜かれたくらいで、財布が無事に戻ってきた。そして君のアリバイも証明された。僕にとっても懸念事項が全て消えて万々歳。ほら、全員の問題が解決されたじゃないか?」


「だからそういう問題じゃ――」


 俺が突っ掛かろうとすると、逆に大沼は俺の右肩を掴んだ。


「ぐっ!」


 その力は今までに感じた事ないくらい強力だった。潰されるかと思う程の握力。

 そして俺の耳元で大沼は囁く。


「――事件が大っぴらになれば、君の推薦はどうなるかな?」


 脅迫。


 逆らえば推薦を取り消す。

 そう言われた気がした。背筋が寒くなる。


 自分でも説明がつかない感情が、淀みが、ああ、溜め込まれていた淀みが溢れんばかりに膨れ上がる。なのに吐き出されるべき真実が行き場をなくし、胸の中でただ、ただひたすら淀んでいく。


 だが。

 だがそれを解消するすべは無い。


 姉さんへの恩。


 赤石のイジメ。


 必死で掴んだ推薦。


 俺の頭の中でそれらが俺を引き止める。


 やめろ。頼むから、それだけはやめてくれと。


 全ての問題が解決したはずなのに、俺の中の淀みはさらに深みを増し、濁流となって荒れ狂う。それに苛まれながらも、やはり答えは一つしかなかった。


 ――本当に何もなかった事にしろと言うのか?


 その事実に吐き気がした。間違ってる。何かが決定的に間違っている。なのに、なのに……ッ!


 大沼が俺の表情を見て、堕ちたと思ったのだろうか、満足そうな表情を浮かべて言う。


「じゃあ僕は行くね。もう何もないし。最後の選択はこの事件を解決した“勝者”である君に託すよ。だから、好きな結末を選べばいいさ」


 そして教室を一人で先に出て行った。


 そうして教室の中は自分以外に誰もいなくなった。


 それだけじゃない。


 今この瞬間、何もなくなった。


 そう、本当に、何もかも。

 イジメも窃盗も全てがただ、消えてなくなってしまった。


 今ここにあるのは貴重品袋が無事に戻ってきた結果だけ。その過程は誰にも見えない。そこにあった淀みは誰にも分からない。完全なる犯罪の消滅。


 恐喝や窃盗、暴力はイジメと言う名に変えられ犯罪と認められず、イジメはクラスの保身によりその存在自体をないものとされ、それを見守る大人が子供の言うそれを盲目的な信じて全てが消えた。


 そう、この教室内部の仕組み《システム》によって全ての真実が消えたのだ。


 ただ結果だけがそこにある。


 しかしそれでも記憶には残っている。そして唯一、その事を外に漏らす事が出来る存在が、イジメと関係が薄く、冤罪で犯人となりこの事件を暴き立てた俺。


 そうだ――俺がこの教室の最後の蓋だったのだ。


 教室を見渡す。


『これは皆が望んだ結果なんだよ?』


 それは事実だ。この進学校という世界を破壊する程の事件。だからこそ誰もが望んでいる結末。

 蓋をしてしまえ、と。


 そんな事はできない。間違っている。ありえない。


 だが。


“アタシは何があってもあんたを信じてる”


 吐き気がした。涙が無意識に込み上げてくる。姉さんの顔が頭に浮かんだ。


 ――家族を裏切るのか。


 答えは最初から出ていた。正しさとは何か、誇りとは何か、俺は何に縋って生きてきたのか。姉さんは俺の何を信じたのか。


 俺は滲む涙を拭い、眩暈に襲われながら覚束ない足取りで教室の扉へ向かう。


 扉に手をかける。だが、かけた右手は震えていた。答えは決まっていても、胸にある二つの思いが反発し、ぶつかり合う。


 これまで何のために頑張ってきたのだ?

 こんな結末を赦して本当にいいのか?


 込み上げる淀みをそっと胸の深くに仕舞い込む。


 この扉を閉めれば、もう誰も、この教室に巣くう淀み切った真実に気づく事はないだろう。


 扉に掛かる右手を力の限り握り締めた。


 憤り、悔しさ、保身、絶望、矛盾、正義、信念、矜持、それら全てが俺に耳を塞ぎたくなる程に訴える。


 閉ざすのか?


 開くのか?


 お前の選択はどちらなんだ、と。


 お前の本当に大切なものはなんなのか、と。


 そして。


 そして俺は――ただ静かに。























 【純白の教室《Black box》をその手で閉ざす――   完】 















 以下、少し長い作者の勝手に綴るあとがきです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この度は拙作を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


 本作は社会人になって筆を置く前、十代の時間にゆとりがあった頃にだいたい三ヶ月くらい掛けてじっくり書いた作品です。なので完成度も追求でき、自分としてもかなり気に入っています。


 ただこの話を小説家になろうに投稿した所で、異世界でもなく、チートもなく、無双もなく、転生もせず、ハーレムはおろかヒロインもおらずと、小説家になろうで評価されやすい要素が全くありません。

 それどころか逆にイジメ、ミステリー、ヘイト展開、挙句に土下座となろうでマイナスになりそうな要素ばかりと、我ながらよく投稿したなと思います。実際、本作のポイントは低いですしね。


 ……まぁそれでも20ポイントでランキング5位圏内に入るミステリジャンルの不人気っぷりも、なかなかにやばいとは思いましたが(汗 出来るなら連載中の拙作「宿屋の倅」の8万ポイントを一割でいいので分けて入れたいorz


 それでも「純白の教室」は連載ではなく時間に余裕がある中で作り込んだ作品なので、文庫一作品として構成・読者さんの感情操作・ロジック・テーマ・焦点誘導などなど……カタルシスを上げてわざと崩しタイトルで締めるラストも含め、全てちゃんと計算して作っており、自己評価の低い私でも本作だけは完成度が高いと自負しております。そもそも処女長編作品ってのもありますが。


 そんな感じで作者にやや贔屓されている本作ですが、時間と機会があれば同じ学校を舞台にした長編・短編集的な『進学校シリーズ』とかやりたいですね。もっとも執筆は「宿屋の倅」の連載が中心ですし、他にも書きかけの作品を大量に持ってまして、いつになるのか……その辺りは私の時間的余裕と本作のポイント次第でしょうか。ネタはあるので、あとはどれだけ読んで下さる方がいるか、また他の作品がどのくらいで一段落するか。またあらためて考えます。無理か(笑)


 ともかく。


 面白かった、面白くなかった、いろいろあるとは思いますが貴重なお時間を使って最後まで読んで下さり誠にありがとうございました。それだけ思い入れがある作品なので、ブクマや評価が入る度に本当に嬉しかったです。最後に宜しかったらで構いませんので、この物語がどうだったか下の評価から点数を入れて読了報告として頂けると幸いです。


 では長々とお目汚し失礼致しました。最後までお付き合いして頂きありがとうございますorz


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