22、赦されざる者達
全員が廊下に出ると同時に、俺は真っ白な頭で言った。
「……どういうことだ」
殆どの生徒が目を逸らし、沈黙した。
「どういう事だって聞いている!」
「しょうがなかったんだよ!」
柳が怒鳴る。それでも俺は訳が分からずに突っかかろうとする。
しかしそれより早く柳が何かを突き出した。
「……俺の、財布?」
それは盗られた俺の財布だった。報告に焦るあまり置いていったのだ。
――これがなにか?
柳が独り言の様に呟く。
「てめぇの推理はおそらく正しい。そして鍵の付け替えも間違っていない。完璧だった……だが一つ、動機を見誤った」
「動機だと?」
「俺達は全員、赤石の共犯にされたんだ……いや違うな。俺達は始めから共犯だったんだよ」
どういう意味だ?
全員が始めから赤石の共犯。そんな馬鹿な話があるわけがない。
意味が分からず財布を開く。
特に変わった部分は――そう思った時、一枚の折りたたまれたレシートが落ちた。
手に取る。
やけに長いレシートだった。どうやら何処かの料理屋のレシートらしい。
「なんだこれは?」と尋ねるより先にレシートの裏に書かれた文を見付けた。
『サイフを盗んだのは僕――赤石裕樹です』
「なんだ……これ……」
レシートを思わず裏返した。そこには誰かの言葉があった。
俺は書かれている内容に目を向ける。
『僕はずっとクラスの皆からイジメを受けてきました。
毎日の様に男子の皆から暴力を振るわれ、女子の皆から影でキモイ、死ねと囁かれました。
そして何より僕は、ずっとクラス会の度に、皆から全員分の金を払えと恐喝されてきました。しかしお金がありません。そういうと親の金を盗めと、皆に窃盗を指示されました。でも、僕には両親のお金を盗むことが出来ませんでした。
だから。
だから代わりに僕は、クラス会の会費全員分を支払うために“皆の指示通り”に皆の財布からお金を盗みました。
盗んだのは僕です。でもお金を盗めと指示したのは、クラスの皆です。
だから逮捕されるこの事件の実行犯は僕で、お金《財布》を盗めと僕に指示を出した主犯格はこのクラスの僕をイジメていた人全員です』
突然フラッシュバックの様に二つの言葉が思い出された。
「お金ないなら、親の金から盗ればいいよ」――「でも人のお金を取るって犯罪ですよね?」
なぜ気づかなかった。
どうして誰も財布がないのに昨日のクラス会が開けた?
どうして俺が支払いを断ったのに金が手に入った?
どうしてクラスのヤツらは自分達の金を盗られると堂々と犯罪だと言えて、自分達が盗る時には犯罪だと思わなかった?
「それと同じ内容が書かれたコピーされたレシートが全員の財布に入っていた。本物はまだ赤石が持ってるんだろう……あいつは毎回クラス会の金を俺達が恐喝する事を逆手に取って、先に財布を盗んだんだ。そしてそこから金を支払う事で、俺達を共犯に仕立て上げた」
順番が逆だったのだ。
定例通りに恐喝というイジメに自分が遭うと分っていた赤石は、それを見越して先に財布を盗んだ。そして窃盗の動機をクラス会の度に「盗んで来てでも金を払え」という、クラスの恐喝にすり替えたのだ。
先ほどの言葉が蘇った。
『俺達は全員、赤石の共犯』
指せるわけがない。
イジメが“窃盗の指示”にすり替わった以上、クラスの全員が図らずともこの事件の主犯となり、共犯である赤石を犯人扱いできる者はいなくなった。今まで繰り返してきた数々のイジメがこの盗難事件に結びついたのだ。
イジメ。盗難。表裏一体の関係。
もし赤石が警察に捕まれば、その動機が注目される。
――クラスの皆から金を盗めと恐喝されました。
表沙汰になれば無事じゃ済まない。卒業生全てに波及する。
犯罪者の学校。
そんなレッテルが貼られる。進学は困難になり、学歴が閉ざされる。
淀みを抱えながら、進学のために誰もがもがき苦しむこの学校が破綻する。
――言える訳がない。
無自覚のままこのクラスは罪を犯していたのだ。
柳が沈黙の中で言った。
「俺は赤石が袋を戻した場面を押さえて、問い質したんだ。それで今まで赤石と河原崎と一緒に屋上にいた」
俺は未だに口が開かない。柳が続けて言う。
「……あと、赤石は別に恨んでないってよ。お前のこと」
「――ぇ?」
「わざわざ今日、戻しに来たのは警察のこともあったが、何よりお前に同じ思いをさせたくなかったんだと」
眩暈がした。言葉は無意識に出た。
「それは、赤石が言ったのか?」
柳が静かに頷く。
「犯人のくせに、途中からは泣きながらお前に謝ってやがったよ……ひでぇ有様だった。レシートの最後を見てみろ」
俺は指摘されて再びレシートに目を落とす。
そして先程の告白の続きにまだ文があった事に気づいた。
『だから。
どうか――
もう、赦して下さい』
再び視界が暗転した。
懇願。
勝ち誇るわけでもない。非難するわけでもない。恨むわけでもない。
ただ、懇願。
赦して下さい。
その言葉が怯える赤石の表情と合わさり胸に突き刺さった。
赤石は本当に俺を貶める気等なかったのだ。
――赤石は本当に死んでいた。
だから、ただ助けを求めた。
カンニングという汚点もある。赤石は親にも言えず、先生にも信じて貰えず、孤立無援の中で追い詰められていた。これは赤石の叫びだ。イジメに追い詰められた赤石がとった最後の手段。
これは一人の案ではないだろう。赤石と河原崎の二人によってなされた犯罪、いや間違いの“訂正”だ。
そうだ今までが異常だったのだ。
淀みはあらゆるものを変質させた。常識さえもそうだった。犯罪が犯罪でなくなった。
俺は、いや、俺達は誰も言葉を発する事無く顔を下に伏せた。
だがすぐに静寂は破られる。職員室から大沼が出てきたのだ。
「ああ、いた。木戸君。ちょっといいかな?」
「……なんですか?」
俺は震える声で答えた。
「ちょっと事件の事で話があるんだけど、教室で二人で話せるかい?」
「……はい」
そういって大沼は俺だけを連れ出して教室へと急いだ。
だが俺はこの時、混乱していて気付かなかった。
――大沼が薄っすらと一人笑いを浮かべている事に。