21、嘘
「貴重品袋発見しました!」
中の会議など無視して乱暴にドアを開け、開口一番で叫んだ。
後ろにあるもう一つのドアから、校長が書類を手に持って出て行こうとしていたが、その足を止める。
職員室内が騒然とする。近くの男の教師が椅子から立ち上がる。
「中身は!」
「あります! 全員分ありました。金も盗られた様子はありません!」
職員室が騒然とする。
その言葉に、俺に中身を尋ねた教師は脱力して椅子に倒れこんだ。他の先生も握手をしあったり、机に突っ伏すなどしている。今回の事件は、職員室をも相当に疲弊させたのだと、それを見て痛感した。
すぐに後ろから多くの足跡が聞こえてくる。
「財布の中身は皆無事でした」
最初に入ってきた女子が大声で言った。
「第一発見者は誰だ?」
一人の教師が尋ねる。
こいつは事件発生日に、指導室で俺を犯人だと断定して尋問したヤツだ。犯人を突き止めようと考えているのだろう。金庫を開けた男子生徒が応える。
「お、俺です。でもいや、その、金庫に財布が戻されている事を知っている人がいて、その人に確認するよう言われました……」
「どういうことだ?」
「俺が指示しました」
「お前……」
その表情に敵意が如実に表れる。最初からこの人はずっと俺を疑い続けているのだろう。その敵意が、冷笑に変化する。やはりお前だったか……そんな心情が見て取れる。
「なんで金庫を探させた?」
「俺は金庫に袋があると気づいていたので」
俺はあえてストレートに言い切る。
「それはやっぱりお前が――」
「いや、俺にはアリバイがありますよ」
職員室にいる全員の注意が俺に向けられる。
「学校に登校したのは八時ですから、誰もいない朝の時間帯に戻すのは無理です。駅で利用したスイカの履歴でも調べれば証明できます」
しかし間髪いれずに追求してくる。
「では昨日の放課後は?」
「それは……」
思わず口ごもってしまう。ここで柳の名前を出すのはあいつに全て委ねる事になる。もしそうなって裏切られたとしたら、それこそ自殺行為に等しい。
どうする?
ここで嘘を吐くと信憑性を失う。だが予定時刻を過ぎても顔を出さない柳は、今や味方と完全に言い切れないのも事実。
「なんだ言えないのか」
「いえ、それは――」
「そいつは、俺と一緒にいましたよ」
後ろを振り返って声の主を探した。
「柳!」
クラスの人ごみをかき分けてこちらに来る。柳は小声で謝罪した。
「わりぃな」
そしてすぐに教師の方を向き、断言する。
「そいつのアリバイは俺が証明します。それだけじゃない、大沼先生も鍵を閉める際にいましたけど」
教師はその発言にとっさに職員室内にいる大沼に顔を向ける。大沼はやや戸惑った表情を見せたが、慌てて首を縦に振った。教師の顔が再び柳に向く。
「本当にか柳?」
「はい」
しばし睨み合った後、柳の目を見ながら教師は溜息を吐いた。
しかしすぐに、今度は核心的な部分に触れて怒鳴った。
「じゃあ木戸、なんでお前は金庫の中にあると分かった」
――そうだ。
教師はあくまでいぶかしむ表情をしている。
だが、それはむしろ逆なのだ。
間髪入れずに全員に聞こえる声で言い切る。
「犯人を突き止めましたので」
職員室の先生達、クラスの全員が俺を見て目を見開いた。そのまま続けて言う。
「証拠もあります」
「……なに?」
俺と目の前の教師以外の全員が沈黙した。
確かに事件当初、証拠はなかった。
そのため動機面から調べていったのだ。しかし犯人が特定さえ出来れば証拠を作るのは容易い。
俺はちょっとしたトラップを仕掛けていたのだ。
「実は……手違いで金庫の鍵をつけ間違えてしまったんです」
「鍵だと?」
俺は昨日金庫を確認した時にHRで告知した鍵から、担任から予備で預かっていた別な鍵に付け替えた。
だから金庫を開けようとした男子は最初、鍵を開けられなかった。それはずっと知らされていた鍵の番号『一二四五』で開けようとしていたからだ。
「なので俺以外の、鍵の番号を知っていた人物にしか財布を戻す事はできません」
――しかも俺は他の担当達、いや誰にも予備の鍵の最初の番号『二四六八』を教えてない。
つまり。
山本でもなく、大沼でもない、そして俺でもない人物。
そうなるとたった一人しか『二四六八』を知っている者はいない。
「その番号を知っていたのは誰なんだ?」
教師達が息を呑んだ。
「赤石君です」
大沼から鍵を受け取り、番号と共に俺に渡した赤石だけなのだ。鍵の番号は基本的に秘密だ。それをおいそれと赤石が口外するとは思えない。
俺は赤石の目的と金庫に返却した理由を話す。
「赤石君には自分がちょっとした情報を流して、金庫に返却させる様に仕向けました」
「なに?」
教師が眉をひそめる。
「赤石君の目的は俺個人です。彼は俺と推薦を争っていました。そして個人的に恨まれる理由に心当たりがあります。彼の目的は金銭ではなく、俺への復讐と推薦の横取りです」
「金目的ではないだと?」
「そうでなければ貴重品袋は返ってきません。ですからその理由を逆手にとって、柳君に頼んで自分の推薦が取り消された事、警察へ自分が訴えようとしている事、明日以降は自宅謹慎になる事を伝えて貰いました。そうすれば、推薦が目的であり俺に罪を被せたい彼は目的を達成して貴重品袋を返却すると思ったからです」
教師が吟味する様に頷いた。
「つまり赤石はお前に罪を着せて、推薦を奪おうと貴重品袋を盗み、その目的を達成した為に袋を返却しにきた。しかし返却された金庫の鍵は、赤石以外に鍵の番号を知っている者はいない。ゆえに赤石が貴重品袋を持っていた犯人だと言うことか?」
「そうです」
俺はその言葉に力強く頷いた。
赤石意外には誰一人として、番号を知っている人物はいない。
「鍵の番号は彼だけしか知らないはずです……そうですよね大沼先生?」
「本当ですか、大沼先生。もしそうなら、赤石を今すぐにでも呼び出しますよ」
俺と教師が大沼に向き直る。
その言葉に大沼は慌てて頷いた。
「え、えーと、確か……」
挙動不審になる大沼。
まさか誰かに伝えたのか?
しかしその不安を払拭する様に大沼は断言しようとした。
「は、はい。知ってるのはいませ――」
「待って下さい。その番号は私も知ってました」
そう大沼が断言しようとした直後、背後からありえない言葉が聞こえた。
大沼、目の前の教師、俺。三人が雷に打たれた様に硬直した。
――え?
なんだと。
俺は声のした方へと意味が分からず振り返る。
発したのはクラスの誰かだった。
誰だ? 誰が?
今、なんて言った?
「私は番号知ってました」
それは接点の全くない女子生徒だった。
彼女は強く断言する。嘘を言っている様な雰囲気ではない。だが真実味さえもない言葉。
「お前、何を言って」
「私は鍵の番号を知っていたと言ったんです」
「だからそんなことは――」
「俺も知ってました!」
だが。
さらに次々とありえない発言が飛び出す。
「わ、私も番号知ってました……」
「僕も二四六八を聞いた気がします」
クラスの連中が次々と口を開く。
――は?
待て、お前達まで何を言っているんだ?
「俺もです……」
そういったのは先ほど「鍵の番号『二四六八』を知らなくて」開けられなかった男子生徒。
馬鹿な。お前は知らなかったから開けられなかったんじゃないか。
実は知っていただと?
誰からそんなことを聞いた。
一体誰が言った?
「俺も…………その、木戸君から聞きました」
「――ぇ?」
俺が言った、だと。
そんな馬鹿な。ありえない。俺は誰にも言ってない。絶対に誰にも言ってない。
どう考えても虚言。全くの嘘。
なぜ?
どうして?
何のためにそんな嘘をここででっち上げる?
俺はパニックになって柳に縋りついた。
「や、柳は」
しばしの沈黙。
だが顔を苦痛に歪ませる様にして柳は口を開いた。
そして――。
「……木戸から直接、聞きました」
そういって柳は目を逸らした。
な に が ど う な っ て い る !
俺が展開について行けずその場で呆然としていると、教師が怒鳴る。
「おい、話が違うぞ、これは一体どういう――」
「まぁまぁ、先生、もう袋が見つかったんだからいいじゃないですか」
それを制止したのは意外にも大沼だった。いつもの様な暢気な顔をしている。袋が見つかってそれで事件解決と思っているのだろう。
「で、ですが」
「だって中身も何も盗られていませんし、財布も戻ったじゃないですか。たぶん犯人の子も、罪を自覚して戻してくれたんですよ」
そう言って教師を奥へと追いやる。その際に俺ら生徒に向かって言った。
「君達はちょっと廊下に出てよ。財布も細かくちゃんとチェックしてね?」
俺はただ呆然としていた。
クラスメイト達は言われた通り、職員室の廊下へ出る。俺も柳に連れられて退出した。
そんな彼らをまるで誰かが死んだの様な、異様な空気が包み込んでいた。