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17、復讐者


 俺は一人誰もいない廊下を歩いていると、ふとデジャブを起こした。ああ、そういえば教師達に尋問を受けた後もこんな感じだったと思い出す。


 違うのはもう全てが下されてしまって、希望はもう残っていない事と、顔が涙でクシャクシャになっている事だった。


 ――姉さんに電話しなければ。


 口が悪く弱みを弟に見せようとしない姉さん。でもその裏でどれ程の苦労をしているか、俺は分かっているつもりだった。


 だから俺もずっと頑張ってきた。


 T大に進学して、大手の会社に就職、姉さんに一言「もう、一人で頑張らなくていい」。そういってやりたかった。あの人はたぶん、泣くだろう。でも涙を見せたくないから怒鳴って誤魔化すかもしれないな。


 そんな、もう失った夢が溢れてきた。


 振り払う様にしてスマホを開く。


 俺が推薦に落ちて冤罪を被り、自宅謹慎になったと言えば、姉さんは学校に怒鳴り込んでくれるかもしれない。


 でもそれが覆らないと知ったなら「なにさ、浪人してもアタシが喰わせてやっから余計なこと考えんな」そう言ってまた笑い飛ばすだろう。


 ……怒ってくれれば俺の気は楽かもしれない。それでも笑う。辛い事を隠して。俺がその笑顔にどれだけ救われるか知っているから。


 登録した番号を出す。


 だが言わなければならない。大沼に指摘されなかったら俺は隠していたかもしれない。それでもいずれバレてしまう。ならば、せめて俺の口から言わなければ。


 通信のボタンに指をかける。


 そして――電話を掛けた。


 これですべてが終わる。何もかもが駄目になってしまった。


 それでも自分で報告できるだけマシなのだろうか。無機質なコールを聞きながら、電話を使えば相手がいるに決まってる、か。


 電話の相手まで探ろうとした主任に感謝だ。


 そう皮肉気味に心の中で自嘲して――。




 ――なん、だって?




 全身に電流が走った。

 俺は通信の停止ボタンを即座に押す。コールが止んだ。それっきり硬直して動かなくなる。


 ちょっとした疑問が、俺の全ての感覚を支配した。


 ……え?


 指が震えだした。


 まさか――。


 たった一つの盲点。それが俺の頭をぐちゃぐちゃにかき乱し、暴れまわる。


「お、落ち着け」


 思わず声に出した。そして先程の言葉を反復する。


『電話を使ったんなら相手がいるだろう』


 そうだ。それだ。


 一つずつ確認する。


 電話――スマートフォンを使っていたなら相手がいる。

 通話だろうが、メールだろうが、ラインだろうが、SNSだろうがそれは同じこと。


 なぜならスマートフォンは誰かと繋がる為に使用するものだから。


 それは当たり前の事だ。


 誰でも知ってる。


 じゃあ。


 じゃあ……。




 ――赤石はテスト中、誰と繋がっていた?




 そうだ。


 カンニングに持ち込み禁止のスマートフォンなんて目立つもの、使用するわけがない。


 だったらメモ帳などに書いて仕込むに限る。しかもカンニングしたのは暗記モノではない数学の教科。それでもスマートフォンを使った理由。そんなの一つしかない。


 実際に解かないと分からない答えを伝えるためだ。

 つまり。




 ――カンニング事件には共犯が存在する。




 まさか……ここで繋がるのか?


 いや、いくらなんでも確証が――本当にないのか?


 俺は昨日の面談を思い出した。


 これは偶然か?


 カンニングは一学期中間に行われた。大沼が河原崎に言った言葉が蘇る。


『一学期の期末から目に見えて成績が落ちてるね』


 河原崎の成績の極端な悪化。

 逆に言えば、カンニングしていた一学期は成績がどういうわけか良かったということ。


 河原崎は中間で赤石の力により赤点を回避したが、期末は自力でやるしかなく赤点ギリギリに戻った。そう考えれば合致する。


 それだけじゃない。


 そもそも赤石はカンニングの必要がなかったのではないか?


 カンニングは成績の悪い人間がやる事だ。頭の良い人間がやれば返って無駄が増え非効率になる。それに学校のテストだ。実力的にもテストの内容的にもカンニングは不要。ましてや暗記ものではない数学でのカンニングなんて……。


 しかし疑問が残る。


 河原崎はなぜ赤石をイジメている?

 確かに、直接的に暴力を振るっているところは見ていないが、それでも昼休みに屋上に呼び出し――まさか。


『早くパン買ってこいっつーの。今日は五個。選ぶのは任せるわ』


 あの注文は本当に、五個全て河原崎が食べるためだったのか?


 もし屋上に呼び出している理由が、昼休みに赤石が他の生徒にたかられない様に、守るためだとしたら?


 ――イジメるフリをした保護。


 アンケートでイジメを密告した事に説明がつく。河原崎は赤石を救おうとしていた。実際に密告したのは赤石と河原崎の二人だけなのだ。


 さらに河原崎は柳達に近づいた理由とも合致する。赤石を守るには均等の力が要る。だが柳に張り合えるだけの力を河原崎は持ってない。ゆえに中に入った。


 だからいつも一人になろうとしていたんじゃないのか?


 確かに外側からコントロールするよりも、内側から操った方が上手く行く。実際、おかげで河原崎が赤石を連れ出すと他の生徒は口が出せない。


『あれは俺専用だ』


 この言葉こそが赤石を守っていた。


 だが。


 それでもまだ疑問は尽きなかった。

 そもそもだ、赤石はなんで河原崎に協力したんだ?


 可能性としては……俺と同じなのか?


 俺が山本を助けようと教室に入ったのと、酷似している状況に気付く。同じ中学出身。友達が少ない。同じ高校を目指した仲間。俺達は似ている。


 やはりそうかもしれない。


 赤石は俺が山本を助け様と教室に入ったのと同じ思考を辿り、河原崎を助け様としたのだ。


 そして俺と同様の末路を辿る。


 しかしカンニングが発覚しても赤石は河原崎を決して売らなかった。河原崎が感じた罪悪感は一塩だろう。そしてついにあの小心者のチャラい男は、友達を守る為に必死に策を考え立ち回った。


 そうか。河原崎が俺を嫌っていたのは同属嫌悪だけじゃない。カンニングの発見者として俺を敵視していたのだ。


 だが、そうなると動機は――。


 俺はその結論に至り興奮した。


 あるじゃないか。


 ああ、そうだ。


 目的はそもそも財布なんかじゃない。明白な理由がある。




『覚えてろよ、木戸……』




 復讐。


 ――赤石はやはり死んでない。


 俺への恨みは相当だ。あいつは虎視眈々と復讐の機会を伺っていた。


 金持ちの河原崎と赤石が金を盗んでもしょうがない。薬なんてもっと関係が無い。はなっから俺を陥れるのが狙いだった。


 それだけじゃない。赤石はまだT大の推薦を諦めていない。二人でずっと争ってきた推薦だ。俺が消えれば自動的に赤石に行く。


 動機はまだある。


 イジメの矛先を俺へと変えられる。実際にイジメの対象は赤石から俺に移ってきている。対象なんて、一人いれば誰でもで良い。


 そうだ、この事件は赤石に取って非常に都合がいい。


 俺への復讐が果たせる。

 そしてT大の推薦を奪える。

 イジメの対象を変えられる。


 ――確信した。


 やはり赤石がこの事件の共犯だ。


 俺は涙を拭いて近くの教室にある時計を見る。


 五時五十分。


 もう審判は下ってしまった。今さら真相に気付いても、果たして覆るのか。


 ――校長の裁定までがロスタイムだ。


 しかし残り日付を跨いで十四時間しかないのも事実……いや、まだ十四時間もある。

 俺は思考を巡らす。残り時間内で、赤石が犯人である決定的な情報を引き出す逆転の手。


 ……赤石。

 ……貴重品袋。

 ……新しい鍵。

 ……動機。

 ……そして放課後の施錠。


 ――ある。


 複数の単語が一本の線になる。真相に気付いたからこそ可能な方法。


 だが、可能性は五分五分。


 推理が正しい事が前提な上に、わずかな可能性に賭ける事になる。が、一発逆転の起死回生の一手。


 しかもそれを実行するには一人では無理だ。今この場にいて協力を仰げ、なおかつ条件に合致する人間。


 考えを巡らせて舌打ちする。

 そんな都合の良いヤツが……。


「ああ………………いるじゃないか、最悪なのが一人だけ」


 たった一人。この状況を打破できる可能性を持っている人物がいる。


「どちらにせよ、避けては通れない」


 ならば急がなければ――。


 俺は駆け出した。


 昇降口へ急ぎ目的の人物の靴を探す。

 靴はある。まだ帰っていないのなら可能性はゼロじゃない。今この機を逃せば、もう逆転は不可能だ。


 まず一階の教室を全て探す。


 ――いない。


 次に二階へ上がる。


 ――いない。


 そして三階。


 ――いない。


 最後に四階を探す。


 ――階段を上がると声が聞こえた。


 俺は聞こえた方へと走る。視聴覚室のドアが少し開いている。


 唯一、この状況を打破可能な俺の明暗を握る人物。俺は思い切りそのドアを開けてその人物の名を叫んだ。


「柳!」


 俺の言葉に柳は、蛇が鎌首をもたげる様にしてこちらを睨みつけた。


「あぁ?」


 お互いに譲らず視線が絡み合った。

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