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16、崩壊


 全て片付けるのに十分近く掛かった。


 ノートや教科書は一切使い物にならないので、体操着の入れ物に全て入れた。バッグも直せそうに無く、ロッカーにゴミと一緒に合わせて放り込む。


 結局、俺は手ぶらで指導室に行く事になった。


 目の前に来ると隣の職員室から何人かの教師が出てくる。うち二人は前回、俺を尋問で恫喝したヤツだ。


「お前のせいで……」


 すれ違い様に小声で非難される。

 ――気にするな。明日の方がもっと酷い。それに俺には推薦がある。


 そうやって自分を慰めた。


「失礼します」


 指導室に入ると案の定、空気は重かった。

 中にいるのは教師二人。一人は大沼、もう一人は学年主任だ。


「遅い! 校内にいろと聞かなかったのか?」

 二人の対面に座って、まず主任に怒られる。


「すみません」


 俺は指導室に入る前に、もう既に精魂尽きかけていた。反論などとても出来なかった。


 二人の顔をあらためて見る。


 主任の表情は険しい。今までに見た事もないくらいだった。もう一方の大沼も気まずそうにしている。この能天気な教師がこんな顔をする事が既に異常だった。


 ――ダメ、か。


 それが覆し様のない場の空気だった。


「じゃあ、会議の結果を伝えるね」


 大沼が口を開く。


「まず、君の処罰についてだけど……」


 謹慎にはなるな。

 希望なんてないのに思わず願った。


「一週間の自宅謹慎になった」


 分かったてはいた。否定しようが無いことだ。


 しかしいざ、こうして宣告されると予想以上のショックだった。自分が如何に甘い考えを抱いていたか、思い知らされた気分だ。


 それでも土下座は回避できる。


 今日決定したという事は、明日から謹慎なのだろう。


「あの、それはいつからですか?」


「明日からだよ」


 俺は内心、胸を撫で下ろした。


 回避できた。逆に考えれば一週間の時間を手に入れたとも考えられる。


「だけど、明日は朝だけ学校に来て貰うからね」


「――は?」


 今、なんて言った?


 言っている意味が分からず問い返した。


「いや今日、校長先生が戻れなかったから、明日の朝に校長から書類の判子を貰う必要があるんだ。国際電話では許可が下りたけど、勝手に進めるわけには行かないからさ」


 そんな。


 それじゃ、明日の朝だけは必ず登校しなければならないのか?


 そんなのまるで、学校に謝罪しにくる様なものだ。


「それとね、実は悪い知らせが一つあるんだ」


「悪い、知らせ?」


 この上、まだ何かあると言うのか。


 ――もうどうにでもなれ。


 内心はもう自棄になっていた。俺には推薦があるんだ。


「T大の推薦……取り消しになったよ」


 ……え?


 俺は大沼の顔を見つめる。


「えと、あの……今なんて言いました?」


 俺は半笑いで聞き返した。


 しかし大沼は答えずに目を逸らす。代わりに主任が答える。


「自宅謹慎なんて喰らってる生徒を、学校から推薦させるわけには行かないと言ったのだ」


 体が震えた。

 頭はもう、ちゃんと動いてすらいなかった。


「……え?」


「だから、推薦は取り消しに――」


「……です」


「なに?」


「いやです」


 俺の言葉に担任と主任が目を合わせ、溜息を吐いた。


「悪いが、もう決まった事だ。なに、一週間ある。新しい進路先を探すん――」


「俺の三年間はどうなるんだよッ!」


 立ち上がって本気で怒鳴った。教師なんて関係ない。怒りで我を忘れた。


「これは俺だけの三年間じゃないッ! 姉さんが女で一つで必死に働いて、自分を犠牲にして作ってくれた三年間なんだよ! だから、これからは、俺が……俺が……ッ」


「き、木戸君。気持ちは分かるけど、君は下手をしたら自主退学寸前だったんだよ?」


 大沼が宥め様とするが俺の気持ちは一向に治まらない。


「どうしろって言うんだ! 俺は特進に落ちて、ずっと姉さんを助ける為にそれだけを信じて必死に頑張って来たんだよ!」


 教師達は立ち上がって叫ぶ俺から目を逸らす。


 俺はいてもたってもいられず、床に膝を着いた。必死だった。それでも俺の感情は治まらない。


「お、お願いします! 先生だって分かるでしょう。今からじゃ一般入試は狙えない! 浪人するなんて余裕もない。予備校に行くのも難しい。私大に行くなんてそれこそ……これ以上は姉に迷惑かけられないんです! あの人は、あの優しい人なんです! この事を話せばまた無理をしてしまう。俺の為に自分の人生を削ってしまう! もう、俺の為に苦しめさせたくはないんです……っ!」


 頭を床につける。

 最後の方はだんだんと掠れ、涙声になった。自分でも何を言っているのか、よく分かっていない。


 顔を上げると、やはり教師二人は迷惑そうにこちらを見ていた。


「残念だけど……」


「諦めろ。学校から追い出されないだけマシだと思え」


 その言葉に俺は両手の拳を握り締めた。涙が溢れて止まらなかった。


 なぜ、どうして、こんな事に……。


 俺はただ、姉さんを助けたかったたけなのに!


 ――。


 ポケットから振動が伝わる。俺はスマホを取り出して開いた。最初は涙で画面が見えなかった。


 姉さんからだった。


 すぐに閉じる。出れるわけもない。こんなこと言えない。


「おい、今のは誰だ? スマホを出せ」


 主任が俺を見て言った。


「……いや、その」


 渡せば姉さんに全てがバレる。山本の失望する顔が浮かんだ。あの時と同じ恐怖が蘇った。


「いいから出せ!」


「嫌です!」


 主任も俺も引かなかった。


「電話を使ったんなら相手がいるだろう! 事件と関係あるんじゃないか」


「先生には関係の無いことです!」


 すると黙っていた大沼が確信を吐いた。


「出られなくて、見せられない相手って……まさか、お姉さん?」


 息を呑んだ。


「お前……そうか、この件を保護者に報告していないな? どうりで苦情がないはずだ」


 教師二人は気まずそうな表情を浮かべて見詰め合った。


「彼に保護者に渡す様の手紙は渡したんですが……マズイですね」


「ああ。とにかく連絡を入れないと。もしかしたら相当揉めるぞ?」


 それはまずい。


「待って下さい!」


 俺は何度目か分からない懇願をする。

 主任が呆れた様に尋ね返す。


「今度は何だ?」


「じ、自分で伝えます」


「……本当に?」


「はい。自分でやらせて下さい。お願いします……」


 主任は目を瞑って黙る。損得について考えているのだろうか。


「分かった。自分で連絡しろ。ただし、もしお前のお姉さんが怪しい動きをしたらお前が止めろ。それくらいの責任は果たせ」


「は、はい」


 俺は最後にそれだけ言った。その後は今後の事や、保護者への手紙を渡される。


 俺は放心状態のまま、ただ、はい。はい。とだけ頷いていた。


 そして主任は俺が部屋から出る的に呼び止めて、諭す様に語った。


「木戸。学校はな、警察を呼ぶわけには行かないんだよ。この件が広まれば現三年生全ての受験に響く。だから殆どの先生は自主退学で解決しようとしたんだ。しかしそれは酷い過ぎるという事で、なんとか自宅謹慎で済んだんだ。それにもし警察沙汰になった場合、多くの生徒がお前に不利な証言をするだろう。まずお前に勝ち目はない。そうなれば退学処分、履歴書に一生残る傷になる。俺はお前が犯人なのか、そうでないのかは知らん。だが悪いことは言わん。自分のためにも、もう……諦めろ」


 俺は涙で頷く事も出来ず、扉を閉めた。




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