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13/23

13、黒い香


「先生、腹痛いんでちょっと保健室に行ってきます」


 それは予想外だった。


 四限の終わり近くになって柳が言ったのだ。

 昼休みに何処へ行っているか突き止めるため、四限終了後から尾行するはずが、教室と保健室で距離が開いてしまう。


 どうする?


 まさか俺も一緒に保健室に行くわけには行かない。残り五分で昼休みだ。俺はただ黙って柳を見送るしかなかった。


 そしてチャイムと同時に駆け出す。ロスにして五、六分。


 保健室の前に来て、中をどう覗こうかと思っていると中から四十歳近い養護教諭が出てきた。


「あら、どうしたの?」


「あ、柳君はいますか?」


「柳君? そんな子は来てないけど?」


 ――やられた。


 俺は養護教諭に頭を下げて柳の捜索に出た。とは言っても当てなんて無い。


 それでも探しながら気付いたのが、嘘を吐いてまで教室を抜け出す用事があったという事実。つまり、やはり人に見られてはマズイ何かがあるのだ。


 しかし何処にいる?


 屋上にはいない。

 図書室もいない。

 トイレにもいない。

 一階から四階まで一通り生徒が行けそうな場所を調べた。


 だが飯を食わず三十分校内を駆けずり回っても柳の姿は無かった。


 ――まさか外に?


 一瞬、嫌な考えが過ぎる。もしかしたら学校を抜け出しているかもしれない。


 俺は再び駆け出す。


 向かうは昇降口。


「……靴は、あるか」


 しかし昇降口へ回り下駄箱を確認しても靴はそのままだった。


 ではまだ校舎内にいるという事か?


 だが既に一通り探してしまった俺は途方に暮れてしまう。


 残りは十分。

 校舎内にいて、生徒が入れる場所……。


 直後。


 ――三年八組、木戸君。

 ――三年八組、木戸君。

 ――大沼先生がお呼びです。至急、生徒指導室までお越し下さい。


「こんな時にッ」


 周囲に人がいるにも関わらず思わず怒鳴る。


 放送による呼び出しだ。


 俺は一瞬無視しようかと思ったが、大沼に逆に尋ねてしまおうと思い職員室へ向かった。

 これ以上、当てもなく捜しては無駄に思えたのだ。


「失礼します」


「あ、来た来た」


 指導室に入ると大沼が書類を持って待っていた。


「これ、昨日無くしたと言ってた書類。偶然にも一枚残っててね。良かったよ」


 俺は大沼に感謝しつつ封筒に入った書類を受け取り、上着の内ポケットに仕舞う。


 そしてすぐに本題を尋ねた。


「あの、柳君を見ませんでした?」


「柳君? あー、そういえばいつもいないね」


 大沼の相変わらずとろい反応に苛立つ。しかし。


「あ、でも四階を歩いてたりするよ。僕の資料室が四階だからたまに――」


「ありがとうございます」


 俺は最後まで聞かずに駆け出した。

 後ろで大沼が引きとめようとしているが無視した。


 ――残り五分。


 どういう事情か分からないが、とにかく四階へ向かった。四階は三学年のどの階とも違うため生徒が最も少ない階だ。もし薬を吸うならそこが一番安全だろう。


 息も途切れ途切れで四階に辿り着く。


 だが問題は、昨日柳を発見した場所として一度この階を調べている事だ。


 美術室。

 書道室。

 トイレ。


 とりあえず常時開いている、進入できる可能性のある教室は全て調べた。残っているのは実験室と視聴覚室くらいだが、どちらも鍵がいつも掛かっている。


 後は屋上だが、そこにもいなかった。


 残り二分もない。


 何処を調べればいい。そう思った瞬間だった。


 ――ガチャッ。


 背後で扉が開いた。


「……え? 木戸!」


 そこには初めて見たかもしれない、柳が焦る顔があった。まさか俺がいるとは思わなかったのだろう。目を見開いて硬直している。


 だが出てきた教室も予想外だった。


 視聴覚室にいたのか?


 授業以外は閉鎖されているのに、どうやって侵入した?


 いや、もし鍵を開ける技術があったのなら、視聴覚室に侵入できれば後はやりたい放題だ。

 音は聞こえない上に、外からは見えない部屋だ。安心して薬が使える。


「柳、そんなところで何をしてるんだよ」


 柳の表情が苦しくなる。


「てめぇには関係ねぇだろ」


「何か知られちゃまずい事でもしてたのか?」


「お前じゃあるまいし」


 だがすぐに余裕を取り戻し、俺を鼻で笑った。


 しかも。


 ――。


 チャイムだ。


 内心で舌打ちをする。ここまで来て時間切れか。


 現状では限りなく黒に近いが確証が無い。もしその手に何か握られていれば、それが確証になったかもしれないが……。


「おい、チャィムだぜ。行かないのか?」


 柳が見下した笑みで先を急かして来る。この場を濁されたら結局はあやふやなままだ。


 何か、何かないのか。


「あ、ああ……」


 俺は仕方なく頷く。そうして柳を観察するが、何一つ不自然な点はなかった。


 柳が近づき、同意したのに一切動こうとしない俺を威圧する。


 この場から離れさせたいのは明白だった。


「ほらっ、さっさと行くぞ」

「……」


 俺は苦虫を潰して、渋々その場を動こうとした。


「――え?」


 だが声を上げて立ち止まる。


「なんだよ?」


 怪訝そうな顔を柳が向ける。俺を確実にこの場から話すために先に行かせようとしているので、柳も止まったのだろう。


「いや、気にするな」


 ――柳は本当に薬をやっているのかもしれない。


 その疑念が急激に実態を持った。細かい経緯については、河原崎を調べれば全て判明するだろう。


 俺は柳に告げる。


「次の授業は現代文だったな。俺は先にトイレに行ってから教室へ行く」


「なに?」


 腑に落ちない柳がこちらを観察していた。しかしそんな事はどうでも良かった。俺はそういってすぐさま近くのトイレへ入る。


 それから数秒。後ろで柳の大きい舌打ちと悪態が聞こえた。


 柳が階段を降りて行ったのを確認すると、俺は再びトイレから出て、柳が先程まで居た視聴覚室へ足を向けた。


 ほのかに感じた程度だったが……それ以外に考えられない。


 そう、確かに柳から匂ったのだ。


 ――甘い香り。


 どう考えても柳から匂うはずのない香りだった。不意に薬物使用に書かれていた内容を思い出す。


“薬物の使用者の特徴である衣類からする甘い香り”


 果たしてそうなのか? けれど今はとにかく可能性を探りたい。


 ――探してみる価値はある。


 俺は視聴覚室の前に立つ。もはや授業に出るつもりはない。防音の扉を開けてだだっ広い教室へ入る。


 がらんっ、とした空間。


「特に変な様子はないな」


 時計を見る。この時間に誰も来ていないと言う事は授業で使うことはない。


 ――見つけ出してやる。


 俺は覚悟を決めて視聴覚室を調べ始めた。








 それから三十分。


 はっきり言って成果はない。全ての机の中を調べ、床から脇についているロッカーまで調べた。それでも何も見付ける事はできなかった。なにより染みや焦げた様な後を見付けても、それは昔からあったのか新しくできた物なのか判断がつかず、決め手に欠けるのだ。


 ――埒が明かない。


 何かしらが出てきそうな所は全て調べたが、それでも出ないのだ。こうなると、何をしていいのか分からなくなって来る。


 机は調べた。椅子も見た。ロッカーもだ。残りは何かないのか。


 その時、ポケットから何かが落ちた事に気づいた。

 テッシュ。さっき椅子についてた汚れに触り、拭いたものだった。


 いや、まだ一箇所ある。それで思い至る。


 ――ゴミ箱。


 俺は各教室に最低でも一つ置かれた大型のゴミ箱の蓋を取っ払う。


 さすかに、汚いな。


 だが躊躇なく手を突っ込む。ビニールの袋を取り除き、分別されず捨てられている缶を退け、お菓子の袋を引きずり出し、なぜかやたらと多いテッシュを掻き分けると。


 ――なんだこれ?


 ゴミの量はそんなに多くはない。そのゴミの合間に隠れていたのは、よく錠剤等が入れられている薄いプラスチックの容器。だが中身は使われた後だった。


「まさか――」


 柳が所持している薬?

 プラスチックの入れ物から何か読み取れるものを探そうとするが、アルファベットのみでまるで見当がつかない。


 一体何の薬だ?


 持病の薬か、などと思ったがそんなわけもない。ここは視聴覚室だ。水道もない以上、こんな所で薬を飲むとは考え難い。


 ――本物のドラック?


「まさか」


 飛躍し過ぎだと思う。だが絶対に有り得ない話でもない。それならば貴重品袋を盗むだけの動機に十分なりえるからだ。


「どちらにせよ、これが柳と河原崎を暴く鍵か」


 そのプラスチックの袋が、今や切り札に見えた。


 直後に鐘が鳴る。

 ここが限界だった。


「これだけか……」


 それでも視聴覚室にこんな物を持ち込む生徒は想像がつかない。その可能性に賭けるしかない。


 ゆえに後は。


「口八丁でやり込むしかない」


 再度、チャイムが鳴った。

 タイムリミットまでの、最後の授業が終った事を鐘は知らせていた。



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