12、烏合の衆
最終日、朝。
今日は黒板にも机の中にも中傷は書かれていなかった。席について、昨日考えていた今日一日の流れを思い返す。
問題は柳の秘密と二人の関係。
一番の謎として気になっているのは柳の行方だ。昨日も柳は昼休みにもいなかった。しかもその行方を知る者はいない。
柳が昼休みを使って何をしているのか。
狙うならそこだ。四限終了後に柳の後をつける。そこに柳に取って都合の悪い事が隠されているならば、それが決定打になるかもしれない。
そうは言ってもそれを信じる以外、俺に土下座とイジメ、自宅謹慎を回避する道は残されてはいない。ゆえに、ここで確実に『確証』を発見する必要がある。
今日が最後の昼休みだ。失敗するわけには――。
「ねぇ、木戸君?」
「え?」
突然、声を掛けられ顔を上げる。そこにはクラスの女子が一人。
何の用だ?
クラスメイトに話しかけられるなんて、悪い予感しかしなかった。
「木戸君さぁ、中間テストの打ち上げとして今日やるクラス会に来ない?」
クラス会。
昨日、柳が言っていたのを思い出した。このクラスでは割と多く開催され、行事なり試験なりが一段落すると毎回やっていた。その参加率も完璧に近く殆どの生徒が出ていたはずだ。それでも俺はその殆どには入らないが。
どういう風の吹き回しだ?
思わず眉を顰めて攻撃的に言ってしまう。
「目的は何だ」
「話が早くて助かる。さすがはトップよね。それで木戸君には――」
皮肉気に言って、女子の口元に嫌らしい笑みが浮かぶ。
「会費を全額払って欲しいんだよね」
「は?」
会費全額だと?
つまり参加させてやるから、クラス会の金を俺が全て支払えという事か。馬鹿らしい。
俺は即座に断ろうとする。しかし。
「あ、勘違いしないでね。これはクラスの総意だから」
――クラスの総意。
拒んだら分かるよね? 無言でそう言われた気がした。
よく見るとクラスの殆どの生徒が集まってきた。机に座っている俺を何十人近い生徒が囲んで見下ろし、見つめてくる。
教師達十人近くに囲まれ恫喝された恐怖が蘇り、俺は無意識に萎縮する。その空気に呑まれそうになった。
「いやさぁ、毎回打ち上げの会費は赤石君に払わせてたんだけど……ほら、今回は財布を取られちゃったじゃない? だから『責任を取って』木戸君に払って貰うのが一番かなって」
赤石の言葉が過ぎった。
『木戸君も気をつけてね』
イジメの矛先が赤石から俺に変わった。それだけじゃない。
――責任を取って。
盗まれたのはお前のせいだ。盗んだのはお前なんだろう?
そんな非難の声がその言葉から聞こえる。
俺は威圧される中、なんとか言葉を搾り出そうとするが、先に女子が口を開く。
「あ、払わないとか馬鹿なこと言わないよね? 犯罪者の分際でさ」
囲んでいる生徒達がクスクスと笑い出す。
――それが本音か。
さっきのは建前で今のが本心に思えた。
何十人もの微笑が重なり、やけに恐ろしいものとして耳に入ってくる。まるで威嚇されている様な錯覚に陥ってきた。
もし答えを誤れば、俺は今日から半年近くクラス全員から袋叩きにされるだろう。逃げ場はない。
「それに、これを払えば君の今後も変わるかもよ?」
「……なに?」
――今後も変わるかも?
払うなら許してやってもいいよ?
そういう意味だろうか。つまり選択を迫られたのだ。
河原崎の様に隷属して学校生活を生きるか。
それともクラス全員を敵に回して生きるか。
二択だ。
無論、俺はやっていないのだから払う必要は無い……しかし。
この状況で断れるのか?
断れる空気ではない。断ればどうなるか分かっているよな? そう無数の目が物語っている。
――払ってしまえば楽になるのでは?
――ここは払っておいて、一時的に凌ぐのが得策じゃないか?
そんな事が脳裏を掠めた。しかし「犯人ではないのに」という事実が、俺に怒りと悔しさを覚えさせる。
そして搾り出した言葉は。
「……俺も金が、無い」
そんなあやふやな逃げ文句だった。
だがそれすら予想の範囲らしい。そんな事は分かっているとばかり、周囲の連中は言う。
「大丈夫、大丈夫」
手馴れている所を見ると赤石にも言ったのだろう。この既に反論も予想されている事に寒気がした。
犯人だと認めてしまえば、もっと酷い事にはならないんじゃないか?
……そう気持ちが覆されそうになる。ここは一度支払ってしまい、後で犯人を挙げればそれでいいのかもしれない。
――それで済まされるのなら俺は。
しかし女子の発したたった一言が、俺の気持ちを繋ぎ止めた。
「お金ないなら、親の金から盗ればいいよ。木戸君なら出来るでしょ? 私達の財布を盗んだみたいにさ」
「――なに?」
周囲の人間達は当然だとばかりに同意し、笑っている。それで何も問題はないと。
『親の金を盗ればいいよ』
しかしそれは禁句だった。
俺は自身の体温が急激に冷めるのを感じる。頭も冷えて突然冷静になった。
「断る」
「……は?」
女子が声を上げる中、俺は立ち上がった。全員を見回す。そして。
「金は払わない。俺はやってないから」
断言する。
迷う事など一切なかった。姉さんの金を盗るなんてとても考えられなかったし、赤石の様になるのもごめんだった。
二十七人に対する敵対宣言。
俺は今ここでハッキリとクラス全員を敵に回した。
それを受けて周囲の空気が一変する。
あの目だ。
冷たく、蔑む様な目。俺とそっち側に明確な溝が出来上がった様な錯覚に陥る。
「ふざけんなよ犯罪者が」
「なに調子乗ってんのコイツ?」
「キモイんだけど」
やってしまったという自覚はあったが正直、どうでも良いと思った。周囲が直接的には俺に言わずさ囁く様に罵っていても、不思議と気にならなかった。
昨日、追い詰められそうになって彼らの心理に気付いたからかもしれない。
――烏合の衆。
こいつらは保身しか考えていない。誰かを生贄として差し出し、自分も加害者側に回ることで保身を計っているに過ぎない。
言わば強者の味方。堂々としてやれば表立って俺を責めることなど出来ないのだ。柳くらいしかサシで罵れるヤツがいない事からも、クラスの連中が烏合の衆であると感じられた。
実際、クラスメイト達の方が熱を失い、俺を囲んでいた輪が消えていく。払うと思っていたのだろう。それを堂々と否定され戸惑った様子が一人一人の表情から伺える。
ただ、最後に柳が残った。
「お前、期限までに犯人を捕まえられなかったら全員の前で土下座する約束――忘れるなよ」
柳が大きな声で俺に釘を刺す。
よく見ると散らばったヤツ等は未だに俺を見ている。どうやらもう、クラスの大部分には伝わっているらしい。内心では明日、俺に土下座して謝罪させようと考えているのだろう。
俺は再び座って溜息を一つ吐いた。
前から後戻りは出来ないだろうと思っていたが、完全にクラス全員対俺の構図が出来上がった事実は重かった。もうクラスの連中は容赦しないだろう。俺は選択を迫られ、それを拒んだのだ。
それでも後悔はしていない。恐怖心はなかったし、第一犯人を見つければそれで全て解決するのだ。
――なに、ただ後戻りが出来ないだけだ。
頭に柳と河原崎の顔が浮かぶ。この二人を落とせば俺の勝ち。
俺は柳の方を見る。目が合った。相手に込めた思いは俺の方が強い。
――土下座するのはお前の方だ。
しばし睨み合う。
先にが目を逸らしたのは、柳だった。
次は明日の21時に投稿します。
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