夏 深夜徘徊 猫
じっとりとした湿り気が足の裏とサンダルを貼り付ける。 早くも背中はじっとりと汗ばみ、軽率にマンション下のコンビニへ出たことを後悔し始めている。
貼りつくシャツをぱたぱたとやりながら階段を降り、廊下に出る。 うすぼんやりと光る蛍光灯の暗がりの、いつも通りのぎらりとした目に声をかける。
なーご、と返事をして手招きをするその猫は、これもまたいつも通りに人間臭い。 変わったやつだ。 のろまにサンダルをぺたぺたと鳴らす横でごろごろとのどを鳴らすこいつに奇妙な仲間意識を感じるなんて、きっと俺も同じくらいには変わっているのだろうけど。
丑三つ時にほど近い時刻に似合わぬ軽い音楽とともに自動ドアが開く。 顔見知りの店員の、いつも通りのやる気のない歓迎のあいさつに耳をぴんと立てたあいつは、ひとっとびに猫缶の前に陣取る。
こちらを見上げてひと鳴き。 二、三積まれた缶を一つ手に取ると満足したように目を細めてまたひと鳴き。 後回しにすると後が面倒だからさっさと手にとっているが、毎度なんとなく負けた気になってしまう。
いつものおにぎりとお茶、ちょっとした袋菓子と紙皿を手に取り、お札をポケットからぺらりと一枚渡す。 空気の漏れるような礼に、足元の猫が、なー、と鳴く。 名も知らぬ店員の頬が、ふ、と緩むのもすでに見慣れた景色だ。
店を出ると、今日の猫は腹が減っているのか、小走りに数歩先へ進んでは振り返り、進んでは振り返りとしている。 向かうのは塗装の禿げたベンチと、ぼろぼろにさび付いた柱のブランコが二つあるだけの公園だ。
むっとした空気をかき分けついていく。 俺もあいつも迷うことはない。 ちょっとした散歩気分であるが、さびれた商店街に近づいていく姿は多少怪しく見えなくもない。 一人と一匹の奇妙な散歩は狭い公園に着き、終わりを迎えた。
ベンチに腰を下ろすと、すぐさま猫がひょいと横に跳びのってきて袋をばしばしとたたき催促する。 紙皿に猫缶を出してやると、器用に前足を合わせてなごなごと鳴く。 こういう人間臭いところを見るとどこかの飼い猫かとも思うが、連絡先のついた首輪があるわけでもないので、真実は依然として闇の中である。
猫に負けるわけにもいかないので、いただきますと一声上げておにぎりを開けて食べ始める。 そのまま互いに何をするでもなく一缶と一個をそれぞれ平らげて、おもむろに立ち上がる。
じゃあまた、と声をかけて手を振る。 猫もなーごとひと鳴きして、ゆらゆら尻尾を揺らしてから、さっと機敏に去っていく。 それを見届けると、ぺたぺたサンダルを鳴らしながら帰路につく。 あいつとあった夜は不思議と夢見が良いので、それをほのかに楽しみにしながら。