ファンタジーは突然に
「ちょっと待ってちょっと待ってねえ待って無理無理こんなのありえない信じない信じたくないここどこなの日本じゃないよああもう誰か助けて!!!」
なんかもうそりゃあデカい芋虫に少年が追われている。叫びながら少年は死にものぐるいで逃げている。
それが第三者からの目線であって、逃げている側からしてはたまったものではない。
それが芋虫の時点で嫌いな人は発狂ものなのだが、深緑色した複眼が8個ついて百足並に足の生えた気持ち悪い芋虫が凡そ文字に表すことの出来ないような奇声をあげてこちらに向かってきたら、
普通の人間なら裸足で逃げ出すだろう。
「そもそもあいつなんなの!?なんで僕のこと追ってくんの!?そんなにコーラ美味しかったの!?ファンタジーならファイアーボールとかくらいポンと出して燃やし尽くせるのに!!魔力とかなんだよ!!!」
悪態をついてもどうにかなるわけでもないが、とりあえず思ったことは口に出さなきゃ気が済まない彼は、こと今においては本気で魔法を使えないかを試している最中だった。
「はあ、はあ、なんか前口上?詠唱?必要なのかな、でも走りながらとか無理でしょ、どんな無理ゲーだよ」
とりあえずただ走る、走る。さびれた村の中を走り抜ける。道中に誰ともすれ違わなかったが、そもそも隣の家まで1キロはあるようなド田舎なので、普段から誰とも会いはしないのだが。
坂道を登りきりお隣さんの家も見えてきた時に、ちょうど玄関からお隣さんが出てくるのが見えた。
「あっ!!助けてくださいお隣の!えっと!キモ沢さん!!!」
「キモ沢じゃなくて芋沢な坊ちゃん。どうしたよ痴漢でも出たか?」
「後ろ後ろ!!!」
キモ沢改めて芋沢さんは、そこで初めて僕の後ろを追いかけてくる巨大芋虫に目を向け、何事も無かったかのように玄関の戸を閉めた。
「ごめんあれは無理、俺の魔法じゃ手に負えんわ」
言いつつ鍵をかけられたので思わず立ち尽くす。ハゲたおっさんに助けを求めたのが間違いだった、と思うと同時に魔法、と言ったことに何かの違和感を覚えた。
「魔法?ハゲたついでに中二病とか頭いかれたんですか?」
「さっきから辛辣すぎないか君。つーかぽかぽかよ、君なら普通に退治できんだろうよ」
どうにも話が噛み合わない。退治なんて僕には出来るわけもないからこうして逃げているわけだし、そもそも魔法なんて使えたらとうにやっている。
「だから魔法なんて僕使えないですよ、僕どころか世界中の人が使えないでしょ…ほんと頭いかれたハゲですねこの野郎」
悪態をつくやいなや、玄関の戸が空き中からハゲの奥さんが出てくる。とても綺麗な見た目20代のお姉さんっぽいのに、これでアラフォーなんだと言うから驚きだ。
「あ、こんにちは奥さん」
「あらこんにちは。蛔虫が出るなんてね、あなた何したの?とりあえず火球打っとくわね」
かいちゅう?だとかひたま?だとか、聞きなれない言葉に狼狽えていた僕だが、それを傍目に奥さんが薄いオーラのようなものを纏いはじめ、手のひらをかざし
「火球」
おっそろしいくらいの熱度を持ったボーリングの球ほどの火の玉が、芋虫に飛んでいった。
拝啓元父さん母さん、僕はファンタジーに迷い込んだ模様です。アーメン。