6.
「サイカ――」
魔王のしもべ達が退却し、しかし未だ混乱収まらぬ学校の敷地内。後者の消滅してしまったその場所で、生徒や教師、あるいは公国の公務員? 達が、生徒たちの手当てだったり、倒され地面に伏せている魔族の捕縛を行っている。
だが、俺はそんなモノに見向きなどしない。他の偽善生徒のように、慈善事業に走るでもなく、うつぶせのまま倒れている一人の魔族の元へと歩き寄る。
【彼が歩く先には、銀髪でスーツを着崩した男の姿の悪魔が倒れています。ともすれば、彼なら、サイカが連れていかれた場所を知っているかもしれません。勿論それは、絶対であるとは言い切れませんが】
サイカが攫われた。それはすなわち、サイカが俺の元から離れ、一人になる、と言う事だ。
それは、あってはならないことである。サイカを一人きりにすること。それは、時によって、彼女自身の精神に悪影響を及ぼしかねない。
互いにとって唯一である俺は、それを見逃すことを良しとは出来ないのだ。
「…………」
だから俺は、これからあの幼馴染を文字通り魔の手から、救い出そうと考えていた。俺には、そうしなければならない義務がある。
そう。例えそれを妨げる相手が、想像を絶するモノでも、だ。
相手は魔王。先日は一撃で張り倒したが、本来そう一筋縄ではいくものではない。唐突ゆえに実感は湧かないが、あるいは死んでしまう恐れさえある。
だが、そんなリスクを冒してでも、俺は行かねばならない。何故なら、彼女を助けようとする者は、恐らく俺しかいないだろうから。
しかし、そうと決まればその場所である。
連れていったのはその魔王。推測するに恐らくその行先は、ヤツらの居城に相当するモノであるのは想像に難くない。ソンダイの言葉から察するに、予想はそう外れてもいないだろう。
「おい、起きろ」
「うっ、うぅ~ん――?」
【カナトがインキュバスの脇腹を蹴飛ばすと、魔王の手下はうめき声をあげました。後ろ手に縛られた彼に、抵抗する術はありません】
だから俺は、その場所を知っているであろう魔王の手下に案内させることにした。頭の中に響く声に、導かれるようにして。
旅は言うまでもなく、困難を極めるだろう。サバイバルも何も身に着けていない俺が、どこまでやれるのかわからない。使えそうなものは、サイカが俺に施した魔法のみ。
待ってろサイカ。今、助けに行くからな。
◆ ◆ ◆ ◆
「所詮は筋肉モリモリマッチョマンの変態、か」
大魔王の根城。その玉座の間の、シャンデリアの明かりに照らされる薄暗い部屋。
その最奥に位置する、今腰かけている玉座の下方。階段を降りた先で首を垂れるソルフェリーノのその頭に、ボクはそう言い放つ。
「で、でもでもっ! アタシ、言われた通りにしたわよォ!?」
「誰が剥け、なんて言ったんだよ。ちょっとやりすぎ」
「そ、それはぁ――で、でも、あんなにカワイイ子をみちゃったら、着せ替えしてあげたくなっちゃうじゃないのォ!」
「確かにあの魔法は対象の特性を多少なりとも受け継ぐけどね、仮にも魔王なキミが魅了されるのは非常にどうかとボクは思うよ。ついでに、割と恥ずかしかったし」
腹立たしくも下に足の届かない玉座で足を組み、ボクはため息をつく。そうしてから、申し開きをする獄魔王へと再び口を開く。
「オシオキ(ニッコリ)」
「んなァッ!? なんでよォッ!?」
「負けたから」
「負けることそのモノはアナタに言われた通りじゃないのよォ!?」
「え? いやいや、負けたらオシオキ。それ自体は世の中の常識だからね?」
「理不尽! ――け、けど、このソルフェリーノ! 大概の責め苦ごときでどうにかなるほど、柔な身体はして、」
「サイアノ。棒」
「うむ」
玉座の傍に控える甲冑の魔王が影から形成した棒を受け取ると、空間に穴を開けて力いっぱいねじ込んだ。
「っ、アォオオオオオオッッ!?」
その先は、獄魔王のお尻だ。
「ひ、ひどいワ、お尻が真っ二つに割れちゃう――」
「元々割れてるじゃないか」
「アタシのぷりちーなお尻に地割れが!」
「うるさいよ傍迷惑ゲイボーイ! ボーイって顔でもないけど! 強引な行為はただの淫行に過ぎないんだよ! このっ! このっ!」
「アタシはバイよォッ! ハゥウッ!?」
ボクは内心、このオシオキで屈強な大男が悶絶するサマを楽しく眺めながら、身をよじって座る位置を直す。そして、自身の企画した騒動に想いを馳せる。
実に。実に、愉快な構図だ。事態こそは世界全てを巻き込んだ動乱なのにもかかわらず、中身はいつもと変わらない、結末のおおよそ決まった小競り合い。いや、今の状況なら大競り合い、とでも言うべきか。
そこまで意図して計画を組んだわけではないが、大枠はまさにその通り。ボクがそこに存在して、キミが挑んでくるという学校でのやり取りが、そのままこの戦いには反映されている。
それを、神の導きとまで呼ぶのは皮肉が過ぎるだろうか? しかしながら、全てを締めくくるに、ある意味この壮大さはふさわしいとさえ思える。
「さあカナト、このボク、『大魔王サイカ』の元までたどり着けるかい?」
空間と空間を繋げ、一方的に幼馴染の姿をボクは眺める。
例のインキュバスの首に縄をかけ、まるでペットを引きずりまわす飼い主のごとき足並みで街を出るその姿。その様は滑稽であり――しかし同時に、どこか頼もしくもある。
さあ、始めようじゃないか。世界全てを巻き込んだ、ボクらのリアルRPGを!