4.
「さて、ここならしばらく見つからないだろうね」
窓にカーテンをかけつつ、隙間から外の様子を伺いつつ、棚と言う棚にそれはもう様々なマジックアイテムが所狭しと置かれた部屋で、サイカはそう言った。
ここは、この学校における魔法実験のための部屋の準備室だ。普段あまり使われない特別教室のオマケのような部屋で、位置的にも学内全域から見ると目立たないところにある。
確かに、隠れるにはうってつけと言えようが。
「一応聞くが、他の奴らは助けなくてよかったのかよ?」
「知らないよ、他のヒトらなんて。大体、人数増えればそれだけ馬鹿の増す率増えるし、そうなれば見つかる可能性も高くなる」
「ま、同感だ」
「ちなみに今現在のこの部屋の馬鹿率は50%」
「俺馬鹿!?」
「ほらほら、隠れてるんだから大声出さない」
サイカはそう言いながら、床に白チョークで魔法陣のようなモノを描き込んでいた。
「何してるんだ?」
「うん? ほら、キミは魔法が使えないだろう? だから、自衛のための術を習得してもらおう、と思ってね」
一応筆記テストの関係上、様々な魔法陣やその法則は暗記している。が、これは見たことが無いタイプのモノだ。
そんなモノを、この幼馴染はいとも容易くさらさらと書き上げていく。
「さ、出来たよ。中央に立ってくれたまえ」
「一体、何をするってんだ?」
俺は指示に従いながら問いかける。こちらが努力して成績あげても、なおその上を行くこいつのことだ。俺の知らないことを知っていても、何ら不思議ではない。
「これは、言うなれば対象に半ば強引に魔力を持たせるための魔法さ。ここに立ちたまえ」
言われた通りに中央に立つと、サイカはこちらに手をかざしてきた。
「術者がこの術式をかける際の魔力を繋ぎとしておき、これを受けた対象者は以降、他者から魔力をいただきそれを行使できるようになる。ただ、そのための条件がちょっと面倒くさくってね。《魔力頂貰{マジック・レシーバー}》」
説明を片手間に術式を唱えると言う、簡単そうに見えて誰にも真似できない所業を行いながら、それは成った。ぼうっと、俺の身体が光り――、
「…………」
「…………」
――そして、終息する。
「――何にも、変わった気がしないんだが?」
「そりゃあ、繋ぎ以外は魔力からっぽだからね。だから、これからキミにはその魔力を補給してもらう。――そろそろだね」
ちらりと、サイカは入り口の扉を見やった。
「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY! ここに居たんだねぇ子猫ちゃぁん!」
その扉を破壊しながら、先ほどのインチキイケメンが飛びこんで来た。
「おや、よくここが分かったね?」
「もっと脛押さえて痛がっていればいいものを」
「ノンノン、僕を撒こうったってそうはいかないんだなァこれが! さっきはそこのその他大勢な男に邪魔されちゃったけど? 覚悟するんだねぇ?」
「俺エキストラ扱いかよ!」
「なァんで僕が視界に男を映さなきゃならないのさァ~?」
「うんうん、活きのいいインキュバス。道しるべのように置いた千切ったパンが役に立って何よりだ」
「――そんなの置いてたか?」
「魔力を例えただけだよ。さて、今飛びこんで来たそこの名もなきタラシはひとまず置いておき、」
「いきなり放置プレイかい!?」
「カナト、復唱。『汝、我が意に同意し、その魔力を与えたまえ』」
「えっ、あ、ええっと、『汝、我が意に同意し、その魔力を与えたまえ』」
「そして次にキミ!」
「えっ、僕にもなにか!?」
「適当に、肯定の意を示したまえ!」
「嫌だよ!? 下のそれは魔法陣だよねぇ!? 怪しさを隠す気すらないのはどうかと思うよ!」
「ほう、やるじゃないか。気が付くとはね」
「そんでもって、契約文からして明らかに僕に不利な結果しか及ぼさないじゃないか!? それなのに、どうして僕がそれに頷かなくちゃ――」
「キミ、女の子好きかい?」
「『うん!』」
「はーいごくろーさーん。《不意打爆撃{バックブラスト}》」
「へ? どひゃあっ!?」
サイカが魔法を唱えたとたん、イケメンの背後で爆発が起こり、俺の方へと飛んできた。
「っ、ちょ、まっ、ぐえァっ!?」
――そして、そのまま俺はその悪魔に押し倒される。
その瞬間、俺の中に何かが流れ込んでくる感じがした。それが来るたびに、何かが急速に満ちて行くような感覚を受ける。
「キミねぇ、いくらなんでももう少し疑りたまえよ。今どき、ここまでドストレートに古典的手に引っかかるなんて、ザリガニくらいしかいないよ?」
「ぼ、僕は、全世界の女性に対して『いいえ』と答えるような不誠実インキュバスではないんだ! 例え、キミのようなスレンダーをスレンダーのまま縦に縮めたような女の子でも!」
「ぴくっ」
油に、点火される音を聞いた気がした。
「っ、待ておまっ、よせ――ッ」
「ゑ?」
「《焔獄魔弾{ヘルズ・ボムスフィア}》」
時すでに遅し。サイカが頭上に掲げた掌は、既に極大の炎の塊を投げた後だった。俺と、頭の残念なインキュバスへと。