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2.

「くっそ、またかよォ!」


 教室の自分の席で、俺は我ながら非常に情けない叫び声を上げた。自身の尊厳を自ら打ち砕くような、それはもう、自分で言うのも何だが憐れみ溢れる声。


 そんな俺の声に、隣の席で机の隣接した幼馴染の幼女、いや、少女がクスクスと笑う。


「ふふん、自分の実力を改めて実感したかい?」

「うるせぇフザケンナ! 勝ちようあるかァッ!」


 同級生にして幼馴染の少女が見せてきたテストの答案に、自分の答案を押し付ける。

 横並びに並ぶ、二人の名前。俺の名前「カナト・ルート」と、幼馴染の名前「サイカ・ヘヴァンリィ」。それぞれの答案の点数欄に示された数値は、96点と100点。

言うまでもなく、数値の大きいほうがより良い点数である。


 このテスト発表日の前、公衆の面前で俺は勝利を宣言した。目の前の天才に見事勝利を納め、万年一位を二位に叩き落してやる! と。


 だが、結果はご覧の有様である。


「魔法の才能がなくてボクに勝てない。イコール、ならば筆記試験の点数で勝てばいい。そこまではよかったよ。キミにしては実にいい閃きをしていたと思う」

「『しては』の無駄な罵倒感!」


 溜めに溜めて。サイカと言うどう見ても同じ17歳の同級生とも思えぬほど小さな少女は、大きく、それはもう大きく息を吸って。その可愛らしい口を開く。



「だけど、実力がまるでゴミのようだったねェ!」

「どちくしょォッ!!」



 サイカは容姿に似合わぬ「わはははは!」と言う笑いを上げる。ニヤニヤしやがって、小憎っっったらしいったりゃありゃしない! 日常茶飯事なのが尚更腹立つ!


 と言うのもサイカはこのイニピール公国の学園に置いて。魔法学だけでなく、公用言語や数学、それはもう科目と言う科目が、出会うたびに100点満点なのである。おまけにスポーツ万能。


 対して、いい点を頑張ってとっても満点自体は取ったことのない俺。運動能力とかもそれなりだが、飛び抜けているわけではないため、ぶっちゃけ自分でも平凡だと思う。


 そんな奴がサイカ相手など無謀だって? うるせぇ、こっちだってもはや自棄なんだ。


 老若男女の内17歳だけが存在するこの教室の中。それぞれが、先ほどのテストに関する話題や、全く関係ない話題の中の一つ。俺達も、そんな日常の一つ。


「アンタなんかがヘヴァンリィさんに勝てると思ってんのぉ?」

「ヘヴァンリィさんはお前なんかと違って超優秀なんだよぉ!」


 サイカの取り巻き共が、俺を罵りだす。相も変わらずやかましいヤツらだ。


「キミらはキミらで、カナトと同等レベルの成績を残してみなよ。行こうか、カナト」

「あっ、ヘヴァンリィさん!」

「キミらはついてこないように。いいね?」


 サイカ手を引かれ、教室を出る。後ろで「魔法も使えないクセに」とか、「どーせヘヴァンリィさんのいつもの気まぐれだよ」とか言う怨めしげな声が、瞬く間に遠ざかっていく。


「まあでも、ボクに挑戦しようってだけあって、何とビックリ、学年2位タイじゃないか。結構、今回の筆記は難しかったと思うのだけどね」


 励ますようでいて、やはりどこか小ばかにした様子を隠しもしない幼馴染。


 長く艶やかな黒髪が腰まで延び、白い肌は陶磁器のようにシミなく透明感。頬はケタケタと笑って血行がよくなりでもしたのかいつもより赤みが増し、そうでなかったとしても薔薇のようだと揶揄されるであろう鮮やかな色付き。

 唇も赤色のスイートピーのように愛らしい。と、やはり評されるであろう容姿。

 ――ただ。俗な言い方をしても美少女としか言えない容姿をしているのに。スタイルだけは壊滅的に悪い。

 一言で言えば幼子。幼女。ちっちゃい子。胸に校章の刺繍されたローブは、本来予定していた成長サイズよりも大きかったのか、床に引きずって歩いている。

 本人は、自分が床掃除をしていることに気が付いているだろうか。


「その難しかった筆記で100点アッサリだしてんじゃねーよ! それに大事なのは順位じゃねぇ、お前に勝つことだ!」

「2位じゃダメなんですか!?」

「ダメだから今こうして嘆いてんじゃねーか!」

「キミもいい加減諦めたらどうだい? この先、何十億年経ってもキミの勝てる確率は――」

「……一ついいか、サイカ」


 と、ここで俺は、廊下のど真ん中で立ち止まり、こいつの話を切る。


「うん?」

「確率だとか、勝てるだとかそんなモノはもはや関係ない」

「さっきまでの話と矛盾してないかい? だが敢えて聞こう。何で、そこまでボクに勝ちたいとか言う妄言を吐いているんだい?」

「お前がそうやって鼻で笑うからムキになっちまってんだろォがァああああああああッッ!!」


 うん。先ほど言った通り、もはや勝てる勝てないの次元の話ではないのだ。勿論、打倒、打ち破るためにやっているのは間違いない。

 ただ、それだけではない譲れないモノも、ありはする。それこそ、敢えて口にはしないが。


「ハハッ、なるほどねぇ。結構結構。キミから負けん気を取ったら、何も残らないからね」

「辛辣! いい加減にしろよ!?」

「その点、ボクは何を取られても、元々が持ち過ぎててぶっちゃけ痛くもかゆくもない」


 サイカは振り向き、腰に手を当て、無い胸を張る。


「才能も知能も財力も、そして運も! 誰もが羨むモノをボクは持っている!」


 そして、天井を仰ぐように、両手を広げる。


「天はボクに万物を与えたッ!」

「体型は除くだろうが!」


 あんまりにも、あんまり尊大に調子に乗りやがるから、俺もつい口に出してしまった。

 言ってしまって。しまった、と思った。


「ぴくり」


 他者と比べ、何もかもを持っていると自覚しているからか。こいつは、それらの価値を知っているし、それを今無い胸を張ったように誇っている。

 言い変えれば、すこぶるプライドが高い。動揺もしない。いわゆる、メンタルが硬い殻で保護されているところがある。


「ほほう、随分な勇気じゃないか」


 ゴゴゴゴゴと、俺どころかこの学園一魔力を持ち合せているサイカの周囲に魔力が満ちる。周囲の生徒の全員が一目散に退避。噴火五秒前。


「カナト。キミは今、大罪を犯した。それを、自覚しているかい?」


 しかし、唯一持っていないナイスバディ。その一件完璧な本人のスペックに存在する穴を刺激すると、一気に激情が燃焼をし始めてしまう。

 そんな起爆剤を、俺は――、


「やり直し利きませんかね?」

 つい、そしていつも思っているがゆえに、着火してしまったのである。


 ……………………。


 ――ふっと、大気中から正体の分からない何かが抜けた。



「コンティニューなんて無いよ(にっこり)」

「うわ、いい笑顔っ」



 刹那。校舎の一角は、大爆発を起こした。


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