tacet.(ひっそりと)
「とりあえず...どうするか」
学生指揮者のりょう先輩が、ミーティングを仕切りだした。
顧問の五十嵐先生は、今日は出張だった。
「カラオケボックス使うとかは?」
「公民館のホールとか?さすがにこんなこと知らないっしょ?」
などと、意見が出る。
すると、おずおずと手が上がった。6年の戸部せあらさんだ。正真正銘の良家のお嬢様。
「うちの経営のホールがこの近くにあるんだけど...。あんまり使う人いないから」
なんて気の利く先輩なんだろう...。かなり尊敬してしまった。
いや、もともとしてます...。
「なら...何とか大丈夫かな?」
「うん。楽器運ぶなら、車とか出せるよ?」
いったい何者なんだろう、この人は...。そう思っていると、楽器管理係の先輩が手を挙げた。
「弦バス、外用の楽器使ってー!あと、バスクラとサックスもー」
「どしたの大渓?」
りょう先輩が、不思議そうに彼女を見る。
「ああ。えっと、いつも使ってる楽器、あれ高いんで、楽器庫にあるんですよ」
「あー、理事長か...」
そう、鍵は理事長が管理している。五十嵐サン曰く、あんな高価なものを、自分で管理するのは、気が遠くなるそうだ。大丈夫かよ、顧問...。
戸部家のホール(仮)に向かうために楽器をおろしていると、運悪く、クラスメイトに会ってしまった。
木下繭里と伊能リコ。噂好きの2人組。
今年の4月ごろに、どこ情報なのか、西塚さんの彼氏がかなりの女たらしだという噂をばらまき、校内その話でいっぱいになったことがあった。案の定西塚さんはマジ切れ。渋谷でその人と遭遇して(女連れで)、大騒ぎになった。
「あれ、マリじゃーん!」
「どうしたの?楽器なんか運んで」
いちばん聞かれたくないことを、お構いなしに言ってくる。
私がうろたえていると、莉緒先輩がやってきた。
「ああ、マリのクラスメイトじゃん。今日は先生が出張だから、家に行くんだよ」
先輩、ナイス。
「へーえ。そうなんですか」
「マリがんばー!!」
そう言って歩いていく2人。莉緒先輩は、
「気を付けてよ、マリ。バレたらヤバいから!!」
そう言って私の手に自分のリードケースをのせて、部室に戻っていった。