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竜騎士

 わたしたちは片方のエンジンだけで航行をはじめた。

 でている加速度は、通常の半分しかない。うしろには海賊船団が迫っていた。


「2機だけ先行してきます。映像データによると、エーフェ銀河帝国の前世代小型軍艦みたいです」

 ジェニーが映像解析した結果を伝える。

「こりゃ、プラズマ砲じゃ傷ひとつつけられないな」

「エーフェ銀河帝国が海賊を援助してるってのは本当みたいね」

「まあ抗議しても、盗まれただけって言うだろうけど」

 おそらく型落ち品を横流しして、戦力を増強させてるのだろう。

 船員たちが苦々しげにつぶやいた。


「わかったわ。このまま最大加速度で直行。小惑星帯に入ったら、竜子転移機雷をしかけるわ」

 マオの登場で立ち直ったフェイがみんなに指示をだす。

 今のミルフィアは小惑星の密度が厚い場所へと突入する航路をとっている。

 マオの提案だった。

 その目的のひとつは、敵の砲撃に対する壁にすること。単純な砲撃戦になれば、プラズマ砲しか装備してないこちらが、圧倒的に不利だからだ。


「敵艦のエネルギー密度が上昇。荷電粒子砲だと思われます」

「大丈夫、まだそうそう当たる射程じゃない」

 敵の戦艦から光の奔流が放たれる。それはわたしたちの船の上方を通過していき、前方にあった小惑星を爆散させた。


 それから間もなく、わたしたちの船が小惑星帯に突入する。

「竜子転移機雷を投下!」

 フェイの指示で、わたしたちの船から竜子転移機雷が二個投下される。

 目的のふたつ目は、竜子転移機雷を小惑星の中に隠すこと。竜子転移機雷は威力は高いが当てにくい。2個しかない以上、こうするのが一番確率の高い方法だった。

 運がいいことに、荷電粒子砲を無駄うちしてくれたおかげで、ゴミが周囲の空間に飛散した。

 これはかなりのカモフラージュになりそうだった。


 敵艦はまっすぐにこちらを追いかけてきている。

「敵艦、竜子転移機雷投下位置を通過します」

 敵が小惑星帯に進入した瞬間、青い球状の光が彼らの目前に展開される。

 光が消えたとき、敵の戦艦の左舷部分がべっこりと消失していた。

 恐らく消失した部位は、天空域に送られてぺちゃんこになってるだろう。

 戦艦の装甲や電磁バリアなど関係なしにその身を剥ぎ取る。竜子転移機雷の力だった。


「発動は一機のみ。二機目は不発です」

 こちらを追う戦艦のうち機雷に引っかかったのは一隻だけ。もうひとつは避けられたようだった。

「十分よ」

 しかし、それで問題なかった。一隻は落とせたし、もう一隻も機雷を警戒して足を止める。狙い通りの動き。


 わたしたちのこの行動の一番の目的。

 それは小惑星帯の中で、距離を稼ぐ時間を作ること。


 マオからの指示はこうだった。

 小惑星帯の中に入ること。距離を稼ぐ時間を作ること。なるべく直進して動くこと。

 これら全てに理由があった。


「敵が停止したわ。マオさん!」

「わかった。竜騎士マオ=メイリ、出る」

 起動した射出カタパルトから、マオがわたしたちの進行方向に対して垂直に発射される。本来はゴミの放り出しなどに使われるものだ。


 距離を稼ぐというのは、敵艦と自分たちの距離というだけではない。マオとわたしたちの距離も同時に稼がなければならなかった。


 宇宙に放り出されたマオは生身だ。しかし、その体は強い青い光に覆われて守られている。

 そしてその光がどんどん強くなっていく。


「マオ=メイリの竜子細胞の活性が上昇。90パーセントに到達しました」

「活性値さらに上昇。臨界点を突破。竜騎兵ドラグーン出現します!」


 マオの体が光に包まれ、青く輝く星のようになった。

 その光が収束していったとき、マオの背後に黒く巨大な何かが出現していた。

 とても大きな顔と、それに不釣合いな小さな蛇のような体。見方によってはおたまじゃくしのようにも見えるかもしれない。

 竜と少し似たその顔の八割をしめているのは、とても大きな口。

 これが竜騎兵ドラグーンだった。


 竜人ノーマルの中では、異常なほど竜の細胞の活性を高められる者がでてくる。

 そんな竜人が全力で細胞を活性化させると、竜の力が肉体に留まる限界量を超え、外部に新たな力の澱を形成して具現化する。

 それが竜騎兵だった。

 竜騎兵はそれぞれ違う形を持ち、彼らの精神の力というべきものに反応し、ときにまるで竜のような超現象を起こす。


 基本、わたしたちの政系では竜の細胞の活性が高いからといって、偉くなれるわけではない。

 竜の遺伝子の力は一定以上あればよく、学業や指揮能力、知識や技術などで、各々の立場は決まっていく。

 しかし、特別な力をもつ彼らは竜騎士と呼ばれ、その立場もちょっとだけ特別なものになっていた。

 わたしが修理のときにだした剣も、実は竜騎兵ドラグーンなのだ。

 しょぼいとか言うな……。


「竜騎兵のデータを測定完了。

 速度 C-(シーマイナス)

 動作性 C-(シーマイナス)

 防御性能 C+(シープラス)

 感応性 B(ビー)


 破壊力 ND(擬竜ニアリードラゴン


 騎兵コード 0308035298 登録名称 大喰い竜クエーサーです」

 

 マオが出現させた大きな口をもつ大喰い竜クエーサーと名づけられた竜騎兵。

 竜騎兵の力はND、A、B、C、Zであらわされる。NDは竜に次ぐ力をもつ。実質、最高値だ。



「マオ=メイリ、聞こえますか?ミルフィアとの距離、60000マィル以上離れました」

 マオが装備している通信機は、わたしたち艦橋と繋がっている。

「了解。うしろは飛ばないようにして。あまり見えない」

 マオが再度忠告するようにわたしたちに言う。

「敵艦航行を再開!」

 敵の戦艦が航行を再開する。後続の船たちも追いついてきている。


 マオ=メイリの竜騎兵が動いた。

 大喰い竜クエーサーが宇宙空間で、その大きな口を開ける。

 マオのまわりにあった小惑星たちが、吸い寄せられるように彼女に向かって加速していく。

 そしてそれは、大喰い竜クエーサーの大きな口に冗談のように飲み込まれる。

 次の瞬間、宇宙空間に長大な光の槍が出現した。


 まるで世界を貫くかのように出現した、あまりにも長い光の槍。

 それは旧式とはいえ軍用艦の装甲をあっさりと貫き。それでもまだ足りぬというように無限遠の彼方まで延びている。

 放たれたのは、彼女の大喰い竜の口もとからだった。

 光の槍は彼女の前方だけでなく、後方にも伸びていた、彼女の後方にあった小惑星帯に、ぽっかりとその直線上だけ何もないトンネルみたいな空洞ができあがっていた。


 超重力旋転加速砲。

 彼女の竜騎兵、大喰い竜クエーサーは口の中に高速回転する超重力核を発生させる。

 この重力に飲み込まれた物体は、超重力核が放つ強力な磁力に誘導され、その周りを公転しながら中心部へ落ちていくことになる。

 この公転は角運動量保存則により、中心部にいくほど速くなっていく。

 中心からの距離が2分の1になるだけで、回転速度は4倍になる。さらに縮まればさらにその倍に。

 飲み込まれる物質の間では、内と外の速度の差で摩擦が生じる。脱出限界の直前では、原子レベルの距離の差ですらとてつもない速度差となり、膨大なエネルギーがそこから生産されていく。

 自らの生み出したエネルギーにより、ばらばらの原子核と電子の渦となったそれは、高速回転するとき電子の作用により回転軸を包むように上下にらせん状の磁場を形成する。

 その磁場でできた砲身を、粒子の衝突により生じた光の圧力で限界まで加圧された粒子が一気に駆け抜けていく。その速度は光の99%にも達するという。

 これが喰い竜クエーサーの放った光の槍の正体だった。

 恐らくこの宇宙で竜を除けば、最強最速の加速粒子砲台だろう。


 軍用艦は一撃で沈んでいった。

「すごい……」

 船内の誰かが呟く。

 みんな同じ気持ちだった。


「マオ=メイリ、一隻撃破。次の砲撃地点へ移動を開始する」

 そんな中それをやった当人だけは、何事もなかったようにいつもどおりの平坦な声で次の行動に移る。


 小惑星帯に入った理由はこれを撃つためだった。

 彼女の竜騎兵は、まわりに飲み込む物質があってこそ力を発揮できる。なのでいくらでも飲み込める岩が浮かんでいる小惑星帯は、彼女のベストポジションだった。

 そして距離をなるべく稼いだ理由は、彼女の竜騎兵が放つ超重力にわたしたちが飲み込まれないようにするため。それと彼女の竜騎兵もあまり速くはないからだった。


 竜騎兵のなかでも、有数の火力を持つと思われる彼女の大喰い竜クエーサーだが、機動性と防御性能はあまり優れてない。

 彼女の砲撃はまわりに飲み込む物質がないとできないので、まわりの物質を食べきってしまったあとは、いちいち場所を移動する必要がある。

 その移動のためのタイムラグが、一番のリスクだった。

 彼女の竜騎兵は近接戦闘は不得手だ。超重力場に相手を飲み込めるので攻撃力は申し分ないのだが、速度と防御性がない。飲み込む前に砲撃などでやられてしまえば、アウトだった。 

 だから敵とマオ、マオとわたしたち、両方の距離がほしかった。


 最後のなるべく直進してほしいというのは、彼女の砲撃は絶対に前後に放たれるので、うしろの射線に間違ってはいってしまえば、わたしたちのほうが死ぬからだ。


「大喰い竜、60秒後に再砲撃可能地点に到達します」

「よし、プラズマ砲を射程外から撃つわ。当たらなくてもいいから、できるだけ敵の気をマオからそらして」


 彼女がやられてしまえば、わたしたちもアウトだ。なのでわたしたちの役目は、敵の陽動ということになる。

 ただしこっちがやられてしまえば、もともこもないので、たいしたことはできないのだが。


 やはり敵もどちらを倒さなければいけないのかわかってるようで、こちらにはぴくりとも興味をしめさず、マオのほうを負い続ける。


「マオ=メイリが第二砲撃地点に到達」

 通信のあと、すぐに光の槍が放たれた。槍が生じる瞬間、小惑星帯に一瞬だけ恒星のような光がうまれる。

「2隻目、撃墜」

 艦橋に落ち着いた彼女の声が響く。


「よし、いけるわ!」

 速度から推定するに、軍用艦の型落ちだったのは先行した2隻だけだったらしい。

 残りはただの改造船みたいで、進行速度は予測したよりもさらに遅かった。

 軍用艦2隻はすでに落ち、マオがさらに1隻を落とした。

 敵の残りは小型と中大型の2隻だけ。勝ちが見えてくる。

「すげぇよ、マオ=メイリ」

「さすが竜騎士だわ」

 艦橋のムードも、明るくなっていく。


「第3砲撃地点に移る」

 彼女が竜騎兵をうごかし、移動を開始したとき。

 彼女の背後に船が現われた。

「なっ!?あれは!」

 左舷の4割を消失した船体。満身創痍だが、その船の光は執念深く宇宙の闇に浮かんでいた。

 竜子転移機雷の直撃を受けたあの船だ。まだ動けたのだ。

 しかも、ジャミング装置を搭載していたらしい。レーダーには映っていなかった。

 機雷を受けた瞬間から、ジャミングを発動させ、死んだふりをして潜伏していたのかもしれない。

 まずい……!


「しまった」

 通信から流れた彼女の声も平坦だが、わずかに焦って聞こえた気がした。

 彼女の弱点がでてしまった。

 超重力に巻き込むにしても、潮汐力で引き裂くにしても、敵が砲撃を撃ち終える方がおそらくはやい

 船内の人間は思わず目を瞑った。

「誰か、マオを守って!」

 誰かの祈りの声が聞こえた。

 彼女を捉えた荷電粒子砲から光が放たれようとした瞬間、その船体が砲身ごとまっぷたつに切り裂かれた。

 加速されていた荷電粒子が暴発を起こし、船はそのまま消失していく。

「何が起こったの!?」

 映像を見ていた船員が、驚きの声をあげる。


「なんで?」

 振り返った瞬間、爆発した船をみたマオも、不思議そうな声音で呟いた。

 いきなり起きた不可思議な現象。しかし、それが何だったのか誰も答えるものはいない。

 呆然とする船員たちを、ケニーの声が正気に引き戻した。

「マオちゃん、あと2隻よ!」

「うん」

 マオはすぐに移動を再開する。

 第三砲撃地点に彼女が到達し、また超重力旋転加速砲が放たれる。あっさりと4隻目が落ちた。


 最後の中大型船は旋回し、わたしたちから離れていく軌道をとりはじめた

 逃げる気なのだ。

 だが、大喰い竜クエーサーの射程から逃れるなんていまさら不可能だった。


「マオ!逃がしちゃだめよ!」

「もちろん」

 わたしたちは殴りかかってきた相手を、笑顔で逃すようなお人よしじゃない。

 理不尽な暴力には、正義の暴力を。

 第四砲撃地点に到達したクエーサーから放たれた光の槍は、逃げる彼らの中大型船すら一撃で沈めたのだった。


「やったわ!」

「わたしたち勝ったのね」

 中大型船が沈むのを見届けたミルフィアの艦橋は喜びに包まれた。

 涙ぐむ人間もいる。

「神よ、与えてくれたこの奇跡を感謝します」

 神に祈ってるのは一人だけだったが、みんな命の危機からの脱出に喜び、この危機を救ってくれた竜騎士に感謝する。

「U・S・A!U・S・A!」

「U・S・A!U・S・A!」

 興奮した彼らにより、移民船伝統のウーサコールが起きる。

「M・A・O!M・A・O!M・A・O!」

 ついでにこの危機を救ってくれた竜騎士の名前もコールされる。

 艦橋のカメラでは、いつもと変わらぬ無表情で、こちらへと向かってくる彼女の姿が映っていた。


「そういえば、あんた剣なんてだしちゃってどうしたの?」

 ベリルがほーっと一息つく私に尋ねてきた。

 わたしはあごに手をあてて、かっこいいポーズをとりながら答えた。

「ふっ、もしものときのためにね」

「そんなときは一生こないわよ。危ないからしまいなさい」

「あうー……」

 

 そうして密航者から英雄となった彼女を船内に賓客待遇で迎え入れ、ミルフィアはようやくハーベルトへの帰路についたのだった。

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