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白と黒

「それではもう一度、確認します。

 天空域からでたところ、海賊船があらわれ、追いつかれそうになったので、たんぱく質食料の15%と生鮮ジュースの2%をカタパルトで捨てることによって軽量化。海賊船に対してデッドチェイスを挑み、命がけの勝負を繰り広げた結果、海賊船が小惑星にぶつかって勝利したということでいいんですね」

「その通りです」

 グラスの少女が復唱した事件のあらましを、フェイ=ファラオンは表情ひとつ変えずに頷いた。

 書記で、ヴィスニャという名前らしい。

 ヴィスニャの言葉にはとげとげしい嫌味っぽい雰囲気が、たっぷり含まれていた。言い訳にどう考えても無理があるだろう、といった感じだった。

 しかし、その当て付けもあっさりフェイにかわされ、彼女の眉間に皺がよる。


「もっと重いものもあったでしょう。なぜ質量の軽いたんぱく質食料を宇宙に投げ捨てたんですか」

「緊急時でしたので輸送の簡単な質量の軽いものから投棄しました。近くにあったので生鮮ジュースもついでに投棄しました」

 フェイの言い分は一応筋が通ってるので、性質が悪かった。

 たんぱく質食料程度の質量じゃ、航行速度にほとんど影響ないということを除けば。

 ヴィスニャだって、それを指摘したかった。

 しかし、そう言えば「ほとんど影響が無くても、少しでも速くしたかったので」などとまた白々しく言い逃れされることが目に見えていた。

 現場を見てない以上、それが判断のミスであることは指摘できても、それが真っ赤な嘘であることは指摘できないのだ。

 ヴィスニャの唇がわなわな震える。


「落ち着いて、ヴィスニャ」

 冷静さを欠きそうになっていたヴィスニャに、後ろからなだめるような優しい声がかかった。

 生徒会長のクリス=ブランだった。

 それから、フェイたちミルフィアの乗組員にも思わず見ほれてしまうようなやさしい笑顔を向ける。

「失礼したね。僕たちとしても、君たちを尋問したいわけじゃないんだ。

 海賊船にはみんな悩まされてるから、できるだけ多くの情報が欲しくてね。どうやら話せない事情があるみたいだけど」

 そういってクスリと苦笑いする、その顔もさまになっていた。

 フェイとユーリ以外の女性乗組員の顔がぽーっとなる。


「ひとつだけ聞いていいかな」

「なんでしょうか」

「ほとんどの海賊船の残骸については荷電粒子砲みたいなもので破壊されていたけど、ひとつだけ切断痕があるものが見つかったんだ。君たち何か知らないかな」

 それに答えるものは誰もいなかった。

 船の破壊原因については敵が搭載した荷電粒子砲が、小惑星衝突時に暴走したのだと主張するようにしていた。

 しかし、あのとき船が切断された現象については、本当に船員たちにとって謎だったのだ。ここにはいないマオも含め、あの船に乗っていたほとんどのものにとっては……。

「申し訳ありませんが、本当に心当たりはありません」

 船員を代表してフェイがそれに答えた。

「そうか、わかったよ。急に召集をかけてごめんね。来てくれてありがとう」

 どうやらこれで済んだらしい。

 マオのことがばれずにすんで、みんなほっとため息をはいた。

 ユーリも厄介な用事がおわり、ほっと一息ついた。

「それから、ユーリさん」

 すると、いきなりクリスに話しかけた。

「はい、なんでしょう」

 完全に虚をつかれたユーリは、びっくりしながらクリスに何の用か聞いた。

「報告書の書式、全部間違ってたから、全部書き直してね」

 それだけ言うと、クリスは生徒会の方に戻っていった。みんなに向けたような笑顔ひとつもない。

「ブランさまってユーリにだけ冷たいのね」

「なんだよぉ……、あいつぅ……」

「やっぱ、何かやらかしたんじゃないの」

「心当たりまったくないんだけど」


「てめぇ、竜騎士だからって調子にのりやがって!」

 事情聴取が終わり、船員たちが解散しようと思っていると、通路の向こう側から怒鳴り声がした。


 宇宙船区画は許可をもらった生徒以外の立ち入りは禁止されてるので人が少ない。

 いるのは船の制御係りになった生徒や、それを監督する先生、あとは生徒の手ではおえない部分を担当するエンジニアたちぐらいだった。

 しかし、安全上、閉鎖などすれば緊急時に隔壁が壊れて避難できなくなる危険があるので、出入りに物理的な制限があるわけではなかった。

 あくまで立ち入り禁止はルール上の話しで、セキュリティのある重要区画以外は、その気になれば入ることは可能だった。もちろん、先生に見つかれば罰を受けるのだが。


 そしてどこにでもはみ出しものはいる。

 このハーヴェルトにおいても、不良と呼ばれる生徒は一定数存在する。そういうものたちは、逆に人のいない宇宙船区画を好んでたまり場にしていたりする。

 ヴィスニャがその怒鳴り声に眉をひそめた。

「また不良生徒ですか。生徒会として注意してきます」

 それにユーリたちもついていく。


 声のしたほうに近づいていくと、一人の生徒が10人ぐらいの男に取り囲まれているのが見えた。

 取り囲んでいる男たちの方はハーヴェルトの制服すら着てない。囲まれている生徒の方はいちおう制服は着ていた。かなり着崩してあるが。

 数的にも外見的にも、囲んでいる男たちの方が凶暴そうだった。

 なのに、囲まれている生徒のほうには微塵も怖れる様子がなかった。


「別に調子なんかのってねぇよ。お前らこそ数に頼らなきゃ喧嘩も売れないのか。雑魚が」

 その190cmはある長身から、男たちを見下した視線が飛ぶ。

「てめぇ!今日こそぶちのめしてやる」

 その言葉に切れた男たちが、生徒へと飛び掛った。

 10対1、制服を着た生徒の方が圧倒的に不利に見えた。しかし、体を沈みこませた生徒は、壁をつかみ無重力下とは思えないほどの蹴りを放つ。

 一気に3人ほどが吹っ飛び、そのまま壁に叩きつけられノックダウンした。

 それからは圧巻だった。男たちの攻撃はことごとく空を切り、壁を蹴り縦横無尽に動く生徒の攻撃は、男たちをまたたくまに倒していく。

 そして最初に因縁をつけていたリーダー格らしき男だけが残った。

 その男も攻撃を受けてすでにぼろぼろだったが。


「こ……、黒獣……」

 注意にいくと息をまいてたはずのヴィスニャが、怯んだ顔で立ち止まっている。

 生徒会に入るような人間なら、無重力下での戦闘訓練も優秀な成績をおさめてるはずなので、彼女にとって不良ぐらいなら、おそるるに足りない相手のはずだった。さすがに10人同時にこられては厳しいだろうけど。

 そんな生徒会の女子生徒が怯んでしまった理由は、あの10人をまたたくまに倒した生徒のせいだった。


「ゆ、許してくれ。因縁つけて悪かった」

 リーダー格の男は、すでに戦意を喪失していた。

「お前らもいい加減しつこいんだよ」

 しかし生徒の方はとまらず、苛立たしげにリーダー格の男の襟をつかみあげ、漆黒の髪からのぞく黒い瞳で睨みつけた。

「いまここでぶっ壊してやろうか?」

「ひぃっ!」

(いけない。やりすぎる!)

 ユーリはそれを見て止めに入ろうとした。

 だが、その前に別の手が、彼の腕をつかんだ。

「クロト、やりすぎはだめだよ」

 それは生徒会長であるクリスの手だった。

「ちっ、お前かよ、クリス……」

 クロトはクリスの顔をみて、一瞬顔をしかめたが、不良を掴んでいた手をはなす。

 不良のほうは、その隙に悲鳴をあげて逃げていった。

「いいのかよ、逃がしちまって」

「大丈夫、彼らの顔と住所は覚えてるから、あとで罰則は受けてもらうよ」

 クロトの質問にクリスは笑顔で答える。


「すごいわ、ブランさま。黒獣とも笑顔で話してるなんて」

 ベリルが目からハートマークを飛ばす。

「そんな褒めることかねぇ」

 みんなから黒獣と呼ばれ怖れられる生徒の名前は、クロト=キサラギ。

 白の王子については知らなかったユーリも、黒獣という呼び方については知ってた。

 竜騎士であるのにもかかわらず授業をよくさぼり、いろんな場所でしょっちゅう暴力沙汰を起こしている不良生徒クロト。しかも、喧嘩はめっぽう強くて、他の不良たちが何人で襲い掛かっても、返り討ちにしてしまう。

 その名前はいつの間にか一般生徒からも恐怖の対象として見られるようになっていた。

 ついたあだ名が黒獣だった。


(ちゃんと喧嘩した理由まで聞けば、不良に襲われてる生徒を助けたり、逆恨みされて襲い掛かってきたのを返り討ちにしたり、怖がられるようなことじゃないと思うんだけどなぁ……)

 もちろん喧嘩した理由も、噂を聞けばちゃんとわかる。

 ユーリとしては、こんなに怖れられるようになってしまった理由が謎である。

 まわりを威圧するような長身や、するどい目つきが悪いのだろうか。


「それからクロト、5限目は模擬戦だよ。ちゃんと来てね」

「ちっ、めんどうなときに見つかっちまったな」

 クリスは他の生徒のように怖れたりせず、クロトに気軽にはなしかける。

「さぼるならクロトも罰則だよ。ここにいるのはルール違反だし。

 ふふっ、それとも僕に負けるのが怖い?」

 それどころか、挑発的な笑みまで浮かべてみせる。

「ふざけんな。今日こそてめぇをぶったおしてやる」

 そういってクロトは笑顔を浮かべるクリスを人睨みすると、エレベーターのあるユーリの方に歩いてきた。


「やあ、クロト。元気?」

 ユーリはクロトに向かって挨拶する。

 クロトはユーリの姿を見ると、そのまま3秒ぐらい見つめて。

「けっ」

 そっぽむいて、そのまま去っていった。

「あいつも無視かよ……」

 ユーリは口をとがらせて愚痴を漏らした。

「ちょっとちょっと、あんたなに黒獣に話しかけてるのよ」

 ベリルが青い顔をして抗議してくる。

「いや、だって知り合いだし」

「やめてよね。もし機嫌損ねて、わたしまで巻き込まれたらどうするのよ!」

「そんな怖がる必要ないってば」

 ユーリの知るクロトはそういう性格ではないし、実際、一般生徒に暴力を振るったという話はまったくない。

「お礼参りとか怖いから、しばらくあんたの友達やめるわ。都市区に無事に戻ってこれたら友達に戻ってあげる。それじゃあ、わたしはブランさまの模擬戦見にいくから」

 そのセリフによってユーミの中の友達甲斐のない友達大賞を受賞したベリルは、ユーリを置いてエレベーターにのっていってしまった。

「おーい……まてやこら!」


 いつのまにかドックには、生徒会の人間も、船員たちもいなかった。

 クリスも、クロトの姿もない。

 ユーリは1人ドックでため息をついた。

「あーあ。どうしてこうなったかねぇ」



「昔はふたりともあんなに可愛かったのになぁ……」





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