学園船
ハーヴェルトは20万人ほどが住まう都市型の巨大宇宙船だ。
完全独立した生態循環機構と、擬似重力発生機構をもち、通常宇宙空間と天空域の航行機能も持つ。
擬似重力発生機構は旧世代のような回転運動などを利用した効率の悪いものではなく、竜骨による「風」の調整により居住空間にある物体に一様な1Gの力をかけるものが使われている。
建造用途は、大政府所属の人間の教育と養成のため。
ユーニティアの大政府においては、完全な官僚制度が組まれ、選挙制度は移民船団のころから停止されている。宇宙単位の規模と人数で選挙や議会政治をやると、有効な人員選出にならず議会は機能しないというのが定説になっていた。
居住可能惑星に住む小政府は自治を、全体を統括する大政府系は全体の管理と後進の育成を担当するのが自然と割り振られた役割だった。
だから子供たちを集め、未来の大政府所属の人間たちを育成していく。
ハーヴェルトに住む学生は8万人ほど。残りは教育関係者と研究員、学生船を支える産業従事者やその家族たちだった。
この宇宙船に連れてこられた、竜の細胞の活性をもつ子供たちは、中等部3年、上等部3年、そして人によっては予備期間である2年を過ごし、だいたいが大政府の何らかの職につく。
ハーヴェルトの居住区において、その存在の中心である学校は、場所も都市の中央に建造されている。
8万人もの学生を収容できるそこは、それだけでひとつの街のような装いだ。
そんな学校の、食堂にもなってるテラスで、ユーミは茶わんに盛られたご飯の前で手をあわせていた。
「ああ、やっぱりごはんは白米だよね」
その姿を見て、向かい側の席のベリルが苦笑いをする。
「ジャポニズムねぇ。あんたの容姿でそれやると、ヤマトシック(ヤマトかぶれ)にしか見えないよ」
ユーニティア銀河政系の始祖である移民船団は、他民族国家がそのもととなっている。
民族的な違いは、長い共生と混血の歴史の中で大分マイルド化されているものの、その文化や行動様式はまだこの宇宙に残っている。
今のユーニティアの人間たちは船団から受け継がれた伝統的思想である「自由」と「正義」の思想を根幹としてもち、一部のものは同時に祖先の文化や行動様式を○○イズムとして引き継いでいっている。
マオ=メイリやフェイ=ファラオンなどはシーニズム、コンスタンツェなどはインディズムをもつ人間たちだ。
それとは別にヤマトシックというものがある。
はじまりの船団ヤマト。
最初に竜と出会い、いちはやく竜骨技術を発達させた彼らは、ミルキーウェイ銀河とアンドロメダ銀河をまたにかける大国となっていた。
大国となれば、影響を受ける国も多い。
そんな民族の由来関係なくヤマトの影響を受けた人間をヤマトシックと呼ぶ。
ユーミ=ステラに言わせると、自分は彼らが地球にいたころに分岐した、もうひとつの正当な彼らの文化の継承者であるらしい。
が、しかし……。
ユーミ=ステラの容姿は、金髪にまさかの碧眼までという、思いっきりユーニティアの主民族のほうに属するもので、そんな彼女がジャポニズムに従って行動する有様は、ただのアホなヤマトシックにしか見えず、かなり浮いて見えた。
おまけに治療技術が発達した現代で、視力補助装置までつけてるのだから、結構目立つ。
「失礼な。わたしは正当なサーミュライの血を引くジャポニズムの継承者なんだよ」
「サーミュライって何?」
「ヤマトが故郷の星にあったころの、騎士階級みたいなもの」
「へぇー」
ベリルは自分で聞いておきながら、興味なさそうに相槌をうった。
「そういえば、昼に生徒会から呼び出しがあったわよ」
話を変えるようにベリルが言った。
「え、なんで?」
「買い出し船の件で事情を聞きたいって」
「あー、あれかー」
あのあとエンジンを修理し、ハーヴェルトに帰航したミルフィアの船員たちは、マオ=メイリだけを先に逃がし、生徒会の事情聴取を受けたのだった。
帰るまでの間マオ=メイリには、たんぱく質食料と生鮮ジュースが好きなだけ支給され、逃げるときももてるだけのたんぱく質食料をもたされた。
海賊から逃れた経緯と、15%ほど減ったたんぱく質食料についてのつじつまをあわせるために、たんぱく質食料を宇宙に放り出すことによって宇宙船を軽くし、海賊船とデッドチェイスをした結果、彼らは小惑星に衝突し爆発、わたしたちは無事帰還したというシナリオにしたのだが、やはり無理があったのだろうか。
「はぁ、マオのこと話すわけにはいかないしね」
「よんだ?」
そんな話をしていたら、後ろにいつのまにか、噂の渦中の人物が出現していた。
小柄な体に長い黒髪をもつ少女の竜騎士、マオ=メイリである。
そんな彼女の右手には既視感を覚えるように、たんぱく質食料の袋が握られていた。
良く見ると、ユーミたちがお礼に横流ししたものとは、メーカーが違う。
(まさか、あれをもう食べきったのか……)
ユーミたちの脳裏には、たんぱく質食料の袋を自分の体より大きな袋いっぱい抱えて帰っていった、あの日の彼女の姿が思い起こされていた。
「ちょっと、生徒会にあのときのことで怪しまれちゃってね」
「もうしわけない」
「いやいや、命を救ってくれたわけだし気にしないで。なんとか誤魔化しとくよ」
「ありがとう」
そんな会話をしながらユーリたちはマオ=メイリの視線が、さっきからじーっと一点を見つめていることに気づいた。
その視線の先を追うと、自分たちがそれぞれ頼んだ、ご飯のおかずの培養鶏肉の炒め物と、合成トマトソースのスパゲティだった。
「食べたいの?」
たずねるとこくりと頷く。
「どうぞ」
ふたりが箸とフォークで欲しそうなものを差し出すと、それは一瞬で彼女の口の中に消えた。
「感謝する。あなたたちには必ずお礼する」
そういってマオ=メイリは、急に現われたときと同じく、たんぱく質食料を口にはこびながら、またどこかに去っていった。




