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◆第二週 七日目 星源日◆
朝起きたら、クズハが心配そうな目をして俺の頭を撫でていた。
スミレさんの事を思い出してしまったせいか、どうやら寝ている間に涙を流していたらしい。
悪魔が流す涙には、さてどれほど価値があるのだろうかと、ふと思う。
きっと値が付けられないだろうな。
もちろん悪い意味で。
今日は星源日。
昨日の教訓から、この世界の曜日は生死に関わると気付いたので2人に教えてもらった。
こっちでは曜日とは言わず源日というらしく、順に『月火水星風地』と続き、日曜日にあたる部分は『光』と『闇』が交互にやってくる。
そのうち『月』と『星』に該当する属性は存在しないのだが、強化される属性も弱体される属性もないので、とりえあずこの二つの言葉を使っているんじゃないか、というのが2人の見解。
つまり、真実は迷宮入りだ。
まぁ、たぶんこの迷宮を出て普通に調べれば解決しそうな気もするが。
◇◆◇◆◇
2人の熱い期待に応えて、今日は狩りに出かける事にする。
そんなに俺との特訓は嫌なのだろうか?
これはいつか本当の地獄を知ってもらうべきだろうと思った。
俺が如何に優しいか、無理無茶を全然ちっともさせていない事を知ってもらうために。
気を取り直して、このダンジョンの地図を埋める事にする。
本日の目標は、隠し扉まで続く道程までの間に分岐する道の先をすべて明らかにする所まで。
但し、これは努力目標であり、スライムと遭遇した場合はその限りではない。
なんでスライム?と2人が首を傾げていたが、この命令は有無を言わさず徹底させた。
スライムは絶対に侮ってはいけない、とも忠告しておく。
時々襲ってくるモンスターを蹴散らしながら、埋められそうな小穴を発見したら出来る限り塞いでいく。
池から現れる水棲系モンスターは兎も角、陸上で現れるモンスターは全て小ぶりだった事から、きっとこの小穴を通ってやってきているのだと考えたからだ。
とはいえ、ミミズがすぐにまた別の新しい穴を開けてしまう気もしないでもない。
その時はその時。
今は聖水の効果が切れたこの付近の安全係数をあげる事に専念。
探索を続けていると、どうやらこの付近一帯はウォーラビットのテリトリーらしく、やたらと見かける事が多かった。
しかし、なかなか狩れない。
ウォーラビットが【逃げの一手】というスキルを持っているのは分かっていたが、まさか一匹でも逃げ姿勢を見せたら連鎖反応で他のウォーラビット達もスタコラサッサと逃げてしまい、暫くの間周囲一帯からウォーラビットの姿が消えてしまうとは思わなかった。
一定時間経つと姿を現してくれるのだが、俺を見かけた瞬間に猛ダッシュ。
奴等の毛皮が欲しいというのに、何度見かけても今日はウォーラビットを狩る事が出来ない事に、俺のイライラはすぐにマックスに。
ナルホドナルホド、これは俺に対する挑戦だな。
ウォーラビット殲滅作戦を立案し、フォルとクズハにその作戦を説明して送り出す。
暫く全員が個別行動になってしまうが、あの2人もそれなりにレベルが上がっているので問題ないだろう。
いや、問題はありまくる気がしたが、怒り心頭の俺が冷静に考えて問題無しと判断したのだから問題無し。
心頭滅却すれば怒りもまた冷たし、というぐらいだからな……何か違うような気もするが、目的を達成するためには手段を選んではいけない。
これぞ悪魔クォリティ。
暫く息を潜めてウォーラビット達が彼等のテリトリー内に溢れるのを待つ。
奴等はあまり頭が良くないので、穴から出てきた時、まず振り返らない。
また、暗闇の中では先行させた仲間の紅い瞳の輝きを頼りにして周囲の安全を確認している模様なので、俺が壁にピタッと張り付いてジッとしていれば気付かれる事もない。
嗅覚もまぁまぁ優れているのだろうが、俺達は連日彼等の毛皮にくるまれて寝ているので、臭いでは判別つきにくい。
つまり、ただ狩るだけならば、実はそれほど難しい事もなかった。
ただそれでも、不意をつくだけではウォーラビットを確実に殺れる訳でもなかった。
何故なら奴等は常に【逃げの一手】を使用しており、その状態の反応速度や逃走速度には目を見張るモノがあったからだ。
故に、奴等を確実に狩るためには、それ相応の工夫が必要となる。
その時が来るまで、俺はじっと待ち続ける。
耐え忍ぶ者、それは忍なり。
俺は忍者だ。
そう思い込み、ただひたすらに周囲の闇と同一化する。
――そろそろか。
そう思い始めた頃、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、遠くの方から狼の遠吠えが響き渡った。
それは準備が整った証拠。
そして、それが始まりの合図でもある。
さぁ、時は来た。
狩りの時間だ。
雄叫びをあげ、穴に逃げ込もうとしていたウォーラビット達を威嚇する。
ウォーラビット達は突然目の前に現れた悪魔に――ウォーラビット達にはそう思えただろう。文字通り――混乱し、再び回れ右をする。
遅れて、クズハが威嚇の咆哮をあげる。
コーンと。
ちょっと可愛らしすぎるような気もしたが、まぁ問題無いだろう。
ウォーラビット達を追い立てながら洞窟内を進む。
この周辺のマッピングは済んでおり、また数度の鬼ごっこの経験から彼等が逃げ込む部屋の目星はある程度ついていた。
フォルとクズハにはまずその部屋の一つへと向かってもらい、その部屋にある穴を全て塞ぐよう指示。
その後は、それぞれ別の部屋で俺と同じ様に待機してもらい、頃合いを見計らってフォルが合図。
あとは3人で穴を塞いだ部屋へとウォーラビット達を追い立てるだけという簡単なお仕事だ。
最初から逃げ姿勢のウォーラビットだからこそ、2人の身の危険はほぼ無視する事が出来た。
弱いモノは死に、強いモノだけが生き残る、シンプルかつ厳しい自然の掟。
一人で多数の敵を相手取るのは自殺行為だ――と2人に言い聞かせながら、ウォーラビットの群れへと飛び込み蹂躙する。
2人はその光景を複雑そうな表情を浮かべて眺めていた。
暫くして一方的な虐殺劇が終わる。
言ってる事とやってる事がまるで違うという指摘を受けるが、2人が部屋の入口でウォーラビット達の逃げ道を塞いでいないといけないのだから仕方が無いだろう、と弁明しておく。
――やはりスミレさんの事を思い出してしまった事がこのストレスの原因か?
その後、仕留めたウォーラビット達の解体と輸送に時間を取られ、その日の探索は中止。
大量の毛皮が手に入ったのは良いのだが、どう考えてもその数を解体をする人手が足りない。
血抜きするだけでも大変だし、それ以前にそんな大量に血を巻いたらモンスター達も大量に引き寄せてしまう可能性大。
やむなく、半分以上の死体はその場に放置する事とした。
拠点に撤収する間際、洞窟の反対側からウヨウヨ動く粘液生物の集団が見えたとか、見えなかったとか。
あまり考えたくなかったので、本日はさっさと毛皮布団にくるまって眠りに就いた。
◇◆◇◆◇
[《小悪魔・混血種》〝ベビちゃん〟のレベルが最大値である事を確認しました。
『存在進化』のため、対象を成長が完了するまで眠りに就かせます。
これまでの行動および所持スキルより『存在進化』先を選定します。
――選定されました。
確率の高い順に並べます。
《子悪魔・亜種》
《水悪魔・亜種》
《雷悪魔・亜種》
《子悪魔・希少種》
《子悪魔・地獄種》
《混沌の民・半魔》
『存在進化』先が複数存在するため、ランダムで選びます。
――問題発生。
何者かの願いにより、最も危険な種族が自動的に選ばれます。
《子悪魔・希少種》が選ばれました。
《小悪魔・混血種》〝ベビちゃん〟は、《子悪魔・希少種》へと『存在進化』します。
――〝ベビちゃん〟は《阿修羅之鬼神》よりスキル【修羅の因子】が与えられました
――スキル【修羅の因子】は《根源之幻魔神》より秘匿されました]