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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第三章
71/73

3-23

 日が落ち月も雲隠れした、闇に覆われし深き夜の時刻。

 静まりかえった夜の森の中を、気配を消して疾走する異質な一団がいた。


 先頭を行くのはその道の熟練者たる《盗賊》。

 光すら遮られた深い森の闇の中を高い熟練度を持つ【暗視】で正確に把握しながら【追跡】によって対象のいる場所へと連れ導く者。

 後ろに続く男達は【忍び足】の範囲効果により足音が?き消され、本人達も仕事柄忍ぶ術を身に着けている為、物音一つ立てる事は無い。

 同業故に顔馴染みである彼等の表情はしかし一様にして緊張の色に包まれており重苦しい雰囲気に包まれていた。


 そんな彼等からかなり離れた場所を疾走する三人の男達。

 人目を嫌うかの如くローブを深く被り顔を隠している彼等は一緒に行動している訳では無く、それぞれが他者と大きく距離を取って走っている。

 俗世間から離れ《隠者》と呼ばれている三者三様の瞳に映っているのは期待を秘めた眼差し。

 報酬の高さに釣られてついつい参加した総じて賊と呼ばれる者達とは異なり、《隠者》たる彼等が求めるのは己が欲を満たすこと――珍しい物/者との邂逅と解析、強者との出会いと死闘などなど――であり、自らの命すら天秤にかける事を厭わない彼等に善悪の区別などない。


 下手をすれば彼等の論理で急に裏切ってくるとても扱いにくい孤高の強者。

 報酬を渋ったり一瞬でも隙を見せればその場で殺されかねない悪に手を染めた荒くれ賊達。

 そんな彼等の監視と足りない戦力を補う為に、多くの魔物を引き連れた《魔隷商人》がこの作戦に参加していた。

 使役している魔物は、腕が長く上半身の筋肉が異様に発達した獰猛なる猿のモンスター猿鬼(オロリン)、背が低く全身が少し毛深い人の姿をした知性無き野蛮なる徒蛮鬼(バーバリアン)子鬼(ゴブリン)の親戚とも呼ばれる青肌の戦闘民族モンスター亜子鬼(モブリン)などの亜人鬼がそれぞれ数匹、他にこの《アーガスの森》に生息しているリトルウールベアーが一匹、アーガスンウルフの番が率いる狼の集団が不機嫌な様相を見せながら《魔隷商人》が駆るサイレントグレイシーホースの後ろを駆けている。

 モンスター達は一様にして隷属の首輪によって枷がはめられており、主に逆らう事の出来ない状態にあった。

 戦力としては《隠者》一人を相手にしてやっとと言ったところ。

 だが、彼らの役割は数の暴力で敵を包囲し逃がさない事。

 言い換えれば捨て駒だった。


 本来なら《魔隷商人》がこのような作戦に参加する事はない。

 だが、売れない奴隷モンスターの一斉処分の機会と、その売れない要因である見た目の悪い奴隷ではなくもっと見た目の良い高額の奴隷を扱う資金を欲していた彼の希望と、早急に戦力を欲した雇い主との利害が一致し、この運びとなっていた。

 その雇い主が放った保険もその集団の中に――誰にも気配を悟られる事なく、木々の上を音も姿も無く飛び交う存在は、標的を確実に屠る《暗殺者》。

 既に一線を退いた身ではあるもののその腕は未だに衰えてはおらず、それは気配察知に優れた《盗賊》や強者に敏感な《隠者》が気が付いていない事からも明らかだった。


 総勢、四十強の隠密集団。 

 そんな彼らが向かっている先に待ち受けているのは、見つけ次第討伐が推奨とされている絶対なる悪。

 三大危険種、カテゴリー第二位に位置する災厄の象徴、悪魔種。


 その固有種(ユニーク)、《幻魔悪鬼(アルドメキアインプ)覚醒種(アウェイカー)》。


 悪魔の中では比較的に弱い部類に位置する子悪魔(インプ)のランクは下から数えて3番目であるBランクであり、冒険者ギルドに所属する冒険者であればランクC――青銅(ブロンズ)クラス程度の実力があれば十分とされていた。

 亜種となれば、余裕をもって更にワンランク上の実力――冒険者ランクBの白銀(シルバー)クラス、もしくは冒険者ランクCで構成されるパーティーが必要となる。


 だが、発見された悪魔は固有種。

 幻魔(アルドメキア)の名を冠している事からして、いずれかの幻魔神から加護か因子を授かっている事は明白であり、それだけでも十分に警戒するべき対象である。

 最低でも2ランク上の冒険者を用意する必要があるだろう。

 それは南方の地で発見されたカテゴリー第七位の昆虫種モンスターが、元の種はCランクであったにも関わらず、その実Aランクを軽く越える力を持っていた……というような噂は良くある事だからだ。

 その時は比較的早く発見された事で被害は随分と抑えられたが、それでも短い期間で村が3つも食い潰された事は公にはされていない。

 しかし、加護持ちは見た目に反して遥かに危険だという認識は世間一般的には常識であり、それはモンスターに限らず人の場合でも同じ事であった。


 その基準で言えば、幻魔(アルドメキア)の名を冠していたそのインプは、最低でもAAランクという事になる。

 人の強さに変換するなら達人レベル、冒険者ランクで言えば最低でもランクAの白金(プラチナ)クラスに該当する。

 実力的には《隠者》の一人と《暗殺者》はそのレベルに達しており、先行する賊達で言えば全員一丸となって戦う事が出来れば多大な被害を出しつつも最終的には勝利を掴む事は出来るだろう。

 《魔隷商人》とモンスター集団にには荷が重すぎる強さ。


 だが、彼等には悪魔の真実は伝えられていなかった。

 ただ単に、災厄の象徴たる悪魔が現れたと伝えられているのみだった。

 何故なら彼等の雇い主は報告された情報を全く信用していなかったから。

 悪魔を発見したという話だけでも眉唾ものなのに、それが固有種(ユニーク)であるなどなんの冗談だとその雇い主――《アーガスの森》に隣接する町を治める領主は一笑に付し、報告してきた女性冒険者をその場で即座に捕まえ牢獄送りにした。

 後ろに覚醒種(アウェイカー)などという亜種よりも遥かに厄介な名が付いていたこともそう判断した要因の一つだった。


 もっとも、個々の戦闘力は低い賊達と《魔隷商人》にとっては相手が悪魔である時点で死神が鎌をちらつかせながら不気味に微笑んでいる様なものであったが。

 間違いなくその戦いで多くは死神の誘いにのってしまい帰らぬ人となる事は誰もが予感していた。

 それでも生き延びた場合のリターンは果てしなく大きい。

 これだけの戦力を金に糸目を付けずに即応で集めたのだから、相手がただの悪魔ではなく亜種(ヴァリアント)選良種(エリート)であると彼等は予想していた。

 逆を言えば、それ以上の存在となると寄せ集めの部隊では戦力不足も甚だしい。

 捨て駒の調査部隊と考えるには流石に数が多すぎだろう。


 不安と期待を胸に、異質な集団は森の中をひたすらに走る。

 ――と。

 先にその存在を察知した《隠者》の一人が疾走を止め、木の陰にその身を隠した。

 遅れて、遠目に灯りを見つけた《盗賊》が合図を出して後ろに続く仲間達に注意を促し、ゆっくりと止まる。

 《魔隷商人》もそれに気付き、使役するモンスター達に一層厳しい命令を課して気配を消す。

 打ち合わせ通り《魔隷商人》は必要以上に距離を取りながら反対側へと迂回し始める。


 お互いに言葉は無かった。

 元より互いに連携するつもりも出来るとも思っていない。

 ただ各々が町を出発する前に領主から伝えられた作戦通りに配置に付き、後はその時の状況次第で動くのみ。

 ほどなくして反対側に回った《魔隷商人》が奴隷モンスター達の配置を終え、それを察した《隠者》が歩みを始めた事で悪魔包囲網が徐々に狭まっていく。


 《暗殺者》だけが早々に悪魔の頭上へと身を潜め、その時が来るのをただ静かに待ち続けていた。

 近づく際に悪魔を視認する様な事は決してせず、その存在だけを感じながら瞳を閉じたまま世界と一体になり続ける。

 必要が無ければ彼は悪魔の命が他の者達の手によって無事刈り取られた後でも姿を現す様な事は無いだろう。

 彼が姿を現す時――それは彼の姿が確実に誰の目にも止まらないと確信した時。

 それはつまり、討伐部隊が彼を残して全滅した後であること。

 討伐部隊全滅後に必殺が可能であれば姿を現し悪魔の首を取り、不可能とあらばそのまま姿を現す事無く情報収集に徹する。

 それが彼の役割。

 ただ――彼の中でその答えは既に出掛けていた。

 長年培ってきた勘がそう予感させていた。


 悪魔。

 その姿を視認した《盗賊》は、そっと口端を綻ばせた。

 切り倒された大木の切り株を椅子に、パチパチと爆ぜる焚火の前で女戦士と酒を酌み交わしている黒い人間(ヽヽ)

 その手に持つ盃に酌み注いでいるのは、彼が女戦士にマーキングを付ける為に接触した際に売り渡した毒入りの酒。

 毒入りと言っても普通の人間にはほとんど無害と言っても良いものなのだが、素材に魔除けの聖水や魔滅の実など悪魔にとっては猛毒となりうるものを使用していた。

 しかもその毒の初期症状は泥酔感覚に近く、度数の高い酒という売りも相成って気付きにくいものとなっている。

 別名〝悪魔殺し〟。


 それでなくとも、悪魔らしき男は一見しただけで既に酔っぱらっている事が分かった。

 何処から持ってきたのか近くに転がっている大量の酒瓶。

 種族は違えど男と女が集えば自然と惹かれあうのは世の道理なのだろう、女戦士は隣り合う男の肩に身を預け、その女戦士の肩に男は手を回している。

 職業柄男性ばかりの賊達には大変に目の毒であり、それは同時に彼等のやる気を否応なくにアップさせていた。

 事が済んだ後、女戦士が賊達によってどうなる運命なのかは言うまでも無いだろう。 


 予め仕込んでいた策が成っている事に気を良くした《盗賊》の様子に、仲間達の顔にも徐々に生気が戻り始めた。

 男達は酒盛りを続けている男と女の姿を木の影から覗き見て、一人また一人と腰に差している剣や斧を抜いていく。

 漏れ出る男達の気配を感じ取った《隠者》達もまた戦闘態勢へと入り、その時に備えて集中力を高めていく。

 命を狙われている事にまるで気付いていない悪魔の様子に、若干の落胆を覚えながら。


 そして襲撃者達は――戦いの一歩を、踏み出す。





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