1-6
◆第二週 四日目◆
目を覚まし貝殻の上蓋を開けると、いきなりスライムの姿が目に入った。
その突然の状況に俺の身体がピシッと固まって動かなくなった。
瞬間、俺は悟る。
もしかしたら俺はスライムが天敵になっているのかもしれない、と。
スライムがウネウネ動いている。
可愛いらしいフォームをしている訳でもなく、常に笑っているような目と口を持っている訳でもなし。
当然、意思疎通など出来はしない。
だからこのスライムが何を考えているのかも分からない。
何故こんな所にいるのかも分からない。
いや、恐らく聖水の効果が切れて行動範囲が広がり、たまたまここを通り掛かったのだろう。
幸いにして、スライムが襲い掛かってくるような事はなかった。
目や耳がないスライムはどうやって周囲の状況を確認しているのか?
それは恐らく、実際に触れて確認しているのだろう。
スライムは基本的にアクティブモンスターではないので、こちらから攻撃しない限りは襲い掛かってこない……と思う。
だから、俺が何もしなければこのスライムはすぐに何処かへと行ってくれる筈。
俺は蛙に睨まれた蛇の様に、その時をじっと待ち続けた。
スライムはそのまま暫くこの部屋に居座った後、ゆっくりと帰っていった。
どうやらやり過ごすことに成功したらしい。
これは今後の課題だな。
ちなみに気のせいか、帰っていくスライムの後ろ姿はまるで落ち込んでいるようだった。
俺の思い過ごしだと良いのだが……。
モンスターテイム系のスキルって、俺持ってなかったよな?
午前中は意外と戦える事が分かったフォルとクズハに戦闘技術を叩き込み、並行して昨日狩ったモンスターの解体と、素材の用途に頭を悩ませる。
フォルとクズハの悲鳴が洞窟内に鳴り響いていた御陰か、それとも聖水の効果がやはり完全に切れたのか、たまにモンスターの襲撃があり、2人の訓練相手に困る事がなかった。
これは本格的な対策が必要かもしれない。
力尽きた2人を貝殻の中に押し込んで、午後は一人で散策する。
光源は、キラーフィッシュの大骨に毛皮を巻いて動物油をかけただけの簡易松明を大量に背中に背負った。
これが意外に保つのだ。
2人に遠慮する必要が無かったので片っ端から狩りまくってみた。
それで気付いたのだが、遭遇するモンスターの数がダンジョン面積に対してやたらと多すぎる気がする。
ダンジョンは恐ろしく広大だ。
なのにエンカウントする確率はほとんど変わらない。
もちろん、敵に出会っても隠れてやり過ごすなどすれば戦闘は回避出来る。
しかし、同じエリアで延々と狩りを行っても、モンスターとの遭遇率がほとんど変わらないのは何故か?
案外、見えざる手が関わっているのかも知れない。
あともう一つ、不思議な事がある。
モンスターを倒すと、体液やら何やらが洞窟内に飛び散る事が多々ある。
つまり周囲一帯が盛大に汚れる。
なのに、暫く別の場所で狩りをした後に戻ってみると綺麗に片付いている事が屡々あった。
これはもしやダンジョンが喰っているのではないか?
――という仮説を立ててみた後、実際にその様子を観察するため少し離れた場所でじっと眺めてみた。
あと雰囲気で、肉を地面に置き、その上にレイククラブの丸い殻をキラーフィッシュの骨で支え、骨にミミクリーアクアリウムの蔓を付けて反対側を俺が持つ。
罠である。
何か面白いものが捕まえられるかな~っと思いながら暫く待っていると……。
アレが現れた。
アレはズルズルと地面を這いずり、やってきた。
そしてアレは周囲に散らばっていた臓物や体液を一つ一つ丁寧に取り込み始めた。
アレが俺の仕掛けた罠にかかる。
しかしアレは罠ごと体内に取り込み消化してしまう。
その間、俺はあまりの恐怖で心臓が止まっていた。
――いや、本当に止まっていた訳では無いが、どういう心境だったかは察して欲しい。
あ~、やっぱりアレはダンジョンの掃除屋なんだな、と納得して、今見た一連の記憶は一切合切頭の中から消去。
そんな感じで色々と調べながらダンジョン内を歩き回っていたら、なんと冒険者達にも遭遇してしまった。
俺は悪魔で魔物なので、咄嗟に近くの穴に潜って身を隠す。
穴の中には先住民がいたが、悲鳴を上げられる前にザシュッと刺殺。
間一髪それは間に合い、息を潜めた俺のすぐ側を冒険者達が何事も無く通り過ぎていく。
ハッキリ見た訳では無いが、通り過ぎる瞬間に【空間視】で全体像を確認してみると、彼等はやはりモンスターでもなく獣人でもなく、普通の人間だった。
構成は、男1人に女2人。
戦士もしくは剣士が2人に、杖を持っている後衛が1人。
盗賊っぽい職業の者はいない。
3人の冒険者はそのままダンジョンの奥へと向けて消えていった。
あの方角はまだ俺も未探索領域が多く、また俺達の拠点からは離れる方向。
どうやらトラブルは回避出来た様である。
そこでふと脳裏にフォル達を保護してもらおうかという考えが浮かぶ。
が、やめておいた。
ダンジョンの奥で謎の子供に出会ったら、怪しすぎて斬り捨てられてもおかしくない。
誰も見ていないのだから、殺しても問題無いと考える輩は多い筈だ。
平和ボケした前世ならいざ知らず、この世界なら十分にありえる。
安全第一、冒険は第二。
2人の保護は、ダンジョンの外に出られてからの方が良い。
夜も近かったため、散策はそこできりあげ拠点に帰る。
尚、本日食べた〝シザーバットの姿焼き〟も意外に美味かったと言っておく。
ああ、酒が欲しい。
◆第二週 五日目◆
赤ん坊の俺が何でこんなにも強いのか、というような事を2人に聞いてみた。
僕達に聞かれても……という至極真っ当な解答が返ってくる。
ならば、なんか俺達日に日に強くなっていないか?と聞くと、その質問には予想外に明確な回答が返ってきた。
格上のモンスターを倒してるからレベルアップしてるだけ、と。
いきなりファンタジーな話になった。
いや、今までも確かにファンタジー要素は盛り沢山だったが。
そうかそうか、レベルか。
いくら死線を何度も潜ったとしても、一日で劇的に強くなれる訳がない。
なのに2人は、朝と夜に行った模擬戦で段違いの強さを見せてきた。
だから気になって聞いてみたのだが――昨日は夜の模擬戦中に2人の意識は飛んでしまったので確認出来なかった――そういう理由があれば納得だな。
……納得して良いのか?
もう少し詳しい話を聞いてみる。
7歳児の2人から正確かつ詳細な情報が聞けるとは思えないが、参考ぐらいにはなるだろう。
レベルは、スキルや魔法と違って確認出来るものではないらしい。
だが、敵を倒すなど特定条件を満たすと突然強さが上がる事があり、その事実関係からそういうものがあると判明していた。
但しレベルアップ時の能力上昇量は、種族によって大きく異なる。
レベルアップによって最も恩恵を受けるのが、一般に魔物と呼ばれる種族。
俺とかだな。
モンスターの中には俺のように知的で他の種族にもある程度友好的に接する者もいるらしく、その者達の協力によりこの事実は確認されている。
一部、2人の言葉に刺や世辞があるように思えたが、ここは深く言及しないでおく。
次にレベルアップの恩恵が大きいのが、クズハやフォルに代表される獣人族。
モンスターほどではないが、『種族レベル』の上昇によって実感出来るぐらいの変化があるという。
また新しい名詞が出てきた。
あまり聞きたくないなぁと思いつつ、なんで『種族レベル』という言い方をしたのかを聞いてみると、獣人族には《種族》以外にも《職業》というモノを持っており、そちらにも『職業レベル』というものがあるらしかった。
『職業レベル』の方もレベルアップすれば能力値が上昇するが、1つ2つレベルが上がっても実感出来るものでもないのだとか。
何となく、以前フォルからスティールしてしまった職業を思い出す。
なるほど、あれか。
スキルとは違って熟練度が見れず、それに加えて他の情報も一切なかったから何だろうなと思っていたんだが、そういうシステムか。
最後に、この世界で最も多い〈混沌の民〉や美男美女で名高い〈森の民〉などを一括りにした亜人達なのだが、こちらはまた異なったルールで成長するらしかった。
獣人族は《種族》と《職業》を一つずつ持っているのに対し、亜人族は《職業》を幾つも持つ事が出来る。
反面、亜人族には《種族》にレベルというものがない。
以上。
……ん?
ちょっと気になった事を聞いてみる。
魔物は《職業》を持っていないのか、と。
そしたら、ただでさえ魔物はレベルアップによる成長力が高くて危険な存在なのに、更に《職業》まで持っていたら亜人や獣人はとっくの昔に魔物によって滅ぼされている、という答えが返ってきた。
さて、俺がフォルからスティールした《狼獣戦士》という職業は、どういう位置付けになるのだろうか。
宝の持ち腐れだったら、ただのコレクションにしかならないな。
尚、職業のスティール成功率は非常に低いらしく、あの一回以降2人からスティールに成功していない。
《狐獣陰陽師》とか《狐獣巫女》とかいう職業をクズハから盗めそうな気がするのだがな。
本日のメニューは思い切ってラビリンスワームにした。
火が通り難くクズハが途中で根をあげてしまったので、仕方なく生焼け状態で食らいつく。
ゴムのように噛み難くて、焼いても不味かった。
〝ラビリンスワームの生焼け肉〟はないな。
でも一応は食えるようだ。
が、その一口でもう十分だったので、口直しに〝ウォーラビットの焼き肉〟をこれでもかというぐらいに食べる。
次の挑戦は調味料がもっと整ってから。
残ったラビリンスワームの残骸は明日釣り餌にでも使ってみようと思う。
◆第二週 六日目◆
今日は雨だったので、探索は見送りとなった。
ダンジョンの中なのに天候が関係しているのか?と聞くと、この《宝瓶之迷宮》は水氷系のダンジョンなので、雨が降っていると一部のモンスター達の強さが上がるのだと。
しかも今日はたぶん水源日っぽいので特に危険だからやめよう、と2人に懇願された。
昨日聞いた件も然り、色々とこの世界も複雑なんだなと適当に聞き流しつつ、モノは試しとラビリンスワームの端を掴み反対側を池の中央目掛けて放り込む。
結論から言えば、かなり危なかった。
主にフォルが。
餌を投げた場所の先から現れた三角形のアレ。
思わず脳裏にあの音楽が流れてきた。
となれば、次に予想される光景も然り。
その期待は裏切られず、ギロチン歯のシャークがザバァっと現れ、陸にいたフィル目掛けて襲い掛かった。
咄嗟にクズハが骨棍棒を投げ付けなければ、フォルは間違いなく帰らぬ人となっていだろう。
ちょっと巫山戯すぎた事に俺は猛反省する。
まるで勝てる気がしなかったので、あまりの恐怖で硬直してしまったフォルを引き摺ってすぐに退散した。
持っていたラビリンスワームも当然池に捨てる。
今日はマジでやばいらしい。
大変機嫌を損ねたフォルと好感度が下がってしまったクズハの俺を見る目が痛い。
何やら言いたそうにしている、でも逆らったら怖いから我慢しよう、そんな葛藤が2人の顔から見てとれた。
ああ、あの頃が懐かしい。
昔はベビーインプを見てすぐに『釣り餌ゲット!』というような目をしていたのに。
そう考えると、今の俺の強さはやはり異常なのだろう。
他の《小悪魔》を見た事も聞いた事も無いので本当の所は分からないが、普通は7歳児でも倒せる類のモンスターなのかもしれない。
文字通り、赤子の手を捻るように。
まぁ俺は《混血種》だしな。
もしかしたらドラゴンの血でも混じっているのかもしれない。
例えば、このダンジョン第5層に住んでいるという災害級のドラゴンの血とか。
どうやって子供を作ったのか考えたくもないが。
その日は一日中フォルとクズハの特訓をして過ごす。
レベルなんてもので上昇した能力に頼りきった戦い方では、より高い能力を持った者によって蹴散らされるだけである。
俺がここまで強いのは、前世でスミレさんからボコら――愛の鞭という名の特訓で多くの戦闘技術を学んでいるからだ。
種族とか右腕とか全然関係ない……はず。
Q.好きな食べ物は?
子狐「お魚!」
子狼「お肉!」
悪魔「カニ!」
Q.嫌いな食べ物は?
子狐「ミミズ……」
子狼「ミミズ……」
悪魔「スラ〇ム……」
子狐・子狼「それ、飲み物じゃ?」
悪魔「え!?」