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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第三章
65/73

3-17

◆第十一週 五日目 風源日◆


 思い切り勘違いだった。


 玉座を破壊し、居間を破壊し、自宅を破壊し、集落を破壊し、ダンジョンの一部を破壊し尽くに至ってようやくあと一歩の所までゴブ幸くんを追い詰める事に成功した俺は――その一歩に至るまでが途轍もなく遠かった――トドメを刺す間際になって「何か言い残しておきたい事はあるか?」と悪役さながらにゴブ幸くんに問いかけた。


 そして返ってきた言葉に俺は強い疑問を感じ、整合の取れない辻褄に混乱。


 そこでようやく周囲の音が耳に入るようになり、聞き覚えのある声にハッと我に返り、その声のする方へと振り向く。


 しかして俺は、死んだものと思っていたラミーナの姿を発見した。


 ――うん?

 不死者になったのか?


 流石にその台詞は聞き捨てならなかったらしく、後でラミーナに腕を全力で抓られた。

 ラミーナは笑顔で怒っていた。

 妾の事で怒ってくれるのは嬉しいのじゃが、他の娘と間違われるのは流石に許せぬの、と。

 いったい何匹の(ラミア)と浮気して楽しんだのか、怒らぬから正直に話してみよ、と。


 もちろん身に覚えがないので正直に話したが、全く信じてもらえず、また怒られた。

 何でだ……。


 濡れ衣でラミーナからたっぷり説教を受けた後、次に待っていたのも説教だった。

 勘違いでゴブ幸くんを殺そうとした事に、恋人のゴブ姫ちゃんがお冠。

 ゴブ幸くんでなければ間違いなく死んでいたと。

 確かにゴブ幸くんは女癖が非常に悪く一度ぐらい死んだ方が良いと思う事も多々あるが、その時殺すのは私であって貴方ではないと、こっぴどく叱られた。


 色々と釈然としない部分もあったが、俺はゴブ姫ちゃんの見幕におされ素直にごめんなさいと返す事しか出来なかった。

 怒っている女性は本当に怖いというか何と言うか。

 勝てる気がまるでしなかったのは言うまでも無い。


 俺に一晩中ボコられつつも何とか逃げ切ったゴブ幸くんだが――朱髪さん達の元仲間だった男性よりもたぶん強いのだろうが、逃げてばかりで実力の程は不明。逃げるのは超がつくぐらい上手かった。流石、年の功。伊達に41961回も死んでいない――現在は死体候補生となって転がっている。

 先程まではまだ虫の息といった状態だったのだが……集落が大変な事になっている時にちょっと巫山戯て玉座に座りお酒を飲んでいた事をゴブ姫ちゃんに責められ、先程パコンっという軽快な音のトドメの一撃をもらっていた。

 南無――。


 あの玉座だが、俺が留守にしている間にラミーナから話を聞いて、俺をちょっと驚かす為に作った物なのだとか。

 たまたまあの時は、不死者達に攻め込まれどうにも手詰まりだったため、気分転換の為にちょっとリラックスして打開策を考えていた所だったらしい。

 魔王風の笑みを浮かべていたのは、実は自嘲の笑み。

 葡萄酒っぽい飲み物は、スライム酒に彼が好きな実のエキスを混ぜたオリジナルカクテルで、あの騒ぎで何かの拍子に失われるのを恐れ、処分していたとのこと。

 偉そうな姿勢を取っていたのは、ただ単にそれが楽な態勢だっただけで特に深い意味はなかった。


 つまり、ゴブ幸くんが紛らわしい態度を取っていた事がそもそもの原因であり、俺に罪は無い――という言い逃れは、残念ながらラミーナには通じなかった。

 どうして妾が死んだと思い込んだのかベッドの上でたっぷりと聞かせてもらおうかの、と耳元で艶めかしく囁かれ、俺はラミーナに腕を取られズルズルと何処かへと引き摺られていく。

 未だに蛇女鬼(ラミア)の見た目に区別が付かないなどとは口が裂けても言えない。


 よくよく見れば個々に特徴があるというのに、何故俺はあの時背中にいたラミアをラミーナだと勘違いしたのだろうか。

 顔色も瞳の色も髪形も美人度もまるでラミーナとは違ったというのに、俺はあのラミアをラミーナだと思い込んでいた。

 それはきっと、積極的にスキンシップして攻めてくるラミーナの事を俺は少し苦手に感じ距離を取ろうとしていたからなのだろう。


 だが、今回の一件で俺はラミーナに対する想いに気付いてしまった。

 ラミーナは大切な家族。

 経緯はどうあれ、それは俺の中では確かな形となっていた。


 故に、ラミーナのこの積極的なアプローチに、俺は……。




◇◆◇◆◇




 ――やっぱりそれは違うと思ったので、朱髪さん達が待つ自宅へと俺は逃げ出した。


 自宅といってもほとんどは俺が壊してしまったので、残っていたのは広大なスライム牧場のみ。

 皆が寝る寝所も、家族全員で食事を取る居間も、リリーの個室も、コケコの産卵部屋も、小さな温泉ぐらいまで広げていた浴室も、せっせと食料を備蓄していた倉庫も、趣味で作ったトレーニングルームも、秘蔵のコレクションを隠していた金庫部屋も、全て俺自身が吹き飛ばした。

 いったい何でそんな事をしたのか……。

 途中までの記憶がないので、恐らくその時だろう。


 スライム牧場の只中に12畳程度の広さを柵で囲い、主立った面々を集め緊急会議を行う。

 柵の周囲に人懐っこいスライム達がウヨウヨ集まってくるが、牧羊犬(シープドッグ)ならぬ牧液犬鬼(スライムコボルト)を放って追い散らす。


 今後について緊急性の高い問題点の幾つかを話し合った結果、以下の事が決まった。


 当面の住処――此処(スライム牧場)で。

 当面の食糧と水――俺が責任を持って調達。

 当面の仕事――引き続きスライム達の世話とダンジョン改造。

 当面の子作り――選り好み禁止。但しそれだと種が滅亡する方が先になりそうなので、俺の回答待ち。


 寝泊まりに関しては、満場一致でこの尋常無く広大なスライム牧場を一時的に間借りする事にした。

 一応、朱髪さん達など女性陣からの強い要望で、プライベートスペースとして突貫工事で個室を壁沿いに幾つか作成。

 どうせなら家族専用のプライベートルームにしてしまえという事で、個室の一つは俺達専用の寝室となった。

 それ以外の個室――ただの穴とも言う――は全員に開放。

 何に使うかは各鬼に委ねたが、昨日の襲撃騒動で各種族は十弱にまで数が減ってしまっているので、取り合いになる様な事は恐らく無い筈。


 食糧の調達は俺が一手に引き受ける。

 大量の鮫やら豚鬼やら鰐やらを狩った後にふと思ったのだが、実はあれ1回で丸一週間は集落全体が暮らしていける量になる。

 総数が半分以下に減ってしまった今ならばもっと保つ。

 栄養が随分と偏ってしまうが、1~2週間程度ならば問題無い。


 尚、運搬に関してはゴブ幸くんを使えば解決するとゴブ姫ちゃんから聞いたので、(まだ瀕死状態だが)一緒に連れて行く事にする。

 水は……牧場の一角にスライム酒が大量にあるので、水源が復旧するまではそれで代用してもらう。

 全員が常に酔っぱらった状態になるのは、まぁ仕方がないな。

 未成年?

 モンスターの世界にそんなまどろっこしい規律は無いので問題なし。


 スライム達の世話は、折角なので牧場を3つのエリアに分け、3種族を互いに競い合わせてみる事にした。

 実は、世話の仕方と愛情の注ぎ方でスライム達の性格や癖、得意不得意が変わってくるとかなんとか。

 人懐っこいスライムもいれば、人見知りの激しいスライム、孤独を愛するスライムもいる。

 掃除好きなスライムもいれば、選り好みの激しいスライム、スライム酒作成に適するスライムもいる。


 そんな独特の個性がうまれているのは、恐らくスライム達を飼っている俺が【スライムの加護】などのスキルを所持しているからだろう。

 もしくは両腕になってくれている誰かさんの影響か。


 兎も角、これまで漠然と世話させていたスライム達を、世話する種族ごとに土地分けし、世話を各種族に一任する事で競争と品種改良(魔改造)を促してみた。

 誰が世話をするかも各種族に委ねる。

 元々互いにライバル意識を持っている彼等なので、間近で同じ仕事をさせれば、きっと大いに励んでくれるに違いない。


 もう一つの大掛かりな仕事であるダンジョン改造に関しては、ダンジョンがあんな状態なので少し方針を変更する。

 ダンジョン都市計画を一時凍結し、まずはお片付け。

 瓦礫の山と化しているうえに崩落の危険性が非常に高い超広大な広場から邪魔な土砂を運び出し、無駄に複雑化しているダンジョン奧の通路の中で不要な通路を塞ぐのに使っていく。

 未だに完全マッピングが終わっていない4次元迷路を、この迷宮を訪れる冒険者達にも優しい3次元迷路へと変える。


 その作業に並行して俺が崩落防止措置を施し、皆が集落地跡を安全に通行出来る様にする。

 それでようやく皆が自由にダンジョン内を行き来出来る様になり、食糧調達や水汲みなどに出かける事も出来るようになる。


 そして最も問題だったのが子作り。

 行為を楽しむ方ではなく、純粋に種の絶滅危機に瀕していた。

 何をそんな大袈裟なと思ったが、彼等は至って真面目にその事を緊急性が高い案件だと主張し一歩も譲らなかった。

 というか、会議に費やした時間のほとんどはこの話だった。


 この世は弱肉強食、種として弱い彼等は子を多く作る事で何とか世代を繋げている。

 そしてこの場合、彼等の言う種とはコボルト/ゴブリン/バグベアというモンスターの括りではなく、今ここにいる一族の事を言う。

 それなりに繁栄を築いている彼等でも、一年間を無事に生き抜く事が出来る者の数は驚くほど少ない。

 そんな中、半数以上を失うという大災害に見舞われた。

 それだけでなく、新しい子が生まれないという現状は――子を産める亜人の雌がいるのに産ませる事が出来ないのは、近いうちに一族が滅亡する事を甘んじて受け入れよと言っているのに等しく、そんなのはあんまりだ、と彼等は強弁する。


 『存在進化』していた個体も、2鬼を残して全員を俺が殺してしまった。

 残っているのはこのスライム牧場で働いていた子供達と、運良く此処に逃げる事が出来た一部の者達のみ。

 老人/子供/怪我人を除けば、まともに動けるものは半分以下。

 仮に同種で子作りするにしても受胎率はあまり良くないらしく、雌の数も少ない。

 だから頼む……と言ってくるだけで具体的な要求は告げてこなかったが、彼等が俺に何を求めていたのかは明らかだった。


 生き残っている者達の中に、心が壊れた亜人の女性3人の命も含まれていた。

 例の、遠征組が捕えてきた女性達である。


 理解は出来るが、感情がそれを拒む。

 突っぱねる事も出来たが、それをすればほぼ間違いなく彼等は最後の手段――此処を出て滅ぶか、俺の家族を襲って俺に殺されるか――を取るだろうと彼等の目は物語っていたので、その選択も俺には選ぶ事が出来なかった。


 どちらにしても少しゆっくり考える時間が欲しかったので、とりあえず回答は暫く待ってもらう事にする。

 あと、一族存続のために同種の雌と子作りする事に異論がないのなら――もちろん、雌の方に拒む気が無いのが前提条件――頑張って励んでくれとも言っておく。


 彼等は渋々と引き下がり、早速個室へと消えていった。

 個室の使い道が真っ先にそんな事に使われるなどと露にも思っていなかった俺は、残念に思いながらもそれもやむなしと諦め、その後は嫌な事を忘れるために精力的に働いた。




◇◆◇◆◇




 そして夜。


 答えが出ないままダンジョンの外で一人黙々と月見酒を飲み続けていると、朱髪さんと空髪さんがやってきた。

 ダンジョンの中はまだ安全とは言えないのに、何で危険を犯して来たんだと問うと、いつまでも帰ってこない家族(おれ)を心配したから、という答えが当然の様に返ってくる。

 《混沌の民》の2人が、悪魔の俺を家族と言ってくれた――その事が無性に嬉しくて、柄にもなく涙を浮かべてしまった。

 いや、これは欠伸によるものだと誤魔化すも、2人は優しく微笑んでいるだけでそれ以上は何も言ってこなかった。


 3人で空に浮かぶ月を眺めながら酒を飲む。

 両サイドから俺に寄りかかってくる2人の心地好い熱に、自然と熱く早くなる自分の呼吸を知覚した。

 寄りかかる2人の身体を支えるため、両腕がいつのまにか2人の身体を支えている。

 自前の腕は盃を持っているので、きっと居候が気を利かせてくれたのだろう。


 月を眺めている時間が、少しずつ2人の顔を眺めている時間に変わっていく。

 2人の潤んだ視線が、肌の温もりが、淡い吐息が、湿らせる程度に酒を嗜む唇が、魅了の魔力を放つ。

 朱髪さんの瞳から涙が一筋、流れ落ちた。

 その流れる涙は艶めかしく、頬を伝って落ちる前に指が掬い取る。

 自然と2つの視線が重なり合い……。


 気が付けば2つの唇も重なり合っていた。


 求めてきたのは朱髪さんからだった。

 長い長い口吻――驚き固まる俺の感覚では1分にも2分にも感じられたその時間は、実際には1秒にも満たなかったのかもしれない。

 唇が離れ、閉じられていた朱髪さんの瞳が開くと、そこには期待と欲と恥ずかしさが入り交じった淡い彩りが浮かんでいた。

 そんな間近にある朱髪さんの瞳と唇を愛おしく感じ、今度は俺の方から求めて唇を奪う……前に横から伸びてきた腕に首を90度回転させられる。


 そして気が付けば、今度は空髪さんの唇と重なり合っていた。


 2度続いたその過激なアプローチは俺の脳を淫らに刺激し、いよいよ理性のタガが外れ一気に燃え上がる。

 そのまま貪るようにディープなキスを続け――嫉妬した朱髪さんに中断させられ、再び首が90度回転。

 まるで競い合うように情熱的に舌を絡めてきた朱髪さんと唾液を絡ませた。


 その後は出来るだけ平等になるように、2人の華奢な肉体を傷付けてしまわない様に気をつけながら、優しく包み込むように、時にはただ肉欲のままに2人を求め続け、2人に求められ続け――俺達3人はまるで互いの寂しさを紛らわすかの様に、激しい夜の一時を存分に堪能する。







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