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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第三章
62/73

3-14

 踏み締められた地面に痕跡を刻みながら、頭上に掲げた凶刃を躊躇いなく振り降ろす。

 それは重さだけでも肉を容易く断ち斬る大斧の鋭い刃であり、これまでも多くの血と肉を啜ってきた死を呼ぶ一撃。

 大質量の巨斧が風切り音を響かせるほどの速度で振るわれ、加えて刻と場と種の恩恵を得た事によって威力が増幅されていた。


 この一撃を防ぐのは並の防具では不可能。

 屈強な重戦士が大盾で以てして巨斧の一撃を防御するが、凶刃は容易くぶ厚い金属盾を打ち砕き、その先で待ち受けていた重金属の鎧すらも突破し、彼の者の肉体へと刃を食い込ませる。


 それでも止まらなかった凶刃は最後に地面を穿つ事でようやく動きを止めた。


 あまりにも致命的な一撃。

 血と肉を吸った凶刃は生者の命を容易く奪い去り、物言わぬ骸へと変える。


 先程から何度も繰り返されている殺戮劇だった。


 かつて人であった時にも無法を働いた山賊相手に淡々と命を奪っていった事はあるが、ここまで一方的な戦闘ではなかった。

 確かあの時は、村を襲い娘達を浚っていった騎士崩れの者達を討伐する依頼だったため少し腕に覚えがある者がいる事を期待して赴いたのだが、蓋を開けてみればほとんど逃げ惑う者達を後ろからバッサリと斬っていくだけの詰まらない仕事。

 一方的な戦闘ではあったが、そこには力の大小など関係無く、もはや戦闘とも呼べるものではなかった。


 娘達は乱暴された後で、しかも既に命は絶たれていたため、彼等を殺すのに罪悪感はまるで沸いてこなかったのを今でもうっすらと覚えている。


 だが、今相手にしている彼等は違った。

 最近になって手入れされたばかりの、良く使い込まれている古い武器防具。

 拙いながらも仲間達と連携し、役割分担して効率的に動き、しかも種族を越えて協力しあう姿。

 この絶対の窮地を前にして戦士達は一歩も退かず、瞳には希望の炎を灯している。


 彼等はこれまで何百何千と倒し続けてきた悪しきモンスター達ではあったが、そこには確かな知性と仲間意識が存在し、山賊達を狩る時よりもよほど後味が悪かった。

 そんな武人の魂を宿している彼等の命が為す術なく散っていく。

 手心は一切加えられなかった。


 また一匹、凶刃に脳天を砕かれた者が地面に倒れ、生命活動を終える。

 その者は戦士ではなく武器を持たぬ老いたコボルトだったが、その瞳が最後に宿していたのはやはり戦士の灯火。

 きっと老いる前はそれなりに出来る武人だったのかもしれない。


 この身体は生者には区別無く襲い掛かり等しく死を与えていく。

 老若男女区別無く、生者の命を狩り取っていく。


 死者へと堕ちたこの身は、ただ死を振りまくだけの自動人形。

 かつては《混沌の民》であったとか、冒険者としてそれなりに名を馳せていた事などまるで関係無く。

 ここに存在するのは、不死者の一体。


 夜という恩恵を受け、瘴気に満たされた場の恩恵を一身に浴び、不死の恩恵を得た、非常に凶悪な殺戮戦士。

 ――それが今の俺だった。


 俺がこのダンジョンで命を落としてから、いったいどれだけの時が経ったのか。

 死ぬ前に逃がした彼奴等は無事このダンジョンを脱出出来ただろうか。

 無事であって欲しい。


 だが、その思い残し(ねがい)が災いし、不死者の原動力となっているのはなんと皮肉な事か。


 今この身はただ命を奪うだけの存在に成り果てていた。

 未練が魂を肉体に束縛し、魂を残したまま不死者化した俺は、他の不死者モンスターどもと同様に強い力を得ている。

 致命的な弱点は出来たが、強さは間違いなく生前より上だろう。

 そこに刻と場と種の恩恵が加わっている現在、下手すれば冒険者ランクS――英雄の一歩手前、超人とも言える白金(プラチナ)クラスの冒険者にも匹敵しうる力を、俺というモンスターは発揮する。

 間違っても今現在狩りの対象となっているモンスター達が敵うような相手ではなかった。


 仮にキングまで『存在進化(せいちょう)』した個体がいたとしても、俺を相手取るには役不足。

 オークキングが軍団を指揮してやっとと言ったところか。

 それでも理外の十二魔徒(ラスール)どころか、遙かに劣るという四十八魔鬼(ラスパーダム)にすらこの力は届いていない訳だが。


 そういえば、さっき少しは出来るヤツがいたな。

 ゴブリンの癖に魂の色が亜人のソレとどこか似ているという、自然の掟に背いている亜種が。

 あいつはなかなか強かった。

 生前であれば、ヤツとならばなかなかに楽しめたかもしれない。

 本当に……生きている時に此処を訪れたかった。


 あらかた周囲にいた生者(モンスター)を狩り終わり、仲間達がまた生者の気配を追って奧へと進んでいく。

 俺と彼等を操っている元凶は種族上の理由でこの場にはいない。

 昨日は頑張って水場から出て共に行動していたが、この場所を見つけたらヤツはすぐに安全な場所へと戻っていった。

 代わりに俺達をこの場に残し、戦力の補充をさせている。


 以前はあれほどいた仲間も、ダンジョン内を高速移動している何者かによって日々数を減らされていった結果、今ではほとんど残っていない。

 時が経てばまた復活するが、それはいつになるか分からないし、その場合には恐らくヤツの呪縛から解放されているため、運が悪ければそのままいなくなる。

 故にこうして、せっせと仲間に出来そうな生者を俺達は殺していた。

 新鮮な死者を増やしていた。


 ただ一方的な殺戮を繰り返す。

 斧刃が容赦なく首を斬り飛ばし、仲間達が五指の爪で肉を引き裂き蛇の様な下半身で敵を締め殺し、場合によっては喰い散らかしていく。

 喰ったところで腹が膨れる訳ではないが、生前の習性から時々そんな事をしてしまう。


 ――そんな状況が突然に変化した。


「御前が元凶か?」


 小さな呟きによる問いかけ。

 たったそれだけの言葉だったが、周囲にいた意志無き蛇女死鬼(ブラッドラミア)達が初めてその存在に気が付き、そして一斉に彼の者へと意識を集中させた。

 どす黒い殺気――所謂、怨念を込めて。


 気配も何も感じず、突然に現れた者達。

 生前の知識があった俺には、その理由がすぐに分かった。


 魔を払う聖なる結界――それが、俺達が誰も気付けなかった理由。


 しかし、そんな事はどうでも良かった。

 その結界は魔を払うだけで、生者の魂を死者の眼より隠すほどの輝きはない。

 一度見つかれば、結界はほとんど意味をなさない。


 生者を見つけたのなら殺すのみ。

 そこに力の強弱など関係無い。


 俺達は、その化け物へ間髪入れず襲い掛かった。


「○×△!?」

「……スっ!!」


 すぐ側にいた別の生者達が何かを喚いていたが、俺達の耳には届かない。

 俺達の瞳にも彼等の姿は映らない。

 魂の形と大まかな造形しか見えない。


 敵は……馬鹿な、悪魔だと!?

 何故そんな化け物がこんな所にいるっ!?


 近くにいるのは……亜人が3人。

 うち1体は《森の民》か。

 いったいどういう組み合わせだ。

 悪魔を召喚して使役しているとでも言うのか。


 ――そんな俺の心の揺らぎなど関係無く、不死者ゆえに筋力のリミッターを外された豪腕によって繰り出された血塗られし大斧が悪魔の命を奪うべく唸りをあげる。

 防御不能の剛撃を悪魔目掛けて振り降ろす。


 だが、凶刃が脳天を斬り裂く寸前、より高速に小さな弧を描いた悪魔の拳が斧刃の側面に炸裂。

 金属と生身の拳の衝突――数々の恩恵を受けたパワーファイターの一撃をそんな予備動作無しの拳撃で軌道を変えられる訳が……まるで巨人鬼(ギガンテス)が繰り出した強撃を受けたかのような勢いで大斧が軌道を変え吹き飛んだ。


「重く、しかも速い。だが、直線的すぎて読みやすい。所詮は意志無き魔物か」


 静かな怒りを宿している悪魔が何かを呟く。

 言葉は分からないが、内容は何となく分かった。


 俺の攻撃に数瞬遅れて、ブラッドラミア達が悪魔に殺到する。

 その手や尻尾には此処で得た武器――アイアンダガー、ブロードソード、ストーンスピア、ブロンズアクス、カッパーハンマー、クロスボウボルトなど多くの武器が握られ、鋭く伸びた爪も含めてあらゆる角度から生前を越える速度で襲い掛かった。

 そしてそれだけでなく、遠くにいるブラッドラミア達は怨念によって強化/増幅された【呪歌】【叫声】を発動。

 声量のリミッターも外れているため一度使うと暫く使えなくなるのだが、その死の声(デスボイス)を耳にした者達は高確率で【発狂】状態となる。

 あの化け物が発狂しても碌な事にはならないだろうが、その周りにいる亜人達の命を奪うには非常に有効だろう。


 だが、その全ては次の瞬間に起こった圧倒的な暴力の波によって蹴散らされた。

 4本の腕で亜人達を突然抱き締めた悪魔は、衝撃波を伴う破壊の暴風をただの一声で巻き起こし、四方八方を埋め尽くしていたブラッドラミア達を吹き飛ばし一掃。

 ブラッドラミア達の合唱を、より巨大な音の攻撃によって掻き消してしまう。

 悪魔の咆哮に巻き込まれた俺の身体も無事とは言えず、防御という二文字を持たない不死者の身体は無防備に衝撃波を受けて、その先にあった壁に激突した。


 身体と共に壁を砕いた愛斧――かつては俺の先輩にあたる異名持ちの冒険者が使っていた大業物〝ヴォウジェ〟。永き時の間に万を越えるモンスターどもを屠った事で【希少(レア)】から【固有(ユニーク)】となり、このたび不死者化した俺と共に呪われた事で〝ダークヴォウジェ〟として生まれ変わった一品――を持つ腕が折れ曲がるも、些かも握力が落ちる事のないこの身体は幽鬼の如く立ち上がり、愛斧を壁から引き抜き再び悪魔へと立ち向かう。


 己の内蔵が千切れた腹より零れ、腹部が骨だけとなり、幾分か身が軽くなっていた。

 だが、死を受け入れたこの身体にはどうでもいいことであり、この死した肉体の動きには微塵も影響しない。

 先の一撃は確かにこの肉体にダメージを与えたが、元より肉も骨もただの飾りであり、動きには一切の支障がなかった。


 これが魂持たぬ不死者であればまた違ったのだろうが、残念ながらこの肉体には持ち主である俺の魂が存在している。

 肉体は魂によって操られている人形の様なもの。

 生の呪縛から解放されているこの身体を操るのに、筋肉だとかは関係ない。


「地上を彷徨いし哀れなる魂よ……聖芒の矢にて常世の扉へと導かん。彼の者に安らかなる眠りを……【聖弾(ホーリーブラスト)】!」


 亜人の一人がブラッドラミアの一体へ向けて法術を放つ。


 力の流れと影響からして、上位四属性の一つ、神聖系の低級法術か。

 その余波を浴びただけで身が焼けるような微かな苦痛が生じ、死者になってから初めてのダメージを受けた。


 回避行動などする訳がないブラッドラミアは直撃を受け灰燼と化した。

 だが威力が足りない。

 不死者が厄介だといわれる所以――物理攻撃では決して倒せない精神体とも邪精霊体とも呼ばれるモノを完全消滅させない限り、永遠にこの種のモンスターは存在し続ける。


 肉体を一時的に滅ぼしても、それはいつか復活する。

 先の一撃は肉体を消滅させる事は出来た様だが、肝心の本体までは消滅させる事が出来ていなかった。


 魂だけの存在となったブラッドラミアは使役者の呪縛から解放され、何処かへと消えていく。

 ダメージを受けたので精神世界面(アストラルサイド)へと逃げたのだろう。

 そうなってしまっては、あの魂をこの場で完全消滅させるのはほぼ不可能になる。


 中途半端な攻撃は、当面の一時凌ぎにしかならない。

 その事実を、不死者となって初めて俺は知ったのだが、もはやどうでもいいことだった。


「……ス、あなたもすぐに楽にしてあげます。地上を彷徨いし……」


 2度も詠唱する時間を与える様な間を不死者が許す筈もなく。

 仲間がやられようと何ら意に介する事無く俺達は標的へと殺到。

 だが、まるで悪鬼の如く亜人達を守護する化け物によって全ての攻撃が失敗し、ブラッドラミア達が吹き飛ばされていった。


 愛斧ダークヴォウジェによる渾身の一撃も生身の腕によって綺麗に受け流され、返す刃も難無く躱される。

 その大振りした後の隙が狙われ、先の聖なる一撃が心臓がある場所を貫いた。


 肉体との繋がりが強引に断ち斬られる。

 全身の力が失われた事でダークヴォウジェが重力に引かれ、一足先に大地へと突き刺さる。

 肉体の方も操り糸が切れた人形の様に崩れ落ち、物言わぬただの骸へと戻った。


 ――が、それだけの事。


 すぐに肉体との繋がりが修復され、再び巨斧を手に取り生者へと襲い掛かる。

 俺は下等なるラミア如きとは格の違う上位不死者。

 その程度の聖なる力では滅ぼす事など出来はしない。


 驕りし生者に死の鉄槌を。

 自らを害した亜人を死の国へと誘うために――かつては愛すべき者達を守る為に振るっていた斧を、彼の者の前に出て果敢に剣を振るってきた亜人ごと、葬り去らん。


 死ね。

 カカカカカカカカカカッ!





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