3-13
フォル&クズハ宅に辿り着き、7人目?の仲間を加えて第3階層へと向けて出発する。
クズハはパートナーと合流した事で武器を茨の鞭へと変え、調教士らしくなっていた。
というか、いったいいつのまにそんな職業に……。
操っているのがスライムなので鞭が必要なのかどうかは別として、スライムの触手とクズハの茨の鞭で中距離戦闘力が強化されたのは間違いない。
フォルも自作の全身鎧を着込み万全の態勢。
朱髪さんと空髪さんがちょっと引いていた。
エルフちゃんには、フォルが調子に乗るから褒めないようにしっかり教育しておく。
第3階層に入ると、湿度が更にあがった。
より鍾乳洞らしくなり、始終天井からポタポタと水滴が落ちてきて天然の旋律を奏で続けているそのエリアは、直感で水源日である今日入るのは危険と判断。
本格的に探索するのは取りやめて、今日は階層入口付近で少し様子を見るだけに留めておく事にする。
朱髪さんと空髪さんは以前来た事があるらしいので、その情報を頼りに襲い掛かってくるモンスター達と戦闘開始。
まず現れたのはワニ。
アクエリアンクロコダイルという種で、アクエリアンシャーク同様この日にしか現れないモンスターらしく、しかもいきなり集団で襲い掛かってきた。
朱髪さんと空髪さんは当然の如くこのワニとは戦闘経験がなく、いきなりハズレくじを引いてしまった訳だが、これにはきっと俺が心の中で『また美味しい食材との出会いが欲しいな』と思っていた事が原因だろう。
【幸運・弱】が早速仕事をしてくれたのはいいが、俺以外はまともに殺りあえないので、皆そそくさと後ろに下がる。
中距離戦闘が可能なクズハとスライムだけは俺のすぐ後ろに陣取り、エルフちゃんは危ないので朱髪さんにポイ投げ。
フォルには3人を命を投げ打ってでも守る様に指示し――フォルは俺の奴隷なので拒否権はない――後方支援は空髪さんに任せて、俺はワニどもへと突撃開始。
まずは先頭のクロコダイルのギザギザ歯を【硬化】した腕で受け止め、そのまま膂力に任せて口を二つに引き裂いて殺害。
別の一匹が跳び上がり俺の腕目掛けて噛み付こうとしてくるが、クズハが鞭で弾き飛ばし、ペットスライムが触手で口を縛り上げる。
更に空髪さんの魔法が直撃。
小さな爆発とともに肉が千切れ飛び、力が抜けてその場に一端崩れ落ちるも、致命傷には至らずすぐに復活して暴れ出した。
大口を塞いでいたペットスライムの触手がみちみちといって千切れ再びギロチン刃が姿を現したところで、片手間に俺が踏み潰してトドメを刺しておく。
空髪さんの魔法に対抗すべく、俺も火炎系第玖級魔法【火弾】を頭上に多重展開。
ポタポタ落ちてくる水滴が【火弾】の火力を削っていくが、気にせずそのまま空中で待機させ、口を開けたワニから順に口内へと魔法を叩き込んでいく。
体内から焼かれる事となったワニ達は、しかし逆上するばかりで少しも勢いを緩めず、そのままガチンガチンとギロチン歯を鳴らして俺の身を食い千切ろうとしてきた。
流石に熟練度が低すぎたのと、詠唱をしなかった事による威力の低下、水源日/水氷属性系モンスターという反属性の恩恵でダメージがほとんど出なかったか。
それでも空髪さんは凄いと褒めてくれていたが、効果がほとんど無いのなら意味はほとんどない。
牽制にも使えなかったので素直に魔法の使用を止めて、【並列思考】【重列思考】を【空間視】での広域処理と慣れない4本腕の制御へと戻す。
【部分変化】と相性の良いスライム腕を触手状に変化させ、クズハとペットスライムの鞭攻撃からあぶれた敵を相手にする。
また一歩化け物に近づいた様な気がするが、後ろでエルフちゃんが喜んでいたのでちょっと一安心。
オレ、カッコイイ。
大口をガバッと開けて俺を丸ごと噛み潰そうとしてきたクロコダイルの上口を【肉斬包丁】で切断。
斬り飛ばした上口を触手腕が絡め取り、横を抜けようとしたクロコダイルへと高速投擲。
飛んできた肉片に吹き飛ばされ宙に浮いたところで、その腹を触手腕が突き刺し、更にその向こう側にいたクロコダイルも貫く。
身を貫かれたクロコダイルは【蛇毒生成】【蜂毒生成】にて合成された劇毒物をスライム腕から直接体内に注入され、そのまま息絶えた。
上口を失い暴れるクロコダイルは邪魔なので蹴り飛ばしてひっくり返し、空髪さんの魔法の餌食にして経験値化する。
ずっと暇そうにしている朱髪さんにも口と四肢と尻尾を斬り落とした蓑虫クロコダイルを放り投げてやり、エルフちゃんには【狐火】でコンガリ焼いた〝宝瓶鰐の串焼き尻尾〟を与えて機嫌を取っておく。
敵の数が減ってきたところでフォルには丸ごと一匹任せ、突然スパルタ教育を実施。
折角の重装備なので敵を倒す事など一切考えず防御に専念しろと指示。
暫く放置したところでクズハとペットスライムを合流させ、それぞれが攻撃と防御に専念出来る様に時々アドバイスしていく。
それでもアクエリアンクロコダイルを倒すには至らない。
最後は戦闘慣れしている本職の朱髪さんと空髪さんのサポートも加え、【筋力強化】を施す事でようやく戦闘終了。
フォル達が激戦を繰り広げていた間に別のモンスター集団が姿を現し俺達に襲い掛かってきていたが、そちらは全て俺が相手した。
壁や天井にベタッと張り付いて闇に潜み、コッソリと標的に近づき急に高速移動で襲い掛かってくる漆黒の巨大イモリ、シャドウエフト。
三角形の頭部がまるでヤドカリの様な形状をし、太く長い触手で地面を自在に這って微妙に動きが読み難い歩く磯巾着、コーンへルムアネモネ。
普段はダンジョンの片隅にある水辺近くで眠っているが、水源日になると途端に活動的になり群をなしてダンジョン内をゆっくりと徘徊する何処かで見た事のある蛞蝓、アクエリアンスラッグ。
全体的に透明で、謎の原理で空中をまるで海の中の様に浮遊し、傘から伸びる触手の先端にある針で麻痺毒を注入し獲物を捕食する十センチ程のクラゲ、スカイマリンジェリーフィッシュ。
意思疎通を試みるも全く相手にされず、手に持つ長剣で問答無用に襲い掛かってきた、全身をフサフサの毛に覆われた赤瞳の人型犬モンスター、アクエリアンコボルトソードマン。
同じく、巨大な腹と醜い顔が特徴的な槍を持った赤瞳の豚野郎、アクエリアンオークランサー。
見た目は完全に草なのにガサガサと自ら動いて擬態を台無しにしていた、ミミクリーグラス、およびセットで現れたミミクリーアクアリウム、その草の手に掴まっていたシザーバット一同。
その他、キラーフィッシュやビッグパールシェル、アクエリアンシャークもこの階層では水の外をピチピチと跳ねて、近くに水場は無いのに普通に地上でエンカウントした。
やはりこの階層全体が水氷属性の加護があり、水源日との相乗効果でモンスター達も実に活発になっている様だ。
こちらから敵を探さなくとも、次から次にモンスターが姿を現し襲い掛かってくる。
空気の流れが第2階層から第3階層に向けて流れている事も間違いなく関係しているだろう。
あまりに敵の数が多かったので、ダンジョンの一部を崩壊させ、その土砂を一箇所に集めて広い道を狭める事で俺の後ろに敵が抜けられないように対処。
フォル達がなんとかアクエリアンクロコダイル一匹を仕留めるまで、延々と俺はレベル上げに勤しんだ。
[アルちゃんはスキル【影潜】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【奇襲】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【遊海翔駆】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【海月毒生成】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【槍撃・突】を対象よりスティール]
初見の敵も多かったが、既に所持しているスキルも多く、新規で取得出来たのは5つだけだった。
【影潜】を使用すると身体の色が影色に変化し、影の中に潜る事が出来るようになった。
但し地面に潜るという訳では無く、影と同化する様な感じで、身体の感覚は何処かへと消えてしまう。
視線は影の高さになり、自分の影の位置ならどこにでも移動が出来る。
但し自分自身は移動出来ないようで、光源の変化で影が変わると自身の位置も強制的に移動するようだ。
実験中に光源の位置が変わってしまい朱髪さんの真下へと移動してしまい……絶景かな絶景かな、いやいやこれは不可抗力。
気が付いた朱髪さんに踏みつけられると大ダメージを受けたので、【影潜】中の防御力はゼロになってしまうという事も判明。
怪我の功名。
尚、影がなくなると自動解除。
光そのものが無くてもこのスキルは発動しなかった。
【遊海翔駆】は空を飛ぶスキル。
しかし体重の関係上、効果無し。
クラゲならば浮くのだろうが、明らかに重量級の俺は無理だった。
しかも空気抵抗が半分ほど水中抵抗に変化してしまった事で動き難くなってしまう。
重力や摩擦、慣性などを無視出来るようなスキルを手に入れるか、高所からの落下中などの特殊状況でないとこのスキルはあまり役には立たないだろう。
期待が大きかった分、落胆も大きかった。
今夜はフォル&クズハ宅に一泊。
以前来た時に部屋を大拡張していた御陰で寝る場所には困らず、運良くビッグパールシェルも現れてくれた事で貝殻の数も問題なし。
明日こそ第3階層の探索を進めようと思う。
あと、そろそろ俺も何か武器を持った方が良いなと。
いつまでも素手で戦うのは効率が悪すぎる。
◆第十一週 四日目 星源日◆
少しカロリーの高い食事が続いたので、今朝は少し健康志向ということで〝海月と水草のサラダ〟だけになった。
冒険者時代には炊事を担当していた空髪さんが今日は一人で調理。
キラー属性がついてちょっと血塗られた色になっている朱髪さんのシミターが包丁代わりに使われていた。
斬って混ぜて謎のドレッシングをかけただけのシンプル料理。
食材やドレッシングにいったい何が使われているのかなどという野暮な事を言う様な者はこの場にはいない。
ただ、ちょっとだけ血の味がしたとだけ。
鉄分は豊富に含まれている様だ。
キラーフィッシュの骨で模型作りして遊んでいたエルフちゃんとペットスライムを家に残して、今日は5人で出発。
何気に頼りになるペットスライムが抜けた事で戦力は落ちたが、足手纏いのエルフちゃんと相殺されるのできっと差し引きゼロ。
クズハの武器は骨棍棒に戻り、俺は昨日仕留めたアクエリアンオークランサーが持っていた槍を7本束ねた即席武器――真ん中に穂先を取った長棍を軸にして、前後に3本ずつ槍を反対向きにして配置。全長は二メートル五〇センチ弱――双竜槍もどきを持つ。
ただの槍だとあまりにも貧弱すぎて俺の攻撃に耐えきれなかったので、苦肉の策である。
突けば3連槍。
払えば重棍。
薙いでも重棍。
大車輪に回転させれば強固な壁。
フォルだけ目を輝かせていたが、女性陣は少し微妙な表情をしていた。
やはりこのロマンは男にしか通じないらしい。
第3階層〈サダルメリク洞窟〉に辿り着くと――もちろん命名者は俺。王の幸運という意味なので、何か良い事が起こる事を期待――フォルを先頭にしてダンジョンを進む。
2番手にクズハ、真ん中は俺、その後ろに空髪さん、殿は朱髪さんという並びで、連携のし易さと奇襲攻撃にも俺が対応し易い様な配置にした。
役割で言うと、盾、近距離物理、中距離物理&回復、遠距離攻撃魔法&回復、近距離物理となる。
朱髪さんの出番がまた寂しくなり取得経験値も乏しくなるが、ここは我慢してもらおう。
町にあるギルドに行けばパーティを組む事で取得経験値を均等に分けられる様になるとの事なので、機会があればお世話になりに行こうと思う。
このダンジョンの構造は天然の鍾乳洞に近く、道幅は広いが地上と天井から伸びる鍾乳石が非常に邪魔くさい。
死角も非常に多く、光が届きにくい場所にシャドウエフトやコーンヘルムアネモネが潜み、こちらの様子を窺いながら虎視眈々と機会を狙っている。
たまに不自然な程に忽然と存在する密集した草村を発見するが、そういう時は遠慮なく焼き払っておいた。
壁を掘ってみるとやはりというか次元がねじ曲がっており延々と掘る事が出来た。
壁だと思っていたら鍾乳石によって塞がれた小部屋があったりして、そんな場所には決まって宝箱が置いてあり、嬉々として開けるフォルが毎回罠に引っかかっていたのは笑い事だろう。
軽い毒や麻痺なら空髪さんが俺よりも熟練度の高い第玖級神聖系聖術【清浄】で癒してくれるので、フォルは俺の命令通り実に良く働いてくれた。
宝箱の中には黄マナポ――魔力を低量回復してくれる〝【ノーマル】マナポーション〟や、赤ライヴァー――継続的に体力を微量回復してくれる〝【ロウ】ライフリヴァイバー〟等が入っていたが、俺達は自前で回復出来るし売っても二束三文らしいので、御菜江ちゃん達へのお土産行きに決定。
この程度の薬なら、恐らく材料さえあれば職業/スキル持ちの俺には雑作もなく作れる。
ただ、肝心の素材が無くレシピと生成方法も分からないため未だに作れない。
こちらも町に行った際にでもお世話になる予定。
ダンジョンを進むと、明るくなっている場所を発見する。
基本、このダンジョン内に光はないので、自前の松明や魔法を使用しなければならない。
朱髪さん達の様な冒険者がいるのかなとワクワクして向かうが、残念ながらそこには天井にポッカリと空いた穴と横たわっている死体しかなかった。
死体を確認したところ男性の老人らしく、足掻いた様子もないので穴に落ちた拍子にそのまま帰らぬ人となったものと推測。
とりあえず祈っておいた。
南無。
もし化けて出てくるなら喜んで経験値にしてくれよう。
死体を埋めようとすると朱髪さんと空髪さんが待ったをかけた。
火葬でもするのかと不思議に思っていると、なんと2人は死体をゴソゴソと漁り金目の物を物色し始めた。
別に2人は本当に金目の物を奪おうとした訳ではなく、一冒険者として死んだ者に出会ったら身に着けている物は持てる限り引き取り、身元が分かれば遺族へ届けるなり有り難く有効活用するのが普通なのだとか。
遺族云々は間違いなく建前だろうが、有効活用するのは決して間違いではなく、それが次の冒険者達の生存確率をあげる事にも繋がっている。
2人は小さい頃から冒険者の一人と一緒に各地を旅していたので死体に触る事にまるで抵抗が無く、手際よく金目の物を――どう言い繕った所で結局はそこに行き着くのだが――剥ぎ取った後は、近くを散歩していたスライムを捕まえてきて老人の死体を処分させた。
スライムに処分させるのは、不死者化させないための処置らしい。
火葬が難しい時に良く使う手法で、完全に熔解させるまでにはかなりの時間を要するので確実性は低いが、何もしないよりはマシだとか。
ちなみに土葬は最も行ってはいけない手段で、結界を張らないまま土に埋めると高確率で不死者が誕生するとのこと。
死体が老人なのでゾンビになってもスケルトンになっても大した力は持たないだろうが、不死者は周囲一帯の瘴気濃度を徐々にあげて汚染していくので非常に質が悪く、しかもここはほとんど誰も通り掛からないので放っておくと上位の不死者を呼びだして、その上位の不死者がまた瘴気濃度をあげてより上位の不死者を……そんなやば気なループを作りだすそうな。
とは言え、周囲には普通に人肉を好むモンスター達が蔓延っているので、そうなる前に間違いなく処分されるだろうが、念には念を入れてスライムをくっつけておくのが冒険者としての常識。
この不死者ループは一部のモンスターでも有効らしく、先のフララウラちゃんの様に幾ら見た目が人に近く可愛らしいからといって埋めたら駄目ですよ、と2人に忠告された。
フォルとクズハも真剣に2人の忠告を聞いていた。
そうか……絶対に埋めたら駄目なのか。
…………。
ちょっと心当たりが。
まぁ、なるようになるだろう。
◇◆◇◆◇
ちょうどキリが良かったので、ダンジョン探索はそこで切り上げUターンした。
フォル&クズハ宅ではエルフちゃんがスライムハンモックに揺られお昼寝中だったので、そのまま寝かしたまま引き取り集落へと向けて出発。
モンスターとの戦闘は全て朱髪さんと空髪さんに任せ、俺は【繭糸生成】で作った糸を布状に出来ないか試行錯誤しながら2人の後ろに続く。
第1階層〈アルバリ洞窟〉に辿り着く頃には布化は成功し、続いて非常に簡単な服を作って着せ替え人形エルフちゃんで色々と遊ぶ。
服と言うより布を巻き付けるだけなのだが、それでもワンピースやエプロン、スカートとショール、ドレスと幅広い着付けが可能で、巻き方一つでエルフちゃんの見た目がコロコロと変わって非常に楽しかった。
最終的に膝下まであるパレオとゆったりとしたショール姿に決め、それに髪をアップにまとめ上げたところで着せ替え人形が目を覚まし時間切れ。
仕上げにエルフちゃんが最初から着ていた服を脱いでもらい、薄暗い洞窟の中には明らかに不釣り合いな光り輝くニューエルフちゃんが誕生した。
着替えが終わった後で朱髪さんと空髪さんに「私達が苦労しているのに何をしているんだ」と怒られたが、2人にもエルフちゃんと同じ服をプレゼント。
大変喜んでくれた。
ただ、戦いに向くような服装ではなかったため、そこからは俺が3人の声援に応えながら孤軍奮闘する事に。
少しやる気が漲りすぎて、倒したモンスター達が原型をとどめていなかったが、素材に出来る様なモンスターはほとんどいないので問題なし。
それにこのダンジョンの中では幾ら倒しても無尽蔵に敵が沸くので、素材が欲しくなったらまたいつでも狩れる。
そんな感じで、集落のある第1階層に入ってからは少しゆっくり進んでいたのだが、集落に近づくにつれて徐々に妙な気配が周囲に漂い始めた。
何となく視界に薄いモヤがかかっているようで、少し空気が重い。
朱髪さん達は明らかに気分が悪くなり、エルフちゃんに至っては歩くのが疲れると言ってまた俺に肩車させ、口には先程俺が作った絹布のショールを当てて外気から何かを吸入しない様にしていた。
しかし俺には何ともない。
むしろ身体が軽いくらいだった。
そんな俺の感想を聞いた空髪さんが何かに気が付いた様で、すぐにブツブツと詠唱を開始。
程なくして全力の神聖系第捌級聖術【聖結界】が発動し、空髪さんを中心に半径2メートル程度のエリアからサァーッっと何かが消滅。
それからすぐに3人の気分が回復し、その代わり俺の背中に悪霊でも取り憑いたかの様な負荷がかかった。
これはきっと【聖結界】の効果による負荷だろう――そう思ってみたものの、負荷だけでなく何故か微妙に痛みも感じたので、後ろを振り返ってみた。
すると、虚ろな瞳をしたラミーナの姿が。
――なんだ御前か。
吃驚させるな。
しかしこれはいったい何の冗談だろうか。
ラミーナの爪が俺の背中を突き刺しており、更に肉を抉ろうとしているのかかなりの力が込められていた。
もちろんそんな事をされると困るので、背筋に力を込めてラミーナの爪を強引に固定し、それ以上の暴挙を許さない。
ラミーナは話し掛けても何も言葉を返してこなかった。
ただ、「う~」とか「あ~」とか唸っているのみ。
よくよく見ると、ラミーナの口端の片方はまるで口避け女の様に裂けており、肩から胸にかけては何かに切断された痕があった。
明らかに致命傷。
なのに血は一滴も流れておらず、しかもラミーナは痛みを感じている様子がなかった。
暫しの静寂。
3人の悲鳴がダンジョン内に木霊し、ようやく俺は我に返った。




