3-10
そこで話が終われば良かったのだが、まだ続きがあった。
〝災い〟転じて福となすとは良く言ったもので、泣いている朱髪さんと空髪さんの背中をポンポンと叩きながらあやしていると、また別の集団が家にやってきて――今度はきちんと呼び鈴を鳴らしての訪問――テキパキと事後処理を行っていくという事態が待ち受けていた。
その集団を指揮しているのはコボルトの最長老。
しかしその裏で細かく指示を出しているのはイケメンの雄ゴブリン。
一番せっせと働いているのはそのパートナーの雌ゴブリン。
彼等は死体を手際よく何処かへと運び出し――行き先はスライム牧場だった。そうしてまた美味しいお酒が造られるのか――生かされていた者達は広場の方へと連れて行かれる。
俺もそうするつもりだったので、手間が省けた……そう素直に思えるほど俺の頭の回転は鈍くない。
この〝災い〟は起こるべくして起こったのは間違いないだろうが、その〝災い〟をコントロールしようとしている者がいる――十中八九、犯人はヤツだろう――それを俺はこの時確信した。
俺は指示を出していないが、予定していた未来通りの状況が生み出される。
ちょっと時間を置いて広場に向かうと――背中には朱髪さんと空髪さんとラミーナがくっついていた。有り難くもスライム腕が頑張って支えている――既にこの集落に住む全員が揃い、その時を静かに待っていた。
俺の意志とは関係無く制裁の場が整えられ、後は実行に移すのみ。
――そんな状況が誰かさんの手で作り上げられていればどう思うか。
場を仕切っている最長老が「この者達はぁ、犯してはいけぬ罪をぉ、犯したぁ」などという前口上を口にし始め、いよいよもって誰かさんが思い描く筋書き通りの展開が繰り広げられ、同時に俺の逃げ道が容赦なく塞がれていく。
広場の一角では美人エルフが静かに微睡み――まだ寝ているのか――その横には心を失った女性達。
子供達6人は広場の反対側で、イケメンゴブリンのすぐ側。
また別の場所ではリリーとコケコが餌を与えられていた。
その配置が意図したものであることは明白。
俺を脅そうという訳ではないだろうが、躊躇してもらっては困るという思いを伝え様としているのはヒシヒシと伝わってくる。
これは見せしめの為の公開処刑。
それを誰しもが疑っておらず、またそうする事が正しいとその誰かさんは考えている模様。
俺もそれをするつもりだった。
恐らく、この場を作り上げる事を肩代わりしてくれた誰かさんは、この公開処刑を行うのは俺の意志ではないと俺に思わせる為に骨を折ってくれたのだろう。
これはそういう善意。
――そう思ってもみたのだが、困った事に、誰かさんの顔が何処吹く風と何ら悪いと思っている様子が見受けられなかったため、俺は考えを改めた。
仕方ない、始めるとしよう。
手始めに彼等には俺の考案したストレッチを行ってもらう事にした。
この場には家族もいるので、耳に残るような汚い悲鳴をあげられると嫌なので口を毒糸で塞ぎ、彼等の筋を引き千切っては修復していく。
今回ストレッチをしているのは犯罪を犯した男性諸君。
俺はフェミニスト。
家族にはいつも懇切丁寧に手加減していたという事をそれとなく伝えるために、普段は曲げない部分も容赦なく折っていく。
具体的には、関節ではない部分もポキッと折ったり、限界を越えた限界を越える角度まで曲げて伸ばして人体構造では不可能な体勢を作り出したり、骨を砕いて本当にスライム化させてみたり。
ストレッチが終わった後は、ランニング。
午前中もやった様に【分裂】で作った分体を【寄生】させ、【分裂体支配】【分裂体操作】【魅了ノ魔眼】【妖艶ノ香】で強引に動かして走らせる。
但し、走る先は俺。
強制的に俺の前まで走ってこさせ、そして殴り飛ばす。
彼等の身体にちょっとやそっとでは切れない伸縮性の高い糸を巻いておき、反対側を地面に打ち付けた杭に縛っておく事で、殴り飛ばした彼等は途中で糸に引っ張られて急停止。
糸の反動を利用しつつ、また俺目掛けて全力で走り向かってもらう。
そしてもう一度殴り飛ばす。
その繰り返し。
糸が切れてしまった時の事を考えて、殴り飛ばす先には念の為サッカーゴールっぽい網を張っておいた。
彼等がランニングしているというより俺が特訓をしているといった感じにも見えるが、俺はただ手を動かしているだけで一歩も動いておらず、しかも全く疲れていない。
あまり激しく動くと、背中に引っ付いている3人が振り落とされてしまうからな。
ゾンビの様な様相となっても走り向かってくる彼等の姿に最初は悲鳴を上げていた背中の3人は、だんだんと慣れてきたのか物怖じしなくなっていった。
そんな感じで、色んな手法を試しながら公開拷問を続けていく。
拷問と言っても軍隊式の様なえげつないものではなく、五体満足のまま生き永らえる事が約束されている、ほとんど運動の延長線上にある様なもの。
見た目は少し酷そうに見えるが、魔法【筋力強化】【頑丈強化】【再生力強化・中】とスキル【治癒ノ領域】を常時展開したうえで、要所要所で回復魔法/スキルも使って心身共に回復させている。
魔法の検証の為に、【聖結界】【神聖治療・弱】で回復ダメージが発生するかどうか、【水弾】【火弾】【光弾】【聖弾】の威力の違い等も調べたりもしたが、死亡者は一人も出ていない。
物理的に精神的に少し虐めるだけで、何も問題は起こらない。
周囲から「もう楽にしてやってくれ」と懇願されても、俺は止めなかった。
いったい誰の為の俺がこんな苦労をしているのか理解して欲しい。
これは全て皆の為に行っている事。
本来必要の無い〝公開〟というスタンスを取っているのは、今苦しんでいる彼等の為を思っての事では無く、それを見ている者達の為を思っての事だ。
二度とこの様な事が起きない様に、周囲にいる者達も目を光らせて皆でより良い未来を目指そうではないか――と、黙々と訴え続けた。
そして最後の仕上げ。
問題を起こした彼等に対して「今回は許すが二度目はないぞ」と言い放つ。
二度目を起こした遠征組の面々はその場で殺したが――あれ、奴等は俺の要求をはねのけて俺を殺そうとしただけで、あの時は女性達を無理矢理手籠めにしようとしたんだったかな? まぁいいか――どういう理由かは知らないが彼等に付き従って問題を起こした彼等はまだ初犯。
問題を起こせば即処刑――そう誰しもが思っていた様だが、そんな厳しすぎる事を俺は言いたくない。
俺も心までは悪魔ではないのだから、一度ぐらいはやり直すチャンスを与えてあげたい。
それが悪魔の優しさ。
この場を整えてくれた誰かさんに対し、心の中でそっと感謝の言葉を贈る。
もしあのまま誰も家にやって来ず、俺が自発的に動いていたら、きっと俺は躊躇なくこの広場で彼等をもっと酷い方法で殺していただろう。
そしてもしかしたら殺戮の喜びに目覚め、絶対支配者としての覇道を歩んでいたかもしれない。
本当の悪魔と化していたかもしれない――そう思うと、感謝してもしきれなかった。
その感謝の気持ちを込めて、裏で暗躍してくれた者に向けてニコッと嗤う。
全力で土下座された。
何でだ……。
◇◆◇◆◇
今度こそ本当に〝災い〟の幕が閉じたので、後の処理は最長老に任せて俺は家に帰る。
結局、この〝災い〟を呼び込んだと思われるエルフは、一部始終を全く見る事無く最後まで目を覚ます事はなかった。
何だか釈然としないまま、もう一度彼女の頬をペチペチと叩いて目覚めを促す。
ようやく目を覚ましたエルフは、目の前にいる悪魔を見て悲鳴をあげ……てくれなかった。
一瞬きょとんとした後、まさかの「おはようございます」。
分かっていたが、やはり天然らしい。
さて、どうしたものかと暫く悩んでみたのだが、彼女を帰す宛もないため暫く家に置く事にした。
呼び方は、とりあえずエルフちゃんで。
年齢を聞くと予想通りこの家にいる誰よりも年上だったが、精神年齢は誰よりも低く、物怖じしない性格と天然に加えて少しヤンチャ盛りな行動/言動が目立ち、色んな意味で災いを呼んでくれた。
眠っている時にはあれほど可愛くて静かだったのに、起きているとさぁ困った。
何時の間にか目の前から消えたかと思うと、少し高い位置にあるハンモックに乗ろうとして失敗し頭から落ちてみたり。
コケコの背中に乗って遊ぶのは良いのだが羽根を毟ってしまいコケコが暴れて落馬ならぬ落鶏してみたり。
危険だから近づくなと言っているのに水源に近づきミミクリーアクアリウム達に触手攻めにあってみたり。
――と、僅か数十分の間に随分と迷惑を掛けられる始末。
何でも興味を覚えるのは良いが、人の話は全く聞かず耳に入らず頭に入らず脳は覚えずといった感じで、兎に角一人にしておけない要注意人物っぷりをみせてくれた。
同じ亜人族として朱髪さんと空髪さんに面倒を見るように言い渡す。
とてもではないが見切れないという事で、1時間もしないうちに返品された。
ラミーナに預けてみるも、予想通りすぐに仕事放棄され、慌てて探しに出かけると何故かダンジョンの外に出ており、しかも豚鬼の大集団に拉致られていた。
[アルちゃんはスキル【暴食】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【美味】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【猪突猛進】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【肉斬包丁】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【部隊統率】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【豚鬼族言語】を対象よりスティール]
大量にオークの肉が手に入ったのは良いが、いきなり30匹を越える豚野郎どもと戦になるのは勘弁して欲しい。
戦士タイプや魔法使いタイプだけでなく、少し強めの指揮官タイプが3匹も紛れ込んでおり、最後に戦ったのは更にその上の将軍タイプだった。
何気に俺と同じ回数だけ『存在進化』している敵と突発的に殺りあう羽目になるとか、エルフちゃんを放っておいたら本当に碌でもない事になると痛感した。
しかし不思議なのが、結局エルフちゃんは傷一つ付いていなかった事か。
オーク達に掴まったらその場でいきなり滅茶苦茶にされてもおかしくないというのに、何故かエルフちゃんは乱暴をされた痕がなく、気絶させられてはいるもののオーク達に丁重に扱われていた。
あまりに可愛すぎて貢ぎ物として扱われていたのか――そう言えば例の遠征組も彼女にだけは手を出していなかった――腑に落ちない点が散見される。
もしかしたら、今の俺でもスティール出来ない上位スキルを彼女は持っているのかも知れない
そんな事を思いながら帰宅した。
そういえば、いつのまにか雨が止んでいたんだな。
綺麗な月が夜空に浮かんでいた。
今朝は朝日が見れなかったが、これが見られただけでも今日は良しとしよう。




