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◆第十一週 一日目 月源日◆
死屍累々を乗り越えてダンジョンの外に出る。
Uターン。
今日は豪雨で、洞窟で過ごす事になった。
気分転換に朝日を見ようと思ったのが、暫く待ってみても暗雲晴れず。
気分が晴れなかったので帰り道は八つ当たり気味。
昨日の宴会で飲み倒れた者達を蹴り飛ばしながら帰宅する。
午前中は普段通りに訓練を行った。
二日酔いのラミーナが訓練開始前から非常に死にそうになっていたが、すぐに皆同じ様になるので、一人だけ逃れる事など出来ない。
準備体操からストレッチへと繋ぎ、ランニングをした後、俺との組み手。
この言葉だけを聞けば『なんだそんなものか』と思うだろうが、準備体操を終えた後からは苦痛の連続。
まずストレッチでは全身の筋が切れるまで伸ばす。
この世界には回復魔法と回復スキルがあるので、切れてもすぐに元通りという素敵仕様。
切って治すを繰り返せば柔軟かつ強靭な筋が瞬く間に出来上がり、痛みにも耐性がつくという一石三丁のストレッチを俺は考案した。
流石に昨日今日で劇的な効果が現れる訳ではないが、実験体となってくれたアクリス/エリアスの乙女ゴブリンペアは既にサーカス団員の域に迫るほどの柔軟な身体を手に入れ、時折アクロバティックな回避行動を見せてくれるようになっている。
結果がそこにあるのだから、やらない手はない。
モンスターと人とでは種族構造がまるで違うとかいう意見は受け付けない。
朱髪さんも空髪さんも、下半身の肉体構造が全く違うラミーナも。
全員一緒にストレッチを頑張ってもらった。
全身がこれでもかというぐらい柔軟化した後は、ランニング。
丁度、至る所に邪魔な荷物が落ちているので――宴会で酒をしこたま飲んで潰れた者達である――それらを走ったまま拾い、家までダッシュで届けるという事を延々と繰り返させる。
しかし何故か道に転がっている荷物は減っていかない。
荷物運びは9人もいるのだから10往復もすればあっと言う間に綺麗になる筈なのに、何時の間にかまた広場に荷物が増えている。
さて、何でだろうな。
荷物が無くなるまでランニングは終わらない。
俺も一緒に集落の中をランニング。
道中、集落の中で荷物を拾い、重し代わりにして広場までランニング。
荷物が無くなるまでランニングは終わらない。
さて、何でだろうな?
疲れ果てて倒れていた者を発見したら、背負っていた重りを背負わせて蹴りを入れてまた走らせる。
【分裂】で作った小さな分体を彼女達の脚や腕に【寄生】させ、【分裂体支配】【分裂体操作】【魅了ノ魔眼】【妖艶ノ香】で強引に動かしたり、【呪歌】にて身体への負担を増やしたり。
スキルの習熟、実験も兼ねて大いに走らせた。
最後の組み手をする頃にはすっかり目も心も身体も死んでいたが、無駄な力や思考が無くなっているので、スポンジの様に彼女達はどんどん技術を吸収していく。
忍型コボルトの御菜江は、無心無音の暗殺術を。
侍型コボルトの御沙樹は、抜刀居合の戦闘術を。
狙撃手型ゴブリンのアクリスは、正確無比の必中術を。
遊撃手型ゴブリンのエリアスは、瞬動反射の即応術を。
重装攻撃型バグベアのバグフェは、要塞戦車の蹂躙術を。
重装防御型バグベアのバグファンは、堅牢砦壁の合気術を。
その他3名は方針が決まっていないため基礎固め。
最初は1対1から始まり、最後は1対9で戦い連携の訓練を行う。
集団戦では生粋の後衛である空髪さんも前に出て戦う様に指示し、魔法使いが後ろでチマチマ魔法を使うという前時代的な戦い方を忘れさせる。
後衛が戦闘序盤に真っ先に倒されPTが崩壊するというのは良くある事だ。
今はまだ身体も頭もついてこないだろうが、どうせすぐに慣れるだろう。
そんな感じで午前中を訓練で費やし、食事前に皆で風呂に入って汗を流し、その後は美味しい食事を皆で食べて家族の絆を深めた。
午後はやる事があるため自由時間にすると伝えたら、皆、泣いて喜んでいた。
そんなに喜んでくれるなら、明日も精一杯頑張ろうと思う。
◇◆◇◆◇
家族と過ごす時間は午前中のみ。
午後は溜まっている仕事を片付ける事に専念。
まず最初にすべき事は、捕らえられた女性達への対応。
昨日、スライム漬けにしてたっぷりと身体に快楽を覚えさせてしまった彼女達なのだが……残念ながら、そのうちの3人は既に手遅れだった。
このダンジョンに連行されている間に余程酷い目にあったのか、彼女達の精神は完全に回復する様な事は無く、以前牢屋で見た女性達同様に瞳が死んだままだった。
一応、経過観察という事で癒し要員のリリーとコケコと一緒に過ごさせて一晩様子を見たのだが、午後になっても彼女達の心は戻ってこなかった。
スライムをけしかければ快楽に反応して艶めかしく喘ぐのだが、会話は不可能。
この分では解放しても先が見えている。
あまり気は進まないが、3種族の繁殖奴隷として卸す事を検討せざるをえない。
最長老が喜ぶ姿が目に浮かぶ。
残る一人、無事だったエルフの女性なのだが……彼女は今、両手にリリーとコケコを抱いてスヤスヤと幸せそうに眠っていた。
俺がいなければ今頃は夜通しゴブリン達に強姦されていたというのに、そんな未来は何処吹く風。
俺が悪戯をする可能性すらも警戒していない。
清々しいくらいに暢気な寝顔だった。
――少し腹が立ったので、スライム達にGOサイン。
そんな誘惑に一瞬負けそうになったが、ギリギリの所で思い止まった。
俺の背中にはラミーナがピタッと張り付いているので、恐らく彼女の仕業だろう。
ラミーナは未だに俺が誰にも手を出していない事をとても不思議がっている。
それはこの集落にいるコボルト・ゴブリン・バグベア達も同様だった。
目の前に御馳走があるのに何故食べないのか。
食べても誰も文句を言わないし、何も問題は起きないというのに、食べない理由が分からない。
理解不能――そういう瞳でいつも俺の事を見ていた。
俺も最近、自分の事がよく分からなくなってきている。
しかしこの矜持は捨てたくない。
一方的というのは、どうしても納得が出来なかった。
それは、俺がまだ人である事を捨てていない証拠。
出来れば死ぬまでこの思いは捨てたくない。
だが今、目の前にいるエルフの女性は、少しその思いをぐらつかせるに十分な容姿をしている。
汚れのない美しく白い肌。
透き通るようなプラチナブロンド。
淡く小さな唇。
絶妙に似合っている尖った耳。
名工が作り出した人形に魂を吹き込んだかの如き絶世の美貌。
それにリリーとコケコという癒しが加わっているのだから、男なら誰もが心を奪われる事間違いなし。
ただ2点ほど残念な点を付け加えるならば、エルフらしく胸が残念なレベルなのと、体格が子供の域を出ていないという事か。
エルフは長寿種族なので、その分肉体も精神も成長がすこぶる遅い。
それに照らし合わせると、このエルフは年齢で言えば俺の数倍の時間を生きているのだろうが、人間の年齢に換算すると恐らく12歳程度。
助けた時の様子を思い出す限り、精神年齢はもしかしたらもっと低いかも知れない。
面倒事の予感。
兎も角、彼女が目を覚まさない事には始まらない。
気持ちよさそうに寝ている所を起こすという罪悪感に苛まれながら、彼女の顔をペチペチと叩く。
[アルちゃんはスキル【天然】を対象よりスティール]
[アルちゃんはスキル【災いを呼ぶ者】を対象よりスティール]
なんという危険なスキルを持っているのだ。
この2つのスキルを合わせると、自覚無しで周囲に災いを振りまき続けるという災厄兵器になる。
即行で手に入れたスキルをオフにした。
――いや、すぐに再びオンにして、彼女が持っているこのスキルの熟練度を限界まで奪い続けた。
俺はスキルをオフに出来るが、彼女はオフに出来ない。
彼女が此処に居続ける限り災厄は振りまかれ続ける。
少しでもその影響を減らすために、【ライフドレイン】も駆使して徴収させてもらった。
[アルちゃんは職業《村人》を対象よりスティール]
【ライフドレイン】を使ったのに、他に手に入ったのはこれだけだった。
うん十年も生きていてこれだけとは、どれだけ気合いの入ったニートなのか。
子供だから仕方ない……そんな言葉では済まされない程の箱入り娘だった。
もっとも、俺が既に持っているスキルを彼女が持っていたという線も捨てきれない訳だが。
――そして、熟練度をようやく吸い尽くし終わった時、それは発生した。
食後の昼寝に興じいている子供達がいる部屋にひっそりと向かう数十体分の反応を、俺のスライム腕が察知したのである。
何事かと思いつつ腕にズルズル引き摺られるままその方向に向かえば、そこには抜き足差し足忍び足でコソコソ進む団体さんの姿が。
全員が寝込みを襲おうという意気込みと、鬱憤を晴らすための武器が握られていた。
朱髪さんと空髪さんが殺される事はまずないので、武器は同じ種の子供達へと向けられるのだろう。
扉の先でコソコソ忍び込んでいる様子を【空間視】で確認した瞬間、俺はラミーナの意識を断ち――叫ばれても困るので――続いて朱髪さんから没収していたシミターを片手に彼等の頭上を隠れながら追走。
少し強引だったが、【部分変化】で脚をスライム状に変化させ【逆さ好き】【空中散歩】を併用して天井からぶら下がり、【隠密移動】【這い寄る】【闇の気持ち】での隠密行動は意外にもうまくいった。
彼等が寝室に押し入る。
子供達に襲い掛かって口を塞いだのをしっかり確認した所で、シミターを一振りして首謀者だろうゴブリンの首を刈り取った。
武器を所持したまま集団で不法侵入した時点でもはや俺に許す気は無かった。
二度目があったのだから三度目が無いと誰が思うか。
他の者達に示しがつかないため、納得しやすい状況になるまで待った。
それでも少しぐらいは信じていたというのに。
鋭利な刃で断ち斬られ、死を理解する前に命を落としたその者の首が重力に引かれて落下する。
スプラッタ劇場は後処理が面倒なので、事前にシミターを【火弾】の魔法で炙り、斬った後の断面は【着火】の魔法で焼いているので血はそれほど流れていない。
立ち尽くしたままの首無しゴブリンの横に音も無く着地。
粛正対象の中には暗殺者まがいのコボルトもいたが、その者ですら俺が着地するまで気付いていない様子だった。
突然、集団の真ん中で発生した暗殺劇に、ピシリと固まる一同。
恐らく今の俺は、悪魔の貌で嗤っているに違いない。
何が起きたのか理解出来ないまま呆然と俺を見てくる全員の視線を、【幻獣王の威嚇】を静かに発動させて骨の髄まで恐怖を刻み込み――もちろん子供達は対象外になるよう調整している――動けなくなった者達の首を一匹ずつ速やかに切断。
但し殺すのは二度目の者達のみ。
初犯の非遠征組――『存在進化』していないノーマルな者達の命は刈り取らず、処刑が終わった後に【繭糸生成】【蛇毒生成】【蜂毒生成】で吐いた毒糸で捕縛する。
全ての処理が終わり、ようやく何が起こっていたのか理解した朱髪さんと空髪さんが嗚咽をあげ始めたところで、この〝災い〟は膜を閉じた。




