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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第三章
55/73

3-7

◆第十週 七日目 光源日◆


 光源日は、世間一般では祝日にあたる。

 だが、この世界の祝日は休日などというものではなく、まぁとりあえず祈っとけみたいな扱いだった。


 前世の世界のように、毎週休日を確保出来るほどこの世界は発展していない。

 毎日働き、毎日稼がなければ生きてはいけないというのがこの世界の常識だ。


 但しそれにも例外はある。


 例えば朱髪さんや空髪さんがそうだったように、日々の糧が安定していないその日暮らしの冒険者達。

 がっつり稼いで暫く休んでみたり、相性の悪い源日は休みに決めて依頼を受けない等、自由奔放に生きている。

 命が関わる依頼を受ける者は特にその傾向が強い。


 命あっての物種。

 だから今日の特訓はお休みに……などという必至の懇願は当然ながら却下した。

 まだ2日目だというのに、根性が足りない。


 今日は昨日以上にしっかり扱いた。


 玉の肌に大小多数の傷を付けてしまったが、何故か無限に使える魔法で片っ端から癒していく。

 空髪さん曰く、魔力の消費が激しい無詠唱魔法をいくらでも使える悪魔はとてもずるいらしい。


 そう言えば、魔法をスキルの様に無尽蔵に使えるのは俺も少し不思議に思っていた。

 しかも使っているのは、悪魔とは相性が非常に悪いという神聖系魔法の第玖級【神聖治療・弱】。

 それを多重展開で同時使用しているので、切り傷ぐらいだったらあっと言う間に治す事が出来た。


 一応、魔法を使うと身体の中から何かが失われている感覚はあった。

 倦怠感の様な、喪失感のような感覚。

 しかしそれはすぐに消えてくれる。


 それを空髪さんに伝えると、何それ私も欲しいと駄々をこねられた。

 そして以降、空髪さんの瞳が何だか俺の心臓あたりを物欲しそうに見つめる事が多くなる。


 就寝時はガッチリ貝殻(ベッド)の蓋を閉じておこうと心に誓う。

 あの眼はヤバイ。


 その後、美人3人を介抱兼情報収集という名目で暫くイチャイチャしていると、急に集落が慌ただしくなった。

 何かと思い外に出てみると、見知らぬモンスターの集団がいた。

 どの個体も使い古された剣や槍、防具を身に着けている。


 鞘のない剣は刃毀れしているが、使い込まれた感があり、間違っても料理用ではないだろう。

 穂先のない槍は鈍い光りを放ち、毒が塗られていた形跡が見て取れる。

 杖持ちもいた。


 血が染みついた布服の上に着ているのは薄汚れた革鎧や銅鎧。

 洞窟内なのに兜まで着けて、あれで周囲が見えるのだろうかと思う様な重戦士もした。

 どれもどこかで見た頃のある装備ばかり。


 種族ごとに特徴が別れていた事もあって、すぐに彼等が何者か気が付いた。


 討ち入りか?等と思う筈もなく。

 彼等が件に聞く遠征隊の面々なのだろう。

 どの個体もこれまで見てきたコボルト、ゴブリン、バグベア達とは一線を画す容姿をしており――いや、バグベアだけは重装備だったので中身不明――『存在進化』した者達である事はすぐに分かった。


 遠征組の帰還に、最長老が喜び跳びはねる。

 何故あそこまで喜ぶのだろう――そう不思議に思っていると、先に帰還した遠征組の精鋭達に遅れて、若干見劣りする数名が何かを肩に背負って広場に入ってきた。


 最初は馬などという上等なモノが無いので、長い木の枝を二人がかりで肩にかけて籠屋よろしく重い荷物を運んでいるのだと思った。

 だが、その二人に担がれて広場に運ばれてきたのは、確かに重い荷物ではあったのだが、それは生きている荷だった。


 暴れないように木の枝に四肢を拘束され、猿轡を噛まされている、上等な白い衣服を着ている女性の姿。

 顔は見えなかったが、破れた衣服の一部から膨らんだ胸が露出しており、服も軽装ではあったが女性物だったのですぐに分かった。


 その遠征組が何をしに出かけていったのか考えなくても分かる。

 彼等は繁殖用の雌を捕らえる事に成功し、無事持ち帰ったのだ。


 一人目に続き、二人目、三人目、四人目と続いたところで、後続が途切れる。

 後に入ってきた3人も予想通り女性で、俺から見てもその容姿は申し分無いと言えた。

 但し、その顔には乱暴にされた後があり、衣服の状態も一人目と比べると汚されており、顔には生気がない。

 よくよく見ると涙の跡も残り、もはや手遅れである事が窺えた。


 満面の笑みを浮かべ、あっちの方も元気にさせた最長老が、帰還した遠征組を労う。

 話し掛けている相手は、本当に同じ種族か?と思う程に屈強な身体を持つゴブリンの一人。

 右目には縦に傷が入っており、豪快に笑っているのに強面でいかにも怖そうだった。


 この世界のモンスターの一部は、基本的に他種族――同種やモンスターでも可能だが、好みと妊娠率の都合上、普通は亜人や獣人――の雌に種付けし、繁殖する。

 特に、人に近い容姿をした人鬼系モンスターはその傾向が強かった。

 ゴブリンはその筆頭だろう。


 俺も雄の一人なので、子孫を残そうとする生物の本能と性的な本能は無論理解出来る。

 弱いゴブリンはその両方の特性が異常に強く、数を増やしては雌を捕まえるために遠くまで遠征し、新しい繁殖奴隷を増やそうとする。


 コボルトやバグベアはゴブリンほどではないが、やはり雄と野生の本能が雌を求めるので、その機会が訪れれば躊躇せずに雌を捕らえ繁殖奴隷にしてしまう。

 このコミュニティにはゴブリンが含まれているので、3種族合同で遠征を行い雌を確保しようとするのは何ら不思議では無かった。


 月一で開催されているという武闘大会の本当の目的は、遠征部隊が旅先で問題を起こして分裂しないようにするためのもの。

 武闘大会で力を示し、リーダーの座についた者が遠征隊を率いる事で、目的の為に暫定的にでも指示系統を統一させようという魂胆。

 実際、それはうまくいっているらしい。


 無事に雌を捕らえて帰還した遠征組の面々がこの集落にいるほぼ全員に歓迎されている中、ようやくというべきか、帰還者達の瞳が俺の方へと向く。

 いや、正確に言うなら、俺の身体で身を隠そうという無駄な努力をしていた怯える朱髪さんと空髪さん2人と、俺に下半身を巻き付かせて抱き付いているラミーナの、計3人を彼等の瞳は映していた。


 『もしかして祭りを始める所だったのか?』という下卑た呟きを俺の耳は聞き逃さない。


 たまにそういう事(ヽヽヽヽヽ)もしているらしい。

 同じ雌ばかりでは飽きるので、この広場に集めて皆で(まわ)す。

 俺も雄の一人なのでその気持ちは理解出来るが、だからといって納得したり共感したり赦せる発言ではなかった。


 奴等は『ちょうど良かったな』とも言っていた。

 つまりそれは、この後に捕らえてきた女性達で祭りを楽しむ予定だったという意味。


 俺は耐えた。

 話し合いは大切だ。

 いきなり暴力に訴えるような事はしない。

 本音は今すぐにでも叩きのめして女性達を解放したかったが、力で言う事を聞かせても彼等は絶対に納得しないだろう。


 それに、彼等は種族の本能に従っているだけで、その行為は自然界では別段珍しい事では無い。

 人間が家畜を飼い食肉としているように、虫に一切の情けをかけず殺すのも、当事者からすればあまりにも残酷な事である。

 それと同様に、モンスターが多種族の雌を捕らえ繁殖奴隷とするのに罪悪感を覚える訳が無い。


 俺のこの嫌悪感は、俺が平和な世界で人間として生きてきたからに他ならない。

 もし俺がこの身体本来の魂を――悪魔の心を持っていたならば、捕らえられた女性達の身に起きる悲惨な未来には欠片も同情を覚えない筈だ。

 この感情は、ただ視点の違いでしかない。


 だからと言って、この感情は我慢するべき事でも無い。

 故に、俺は知識人らしく最善の未来を求めて動く。

 郷に入ったからには郷に従うべきなのだろうが、それを歪めて、俺はよりよい結果を目指す。

 例え全てが救えなくとも。


 俺の一方的な要求は、しかしながら受け入れられなかった。

 ただ単に、捕らえた女性達を丁重に扱い、あまり酷い事をしないという要求なのだが。

 具体的には三食の世話をきちっと行い、身の回りも綺麗にして、心が壊れないように優しく抱き、人としての尊厳を出来る限り守るよう、粘り強く説得した。


 だが彼等は一向に話を聞こうとしなかった。

 後になってよくよく考えると、女性3人を周囲に侍らせて説得も何も無かったように思う。


 兎も角、好き勝手に強姦するのは止めてくれと言う俺の願いは聞き入られる事無く、俺と彼等との話し合いは決裂に終わる。


 隣で最長老が俺を必至に説得していたが、俺は聞く耳を持たなかった。

 最長老や彼等は自分の欲望に正直であり、俺は俺で自己満足を求める。

 ああ、どっちもどっちだな。

 どっちが悪いという訳じゃなかった。


 結局、話し合いの場は試合ならぬ死合の場へと持ち越される事になる。

 俺は説得が不可能だとは思わなかったが、この集落に帰還したばかりの遠征組にとって俺はただ排除するだけの存在にしか見えなかった様だ。


 見慣れない俺が明確な敵対行動を取らず集落の中で何事も無く受け入れられていた姿を見て対処を後回しにしていたが、彼等は最初から俺の事を異物の眼で見ていた。

 ハッキリと邪魔な行動を取ってきた事で、すぐにそれが殺意に変わる。


 遠征組のほぼ全員が武器を取り、俺を取り囲む。

 そして、開始の合図すらなく、いきなり背後から斬り掛かってきた。

 そうなる前にラミーナ達を子供達に預けて下がらせたのが、むしろそれが彼等の懸念――ラミーナの実力を彼等は遠征に出発する前に知っていた――を払拭した形となり、俺の排除へと移させた。


 まず斬り掛かってきたのは、速度に秀でたコボルトの上位種。

 後で聞いた所によると、すぐ近くにある森の名前を冠したアーガスコボルトというらしい――そいつが、毒を塗った必殺の刃をひっさげて迫る。


 かつての武闘大会で感じた悪寒よりも濃密な殺気。

 しかし気配を消すなどという暗殺の技術ではない。

 それは純粋な不意打ち。

 だが、どちらの方が脅威かと言えば、間違いなく今回の一撃の方が上だろう。


 場の空気がハッキリ変わった死合開始の先制攻撃。

 遠征組の誰もが殺ったと思っただろう。


 しかし残念。

 【空間視】を持つ俺に死角はない。

 正確にその斬撃の軌道をよみ、普通の腕より稼働領域が後ろにある新腕の指でその刃を食い止めた。


 その瞬間、広場が静寂に包まれる。

 仕留める事が出来なかった事実に遠征組が眼を見開いて驚きの表情を浮かべる。

 遅れて、事態が既にもうどうしようもないレベルに至ってしまった事に気が付いた最長老が、わたわたと慌てて逃げていった。


 戦闘が始まったのであれば、もはや互いの間に言葉はない。

 遠征組リーダー?のゴブリン――ホブゴブリンリーダーという種族らしく、俺と同じ様に二段進化を遂げた個体らしい――が腕をあげ、その合図を皮切りに次々と敵が襲い掛かってきた。


 ある程度組織的な攻撃をしてきたことから、このホブゴブリンリーダーは指揮能力が意外に高いらしい。

 これは、スキルゲットのチャンスでもありそうだ。


 都合、19匹のモンスター達が次々と攻撃を繰り出してきた。

 その誰もが『存在進化』を果たした個体ばかり。

 個々の能力だけでも、この集落に居残っていた誰よりも高い事が分かった。

 そんな面々が統率された動きをしてくるものだから、こちらもそれなりの対応を必要とした。


 最初の一撃で俺に死角は無いと見切ったのか、正面から2連続で十字攻撃がやってくる。

 手ぶらの俺に対し随分と慎重だった。


 先攻の上位ゴブリン2匹を受け流し、後から迫ってきた盾持ち重装戦士2匹――上位バグベアだろう――の攻撃を受け止める。

 その瞬間、味方に当たるのも構わず矢が飛来。

 余っていた腕でその矢を叩き落とす。


 重装戦士達は2匹がかりで俺を抑え付ける算段の様だった。

 力に自信があるらしい。

 付きあってやっても良かったが、その間に上空からホブゴブリンリーダーが降ってきたのと、背後から上位コボルトが襲い掛かってきたので、まともに取り合わず離脱。


 先に後衛を潰しにかかる。

 先程から魔法の詠唱をしている個体がいたからだ。


 俺が後衛潰しに移った事を察したホブゴブリンリーダーが叫ぶ。

 だがその叫び虚しく、魔法を唱えていたコボルト――コボルトマジシャンらしい――の腹には俺の拳がめり込み、俺の目の前でドサッと倒れる。

 一応、【頑丈強化】の魔法をそのコボルトに対して(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)かけてあるので、死にはしないだろう。


 仲間の一人がアッサリと倒された事に、しかし遠征組は誰も動揺しなかった。

 それなりに場数を踏んでいるという事か。

 そういえば帰還した遠征組の数は、俺が最長老から聞いていた数よりも2桁近く減っている。

 やはり遠征はかなりのリスクを伴うらしい。


 一月以上も出かけていた事からしても、最低限『存在進化』ぐらいはしていないと厳しい旅という事なのだろう。

 人間達も抵抗するだろうしな。

 朱髪さんと空髪さんも、あの年齢でそれなりの実力を身に着けているようだし。


 次の標的をさて誰にしようか値踏みしている間に、敵の前衛達が迫る。

 俺一人に対し、左右に長く広げた配置――鶴翼の陣形まで使ってくるとは、本気で俺を殺そうとしているのが理解出来た。

 俺の方は活かす気満々なのだが、どうもそんな事をしてもあまり良い結果にはならないように思えてくる。

 最悪、彼等はここから追い出す事も考えなければならないかもしれない。


 後方に下がり、壁に背を付ける。

 敢えて追い込まれる事で、コボルト達が得意の背後からの奇襲攻撃や、ゴブリン達が好んで使う捨て身の駆け抜け攻撃などを封じる。

 すぐにバグベア達が前面に立ち、慎重に距離を詰める戦法に切り替わった。

 そして後方では、先程崩れ落ちたコボルトマジシャンが叩き起こされる。

 癒している様には見えないので、ヒーラーはいないと判断。


 ふと、戦闘に参加していない者が2名いる事に気が付いた。

 どちらも戦利品を運んでいたゴブリンとコボルトで、よくよく見ると片方には胸に膨らみがある。

 雌の個体は生き残る事すら難しく、尚かつ『存在進化』に至るのは本当に珍しいと聞いていたのだが。


 遠目で横顔だけだが、その個体はモンスターにしてはまぁまぁ見れた容姿をしていた。

 『存在進化』した者達は少しだけ人に近い容貌を持つ者ばかりだったので、そういう事なのだろう。


 そんな彼女ともう一匹だが、俺が預かっている子供達と何やら話をしている様だった。

 どうやら知り合いらしい。

 同じ雌同士、色々と通じるものがあるのだろう。

 雄の方は理由不明。


 その2匹はこの戦闘に参加する意志がない模様なので、後で少し話をしてみようと思う。

 血気盛んな此奴等よりはマシな思考をしている筈だ。


 さて、問題はその血気盛んな此奴等の方だが。

 このまま遊んでやっても良いのだが――主にスキル回収を目的に――無駄に長引かせても碌な事にはならないような気がしたので、時間節約の為に速攻で潰す事にした。


 一匹一匹仕留めるのも面倒だ。

 【頑丈強化】を敵全員にパパパッとかけ、【幻獣王の突進撃】でぶっ飛ばした。


 乙。


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