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◆第一週 四日目?◆
南無――。
そんな冗談を言えるぐらいには、元気になった2人と仲良くなった後。
俺達は今日の糧を得るために、その洞窟――どうやら《宝瓶之迷宮》という大層な名が付けられているらしい――でキラーフィッシュと呼ばれるモンスターとバトルを繰り広げた。
すっかり元気になった2人に左右から両腕を掴まれながら案内された場所は、例の穴がある大部屋の先にある水溜まり部屋。
部屋半分が池になっており、池の底にある横穴が別の場所に繋がっているらしく、餌を池の中に放り込めばその穴を通ってモンスターがやってくるという。
俺は何故2人が親子宜しく手を繋いでいるのか何となく嫌な予感を感じつつ、まさか命の恩人に対してそんな事はしないだろうと高を括っていた。
[ベビちゃんはスキル【水の気持ち】を対象よりスティール]
結果ハ兎モ角トシテ。
仕留めた獲物を光のある部屋へとズルズルと引き摺り、新手が現れる前に退散する。
そして早速解体……しようとしたところ、いきなりフォル――男の方の名前である――が魚に囓り付こうとしたので、少し教育的指導を行う。
もちろん、さっきのお礼も込めておいた。
いったい誰の御陰で食事にありつけたと思っているのだ。
御前らただ見ていただけだろうに。
それに、食べる前にきちんと使える物が無いか確認するのはハンティングの基本。
所詮は飢えた狼か。
フォルはその場にお座りさせて、俺はクズハと共に魚の解体作業へと入る。
男の子の方の名前がフォルなのだから、クズハというのがいったい誰の名前なのかは説明しなくとも分かるだろう。
だが俺は紳士なのでその手間は惜しまない。
生前がどうだったかは忘れた。
過去は過去、今は今だ。
クズハは見れば分かる通りの狐な女の子だった。
正式名は、《狐獣族・混血種》。
背中まで伸びている黄金色の髪に、少しとろんとした黄昏れ色の瞳。
尻尾の色は小麦色ではなく赤茶けており、もしかしたらそこだけ混血の影響を受けているのかもしれなかった。
どの色も今はちょっと汚れて鈍い色を放っているし、栄養失調が続いたため見てくれもあまり良くないが、恐らく磨けば光る類の容姿をクズハは持っていると思われる。
そんなクズハの年齢は俺の予想が的中し7歳だった。
余談だが、俺の名前を勝手に付けてしまったのもクズハである。
名前を聞かれて困っていたら、ベビーインプだからベビちゃんと呼ぶね、と。
まぁ別に良いのだが。
謎メッセージが勝手にその名前を採用してしまっただとか。
謎すぎるスキルが手に入っただとか。
ピクピクしているフォルが実は生命の危機に瀕していたとか。
そんなどうでもいい事を考えるのは後回しにして。
俺よりもでかい魚の鱗を右手でガシガシ削り、右手の人差し指で血抜き用の穴を空け、全体を右腕で殴って身を柔らかくする。
何だか調理をしている気がしないでもないが、実は正式な解体方法を知らないのでほとんど適当である。
あと、自棄に右腕を酷使しているのは、左腕を使うよりもダメージが少ないからだ。
本当になんでだろうなぁ?
すごいすごいとベタ褒めしてくるクズハの熱い声援に応えて数分ほど爆裂拳。
少し乗せられたかな?とクズハの悪女な将来性に少し不安を抱きつつ最後の仕上げに入る。
その辺に転がっているゴミの山から見つけ出した刃物として使えそうな金属片で、切るというより断つといった感じで食べやすい大きさに魚を切り分けていく。
そしたら背中に何やら視線が。
どうやらフォルが瞳を爛々と輝かせながらジッと見つめているらしい。
俺の背中には目などついていないのだが、何故だかそれが分かった。
昨日まで生死の境を彷徨っていたのに、あの元気はいったいどこから……三途の川には食べられそうな魚はいそうにないし、長い間お預けをくらっていたからもはや我慢の限界なのかも知れない。
横を見るとクズハも待ちきれないのか口から涎を垂らしていたので、先に食べてて良いぞと言って2人に切り分けた身を差し出す。
うん、やっぱり2人は獣である。
その言葉がしっくりくるほどの勢いで2人はガツガツムシャムシャと食べ始めた。
本日のメニューは〝キラーフィッシュのタタキ〟。
頑張って叩いたのに身が引き締まっており、中々に噛み甲斐のある食事だった。
味は……せめて刺身醤油が欲しいな、と。
明日は焼き魚にでもしてみるとしよう。
◆第二週 一日目◆
お腹が満腹になったらいつの間にか寝ていた。
寝ている間に餌にされていなくて少しホッとする。
昨日は俺が魔物だからという理由だけで魚の餌にされ、マジで死ぬ所だった。
どうやら魔物=敵という図式はこの世界でも常識らしい。
餌付けが成功したからだろう、今日は池まで連行される事もなく、自分の意思で池に浸かった。
先に2人へ池に浸かるよう指示してみたが、獲物の姿は現れず。
餌にはやっぱり俺が一番良いらしい。
何故だ。
獲物は昨日とは異なり、でっかい蟹。
名は、レイククラブというらしい。
いわゆる一般的な蟹のイメージとはちょっと違い、丸っこい体型をしていた。
加えて横歩きオンリーでもなかった。
シャキンシャキンという音を両腕のハサミから鳴らしながら陸に上がってきたその蟹を見るなり2人は一目散に逃走。
昨日狩ったキラーフィッシュは陸に上げてしまえば格好の餌食だったが、この蟹は水陸両用型のモンスター。
それに、見るからに堅そうに見える甲羅の防御力を突破してダメージを与えるのは不可能だと考えたのだろう。
そう言えばこの池で採れる魚介類の情報は事前に聞いていたが、個々の危険度や攻撃方法などは聞いていなかったと気付く。
だからと言うべきか、蟹が謎のシャボン玉を飛ばしてきた時、少し反応が遅れてしまった。
回避が間に合わず左腕がシャボン玉に当たる。
瞬間、左腕が痺れてほとんど動かなくなった。
麻痺攻撃か。
なかなかに味な攻撃をしてくれる。
そのお礼はキッチリさせてもらった。
レイククラブは前後左右の動きは問題無くとも向き変更は不得意らしく、背後に回ると簡単に無力化する事が出来た。
背中を抑えておけば回れ右出来ず。
後は一方的にボコるだけ。
流石に甲羅は堅くただの打撃では意味をなさなかったが、発勁などの浸透系攻撃の前には無力。
良い練習台だった。
[ベビちゃんはスキル【シャキン!】を対象よりスティール]
手をチョキチョキするとそれなりに良い音を鳴らせるようになった。
それ以外の効果は発見出来ず。
何かを切りやすくなる訳でもなし。
何の役に立つんだ、このスキル……。
ふと部屋の視線を感じたのでそちらを向くと、2人が部屋の入口の影から顔を出していた。
その顔には驚きと恐怖の色。
俺の戦闘力が理解出来ないらしい。
ふむ……。
ちょっと考えたあと、手をシャキンシャキンと鳴らしてみる。
2人は逃げ出した。
どうやら脅しには使えるらしい。
思わず悪魔の笑みを浮かべてしまった。
新手が現れても困るので、活動拠点に戻り解体作業を始める。
昨日食い散らかした魚はまだ半分近く残っていたが、食糧は多すぎて困るものではない。
いや、腐敗したら異臭やら疫病やらで困る訳だが、ここは少し冷えるので湿気に気をつければ保存に適している。
一週間ぐらいは大丈夫だろう。
それに防具も手に入りそうだし。
ちなみに今日の朝食のメニューは、寝る前に宣言した通り焼き魚である。
意外と丈夫なキラーフィッシュの小骨を突き刺して身と甲羅の間に隙間を確保しつつ、手でブチブチと蟹肉を引き千切っていく。
昨日使っていたナイフもどきはご臨終済。
たまに摘み食いをしていると、予想通り2人が口から涎をだらだら流しながら遠巻きに見つめてきたので、こいこいと手招きしてあーん。
ペットに餌を与えているような気分だった。
悪魔が獣人の子供を奴隷にする――違和感がないなぁ。
尚、この解体作業だが、意外にもスキル【掘削】を使用すると若干ながら効率がアップした。
どうにもこのスキルは何かを掘る時に使うとボーナスを得るらしい。
入手元がミミズだったので本来は土などを掘る時に使うのだろうが、対象が肉であってもOKとかちょっと怖い。
生きている相手でも効果があるのだろうか?
ちなみに今分かっている範囲だと、スキルには手動スキルと自動スキルの2種類があった。
アクティブスキルの場合は意識的に使用する必要があり、パッシブスキルの場合は条件が満たされた時点で自動発動する。
今俺が持ち合わせているスキルでは、
何かを掘る時にボーナスを得る【掘削】
チョキチョキすると良い音が鳴る【シャキン!】
――この2つがアクティブスキルに該当し、
対象から体力とスキルを奪う【ライフスティール】
暗闇の中でも見えるようになる【空間視】
溶解しにくくなる【溶解耐性】
そして、水の気持ちが分かるらしい【水のスキル】
――以上の4つがパッシブスキルに該当している。
持っていたのは【暗視】ではなく【空間視】だった事にはちょっと驚いたが。
どうりでなんか違和感があった訳だ。
【ライフスティール】は手動でも良い気がするのだが、パッシブスキル扱いらしい。
その理由をもう少し詳しく調べてみると、どうやらアクティブスキルは使用すれば使用するほど熟練度が上がり、反面パッシブスキルはいくら使っても熟練度は上がらなかった。
ミミズやら魚やら蟹やらと既に計100発以上殴っているのだが【ライフスティール】の熟練度には変化がない。
まだ確定した訳ではないが、一応そのつもりでいる事にする。
まぁ、このスキルは成長し過ぎたら非常に危険だし。
ちょっとお仕置きでデコピン一発したら、体力を根こそぎ奪い尽くして大惨事というのは流石に洒落にならない。
そこまで成長枠があるとは思わないが、絶対ではない。
効果をオフに出来ないかな……そんな事を考えた後にフォルをちょっと小突いてみたが、普通に体力を吸ってしまった。
[ベビちゃんは職業《狼獣戦士》を対象よりスティール]
再びこの世の不思議を指し示す単語が聞こえた気がしたが、聞こえなかったふりをする。
フォルが何やら首を傾げて、えっ?あれ?と唸っていたが、知らん。
このスキル、本当に危険だな……。
摘み食いは別腹。
朝と同様、クズハに【狐火】を使ってもらい蟹の身を焼く。
香ばしい臭いが鼻孔をくすぐる。
本当は蟹鍋といきたいところだが、鍋も綺麗な水もないため断念。
ついでに火力も足りない。
なのでレイククラブの身も時間をかけてじっくり弱火で焼いて食べた。
焼きガニならぬ〝焼きレイククラブ〟。
身を掻き出すと豪快な蟹山が出来上がり、その頂の高さに思わず口元が緩む。
前世ではそんな贅沢はほとんど誰も経験した事がないだろう。
身はしっかりと火を通しているのに水気を失っておらず非常に柔らかい。
蟹の香ばしい匂いが食欲を盛大に刺激する。
そして何より美味かった。
気が付けば蟹山は綺麗サッパリ消えており、食い終わった後は全員が幸せを満喫しきった笑みを浮かべて仰向けに倒れる。
そう言えば蟹って焼いて食べた事あったかな?
……細かいことを考えるのはよそう。
とりあえず、生とは違った旨味と香ばしさがあって酒が欲しいと思う程だったと言っておく。
ここは異世界だし俺は悪魔なので、未成年は飲酒禁止とか野暮ったい事も言わないように。
前世ではゲームの中でも大いに酒を飲んだものだ。
バトルで勝利した時にもらえるボーナスをわざわざ酒にしていたのは御愛嬌。
相手が強ければ強いほど、貰えるボーナスは良い物になる。
あの時飲んでいた〝魔櫻・夢幻〟は超一級品の味だった。
また飲みたいものだ。
狐娘が持っている【狐火】だが、使用者本人に聞くと狐獣族固有のスキルとのこと。
魔法とは違い魔力を必要としないので、お子様のクズハでも非常に使い勝手の良い生活スキルだと自慢してきた。
しかも、ここでの生活ではかなり重宝するスキルなので私の事はきちんと優遇するように、と偉そうに言ってくる始末。
熟練度が尽きるまでスキルをスティールしてやろうかとも思ったが、流石にやめておいた。
しかし……魔力を必要としない火とはとても便利。
一度くらいなら……。
いや、やはり止めておこう。
どうせ俺の【ライフスティール】は自動発動なので、そのうち事故で手に入るだろう。
などと思ってみたり。
話の流れで、何故2人がこんな危険な所に住んでいるのか、という質問をついうっかりしそうになったが、既の所でその質問を飲み込む。
近くに親がいない時点で察するべきだろう。
その上どう見ても2人の戦闘力はあまり期待出来そうにないし、この付近で一番弱いという陸に上がった魚を仕留める事もままならない。
とくれば、本人達が望んでこの場所にいるとは到底思えない。
死ぬ寸前だったしな。
ま、その辺は追々。
今は安全確保と情報収集、および日々の糧を蓄える事に専念する。
危険な行為や思考停止という真反対の事をしている気がしないでもないが。
食欲を満たすのは3人に共通する優先事項。
生きる上で食う事はとても重要な事である。
腹を満たした後は昼寝。
床はゴツゴツとして寝難い事この上ないが、赤ん坊とお子様2人に襲い掛かってくる睡魔の力は凶悪で、ほとんど抗う事を許されない。
犬のように伏せの体勢で真っ先に意識を手放した狼少年フォルと、猫のように丸くなってゆっくりと微睡みに落ちていった狐娘クズハ。
その間に挟まれ、良い塩梅に暖かな掛け布団を得た俺の意識も闇の中へとドップリと沈んでいく。
悪魔の見る夢が悪夢でありませんように。
悪魔「なぁ、もうちょっと格好良い名前にしないか?」
子狐「怖いからヤ」
悪魔「平然と赤ん坊を餌に出来るとは……俺より鬼畜だな」
子狼「え、赤ん坊? ただ小さいだけじゃ?」
悪魔「む……(ベビー = 赤ちゃんって訳じゃないのか。固有名詞?)」