EX# とあるコボルトの決心
◆エピソード:
とあるコボルトの決心 第八週目頃◆
拙者達の部族と、その拙者達の部族と長く切磋琢磨し続けてきた2部族が次なるリーダーの座をかけて気負いあい奮闘した、前回の武闘大会。
拙者達の部族の代表者も、他2部族の代表達も、皆が将来をとても期待する逸材ではありましたが、拙者がお連れした御仁によって呆気なく倒されてしまいもうした。
拙者もその結末を予期していた訳ではありませぬが、いやはや見事と言うより他ありませぬ。
しかも大会に勝利した悪魔はまだ子供。
なのに、力、技、経験ともに拙者達を遙かに凌駕している始末。
世界は広いですな。
期せずして拙者達のリーダーとなった御仁は、今はかつての同胞が暮らしていた一室に住まいを持ち、3部族より貢ぎの品として雌2人を将来の妾として引き取り、毎日のように扱き使っております。
その特訓の光景は、見ているだけで皆が震え上がるほど壮絶でした。
拙者が最初に感じた悪魔という印象に違わぬ、思わず『早く楽にしてあげるべきでは?』と忠言してしまう悪魔ぶり。
雌の身にあれは酷、と言うより他ありませぬ。
ただ、武人の端くれである拙者にとっては、むしろ逆であり――。
「やめとけやめとけ。ありゃ命がいくらあっても足りぬ!」
この思いの丈を師匠の蔵ノ信殿に相談してみたところ、即答で止められてしまった。
どうやら蔵ノ信殿は特訓初日にその修行方法を真似てみたところ、脆弱な娘御よりも先に根をあげてしまい、武人としての誇りを木っ端微塵に砕かれてしまったそうな。
「根をあげるっつーか……あの娘っ子どもは根をあげても絶対に受け入れられないっつーか……」
娘御達が倒れると、あの御仁はあらゆる手を尽くして立ち上がらせ特訓を続けてしまわれます。
蔵ノ信殿は己の限界を己で決めて倒れた筈なのですが、同じ様に倒れた娘御達がすぐに復活して修行を続けたのがいたく気に入らない御様子。
限界を越えられなかった御自身の弱さに打ち拉がれているのでした。
「御前ももっと精進しろよ」
「だからこそ拙者はあの御仁に師事しようと思った次第なのですが……」
「それだけは絶対に阻止させてもらう」
何故かこのように、蔵ノ信殿は拙者を止めるのです。
「御前は俺の弟子だからな。弟子が取られるのは癪に障る」
「はぁ……」
随分と身勝手な師匠でした。
まぁ、拙者もその自由奔放な蔵ノ信殿の性格を好んで、師事しした訳なのですが。
余談ですが、蔵ノ信殿の弟子は拙者しかおりませぬ。
他の皆様方は、遠征に出かけている方々、もしくは先に武闘大会で決勝まで駒を進めた伊ノ吉殿に師事しております。
そして、蔵ノ信殿と伊ノ吉殿はライバル同士の幼馴染みらしいのですが、弟子の数は一桁ほど異なっております。
数は兎も角、蔵ノ信殿はライバルの手前、師匠としての立場が無くなるのはどうにも許せない御様子。
我が儘な師匠で困りますな。
「某は別にライバルなどと思った事はないのだがな」
伊ノ吉殿の言葉で御座りまする。
「拙者、このままでは諦めがつきませぬ。もっと強くなりたいのです」
「諦めろ。某は諦めた」
「伊ノ吉殿、流石にそれは早計かと」
伊ノ吉殿は直接あの御仁と殺りあった身。
その心情を理解出来ぬ訳ではありませんが、私が危惧しているのはもっと身近に迫っている脅威なのです。
「妹に、もう抜かされそうなのですよ……」
拙者の可愛い妹――御沙樹は少し病弱でか弱かったのですがなぁ。
先日、試しに手合わせを願い出てみたところ、とてもやばかったのです。
一緒に狩りにも行きました。
御沙樹は拙者よりも勇敢にハウンドヴォルフに挑んでいたのでした。
普通に考えれば、拙者と同い年の者でも単身でハウンドヴォルフに挑むのは愚の骨頂。
罠を張り、仲間と連携して奇襲を仕掛けて狩ります。
それを、御沙樹はハウンドヴォルフを見つけ次第、正面から堂々と立ち向かい勝利してしまわれた。
拙者もそれは出来ない事ではありませぬが、やりませぬ。
命が惜しい故。
「既にそれほどか。将来が楽しみだ」
「何故に他人事なのですか……伊ノ吉殿もいつかは――」
拙者が抜かされそうなのですから、あと数ヶ月もしないうちに伊ノ吉殿も追い抜かれる可能性が。
「地獄を見るよりマシだろう?」
「いや、ですから拙者は……」
例え地獄でも、強くなれるというのであれば願ったり叶ったりでありまする。
蔵ノ信殿も伊ノ吉殿も、拙者のこの胸の高鳴りを理解してくれぬ御様子。
故に、思い切って最長老殿に御助力を願い出ました。
最長老殿とあの御仁はそれなりに仲が良いと聞いておりまする。
「弟子わぁ、取らぬと言われたぁんじゃろぉ? なら、諦めんさいぃ」
拙者は武人。
そう簡単には諦めてなるものか、でありまする。
「どうか拙者に御力を御貸しして頂きたく。知恵でも構いませぬ」
「う~むぅ……」
既に弟子入りを断られた身。
やはり可能性は無いので御座ろうか?
御沙樹達のように直接指導されなくとも、せめて同じ特訓を間近で受ける事さえ出来れば。
女衆に混じって身を鍛えるなど恥でしかありませぬが、それであの御仁のように強くなれるという事であれば、拙者は耐えられるでありまする。
必至に耐えるで御座る。
「儂の知っとる言葉の中にぃ、こういうのがあるんじゃぁ。弟子はぁ師より教えを受けるのではなくぅ、師から技を盗むものじゃとぉ。盗むにはぁ、近くにおれば良いんじゃぁ。弟子に拘らずぅ、側仕えや小姓としてでも良いから兎に角近くにおるんじゃぁ。さすればぁ、何れ時がやってくるぅ、かもぉ~?」
「なんと!?」
そのような手があったでありまするか。
なるほどなるほど。
拙者は強くなりたい一心で、あの御仁に甘えようとしていたのでありまするな。
強くなるのは拙者自身だというのに、筋違いをしていまいた。
誰かに師事しなければ強くなれないなど、いつから拙者はそのような考えを持っていたので御座ろうな。
蔵ノ信殿をもっと見習うべきで御座った。
蔵ノ信殿は誰にも師事しておりませぬ。
誰にも師事する事無く己を鍛え上げ、伊ノ吉殿に匹敵する力を手に入れているので御座る。
それに、誰よりも早くあの御仁が行っていた特訓を真似ていたのでありまするよ。
そういえば、蔵ノ信殿は最近メキメキと力を付けています。
蔵ノ信殿に教えを受けている一番弟子の拙者が言うのですから間違いないのでありまする。
きっと蔵ノ信殿はあの御仁の特訓方法を影で取り込み、日々せっせと邁進しているので御座ろう。
流石は拙者の師。
師としての能力は露ほどなくとも、己を鍛えるための貪欲さは流石です。
「最長老殿、貴重なご意見、まことに有り難う御座いました。拙者、分かったで御座る!」
「そぉかぁ。あまり無茶はするなぁよぉ。あれは悪魔じゃぁ。加減が下手じゃぁ」
「忠告、かたじけない。では、御免!」
最長老殿に相談してやはり良かったでありまする。
武人の道は一つでは御座らん。
師と弟子の関係に拘る必要は無かったのですな。
早速、拙者は蔵ノ信殿にお暇を頂きます。
「俺の弟子は止めないんだな? 本当に止めないんだよな?」
「はい」
「そうか。なら許す」
いったい何故、蔵ノ信殿はこのような肩書きに拘っているのか。
後で伊ノ吉殿に聞いてみたところ、お二人はまだ若かりし頃に一つの約束を交わしているのだとか。
約束の内容までは教えてくれませんでしたが、なるほど、伊ノ吉殿も実は密かに蔵ノ信殿をライバルと見ていたのですな。
「道は一つではない。お主はお主の道を行け」
伊ノ吉殿は地味に格好良かったで御座る。
伊ノ吉殿は諦めたと意っておりましたが、瞳はまるで死んでいませぬ。
きっと見えない所で必至に修行しているので御座ろう。
ライバルとはいいものでありまするな。
何故か拙者には縁がありませんでしたが。
「兄上様、最近良く見かけますね。修行は良いのですか?」
「うむ、問題無いので御座る。拙者は拙者の道を見つけたのでありまする」
「そうですか。兄上様がそう仰るのであれば、家を出た私には何も言うことはありません。あ、そっちの壁はもう少し奧までお願いします」
「言ってるで御座るよ」
「それとこれとは別です。これは兄上様の可愛い妹としての言葉ではなく、親方様のモノである御沙樹の言葉です」
「……そうか」
涙が出てくるでありまする。
拙者が男になる前に、御沙樹は女になったので御座るな。
ちなみに、拙者と御沙樹は血が繋がっておりませぬ。
拙者達の子供はまとめて育てられるので、その時たまに兄弟姉妹の関係で呼ぶようになる事があるのです。
「親方様、私達の身体に興味ない。私も姉さんも、まだ未血」
うぉ。
今のは御菜江でありまするか。
姿は見えずとも声はしたので御座る。
流石は伊ノ吉殿の師の娘、気配を隠す術は既に拙者には悟れるレベルか。
……あ、御沙樹の後ろに隠れていただけであったか。
早合点早合点。
「御沙樹、御菜江殿」
「はい?」
「?」
「特訓は、楽しいでありますか?」
「…………」
「…………」
2人の瞳は、このまえ馳走になった死んだキラーフィッシュの目とよく似て御座った。
「兄上様は、幸せ者です」
「ん。私、いつも死にたくなる」
ただ質問しただけなのに、呼吸が乱れて脂汗を流し始めたのでありまする。
武人ではない2人には、さぞ苦しい日々なのであろうな。
「まこと、羨ましいで御座るなぁ」
「――殺傷許可、申請」
「あ、御免なさい。わたくし、兄上様に対し並々ならぬ殺意が沸いてきました」
何やら背筋がゾクゾクするで御座る。
2人とも、本当に強くなったでありまするな~。
「まだまだ2人には負ける気はないでありまするよ。何しろ拙者は、いつかコボルト一の武人になるので御座るからなぁ。たかが十日余りの特訓を受けただけの女衆2人には負けていられないので御座る」
まぁ、それも一週間後にはどうなるか分からないでありまするが。
その前に拙者はあの御仁より強さの秘訣を盗んで強くなりまする。
今は壁掘りしかしていませぬが、休みも取らずせっせと身体を動かしているだけで拙者の身体は鍛えられていくで御座る。
モンスターを倒してレベルアップすれば、確かに拙者達は早く強くなります。
ですが、あの御仁はそこに〝強さ〟があるとは思っておらぬ御様子。
身体そのものを鍛え、戦い方そのものを鍛え強くなる。
一過性のレベルアップによる成長は、いつか成長限界がというものが訪れて先が無くなります。
レベルが最大値になっても『存在進化』出来なかった場合、終わりでありまするよ。
現在、生き残っている長老方は皆、その限界に達してしまった方々の慣れの果て。
後は老いて弱くなるだけのモンスター。
拙者、あそこで終わるのはちと嫌で御座る。
早くして成長限界に達してしまった伊ノ吉殿や、それを知って一時期やる気をなくしてしまった蔵ノ信殿。
しかし、あの御仁はその先を教えてくれもうした。
新しき水源――そこで偶発的に起きた大規模の戦闘。
あの戦は、拙者達の力だけは絶対に勝てる見込みはありませんでした。
それをあの御仁は、アッサリと覆してしまわれた。
力でもなく、技でもなく、あの御仁個人の圧倒的な力でもなく。
戦術だけで拙者達はほぼ互角に戦えたで御座る。
戦い方が少し変わっただけで、全滅必須の戦を皆は生き延びたでありまする。
レベルアップに頼るだけが全てではない――それにようやく気が付いた拙者は、まだまだ強くなれる。
それは、目の前にいる御沙樹と御菜江が証明してくれているで御座る。
生き証人でありまする。
せっせせっせと働いて、拙者はとても役に立つと認められれば――友好、親密、貢献なんでも良いで御座るから、あの御仁との仲が深まれば、きっといつか稽古を付けてくれるようになるで御座るよな。
それまでは出来る限り近い場所にいて、あの御仁のあらゆる強さを盗みまくるでありまするよ。
「ああ、早く拙者も地獄を味わいたいで御座るな」
「兄上様が理解出来ません」
「右に同じ」
その日が待ち通しでありまする。
☆倭ノ介はスキル【掘削】の熟練度がメキメキあがっている。
☆倭ノ介は勝手な行動を取っている。
☆倭ノ介が粛正されるまで、あと○○日。
Q.ニャー
コボ♀A「親方様ですね」
コボ♀B「ん、右に同じ」
バグ♀A「申し訳ありませんが発言を控えさせて頂きます」
バグ♀B「はぁ、はぁ……ご主人様の事を考えるだけで僕はもう!」
ゴブ♀A「……(じー)」
ゴブ♀B「……(ちらっ、ちらちらっ)」
悪魔「くっ……言葉が分かるだけに質問内容が気になる! だが、出来れば猫語は覚えたくない!」




