EX# とある権力者達の円卓会議
◆エピソード:
とある権力者達の円卓会議 第?週目頃◆
「……ふむ、揃った様だな。では、今年の〝円卓十二会議〟の開催を宣言する」
太陽が沈まんとする黄昏時。
世界が赤く染まるその時を以てようやく集まった面々に対し、男は静かに告げる。
山の頂に存在する、古い歴史を持つ王城アルカリオスの一室。
ごく限られた会議にしか使われる事のない〝獅子の円卓〟。
約300年前より毎年開催されているこの会議に出席出来る者は、最大で僅か12名。
但し、その席の1つは長く空席となったまま、今日まで使われた事は無い。
「まず始めに。今年の議長は通例により、〈フォールセティ連邦〉連邦議会長オール・アウズ=ロットバルトが務めさせて頂く」
円卓には十二の席があった。
十二の席のうち、四つの席は正確に東西南北の位置にある。
時計の様な位置関係。
但し、《獅子の円卓》において最も上座の席は、12時の方向ではなく、その国の紋章絵が描かれている壁を背後に持つ7時方向にある席。
その席には現在、その国の王が座っていた。
議長を名乗った男が座る席は、その席の正面の右隣の席――2時方向。
「ほぅ……今年は議長自ら出てきたか」
「珍しいですね。それほど今年の議長は有能という事でしょうか?」
9時方向に座る見事な髭を生やした老練屈強の男性――《鍛治の民》が髭を弄りながら言う。
ほぼ同時に、6時方向に座っていた透き通る程の白肌を持つ耳長の美女――《森の民》が静かな笑みを浮かべながら言葉を零す。
しかし次の瞬間、2人は互いに顔を見合わせ、自らの発言を悔やむように顔を歪ませた。
「不要な発言は控えて頂きたい、〈ギムール王国〉代表の方、〈ベネティア共和国〉代表の方。この場は大陸の繁栄を願い、あらゆる厄災から我等の身を守るための情報を共有する場。このように各国一同が介する場と時間はとても限られているため、速やかに会議を進めたい」
男の言葉に、同意の声も異論の声もあがらなかった。
だが男に不服は無い。
何故なら、この場に集う者は――集っている国は、基本的に敵同士でもあるからだ。
何より、集っている面々の位があまりにも高すぎる。
ほぼ誰もが下げる頭を持たない――いや、下げてはならない。
この場はそういう場所だった。
「――コホン。では、最初は大災害指定モンスター〝十二魔徒〟の情報から。順に、簡単な自己紹介と共に、各国がつかんでいる情報の提供をお願いします」
〝十二魔徒〟とは、この大陸に存在する《黄道十二異界》から現れた、人智を超越した力を持ったモンスター。
但し、実際に十二体もいる訳ではない。
時と共にゆっくりと数が増えていった大災害級のモンスターの出自や動向を確認し続けたところ、各国に存在する《黄道十二異界》へと繋がったため、便宜上で十二の数字を付けられているだけだった。
「……いきなり俺かよ。あ~っと……俺は〈ティルムハン帝国〉の傭兵王カイゼル様の代理人で、ザキ・ムラサメという。鬼刀ザキと名乗った方が通じるか?」
3時方向の席に座っていた男が気怠そうに口を開く。
視線の中には一国の王も混じっているというのに、ザキと名乗った男は視線を一身に浴びても全く物怖じする事無く、敬語どころか丁寧語すら使わず喋り始めた。
だが、誰も不快感を表す事は無い。
男が期待していた驚きも無かった。
「聞いてた通りか……っと。うちにいる奴さん、〝白羊の十二魔徒〟なんだが、いまんところ迷宮から出てくる気配無し。相変わらず迷宮の奧で修行ばかりしてるみたいだから、やっぱ目的は再戦かねぇ。ま、もし万が一ひょっこり出てきたら進路上の国々には真っ先に伝えるよ。こっちもとばっちりくうのは嫌だしね。それ以外は特になし。放浪中の姐さんの目撃情報も今回はなし。以上」
「大人しくしてくれるのは良いのですが、時折、私共の国までその修行の余波が届くというのは困りものですね。そのせいで我々もたまに主様のとばっちりを受けています。いやはや、この年では流石にきついものがあります」
続いて、ザキの左隣に座っている、でっぷりと太った男が口を開く。
十指にはめられた魔導指輪、袖から見える見事な装飾の腕輪、趣味の悪い首飾り、金色の歯などなど。
ザキとは違った意味でこの場にそぐわない容姿をしている男は、間違いなくこの場で最もお金を持った存在だった。
その総資産は、大国の年間予算すらも霞むほど。
扱っている商品は、奴隷。
「〈カネン協商国〉より参りましたレイドー商会のバズルク・レイドーと申します。我が主、〝金牛の十二魔徒〟の命により、この場に情報をお届け致します」
自分自身も奴隷の一人である大商人バズルクが言葉を続ける。
それは周知の事実なので、彼の言葉を止める者はいない。
「知っての通り、我が国は〝十二魔徒〟の一角、最上位種の《淫魔》であらせられる御方の完全支配下にあります。故に、我々は彼女には絶対に逆らえません。そのため、これからお伝えする言葉に関しても、我々は直接的にはどうする事も出来ません。ですが、何かご入り用の際にはお気軽にお声をおかけ下さい。金額次第で、どのような物でも御用意致します。それが禁忌に触れる物であっても」
バズルクは下卑た笑みを浮かべながら堂々と言い放った。
その言葉は言い換えれば、お金を積めばこの場にいる全員を捕らえ、奴隷にしてさしあげる事も出来ますよという意味にもなっている。
そしてそれは、過去に一度、本当に起こった出来事でもあった。
実行に移したのはバズルクではなく、100年以上昔の大商人。
取引を行った相手も、今は亡き国の宰相を務めていた野心家だった。
が、その裏では彼の国の絶対なる支配者の魔手が動いていたのは疑うべくもない。
色欲の力を司る《淫魔》の〝十二魔徒〟。
その魅了の力は例外を除き何者も抗う事は出来ない。
その力は距離すらも無視し、対象とその周囲にいた者達を尽く籠絡した。
尚、王侯貴族を含む数万人規模の魅了された軍勢が大陸各地から殺到する事となったその国は、老若男女魔物動物問わず徹底的に犯し尽くされ、一月もせずに屍だけが残る国と化した。
「では、主のお言葉を伝えます。『そろそろ何か面白い事してくれない? それとも私が手を貸してあげましょうか?』以上です」
それ故に、ニヤニヤと笑いながら告げた商人の言葉に、誰もが戦慄する。
〈カネン協商国〉一の大商人であるバズルクが、ただの伝令役として派遣されたその意味も含めて、各国は慎重に検討する必要があった。
だがその検討はこの場でするものではない。
ここは情報を共有する場であり、話し合いの場ではない。
そんな事をしても無意味である事は誰もが承知していた。
「〈聖王国ルナレスト〉《白の聖騎士》アーリス・シンクレア・フォン・フォーエンハイム。聖女ムーラン・ルーナ様の代理で本日の〝円卓十二会議〟に出席しております」
沈黙による停滞を嫌った面々の視線に促され、清廉な出で立ちをした少女が重い口を開く。
その少女の頭の上には猫耳。
可愛らしい外見には似付かない肩書きが、彼女が見た目相応の年齢では無い事を物語っていた。
獣人の容姿は、成人を迎えてからは種族によって変化の速度が全く異なる。
《猫獣族》の場合、女性に限り容姿が十代半ばで固定され、以後はほとんど変化する事がない。
その種族特徴と見た目のキュートさ故に、彼女達もまた長寿美形の代名詞である《森の民》同様に苦労が絶えない種族だった。
「私どもの国にあります双児之迷宮には、未だ〝双児の十二魔徒〟の姿は確認されておりません。今より13年前に行方を眩ましたきり消息不明となっております。ですが……」
アーリスはそこで少し言葉を躊躇う。
だが、それは伝えるべき言葉であるため、すぐに意を決して続く言葉を口にした。
「昨年末より、一部地域にて魔物との《混血児》の出産報告が相次いでおります。その線から消息を追っていったところ、行き先は〈死の国ヘルヘイム〉の可能性が高いかと」
「それは……」
先程に続き、一同は再び息を呑んだ。
元来、魔物との《混血児》が産まれる可能性は限りなく低い。
ここで言う《混血児》とは、亜人種や獣人種として産まれた者の事を言う。
魔物の血が強すぎるため、普通は魔物種として生を受ける。
ゴブリンの子供を孕めば9割9分ゴブリンの子供が産まれ、万が一の確率でしか母親側の種族としては産まれてこない。
しかしそれには例外があった。
それが、〝双児の十二魔徒〟という存在。
理由は分かっていないが、〝双児の十二魔徒〟が孕ませた女性が産む子供だけは、逆の確率で母親側の種として生を受ける。
それは歴史が証明していた。
〝双児の十二魔徒〟は確かに強力なモンスターだが、〝十二魔徒〟の中では唯一良心的なモンスターだと言われている。
過去には、この大陸の命運に数多く貢献し、他の〝十二魔徒〟の抑え役にもなっていた。
故に、〈聖王国ルナレスト〉では長きにわたり〝双児の十二魔徒〟に影から国を守護してもらう事で、〝双児の十二魔徒〟の多少の道楽には目を瞑っていた。
その結果、〈聖王国ルナレスト〉では《混血児》が度々産まれる事になった訳だが。
だが問題はそこにはなかった。
ある時、〝双児の十二魔徒〟は別の〝十二魔徒〟と戦い、大敗してしまう。
それが全ての始まり。
〝十二魔徒〟の間にも相性の善し悪しや力の強弱がある。
幸いにして〝双児の十二魔徒〟を降した〝十二魔徒〟は、死闘以外には興味のない性格をしていたので、戦い自体には何も問題無かった。
しかし、弱っていた〝双児の十二魔徒〟は一つの過ちを犯してしまった。
いつものように、隣国〈カネン協商国〉の〝金牛の十二魔徒〟と接触してしまったのだ。
凶悪な魅惑の呪いをその身にかけられてしまった〝双児の十二魔徒〟は、以後、女性に見られると相手の正気を失わせ襲い掛かられるというモンスターとなってしまう。
それは種族問わず、魔物はおろか動物にすら影響を及ぼす。
一時はドラゴンのメス集団に襲い掛かられ、街一つが壊滅した事もあったという。
人の良い〝双児の十二魔徒〟は、相手に危害を加える事を非常に嫌う。
それは人だけでなく、モンスターや動物達に対しても同じ。
ただ肌を重ねるだけならば〝双児の十二魔徒〟もジッと天井のシミの数え続けるだけで特に問題無かった。
しかし、我を忘れて襲い掛かってくる女性達にそのような理性が残っている訳もなく。
魅了された女性が複数いた場合、女性達はほとんどの場合〝双児の十二魔徒〟を奪い合い殺し合った。
それが人と人同士であればまだ怪我程度ですむが、人とモンスター、動物とモンスターという風に、互いの間に圧倒的な力量の差があったり数の差があるとどうしようもない。
魅了の効果は女性達が一度満足するまで続き、また女性達は先にライバルとも言える相手の排除に動くため、逃げたところで意味が無かった。
それ故に、〝双児の十二魔徒〟はそれから極力人の前には姿を現さず、ダンジョンの奧や天の岩戸のような隔離された場所に籠もるようになった。
それによって、ようやく事態は落ち着くことになる。
「妊婦の数、急激に増えたモンスターと生態系の悪化などから考えて、まず間違いないかと」
だが13年前になって、突然に〝双児の十二魔徒〟は姿を眩ました。
その情報は大陸全土に一気に広がり、大騒ぎする事になった。
〝双児の十二魔徒〟にどのような心境の変化があったかは分からない。
しかし、見ただけであらゆる女性が虜にされる凶悪な呪いの影響は計り知れない。
「私どもの国からの報告は以上です」
そしてその魅了の効果が他の〝十二魔徒〟に及ぶかどうかは、未だに分かっていない。
「〈死の国ヘルヘイム〉ですか……確かにあの国であれば、あの方にかけられた呪いはほとんど意味を無くす事でしょう。あそこには死者しかいませんので」
そう呟いたアーリスの左隣に座るエルフの言葉には、しかし欠片もそれを信じている様子は無かった。
死者に性別はない。
ただの肉の塊、骨のみの存在、魂だけの存在、魂すら持たない無機物に、生前が女性であったかなど関係無い。
だが、魅了の効果がどこまで及ぶのか確認した訳ではないため、楽観視する事は出来ない。
それどころか、本来あり得ない筈の現象――死者の女性に子を宿す事すら、もしかしたら可能かもしれなかった。
それを否定出来ない程に〝十二魔徒〟の持つ力は強い。
〝双児の十二魔徒〟の命を産み出す力が強いのか、はたまた〝金牛の十二魔徒〟の魅了の効果が凄まじいのか……。
また、懸念すべき事項はそれだけではなかった。
〈死の国ヘルヘイム〉にいる〝天蠍の十二魔徒〟は、性別で言うと女性に部類する。
〝十二魔徒〟ほどの力を持った存在が狂った場合には、いったいどれだけの被害が出るか分かったものではなかった。
そして何よりも皆が恐れているのが、〝天蠍の十二魔徒〟は〝金牛の十二魔徒〟と同類であること。
〝金牛の十二魔徒〟が『面白そうだから』という理由だけで魅了の呪いをかけたように、〝天蠍の十二魔徒〟もまた厄介な呪いを〝双児の十二魔徒〟にかけかけない。
むしろ呪いに関して言えば〝天蠍の十二魔徒〟の方が専門。
狂気度では〝金牛の十二魔徒〟よりも遙かに質が悪い。
今はまだ子供が大量生産されているだけだが、〝天蠍の十二魔徒〟の呪いまで合わさるとなると、それは大陸を滅ぼしてしまうだけの脅威となりかねなかった。
「申し遅れました。〈ベネティア共和国〉女王エレンミア様の名代で、水の巫女ルーチェラ・イースと申します。我が国の一部である〝巨蟹の十二魔徒〟ですが、幸いにして今年捧げた生贄にも満足して頂けた御様子で、眠りについたまま動く気配は御座いません。よって、大陸全土を揺るがす大地震の発生確率は限りなく低いかと。御安心下さい」
そう静かに告げたエルフの言葉に、初めてこの場に安堵の溜め息が少なからず零れ落ちた。
〝巨蟹の十二魔徒〟は一度怒り出すと、その超絶的な力で以て大地を揺るがす程の衝撃を生み出す。
それは大地震となって大陸各地を襲い、ただの一撃で恐ろしい程の被害を発生させる。
だが本当に恐ろしいのは、その余波によって他の〝十二魔徒〟達の機嫌を損ねる事だというのは言うまでも無い。
地震に対してはある程度対策を講じる事が出来るが、〝十二魔徒〟に対してはほとんど対策のしようがないからだ。
「ふむ、貴国の報告は以上か? ならば次は儂の番だな。〈剣闘王国ライガ〉第27代目国王イスト・バルだ。今年の〝円卓十二会議〟は我が国での開催であったため色々と不満に思う事はあるだろうが辛抱してくれ。何しろ、我が国は兎に角熱いからな、これというのも……」
「不要は発言は控えて下さい」
「む……」
いきなり長口上を始めそうになった国王イストに、議長オールが口を挟む。
一国の国王に対し、しかもそれが己の武だけでのし上がった武人の王だったとしても、何ら臆する事なく言葉を止めた議長に、他9名は心の中で賞賛を送った。
幾らこの会議の場では対等な立場という決まりがあっても、開催国以外の国にとっては敵地でしかない。
敵地でその国の王の機嫌を損ねるのは出来るだけ避けたいと思うのは当然だろう。
もっとも、彼等はもう一つの理由も含めて議長に賞賛を送った訳だが。
〈剣闘王国ライガ〉はとにかく熱い。
にも関わらず、この〝獅子の円卓〟には室内を冷却する魔道具の類がまるで設定されていない。
つまり、会議が長引けば長引くほど熱さに耐え続けなければならない。
早く終わらせてしまうに越したことはなかった。
「――儂が言うまでもないが、〝獅子の十二魔徒〟は相も変わらず大陸の外へと出ようと足掻き続けている。ヤツが飛び立つ時には周囲の火山が噴火するので、迷惑極まりないな。今朝も飛び立ちおってご覧の通りだ。行き先は知らん。ヤツに直接聞け。他に〝十二魔徒〟に関する追加の情報はない。ふん」
赤黒い鱗と歴戦の傷を持つ国王――《焔蜥蜴獣族》のイスト・バルは、最後に議長オールを一睨みしたあと口を閉ざす。
この場においてただ一人、彼だけがこの猛烈な熱さを心地好いと思っている存在だった。
「は~、やっと僕の番? 熱いからちゃちゃっといくね! 〈妖精の国ラピタ〉から来た、風嵐妖精ゼストだよ! 〝処女の十二魔徒〟見つからない! 終わり!」
待ってましたとばかりに、8時方向に立っている小人が早口で言う。
手の平サイズの妖精ゼストは椅子には座らず、ずっとテーブルの上に立っていた。
あまりに小さくて椅子の上に立っても姿が見えないからだ。
ただ、だからといってこの場にいる者達は誰も彼の事を侮ってはいなかった。
確かに可愛らしい容姿の少年ではあるが、その小さな身体に秘められた力は計り知れない。
剣闘王であり英雄王でもあるイスト・バルですら、出来ればまともにやりあいたくないと言わしめるぐらいには、ゼストの名は色々な意味で有名だった。
気紛れの代名詞でもある《暴嵐》の名は伊達ではない。
その妖精からもたらされた情報はとても簡潔だが、それは今に始まった事では無いので誰も文句は言わない。
〝処女の十二魔徒〟は常に大陸中を放浪し、しかも神出鬼没。
昨日は大陸の西側にいた筈なのに、次の日には反対の東側にて確認されたという事も少なくなかった。
〝処女の十二魔徒〟だけは暗黙の了解として、見かけたら報告というスタンスを各国共に取っている。
一応は〈妖精の国ラピタ〉が独自の監視網を使い大陸中で目を光らせているが、それがどの程度役に立っているかはゼストの発言から大凡理解出来るだろう。
「〈ギムール王国〉宰相ドワルド・ザーグじゃ。儂もさっさと帰りたいからサクサクと報告を終わらせるぞ。〝天秤の十二魔徒〟なんじゃが、またよからぬ事を企んでおるようじゃの。前回は大陸中の鉱石という鉱石を集めまくった挙げ句、《天秤之迷宮》をゴッソリ改造しよったが、今回のはそんな些細な趣味レベルのものではなさそうじゃ。調査は進めておるが、相変わらずその全容はようとして知れぬ。以上じゃ」
不安だけ煽って何も分かっていないと告げた《鍛治の民》に、誰も反応を返さない。
宰相という肩書きを持っているのに、彼が蓄えている知識が乏しいというのはこの会議ではもはや通例となっていた。
各国の参加者は毎年もしくは数年ごとに担当者が変わるのに対して、〈ギムール王国〉だけは常にドワルドが会議に出席し続けている。
ハンマーを握らせれば一級の腕を持っていても、基本的に鉄以外の事にはほとんど興味を示さないドワーフという種族。
だからこそ、隣に〈死の国ヘルヘイム〉という危険極まりない国があっても平然としていられるのだろうというのが各国の共通見解だった。
そしてそのとばっちりのほとんどは、反対側で〈死の国ヘルヘイム〉と接している国へと向かう。
ドワルドの左隣の空席。
人の住める土地ではなくなってからというもの、ずっと誰も座られる事のなかった席。
その左隣に座る老人が、重い口をゆっくりと開く。
「〈ユリウス法帝国〉枢機卿バレンティノ・バレンティンで御座います。まずは先に〈死の国ヘルヘイム〉の〝天蠍の十二魔徒〟についてご報告させて頂きます。現在、我が教団と〝天蠍の十二魔徒〟との間で行われている戦は我が方が優勢。更には、盤上に〝天蠍の十二魔徒〟の姿を映し出す事に成功し、現在は一時的にあらゆる活動を停滞させるための交渉を行っているところであります。余談は許しませんが、交渉が成立した場合には大陸中の夜の危険を幾ばくか和らげる事が出来るかと思われます」
その戦は、教団側にとってあまりにも分の悪い戦争だった。
否。
それは戦争と呼べるものでなく、〝天蠍の十二魔徒〟が一方的に仕掛けた遊びでしかなかった。
広大な土地を盤上に見立て、互いに限りある駒を動かして奪い合うゲーム。
人類側は兵士達を駒とする。
〝天蠍の十二魔徒〟は自らが作り出した死者の軍団を駒とする。
最初に互いの領地に駒を並べ、特殊なルールに沿って駒を動かして小競り合いを繰り返す。
勝てば相手の土地を奪い、負ければ土地を奪われる。
最後に相手方の王を討ち取れば勝利を得られるというルール。
駒の数、種類は両者ともに似たようなものを用意し合う。
例えば、騎馬兵の駒であれば、騎馬兵、不死騎馬兵が。
竜兵の駒であれば、竜騎士、不死飛竜といった、ほぼ似たような駒を用意する。
用意出来る駒の数が足りない場合は、足りない方の数に合わせる。
一見すれば、それは同条件での戦いにも思える。
だが実際には、両者の間にはあまりにも大きな差があり、しかもその差を埋めることはほぼ不可能だった。
何故なら、そのゲームは実際に戦って殺し合うゲームであるからだ
生者を出さざるを得ない人類側は、彼等の命に代えはきかない。
しかし〝天蠍の十二魔徒〟が使う駒は、全て不死者。
最上位種の《不死賢者》である〝天蠍の十二魔徒〟に、不死者を呼び出すのは雑作無きこと。
釣り合いが取れる訳がない。
そして何より問題だったのが、ゲームの盤上とされた土地にあった。
普通に人々が暮らしている村や町が盤上に含まれているのだ。
もしその土地を〝天蠍の十二魔徒〟の駒に奪われれば、そこに住んでいた者達は皆殺しにされてしまう。
盤上に選ばれてしまった土地は謎の結界に覆われ、そこから人々は逃げ出す事は出来ない。
土地を奪い返しても、失われた命はもはや帰ってこない。
だけでなく、奪い返した瞬間に不死者として復活し、不死者の特性として当然のように生者へと襲い掛かってくる。
ゲームに勝てなければ、盤上に選ばれた土地は全て〈死の国ヘルヘイム〉のものとなり、以後は二度と人の住める土地ではなくなってしまう。
例えそのゲームを行いたくなくとも、〝天蠍の十二魔徒〟は強引に盤上を作り上げゲームを始めてしまい、まるで見せしめのように次々と人々の命を奪っていく。
〈死の国ヘルヘイム〉が何故生まれたかと聞かれれば、それはかつてその土地を治めていた国が〝天蠍の十二魔徒〟との間に繰り広げたゲームに敗北し続けた結果に他ならなかった。
そして今現在。
〝天蠍の十二魔徒〟のゲーム相手を〈ユリウス法帝国〉が努めている。
不死者との相性が良い教団が相手をしている事で、何とか善戦している状況だった。
「次に、我が国の象徴とも言える世界樹オーグに寄生している〝人馬の十二魔徒〟ですが、こちらも〝白羊の十二魔徒〟との再戦に備えてか、日々頭上より修行の音と思われる轟音が鳴り響き、世界樹の破片が降ってきますので、ザキ殿の報告と一致するかと。そして恐らく、今回は我等の土地がその決闘の場として選ばれる事でしょう」
〝天蠍の十二魔徒〟と〝人馬の十二魔徒〟。
その二つの化け物に対処しなければならない〈ユリウス法帝国〉は、他の国よりも苦労が絶えなかった。
しかし、〈ユリウス法帝国〉は教団という国境を越えた強力な力と、国家としての力の2つを兼ね備えているため実は何とかなっていた。
国のトップには帝王が君臨し、教団のトップには教皇が君臨している。
〈ユリウス法帝国〉はある意味では強大な2つの国が合わさった国と考えても良かった。
「そして最後に。もう一つ、皆様に告げなければならない事があります。このたび、教皇猊下の元に一つの神託が下りました。神託の内容は難解を極め、教団が総力を尽くして解読を行ったところ、それは〝十二魔徒〟にも関わ65る事と判明致しました。よってここに、その解読した内容をお伝えさせて頂きます。お伝えする内容は、以下の3つに要約されます」
一端口を閉ざし、朱色の法衣を着る老枢機卿がゆっくりと思い出すように語り始める。
「ひとつ、終わりを告げる者の誕生が近いこと。
ひとつ、恐怖を司る王が永き時より目覚め、次代の王と共に滅びを撒き散らすこと。
ひとつ、この試練を見事乗り越える事が出来れば、新たな時代が到来すること」
神託の内容がこの場で語られるという事は異例の事だったが、一同は引き続き黙して老枢機卿の言葉に耳を傾ける。
「個々の具体的な解釈はまだ諸説憶測が飛んでおりますので、この場では控えさせて頂きます。この中で〝十二魔徒〟に関わっていると思われるものは最初と最後の2文。最後の1文は如何様にも解釈出来るため、最初にお伝えした1文の解釈を述べます。恐らくもう気付かれた方もいらっしゃると思いますが、それは最後の〝十二魔徒〟の誕生を意味しています。つまり……」
円卓上の視線が1時方向にある席へと集まり、その場に座っている人物へと注がれた。
それまでずっと蚊帳の外で在り続けたその国の代表者は、何とも言い難い表情を作り一同の視線を受け止める。
それは決して歓迎すべき事では無かった。
しかし、ようやく対等の立場になれるという思いも少なからずあったため、その心境は複雑極まっていた。
「……これ以上の言葉は止めておきましょう。私からは以上で御座います」
バレンティノの顔には苦渋が浮かんでいた。
神託の内容が、大災害の代名詞である〝十二魔徒〟の誕生だけではなかったからだ。
〝十二魔徒〟は確かに大災害並の存在。
しかし、積極的に世界を害そうという意志は持っていない。
むしろ彼がこの場を使って伝えたかったのは、2つ目の解読文。
積極的に世界を害そうとする存在の再誕は、〝十二魔徒〟を大いに刺激する可能性が高いため、とてもではないが見過ごして良いものではなかった。
教団にとって、その存在は〝十二魔徒〟という化け物が現れる遙か以前よりずっと宿敵として相対してきた存在。
こうして各国の代表が一同に介する機会など他にはない。
にも関わらず、その事についてはこの場で話し合う事は出来ない。
それがバレンティノにはどうしても納得出来なかった。
「〈イシュタリス連合国〉外交特使アンナリーゼ・O=イシュズタール・ファルコンです。昨年は一度も姿を見せなかった〝磨羯の十二魔徒〟が残念ながら健在であることを確認。山奥にある温泉で療養中だった模様です。犯人は不明。誤って覗き見する事となった調査隊はほぼ全滅。および近隣にあった集落および山々は消滅。その後、南に向けて飛び立つ姿を私もこの目で確認しています。御注意下さい」
覗かれたからお仕置き、などという可愛い反応とは裏腹に、〝磨羯の十二魔徒〟によって受けた被害は想像以上に甚大だった。
アンナリーゼは連合国内の被害規模を淡々と告げてはいるが、実はそんな生易しいレベルではない事は明確である。
何しろ、その余波は近隣諸国にも及んでいるからだ。
一番分かり易いのが、その後に発生した気象の変化だろう。
〝磨羯の十二魔徒〟が吹き飛ばした山々の先にあった地域では、突然、空を覆っていた雲に大きな亀裂が入り、日が差した。
その後、天候は急激に悪化し、雷雨が発生。
局地的な豪雨による浸水および大洪水、降り注ぐ雷による山火事の発生などなど。
周辺各地でも気流が変化した事で竜巻が発生したり、怯えたモンスター達が暴れたりと散々な日々が暫く続く事になる。
間接的にも多大な被害を被っていた。
そして何より問題だったのが、その原因が実は一部貴族達が後先考えず行動を起こした結果によるものだという事だろう。
〝磨羯の十二魔徒〟は、人に近づかれる事をとても嫌う。
故に、基本は〝磨羯の十二魔徒〟が住処から飛び立つのを遠目に確認するだけが普通だった。
にも関わらず、暫くその姿を見せないからといって貴族達は不安になり、調査隊を送り出してしまった。
当然ながら、その事実を知った被害国は〈イシュタリス連合国〉に対し多額の賠償請求を行っている。
が、元々財政が火の車である〈イシュタリス連合国〉内の各小国はそれを無視。
連合国内でも内輪揉めが勃発し、肝心の騒動を起こした国は早々に滅亡している。
また、これまでも〈イシュタリス連合国〉は周辺各国とも頻繁に小競り合いを繰り返していた。
今度の戦は大規模になりそうだ、というのが被害を被らなかった国々の見解だった。
尚、貴族社会でもある〈イシュタリス連合国〉において、下級貴族にしか過ぎない筈のアンナリーゼがこの場にいるのは、責任を押し付け合った結果のとばっちりである事は言うまでも無い。
「〈カーウェル皇国〉女皇帝シルヴァリア・ローゼン・ラーズ・カーウェルの命により、王弟ウォルハング・サザンクロス・ラーズ・カーウェルが代わりに報告させて頂く。〝宝瓶之迷宮〟に〝十二魔徒〟は未だ確認されず。だが、先程緊急で届けられた報告によると、〝処女の十二魔徒〟らしき《昏森の民》を迷宮内で見かけたとのこと。情報の真偽については現在確認中。我が国から以上だ」
これまで〝処女の十二魔徒〟が引き起こしてきた大災害は数知れず。
〝十二魔徒〟の中ではダントツ一位。
が、それはほぼ局所的な大被害に限ったもので、周辺国まで影響を及ぼす類のものではなかった。
言い換えればそれは、今回の場合で言えば、何かしら問題が起きてもその被害は間違いなく〈カーウェル皇国〉限定だということ。
〈カーウェル皇国〉の報告を聞き各国の代表者達は内心で、今回は災難を免れたな、と一安心していた。
「最後に、〈フォールセティ連邦〉にいる〝双魚の十二魔徒〟だが、国全体が今も深い霧に包まれていることからして、健在である事は間違いないだろう。姿を見た者はいないため断言は出来ないが、迷宮の深部に近づけば発狂しそうになる程の濃密なアルマナが散布され続けているので間違いない。以上だ」
議長であるオールの発言を最後に、〝十二魔徒〟に関する情報交換は終了する。
得られた情報などほとんど無いにも等しかったが、時にその情報が各国の命運を左右する程の重要な情報となる事も実は少なくなかった。
この会議が開催されていなかった過去では情報が錯綜し、陰謀によって秘匿され、その秘匿を許した事で陰謀を企てた国諸共多大な被害を被る事になったりと、ほとんど碌な事が起こっていなかった。
国家間の抗争に〝十二魔徒〟を関わらせると、抗争を繰り広げている国はおろか周辺国にまで被害が及んでしまう。
それを身を以て経験してきたこの大陸に住む者達は、この〝円卓十二会議〟を開き、〝十二魔徒〟には極力関わらないようにしよう、という約束を毎年この会議で行っているのだった。
それ故に、〈イシュタリス連合国〉が犯した〝磨羯の十二魔徒〟への軽はずみな行動には、相応のペナルティを与える必要がある。
平たく言えば、一度滅ぼして新しい国家を立ち上げさせる。
占領して自国の領土にしようとしないのは、占領しても苦労が増えるだけだからだった。
その土地にいる〝十二魔徒〟は、基本的にその土地に住む者で何とかして欲しいというのが大半の意見である。
もちろん、例外もいるが。
「では、次の案件へと移らせて頂く。〝二十四魔将〟と〝四十八魔鬼〟。この二つの災害級モンスターについての情報を……」
会議はまだまだ続く。
〝十二魔徒〟ほどではないが、この大陸には他にも凶悪なモンスターは多数存在している。
いつそれら凶悪なモンスター達の被害にあうか分からないため、この会議を通じて少しでも多くのモンスター情報を各国は手に入れようと奮闘する。
もちろん、会議の外でも同様に細かな情報がやりとりされている。
しかし、場合によっては機密に該当する情報も含まれるため、そういう情報に関しては会議のみを通じて各国に伝えられる事になる。
〈カネン協商国〉の大商人バズルクが伝えてきた〝金牛の十二魔徒〟の言葉や、〈ユリウス法帝国〉の枢機卿バレンティノが告げた神託、〈カーウェル皇国〉の王弟ウォルハングの報告にあった〝処女の十二魔徒〟の所在などなど。
国民にその情報が漏れでもしたら、どれほどの混乱が起こるか分かったものではなかった。
〈イシュタリス連合国〉の様に自らの失敗を秘匿して、国民から反感を買う前にせっせと逃げ支度をしている所もある訳だが。
それでも世界は静かに回り続ける。
いつ訪れるか分かったものではない終焉の時まで、ずっと……。
 




