EX# とある冒険者達の試練
◆エピソード:
とある冒険者達の試練 第九週目頃◆
俺達は冒険者だ。
毎日をスリル満点に過ごし、やりたい事をやって生きている。
「……ビックス。今日でいったい何日目になるのかしらね?」
「さぁな。もう忘れちまったぜ。数えるのも馬鹿らしい」
現在、俺達は《宝瓶之迷宮》に潜っている。
大した理由はない。
この国に着いてすぐ、しこたま酒をかっくらった帰り道で穴に落ちたからだ。
普通、あんなに底が深い穴に落ちたら無事じゃ済まない。
だが、穴に落ちた俺を追ってリディも穴に飛び込み、仕方なくと言った感じでルルーも追ってきてくれた事で結果的に何とかなった。
穴に落ちて足を骨折したところに、落ちて来たリディの重い尻の下敷きとなり、最後にルルーに踏み潰された事で重傷になったがな。
ルルーの回復魔法様々だ。
「ビックスの運が悪いのはいつもの事ですが、今回はいつにも増して不幸です」
「そうか?」
「不幸です。だって、もう一月以上もまともな御飯を食べていないですよ? そろそろ甘い物が食べたいです」
「ああ、それには私も同感ね。野宿が続くのは別に良いんだけど、毎日の食事のほとんどがモンスターってのはちょっと。しかも雑魚ばかりだし」
「だからこうして毎日一生懸命出口を探してるだろうが」
「あ、ビックス。そっちの道はこの前通りました。ここは真っ直ぐです」
「おっと、そうだったか。悪ぃ……良く覚えているな?」
「何となくです」
「何となくって、おい……」
「ビックスの不幸を呼ぶ勘よりは優秀です」
「違いない」
しかし、まさかこのダンジョンがとんでもなく広くて複雑だとは思わなかった。
最初は地図を作りながら虱潰しに進んでたんだが、だんだんと地図の整合性が合わなくなり、終いには現在地すら分からなくなったんだよな。
折角だからダンジョン攻略でもするかと意気込んでいた最初の頃が懐かしいぜ。
「っと。またスライムか。やたら多いな」
「時間の無駄ですから素通りですよ」
「分かってるよ。経験値の足しにもならねぇし金にもならねぇこいつらに付きあってたら日が暮れる」
「昨日、憂さ晴らしに手当たり次第スライム虐めしてた人の言う台詞じゃないわね」
「ですが、結果的に隣の階層に進む事が出来たので良かったと思います」
それなりに冒険者生活が長い俺達にとっちゃ、このダンジョンで出現するモンスターは眼を瞑ってでも狩れる。
戦士の俺と、斥候のリディ、後衛のルルー。
リディとルルーの2人は小さい頃からの腐れ縁で、連携はお手の物。
近接火力と経験は熟練の俺が担当し、そんじょそこらのパーティーなら俺一人でも軽く圧倒出来る。
なかなかにバランスの良いPTだ。
縁があってこの2人の面倒を見る羽目になったが、それからもう10年か。
不幸体質の俺と一緒にいたせいで、随分と逞しく育ってしまったものだ。
胸の方も随分と……いや、これを考えるのはよそう。
俺も男だ、下手すると自制がきかなくなる。
血が繋がっていないとはいえ、自分で育ててきた娘に手を出すのは流石にヤバイ。
早く手頃な男を見繕って独り立ちしねぇかなぁ。
そうすりゃ俺も大手を振って娼館に通えるんだが。
「ん? どうしたの、ビックス」
「?」
「……いや、何でも無い」
ここ出たら少し考えてみるか。
いつまでも強面の俺と一緒じゃ、勘違いされて男も寄って来れないだろう。
良さそうな新人の坊主でも見繕って、新人教育だと言って押し付けてみるか。
そうすりゃ恋の一つや二つ生まれるだろう。
――そういや俺、こいつらに性教育してたっけな?
「ここが最上層だったら嬉しいんだけどなぁ」
「……見覚えがあるので、もしかしたらそうかもしれません。それに、昨日いた階層より上だというのも確かだと思いますし」
「ああ、やっぱ俺の勘違いじゃなかったのか。さっきの道を曲がれば綺麗な池があったよな?」
「ちょっと待って、ビックス。そんな重要な事は早く言ってよ」
「うん? 重要か? 水ならいくらでもルルーが……」
「「重要です!」」
「おおぅ……すまない」
あ~、こりゃ水浴びでもしたいって言ってくるパターンかな。
身体を布で拭いたり魔法で清潔にするのと水浴びの何が違うんだか。
相変わらず女ってのはよく分からん。
ずっと一緒に暮らしてきたってのに、なんでこうも俺と考え方が違ってくるかね。
目の前の少女2人が、まだ俺の半分ぐらいの身長しかなかったただの子供だった頃の事を思い出す。
その時は怯えている兎のように縮こまってばかりだったんだよなぁ。
後で聞いたら、俺に喰われるかと思ったんだとよ。
俺はモンスターじゃねぇんだが、その時の2人はまだ本当のモンスターを見た事が無かったらしいから、それも仕方がねぇか。
本当に、大きくなって。
水浴びするならちょっとぐらい成長を確かめても……。
「ビックス? 何をそんな深刻に考え込んでいるのですか?」
「? 私達の身体に何かついてる?」
「……いや、何でも無い」
「さっきも聞いたわね、その台詞」
「ですね。今日は一段とおかしなビックスです」
――やっぱそっち方面の教育がちょっと足りなかったみたいだな。
普通、さっき俺がした邪な視線を向けると女は敏感に反応して嫌がる筈なんだが。
それとも俺を異性として意識してないのか。
何度も口酸っぱく俺は赤の他人だと言い聞かせている筈なんだがなぁ。
完全に親フラグがたっちまったか。
「……あれ?」
「……お?」
「あら」
数週間前の記憶と照らし合わせながら進むこと、小一時間。
相変わらずべらぼうに広いダンジョンと、少なくないモンスターの襲撃を蹴散らしてようやく辿り着いた先で俺達を待ち受けていたのは……。
「確かここだったわよね?」
「はい。私の記憶でもそうです。あの時は水浴びしませんでしたが、ダンジョン内に綺麗な水場があるのはとても珍しいので、私は良く覚えていました」
「右に同じ」
通路があった筈の場所は天井が崩れて土砂に埋まり、入口は完全に閉ざされてしまっていた。
「これは……人為的な処置だな。この崩落は自然に出来たものじゃねぇ」
「そのようね。もう、誰よこんな馬鹿な事してくれたのは。これじゃ水浴び出来ないじゃない!」
「はぁ。ここが普通のダンジョンだったら別に問題無かったのですが。よりにもよって貴重な水場を隔離してしまったのですか。どこの悪魔の所業ですか」
俺達は実際に迷ってみてこのダンジョンの異常性を理解している。
そりゃ何週間も彷徨っていねぇしな。
隣あっている筈の通路を繋げようと壁を掘ってみても、永遠に繋がらないって事は確認済だ。
「鬼! 悪魔! ビックス!」
「おいっ!? 何でそこで俺の名前が出てくる!?」
「同じ不幸の代名詞だからでしょう」
「ルルーも冷静に説明してくれるな! 悲しくなってくるだろうが」
「実際、悲しいからです。はぁ、水浴びしたかったのに……」
これもやっぱり俺の不幸体質が原因なんだろうな。
あげて落とす。
よく出来てる体質だぜ。
「……あっ」
「ん? どうしたリディ」
「見て、あそこ。もしかしたらちょっとだけまだ繋がってるかもしれない」
「なに?」
「え、ほんと?」
おお、神はまだ俺を見捨てていなかった。
「やっぱり! 繋がってるよ、ルルー!」
余談だが、俺はこの時、リディに踏み台代わりにされていた。
せめて肩車にして欲しいぜ。
そうすりゃ俺にも差し出した労力以上の見返りがあったのに。
……ああ、やべぇ。
思考が随分ととろけていやがる。
長い間、酒も女もやってねぇからなぁ。
早いとこダンジョンを脱出しねぇと2人の貞操がヤバイ。
ついでにその後の俺の命もヤバイ。
冷静になれ俺、冷静になれ俺、賢者だ、賢者。
「ビックス!」
「任せろ!」
たまってるものは運動して発散するに限る!
「なんだかビックスも乗り気みたいね」
「ええ。やはりビックスも長いダンジョン生活で癒しを求めているのでしょう……先に水浴びするのは絶対に私達ですが」
「あ、そこは譲らないんだ。まぁ当然だけど」
「もしもの場合は、例え相手がビックスでも力尽くで黙らせますよ」
「りょーかい」
力仕事には慣れている。
あっと言う間に閉ざされていた通路は開通した。
「ふー。やっと開通したぜ」
「お疲れ様です、ビックス」
「おつかれー。んじゃ、早速水浴び、を……あれ? 何かいる?」
「……お?」
先に進んだリディとルルーの足が止まる。
いったいどうしたんだと俺も2人の後ろから通路を先を覗き込む。
「初めて見るヤツだな。植物系モンスターだってのは分かるが……知ってるか?」
「ビックスが知らないんだったら私達が知ってる訳ないでしょ」
「私も知りません。ですが……」
見ると、目の前にいるルルーの小さな身体が小刻みに震えていた。
「とても……おぞましい感じがします。身が震えるような」
――ああ、つまりあいつは不死者モンスターって事か。
神職系の職業を持っているルルーが寒気を感じるって事はそういう事だ。
ただ、少しその震えが尋常じゃない。
って事は……こりゃ相当厄介な相手だ。
「なるほど。故意に入口を崩落させたのは理由があったってことか。まぁそりゃ理由があるわな」
「いや、そんな事より! あれ見て、あれ! あいつの後ろにある池!」
「……真っ赤です」
「確定だな。ここは呪われてやがる」
どうやら俺の不幸も極まれりってか。
上げて落とされて、また上がったと思ったら今度はどん底まで落とされるのかよ。
つくづくついてねぇ。
つくづく俺は何かに憑かれてやがる
「――おい、御前らはすぐに此処から逃げろ。何処でも良い」
「え? なんでよ。あたしもあいつにお仕置きするわよ。ビックスだけずる……」
「良いから行け! ありゃそういうレベルの相手じゃねぇ! ああ、くそっ! 喚び出しやがった!」
悪い予感は本当に良く当たる。
もしあいつが上位のアンデッドモンスターならって考えてたんだが、どんぴしゃかよ。
しかも、喚び出したのはラミアのアンデッドか。
いったいどうやったらたった数週間でここまで怨念を貯め込んで、近くにいただけのモンスターをあんな上位の化け物に強制進化させる事が出来るんだか。
「……すみま、せん、ビックス……あの方々の怨みが強すぎて……身体が……」
アンデッドモンスターにとって、神職を持つ者は天敵に等しい。
神聖系統の魔法で大抵は一掃できる。
だが、それは時に諸刃の剣となる。
相手の力が強すぎ、その影響を最も強く受ける神職の許容を越える場合には、ただ側にいるだけで動けなくなってしまう。
死者の声があまりに聞こえ過ぎて麻痺しちまう。
はぁ。
暫くの間、足止めするだけじゃ駄目、か。
こりゃ覚悟を決めるしかねぇな。
「リディ、ルルーを連れて行け」
「ビックス、私も戦う。ビックスだけ残して行けない」
「リディ、早くしろ」
「幸い通路は狭いし、スイッチしながら戦えばいける」
「リディ」
「死ぬ時は一緒だって言ったよね? 私、嫌だよ……」
「リディ!」
乾いた音が鳴った。
思わずリディに手をあげちまった。
謝らねぇと……。
「……行け」
だが、俺の口から出てきた言葉は違う言葉だった。
「ビックスの馬鹿!」
これが最後になるかも知れねぇってのに、やっちまった。
お互いに辛い別れになってしまったな。
後が大変だ。
許してくれると良いな。
「んじゃ、始めるとするか。化け物ども」
俺の可愛い娘達を、てめぇらに殺させる訳にはいかねぇんだからよ。
[《混沌の民》〝ビックス〟の死亡を確認しました。
対象が《魔物・不死種》に殺されたため、魂は回収されません。
以後、対象は《彷徨魂》となります。
《彷徨魂》〝ビックス〟は×××によって捕喰されました]
冒険者L「ねぇねぇ、なんだか私達って碌でもない未来が待ち受けそうじゃない?」
冒険者R「ここで死ぬよりはマシだと思いますが……アンデッドに食べられたかったですか?」
冒険者L「あー、それは絶対にやだ」
冒険者B「てめぇら、さっさといけ! 嫌な事くっちゃべってるんじゃねぇ!」
冒険者L「はーい。頑張ってね~」
冒険者R「では、失礼します」
冒険者B「くそっ、やっぱ早まったかなな……」




