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◆第八週 六日目 地源日◆
ある意味、ホームシックとも呼べる衝動に、つい身を任せてキマイラっぽいボスモンスターと死闘を繰り広げた、その翌日。
夜が過ぎ、朝が訪れ、太陽が頂点を越え、そして地平線の彼方に太陽が消えて、ようやくその戦いも終わった。
俺の全身は『もうスライムでも良いか』と思わず思ってしまうぐらいグチャグチャのグチョグチョとなっており――本気にしないように――無事な所など皆無の状態になっている。
何度となく斬り飛ばされた右腕だけはちゃっかり元の鞘に戻り元気いっぱいの姿を現していたが、それ以外の場所で無事な部分など無かった。
左腕は二の腕から先が無く、炎に焼かれ完全焼滅。
新しく手に入れた【欠損再生】では熟練度が低すぎて再生させる事が出来ず。
幸いにして傷口が焼かれた御陰で止血する手間はかからず、欠損によるバランスの支障はそもそも全身打撲中でそれどころではなかったので、戦闘に支障はきたさなかった事が救いか。
そんな状態になってもまだ戦えたのは、この悪魔の身体の七不思議。
これまでは人のそれとして考えていたのだが――うん、やはり悪魔は化け物である。
俺の身体はいったい何で出来ているのか。
まさか90%の優しさと、残り10%の悪意ではないだろう。
だが、あながち間違っていない様にも思える。
肉体は仮初めの依り代であり、本体は全く別のところにあるというのは悪魔の通説の一つだ。
とはいえ、胸に手を当てれば心臓の鼓動は聞こえるし、呼吸も極自然と必要としている。
血も通っているし、呼吸を止めれば窒息するのも右に同じ。
本当に謎生物だ。
それはそれとして、本当にきつい戦いだった。
最初は前世の感覚で、スキルと魔法は全く行使せず頑張ってみた。
というよりも、それらを使うとなると明らかに戦闘スタイルが変わるため、一瞬一瞬で即断即決を余儀なくされる死闘中は却ってハンデになりかねない。
あの化け物を殺すには素の武術だけでは間違いなく届かないだろう事は分かっていたが、それでも序盤からスキルと魔法も駆使しようとすれば呆気なく消し炭にされていただろう。
それ以前に、俺の身体が先程言った様な理解出来ない構造をしていなければ、やはりあっと言う間に消し炭にされていた。
ダメージを受けても問題無く動かせる肉体が無ければ――どんな状態であろうと、意志さえあれば動いた。まるでスラ●●のように――ヤツの火遊びの餌食になっていただろう事は言うまでも無い。
スキルを解禁したのは、ヤツの動きを完全に見切り、奥の手をヤツに出させてから。
意外にも役に立ったのが【処女の血潮】と、事前にオークから手に入れていた【大興奮】と【強姦】。
どうもヤツはメスでしかも純血の処女だったらしく、この3つのスキルをオンにしたところ、異常なまでに俺の戦闘力が上がってしまった。
真剣に闘っていたというのに、何故に【強姦】が有効判定を受けたのか色々と文句を言いたい気分だったが、その効果が最終的に生死を分けた可能性もあったので、今は何も言うまい。
熟練度も一桁だったというのに――まさかそれだけ俺は悶々としていたのか?――これは考えるべきではない。
絶対に考えるべきではない。
ほか、【脱皮】による瞬間回復や、【早熟】による急成長、【採集】【薬草摘み】による思いがけない薬草との出会いの数々。
ああ、そういえば千切れた脚を繋げるため【繭糸生成】で生み出した糸を【繭糸硬化】で補強し、転がっていたジャイアントスパロウ・ビーの尾針を使って【裁縫】で緊急縫合した事もあったか。
適当にくっつけた後に【部分変化】で傷口を合わせ、更に自分の身体なのに【寄生】してより強い繋がり持たせ、回復魔法【簡易治療・弱】【再生力強化・弱】および回復スキル【破邪の癒し手】を使えば、すぐに脚は問題無く動かせるようになった。
ヤツから手に入れた【痛覚遮断】と、元から持ち合わせていた【被虐待質】の相性がとても悪いと判明したり、右腕が切り離されてしまった時に戦闘力が一時的に落ちたのでこれは【スライムの加護】が無くなったのだなと直感的に察してしまったりといった一幕も。
まぁ色々あった訳だが、今は物凄く疲れているので詳細は省かせてもらう。
今はただ、兎に角眠りたい。
但し、何も告げずに外泊してしまった手前、もう一泊外で夜を明かすつもりはない。
重たい身体と数々の戦利品をずるずると引き摺りながら我が家へと向かう。
途中、青紫色をした綺麗な花が視界に入ったので、何となく摘んだ。
もしかしたらラミーアに似合うかもな~、などとという柄にもない言葉が脳裏に浮かんだのだが、眠気と疲労でドロッドロだった俺の頭は何の疑問も浮かべず完全スルー。
完全にのぼせていたのだろう。
程なくしてダンジョンに辿り着く。
すると何やら外野が五月蝿く騒ぎ始めたが、強引に追っ払って帰宅。
既に夜も更けているため子供達は皆寝ていた。
起きていたのはラミーナだけ。
当然、ラミーナは俺の姿を認めると驚いた。
が、すぐに正気を取り戻し、何故かその手にナイフが握り締められる。
性懲りもなく、また俺を殺そうというのだろう。
ラミーナは『化け物め、覚悟するのじゃ!』とか何とかほざいていたが、まともにつきあってやるつもりは毛頭なかったので、適当にあしらっておく。
呆気なく膝を付いたラミーナの髪に、さっき摘んだ花をサクッと突き刺す。
うむ、良く似合う。
ラミーナは眼を白黒させたり、いきなり怒ったり、かと思えば涙を零し始めたりと表情をコロコロと変えていったが、微塵も興味がなかったのでそのまま放置。
とりあえず、今は一刻も早く寝たい。
にも関わらず俺はいったい何をしていたのか、などと考えるのは明日に回すとしよう。
貝殻の蓋を空け、潜り込む。
そこで俺は遂に力尽き、意識を闇へと沈めていった。
◇◆◇◆◇
[《子悪魔・希少種》〝リトちゃん〟のレベルが最大値である事を確認しました。
『存在進化』のため、対象を成長が完了するまで眠りに就かせます。
これまでの行動および所持スキルより『存在進化』先を選定します。
――選定されました。
確率の高い順に並べます。
《子悪鬼魔・亜種》
《闇妖魔・亜種》
《子悪鬼魔・希少種》
《闇妖魔・希少種》
《子悪鬼魔・雷光種》
《子悪鬼魔・神聖種》
《混沌の民・半魔》
《幻魔悪鬼・火炎種》
『存在進化』先が複数存在するため、ランダムで選びます。
――問題発生。
何者かの願いにより、最も危険な種族が自動的に選ばれます。
《幻魔悪鬼・火炎種》が選ばれました。
――問題発生。
取得経験値が大幅超過しています。
規定により、『存在進化』先を、より上位の器を選択致します。
――問題発生。
上位の器が選択肢に存在致しません。
例外事項の発生により、器の変更はキャンセルされます。
《幻魔悪鬼・火炎種》が選ばれました。
――問題発生。
幻獣王〝エクシュノートス〟より取得したアルマナが過大のため、器が容量不足です。
規定により、器の容量不足を補うため、新たな器を生成します。
――新たな器の生成に成功しました。
《幻魔悪鬼・覚醒種》が選ばれました。
《子悪魔・希少種》〝リトちゃん〟は、《幻魔悪鬼・覚醒種》へと『存在進化』します。
――〝リトちゃん〟は種族スキル【ライフドレイン】を手に入れた。
――〝リトちゃん〟は《阿修羅之鬼神》よりスキル【羅刹の因子】が与えられました。
――〝リトちゃん〟は《四聖之幻獣神》よりスキル【幻獣神の祝福】が与えられました。
――スキル【羅刹の因子】【幻獣神の祝福】は《根源之幻魔神》より秘匿されました]
E氏「あれ? 私の出番は?」
悪魔「……ん? 誰だ?」
子狼「知ってる?」
子狐「ううん、私も知らない」
E氏「そんな……あんな思わせぶりなエピソードがあるのに、まだ出番がないなんて……」




