1-3
部屋から脱出し、どうにか生き延びる事に成功したようだと安心したのも束の間。
この人生ならぬ悪魔生初めてのバトルを経験した。
言っておくが、これは2度目じゃない。
夢の中で起きた2回分のバトルは当然ノーカウントだ。
ちなみに、隠し扉の方はあれから程なくして開いてくれた。
反応がすこぶる鈍いのかもしれない。
右腕を穴の中に暫く突っ込んでいただけで開いたので、認証処理でもしていたのだろう。
まさかミギーなんていう生物は……いや、考えるのはよそう。
危険だ。
話を戻すが、初のバトルは悪魔VSミミズという言葉だけ聞くとどうにも情けないマッチングだった。
しかし当事者たる悪魔からすれば、間違いなく生命の危機的状況だったといえる。
何故なら、ミミズの胴の太さは俺の腰回りとほとんど大差なかったからである。
しかもそんな化け物ミミズが、奇襲で襲い掛かってきた。
あの謎の部屋から出ると左右に道が広がっており、とりあえず右の道を進んでみたところ、少しして何やら危険な予感がしたのでバッと横に飛んでみたら、一拍遅れてそれまで俺のいた場所の下からズモモっとミミズが突き出てきたのだ。
下手をすれば丸呑みされていた。
ミミズの躍り食いならぬ、悪魔の躍り食いにならなくて本当に良かった。
お互いの命をかけた戦いの軍配は俺にあがった。
あがっていなければ今こうして生き永らえていない。
巨大ミミズはギザギザ歯がビッシリ生えた丸い口の中からペッと石礫を吐いて攻撃してきた。
ガンッと鳴って壁にぶち当たる石礫。
砕け散っているので強度はそれほどでもなさそうだが、当たりたいとは思わない。
赤子の身体にそんな物騒な物が当たれば怪我だけじゃ済まないだろう。
的当てゲームに付きあう気は無く、現れた場所から動かないミミズへとダッキングしながら近づいてワンパン。
くの字に折れ曲がったミミズの頭部目掛けてアッパーカット。
そのまま暫く逆さサンドバック。
随分とストレスが溜まっていたらしい。
俺の放つ一撃一撃の威力は低く、ミミズの身体はブヨブヨとしていたので、仕留めるまでに随分と時間がかかってしまった。
くたっとなって動かなくなったミミズに合掌。
[《小悪魔・混血種》〝名称未定〟はスキル【掘削】を対象よりスティール]
この戦闘によって、俺にこの世界における特殊ルールの幾つかを知る事となった。
例えば、ミミズを殴る度に何やら脳裏に不思議な文章が浮かび上がっていた。
どうやら俺が持っているらしい【ライフスティール】というスキルが、攻撃するたびに自動的に発動し、その効果と結果を親切にも伝えてくれているらしい。
ハッキリ言って、うざいの一言に尽きる。
VRMMORPGでお馴染みのシステムメーセージっぽかったので、一瞬ここはやはりゲームの世界なのか?とも思ったのだが、いくら技術が発達した時代だと言っても、脳へ直接メッセージを伝えるというのは聞いた事がなかった。
視覚情報や聴覚情報に不随させるのが一般的。
もし識覚にまでメスを入れる事が可能だったとしたら、それはもはや精神攻撃だと言われても否定しきれないだろう。
一種のテレパシーだと説明されても納得しない。
恐ろしい事に、俺の意識に潜り込んできたこの謎のメッセージは、まるで違和感なく俺の脳裏をテロップのように右から左へと流れていった。
違和感を感じないという事は、もし仮に精神操作をされてもまるで気付けないという事でもある。
異物として明確に認識出来ないモノに、恐怖しない訳がなかった。
まあそれはどうでもいいことだと切り捨てて。
こういう世界なんだと無理矢理自分に納得させて、自己保全のために他の事を考える。
【ライフスティール】というスキルの効果を考察してみたところ、攻撃ヒット時に対象から微少の体力を奪う効果と、低確率で対象が持っているスキルの一部を盗む事が出来る効果を持っていると推察する。
何だこの無双チートスキルは。
己を鍛えて強くなっていく楽しみが半減するではないか。
……と、以前の俺ならばそう考えただろう。
もしかしたらこの世界ではこれぐらいヤバすぎるスキルを持っていても全く歯が立たない化け物がゴロゴロ転がっているのかもしれない。
何しろこの世界は、俺の知らないファンタジーで満ち溢れていそうなのだ。
化け物クラスの超人の百人や千人いても何ら不思議ではない。
そう考えると少し心が躍る。
決してこれはバトルジャンキーで脳筋思考デハナイ。
もう少し詳しくスキルの事を調べてみた。
どうやらスキルにはレベルという概念はなく、熟練度という数値のみ持っているらしかった。
恐らく効果の高さを意味しているのだろうが、その成長方法は不明。
ミミズから二度ほど【掘削】スキルをスティール出来た事と、熟練度が2になっている事からして、【ライフスティール】の効果を使って熟練度をあげる事は可能らしい。
この場合、普通に考えるならスティールされた方のミミズが所持していた【掘削】スキルの熟練度は2下がっているものとして考えられる。
何しろスティール……奪う/盗む、だからな。
新しい人生の幕開けに一難どころか四難あった訳だが、やはり一幸ぐらいはあったらしい。
ミミズから奪った体力の御陰もあってか、俺の足取りは少しばかり軽くなっていた。
◇◆◇◆◇
そして俺は第一村人ならぬ、第一洞窟人を発見した。
探索兼ミミズを求めてフラフラと洞窟内を彷徨った結果だった。
出来れば宝箱の方が良かったのだが。
見つけた情報源、もとい、初めての現地人との接触。
だが困ったことに、相手は衰弱死寸前。
それも2名。
あまり嬉しくない。
俺の方が助けて欲しいのに、俺以上の危機に瀕している人間に遭遇してどうする。
こんな姿なので、いきなり攻撃される様な事態も覚悟していたのだが、なんだか拍子抜けである。
血沸き肉躍る戦いは何処にいった。
死にかけていたのは子供2人だった。
しかもケモミミ……もとい、獣人だと思われる人型生物。
悪魔やスライムがいるのだから、獣人がいても不思議ではない。
とりあえず耳をモフモフ。
抗うような反応は返ってこない。
どうやら本当にヤバイ状態らしい。
状態を確認してみると、どうやら極度の飢餓によるものらしかった。
そう言えば夢の中で俺を殺そうとした男は、ガリガリに痩せているような雰囲気だったのを思い出す。
まさか俺を殺して食べようとしていた?
料理名は、悪魔のスライム浸けダンジョン風。
スライム漬けの悪魔を食べたら間違いなく腹を壊すだろうに。
そういえば、さっき倒したミミズ、食べられるだろうか?
いや不味そうだったし、そもそも衰弱した子供の顎の力で噛みきれるとも思えない。
となると、俺が一度噛み砕いて口移しするしかない。
食いたくないなぁ。
――などと、さてどうしたものかと考えに耽っていると、いつの間にか2人の容態は少し回復していた。
何故だか2人の口元がちょっと濡れていた。
これまた何故だか、俺の右手の指が濡れていた。
これまた何故だか、俺の指は俺の意思に反して勝手に少年少女の口へと突っ込まれていた。
う~む、この世は何とも不思議に満ちている。
とりあえず、俺の右腕が栄養源になるという事は分かったので、暫くの間吸わせてみる。
インプ=出汁の取れる食材という知識はどこをどう探してもないのだが、この世界ではきっとそうなのだろう。
チュパチュパというちょっとアレな音色には出来る限り意識は向けないようにして、2人の様子をもう少しじっくり観察してみる。
辺りは闇一色なので、見ただけでは大雑把な形しか分からない。
でも見えるという不思議。
きっと暗視か何かのスキルを持っているのだろう。
暇を持て余していた左腕で2人の全身を触診。
一見しただけでは分からなかったが、どうやら片方は女の子だった。
ケモミミの方である。
尚、俺自身が赤ん坊並の体格なので、右手を吸わせながらだと調べられる範囲は限られる。
だから、まかり間違ってもそういう調べ方はしていないのであしからず。
ではどういう調べ方をしたのかと聞かれれば、服をたくし上げて二人が履いているものを確認した。
悪魔が耳元で何かを囁いたからではない。
二人に意識はないので言わなければ問題ない。
そもそも子供なので、その点からしても問題ない。
ただ念の為、本当かどうか確認してみた。
御飯は一端没収。
……。
どうやら間違いない様だ。
倒れている子供2人の背丈はどちらも俺の倍ぐらいあるが、大人と比べると半分程度。
年齢にして7歳ぐらいか。
何故こんなところで生き倒れているのだろうという疑問は、きっと2人が回復した後に教えてくれるだろう。
徐々に指を吸う力が強くなってきた。
結構回復してきたのだろう。
適当な所でおしゃぶりをきりあげ、遠慮無く全身をくまなく調べあげる事にした。
もちろん、少年の方を。
少年は服だと思われるボロ布と粗末な下着以外は何も身に着けておらず、少し期待していた尻尾のモフモフ感もほぼ皆無だった。
むしろ土と汚れに塗れていたのか、触れると不愉快な粘着感が。
失敗した。
せめて右腕では触らなければよかった。
後悔先に立たず。
後の祭り。
流石にそんな右手を2人に再度吸わせる訳にもいかず、近くに水場がある事を祈って周囲の散策へと出かけた。
もしかしたらミミズに食べられてしまうかもしれないが、その時はその時。
運が無かったとして諦めよう。
これはフラグではない。
それに、もしかしたら他にも生存者がいるかもしれない。
俺は見ての通り悪魔なのでいきなり攻撃される可能性もまるで否定出来ないが、むしろ攻撃されるだろうが、ミミズとの戦いを経てこの身体にもそれなりに慣れていたので早々遅れを取る事は無いだろう。
普通、赤ん坊がこれほど軽快なフットワークと見せるのは明らかに異常なのだが、そこは悪魔ということで。
子供2人がいた小部屋を出て洞窟の中を進む。
通路の端にはあまり近づかず中央を歩く。
真下の地面からミミズが襲ってくるぐらいだから、壁から何か出てきても不思議ではない。
光源の無い場所で使い慣れていない五感に頼るのはかなり危険だ。
あの時は直感が働いたから踊り喰いされずに済んだが、あのようなラッキーが続くとも思えない。
慎重に歩を進める。
一応ながら頭の中で地図を作成してはいるものの、この洞窟は直進直角オンリーでもないし、方角も分からないとくれば、その精度は言わずもがな。
視界は闇一色なので目印になりそうなものも期待出来ない。
しかも通路は幾つか分岐していた。
左手の法則に従って進むという事も出来たが、先に地面を調べてみると明らかに使用頻度が異なる道筋を発見。
多分、その先に洞窟の入口か何かがあるのだろう。
そもそもこんな暗闇の中に子供2人というのは明らかにおかしすぎる。
足下の様子からして大人がいる事は間違いないなと思ったが、悪夢の中で出会った男性の事を考えると軽く鬱になりそうなので意識的に考えないようにしておく。
主にあの2人のために。
そんな人とは出会ってないよ?という台詞を心の中に刻む。
陰鬱になりそうな洞窟の中、死と隣り合わせの探索が続く。
生前はVRで幾つかダンジョンゲームを遊んでいるが、今日ほど緊張した事は無かった。
あのミミズはこの暗闇の中でも正確に俺の位置を特定し奇襲を仕掛け、正確に石礫を放ってきたので、ここに住むモンスター達は間違いなく闇をものともしないだろう。
やっぱり思い直してあの2人が回復するのを待ち、PTを組んでから再度ダンジョンに挑むべきだろうか?
果たしてあの2人が戦力になるかどうかは賭けだが、最悪情報を引き出した後は肉盾にでき……おっと、少し悪魔らしい思考をしてしまった。
あくまで冗談だよ、と悪魔の心に弁明しておく。
などと駄々下がりのテンションを半ば強引に引き上げていると、初めて黒以外の色が見えてきた。
ほんの少しだけ周囲が明るくなっている気がする。
光というものは地面でもほんの少しだけ反射する。
でなければ月があんなに明るく見える訳がない。
やっぱり光は大切だよなと一人で納得しつつ、しかし残念な事に辿り着いた先は洞窟の入口ではなかった。
いや、入口ではあるのだが、それは一方通行であり、とてもではないが出られそうにない。
ようやく巡り会えた光は、天井に開いた小さな穴から差し込んでいた。
一軒家の敷地ぐらいありそうな空間に、ビル3階分の高さぐらいは余裕でありそうな随分と遠い天井。
その空間は上に行けば上に行くほどポッカリと空いている穴に向かって徐々に狭くなっており、ロッククライミングするにしても随分とハードルが高いと言わざるをえない傾斜だった。
生前ならばあの穴まで登るのは決して不可能ではないだろうが、体重をかければアッサリ崩れてしまいそうな壁質を見る限りチャレンジするのは遠慮被りたい。
この悪魔の身でも恐らく無理――いや、そういえばインプは背中に羽が生えていなかっただろうか?
もしや、魔法の力で消えているとか。
それとも背中に収納されているとか。
踏ん張ってみる。
……残念。
羽が生えてくるような事はなかった。
そうそう都合の良い事は起こらないらしい。
いや、分かっていたが。
◇◆◇◆◇
自身に対する愚痴でスッキリした後、いざ何か新発見はないかと周囲を調べてみると、都合良く穴の外では雨が降っており、都合良く壁際では穴から流れ落ちてくる雨水の小滝があり手を洗えて、都合良くその近くには小瓶っぽいものが落ちていた。
小瓶っぽい物以外にもゴミっぽい物が色々と壁際に捨て置かれていたが、その確認をするのは後回し。
雨水なので清潔とは言えないが、水という生きていく上で不可欠な物を手に入れる事が出来たので、元来た道を戻る。
小瓶は右手で持った。
特にこれと言って深い意味はない。
たぶんそうしたら良いんじゃないかな~っというただの勘である。
ついでに道中は出来る限り右腕を見ない事にした。
何事もなく無事に目的地へと辿り着き、出発する前と何も変わっていない事を確認する。
いや、別に期待していた訳ではないが。
もし2人がミミズに食べられていたら、ここはそういう世界なんだと思い色々とフラグを立ててみるつもりだったのだが。
幸いにして二人は五体満足で眠ったままだった。
起きていなかった事に少しほっとする。
第一印象は命の恩人が良い。
目が覚めた時、そこには善良な悪魔の姿が。
……。
やはり厳しいか。
まぁ、その時はその時だ。
逆らうなら悪魔らしく力尽くで大人しくさせるだけである。
まずは女の子を優先。
体格差があり頭をまともに支えられないため、女の子の頭をよいしょと起こし、その下に足を差し込んで膝枕する。
これで少しは水が飲みやすくなるだろう。
一時的に地面へ置いていた水の入った小瓶を手に取り、女の子の小さな口へ少しずつ水を流し込んでいく。
咳き込んだ。
ちょっと無理があったらしい。
だがその御陰か女の子は意識を取り戻したようで、少しだけ目が開いたのが分かった。
何やら呟いているようだが聞き取れないほど声が細く、先に栄養を取らせる事にする。
右手の人差し指を一度小瓶の水に浸し、女の子の口の中へと突っ込む。
水があるぞ~っと伝えつつ俺の出汁で栄養摂取。
すぐに女の子は指にむしゃぶりついた。
――そんなに美味いのだろうか?と思ってしまうほど熱烈なおしゃぶりが続く。
程なくしてお腹いっぱいになったのか、ペロペロと舐める行為に変わる。
何となく最後の方では指を噛み千切られたような気もしないでもないが、指は健在だったので気のせいだろう。
落ち着いたところで本命の水を飲ませてあげ、女の子への恩着せはそれにて一端終了。
俺に惚れるなよ。
そういうのはもう少し大人になってからだ。
再び眠りに就いてしまった女の子の耳をお礼にモフモフさせてもらった後――寝ているので恩を返した事にはならない――今度は男の子を介抱する。
ペチペチと顔を叩くと意識を覚醒させたので、口の中へと水を流し込む。
やはり最初は咳き込んでしまった。
続いて栄養源に親指を吸わせる。
すると何故か首を傾げていたので、もしかしたら出汁がきれたかな?と思っていたら、間違って左手親指を吸わせていた事が発覚。
改めて右手親指を口の中に突っ込むと、男の子は一瞬驚いた後、すぐにチューチューと吸い始めた。
流石にそこは男の子。
隣で寝ている女の子よりも吸う力が強く、瞬く間に体力を回復させていく。
俺の右腕が何故ポーションみたいな効能を持っているのか不明すぎるが、今はその事に感謝。
腹八分っぽい吸引力になってきたのでペロペロ攻撃に移行される前に指を没収し、代わりに小瓶を渡す。
真っ暗闇の中にいるので最初は何を受け渡されたのかおっかな吃驚していたが、水だと言うと男の子はすぐに小瓶に口を付けていた。
どうやら言葉は通じるらしい。
……少しは疑え。
小瓶に入っていた水を全て飲み干すと、男の子はすぐに睡魔に負けて永遠の眠りに就いた。
その事を知ったのは、俺も一眠りして暫く経ってからだった。