2-23
◆第八週 五日目 風源日◆
起床すると、まず最初に伸びをしているリリーが目に入った。
今日は何か良い事がありそうな予感。
――悪寒。
背後から攻撃を受けた。
【空間視】があるので俺に死角は無い。
後ろを振り向かずに回避してみせると、当然ながら襲撃者はとても驚いた。
しかしすぐに戦意を取り戻し、襲撃者は追加攻撃を仕掛けてくる。
朝から随分と血気盛んなお姉さんだな。
折角なので、それを朝の準備体操にする。
いきなり俺を殺そうとしてきたのはラミーナだ。
実は昨日、バグ族を住処から追い出した時、ラミーナも牢屋から出さざるをえなくなったのだが、そうなると彼女を抑え付けておく事が出来ないという事で俺に押し付けられたのだ。
どうやら彼等もラミーナの扱いにはほとほと困り果てていたらしい。
単体でも十分強いわ魅了も使ってくるわで、数に任せて強引に襲っても返り討ち。
だからといって解放する事も叶わず。
そんな所に俺が例の毒騒動でラミーナに情を見せたので、この機会にこれ幸いと献上。
一応の名目は、暫くの間預かっていて欲しいという事だったが、恐らく返却しようとしてものらりくらりと躱そうとしてくるだろう。
そのラミーナだが、彼女は今、地ベタに倒れ悔しそうな目で俺を見ていた。
鈍った身体でいきなりあれだけ動いたのだから、そりゃ当然だろう。
昨日はあれほど大人しかったのに――毒で苦しんでいる時に助けた事で俺に温情を感じているんだろうなと思って自由にさせていたのだが――今はその片鱗もまるで見えなかった。
そんな這い蹲る美人のお姉さんを横目に、鼻歌を歌いながら目玉焼きを作る。
〈アーガスの森〉を彷徨いている時にケカコックという鶏っぽいモンスターを発見したので試しに飼ってみたら――名前はコケコと付けた。メスだった――今日ようやく卵を産んでくれたのだ。
ケカコックからはスキルが手に入らなかったのでもしかしたら純粋なモンスターではないのかもしれないが、栄養価が高く良質な動物性タンパク質を豊富に含む卵をこれからは楽して手に入れる事が出来るので、そんな些細な問題などどうでも良い。
何やらラミーナの好感度も下がっている様だが、それも些細な問題である。
まさかのメインヒロインでもあるまいし。
9人から10人増えてしまった食卓を皆で囲み、一斉に『いただきます』。
するとラミーナが目を白黒させたが、そのうち慣れるだろう。
というか、面倒だから説明放棄。
箸は無いので、皆手掴みもしくは犬食いでガツガツと朝食を食べる。
目玉焼きは一人一つ。
いきなり十数個もコケコは卵を産んだのだが、あの身体の何処にそんな数の卵が入っていたのか物凄く不明。
モンスターだから、の一言で片付けよう。
リリーとは喧嘩する事もなく仲良くしているようだし、コケコはもう俺の家族だ。
弟子っぽい子供6人を鍛えたり、猫や鶏を飼ったり、奴隷のお姉さんを放し飼いにして一緒に暮らしてみたりと、たまに俺はこんな所でいったい何をしているのだろうかと思う事もあるが、そういう時にはだいたいいつも俺の中にいる悪魔がこう囁いてくる。
あくまで遊んでいるだけだ、と。
俺はやりたい事をやっているだけである。
将来的に戦力とすべく成長著しい子供達を鍛え――光源氏計画では決してない――。
見知らぬ世界で生きる事を余儀なくされた俺の精神バランスを保つために猫を飼い――いや、実はただ単に猫が好きなだけだが――。
いつでも俺は死と隣り合わせだという事を忘れないように身近に危険人物を置き――怒っている美人は見ていて楽しい――。
俺だけの世界を作るために迷宮の改造を始めた――楽しんでいるだけかもしれないが。
その俺の遊びに偶然巻き込まれてしまった彼女達がこれからどうなっていくのか、というのも実に興味深い。
モンスターは『存在進化』するが、彼女達はどのように進化するのだろうか?
個々の性格や特技の違いで全く異なる種に進化するのだろうか?
進化すると彼女達の能力はどの様に変化するのだろうか?
身近に進化まで至っていないモンスターが大勢いるので期待はあまり持つべきではないだろうが、俺が鍛える事でもしかしたら彼女達は進化に近づく可能性は十分にある。
要は、敵を倒してレベルアップすれば良いだけなのだ。
特訓による手応えは十分に感じているので、その未来は決して遠くない。
という訳で、朝食の後は新入りも交えて地獄の特訓を行った。
いやいや、そんな必至に俺を睨んでも手加減はしないぞ?
何しろ俺は悪魔だからな。
折角の朝食が全部胃から出てしまっているが、全然気にしなくて良い。
オナエちゃんも、オサキちゃんも、バグフェちゃんも、バグファンちゃんも、アクリスちゃんも、エリアスちゃんも、みんな仲良く吐いているから恥ずかしがる事じゃない。
次は目隠しした状態でやりあおうか。
もちろん拒否しても良い。
どうせ雷光系魔法【光喰い】で強制的に視界を奪うだけなのだから。
怪我しても綺麗に回復させてあげるから心配しなくても大丈夫だ。
この運命を呪っているなら、その運命を【運命改変】で変えてあげよう。
――うん?
慈悲が欲しい?
仕方ないな、雷光系魔法【慈悲の光】を使ってあげよう。
この魔法はモンスターにかけると心身共にダメージを与えてくれるから、特訓には丁度良いよな。
いやいや、悪魔って言われても、俺は見ての通り悪魔だから。
朝の仕返しでも何でも無いぞ?
これが俺の家族の流儀だ。
同じ部屋で寝て、同じ釜の飯を食ったラミーナはもう俺の家族だ。
だからラミーナも早く諦めて、一緒に限界突破と洒落込もうじゃないか。
その結果、予想通りの結果になった。
ラミーナはもはや俺が何をしようとも欠片も動く気配がなく床でおねんね。
意識は無くとも胸が静かに上下しているので死んではいない。
風邪を引いてもらっても困るため、一度風呂に浸けて全身を清めてから貝殻へと放り込んでおいた。
明日には地獄の筋肉痛が待っている。
その苦しみを少しでも和らげててやるため、マネマネスライムズに全身マッサージを指示。
ラミーナが夢の中で魘され始めるが、俺はそっと貝殻の蓋を閉じた。
南無――。
◇◆◇◆◇
昼食の後は迷宮改造作業の確認と修正点を幾つか指摘してから、一人で〈アーガスの森〉へとハンティングに出かけた。
この前は危うく死にかけてしまったが、それは少し欲をかきすぎたからだ。
俺個人の戦闘能力は高くとも、仲間と協力しながら戦う経験は非常に浅い。
いずれ何とかする必要があるが、それはもう少し子供達が戦う事に慣れてから。
最初に見つけたのは、緑の甲殻に黄色いお腹が特徴的な、全長一○○センチ程度の大芋虫スパイダーキャタピラー。
口から吐いた糸を木々の間に張り、空中をむっしむっしと這って移動していた。
わざわざ空中を移動しているのは、糸に粘着性があり、蜘蛛のようにその糸にかかった獲物を喰らうからだろう。
[リトちゃんはスキル【繭糸生成】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【繭糸硬化】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【空中散歩】を対象よりスティール]
【狐火】で糸の始点と終点を燃やすと、ボトッと落ちてそのまま動かなくなった。
衝撃で気絶したようだ。
これまで出会ったどのモンスターより簡単にスキルが手に入ってしまい、ちょっと何だかなぁと思う。
可哀想なので、命だけは取らずにその場を去――む、ハウンドヴォルフ達が颯爽と現れ、数匹がかりで引き摺っていってしまった。
まぁそういう事もあるだろう。
口から繭糸を噴出できる様になってしまった。
だが胃の中の物も一緒に吐き出されてしまい、吐瀉物と酸味臭が入り交じった糸的な何かとなっていたので、慣れないうちは人前では使わないようにする。
体力もごっそりと奪われ、かなり気持ち悪い。
ただ、糸を吐けて、しかもその糸の硬度をあげられるという事は、衣類等の製作にも十分に使えるという事に他ならない。
【裁縫】と《下級裁縫士》が揃っている今、ようやく俺はまともな服を着る事が出来るかもしれない。
やはり今日は良い事があったな。
という訳で、スキル熟練度をあげるため、積極的に上を見上げてスパイダーキャタピラーを探す。
途中、よそ見し続ける俺に低空からシャープトゥースラビットやカッターシード、ハウンドヴォルフ等が襲い掛かってくるが、すべて【空間視】で見えているため問題なし。
しかし肝心の芋虫はなかなか見つからず。
あと、見上げすぎて首が痛い。
見上げるのが嫌なら、見下ろせば良いじゃないか。
猿のように木に登り、木の上を跳び回って移動する。
前世なら多少は恐怖で心が縮んでいただろうが、今の俺は肉体スペックが大幅にアップしているし少々の落下ダメージは耐えられるし回復も出来る。
しかも【逆さ好き】と先程手に入れたばかりの【空中散歩】がある御陰か、ビル5階分以上の高度を高速で跳びはねても楽しさばかりが先に立っていた。
思わず無駄に伸身宙返りを繰り返してしまう始末。
VRゲーム内でもここまではしゃいだ記憶は無いだろう。
その結果と言うべきか。
油断しすぎた俺は、巨大な蜘蛛の巣へと飛び込んでしまった。
空中ダッシュも空中跳躍もまだ出来なかったので、気が付いた時にはもはや後の祭り。
一転して万事休すに陥る。
腕の太さもある粘着質な糸はしなやかでありながら酷く丈夫で、しかも動けば動くほど絡みついてくる
【狐火】で燃やそうとしても繊維内に含まれている液状成分はなかなか揮発せず、今度はそう簡単には焼き切れそうもなかった。
その間にも四方八方からスパイダーキャラピラー達がむっしむっしと迫ってくる。
どうやら此処は大蜘蛛の巣ではなく、大芋虫の巣窟の様だった。
話はそれだけでは終わらない。
眼下を見ると、オーク達が俺を見て嘲笑っていた。
スパイダーキャタピラーの特性を利用して、オーク達はこの場で網を張っていたのか。
魔法使いらしきオークが呪文の詠唱を開始し、戦士らしき豚鬼が槍を投擲する体勢を取っている。
数は前回と同じで6匹。
スパイダーキャタピラー達もオーク達も、頭を使って狩猟しているという事か。
ハハハハッ。
なかなかどうして、やってくれる。
これがダンジョンの外の本当の世界か。
これこそが本当の弱肉強食か。
いつもよりも少し足を伸ばしただけで、ここまで危険度が上がるのか。
これまで温いと感じてこれたのは、きっとあの3種族のテリトリーの内側だったからか。
どうにも俺は《宝瓶之迷宮》というぬるい世界に浸かり過ぎた事で――仲間だとか、リーダーだとか、弟子だとか、奴隷達が可哀想だとか、箱庭遊びだとか――すっかり緊張の糸がぶち切れていた様だ。
この窮地を生んだのは俺の慢心。
自分は強いから大抵の事ならば何でも出来るなどとは、傲慢にも甚だしい。
俺はいつからこんなにも怠惰になった?
より強くなろうという強欲な感情は何処にいった?
楽をしようなどといらぬ欲をかくからこうなる。
施しを与える余裕など持たず、ただあるがままに貪っていれば良かった。
俺はいつも彼女に嫉妬していた筈だ。
恐ろしい速度で俺を置いていく彼女のあり得ない程の強さに惹かれ――そしてそれにいつも怒りを覚えていた。
ハハハハッ。
なかなかどうして、堕落したものだ。
これが今の俺か。
強い肉体を得て強くなったつもりになっていたのか。
便利なスキルをたくさん手に入れて、そのスキルに溺れているのか。
強さとはいったい何か――それを飽きる事無く何処までも追い求めていた俺は、もう此処にはいないのか。
此処には……この世界には、■■■■という天女の皮を被った修羅はいない。
だからもう此処には、天駆紫水という名の、修羅の道を必至に追いかけていた諦めの悪い漢はいない。
ただ、小さな悪魔がいるだけ。
――否。
断じて否。
修羅の道にも今一時の安息はある。
だが、一度その道に踏み入れば、もはや抜け出す事など出来ない。
一度死したとしても、その道に終わりは訪れない。
例え、死の先へ逝こうとも――修羅で在り続ける。
だからこその修羅道。
修羅道とは、殺すこと。
辿り着けない高みに在り続ける彼女を殺すために、俺は自ら修羅道へと堕ちた。
その目的すら欠片も達成出来ていないのに、修羅道から反れる事など出来はしない。
仮にその望みを叶えようとも。
例えその望みが永遠に絶たれようとも。
俺はいつまでも何処までも追い続けると誓った。
修羅の道に堕ちてでも、例え異なる世界の何処にいようとも、俺は必ずあなたの元へと辿り着き――そして殺す、と彼女と誓いあった。
その俺が、また死ぬ?
しかも情けなく?
虫けらの様に捕らえられ、呆気なく喰い殺される?
何とも笑える冗談だ。
この程度の窮地など、前世ではいくらでも彼女によって貶められていたではないか。
むしろぬるすぎる。
ぬるすぎて笑える。
だが、ぬるま湯に浸かっていた俺を殺るには十分な湯加減か。
ああ、ぬるい。
ぬるすぎる。
前よりも肉体スペックがあがり、スキルや魔法という便利な物まで手に入れた今の俺にとっては、この窮地は本当にぬるすぎる。
魔法使いオークが、良く切れそうな風刃の魔法を放つ。
戦士オークが、俺の身を貫かんばかりの強肩で槍を投げ放つ。
スパイダーキャタピラー達が一斉に糸を吐いて行動を阻害しようとする。
遠くからは蜂の大群のような鞘翅の音が聞こえてくる。
日の光が雲によって遮られ、辺りから急激に光度が失われていく。
誰も俺を助けてくれる者はいない。
ただ、それだけのこと。
――ああ、それだけのことだ。
全身に絡みつく極太の糸をしならせ、その弾力を極限まで利用して弾ける様に風刃と槍を回避する。
風刃によって糸が切断され、蜘蛛の巣のバランスが崩壊。
行き過ぎる筈の槍を糸を利用して絡み取り、数倍に伸びたその色を操り鞭のように振るう。
攻撃範囲内にあった吐糸を絡ませつつスパイダーキャタピラー達を攻撃。
鞭槍による殴打によって頭部を強かに打たれた一匹がまず意識を飛ばし落下していく。
絡み付く崩壊した巣糸に引っ張られ、空中で振り子運動。
反動を利用してスパイダーキャタピラー三匹を蹴りつけ宙に飛ばす。
そのうちの一匹が攻撃範囲外にいた一匹にぶつかり、一緒に落下。
木の側面へと着地。
身体の至る所に付着している粘着質の極太糸をその木にこすりつけ、もしくは強引に引き千切り自由を得る。
当然ながら付着物は少々身体に残ったが、右腕だけは綺麗さっぱり消えていた。
空の敵がやってくる前に地上の敵を片付ける事にする。
木を蹴り、オークの一匹目掛けて斜めに急降下。
足首を鋭く伸ばし、刺突の如き一撃で戦士オークの太い首を穿つ。
驚きに目を見開くオーク達。
その一匹、魔法使いオークに向けて鞭槍を振るい首を切断。
勢いよく血が飛沫き、辺りが血化粧で染まった。
刺脚で殺害したオークから斧を奪う。
俺の体格では持つのも難しかったが、それは俺の右腕がズブズブっと形を変える事で解決。
――いや、それは有り難いのだが、実はすぐに投げるつもりだったのだがな。
予定変更を余儀なくされてしまった。
コンビネーションがうまくいっていない。
しかも俺の身体の半分ぐらいの大きさがある斧を持った事で、バランスも酷く悪くなった。
機動性も一気に落ちている。
まぁ丁度良いハンデだとでも思っておくか。
でっぷり太ったオークのお腹をトランポリン代わりにして跳躍。
背後で首に穿った穴から血が吹き出るが、その血の3倍の高度に達した所で、接近していた戦士オークが薙ぎ払った槍が足下で風をきる。
お返しに、空中で前転し遠心力を得た斧を脳天へと叩き落とした。
頭蓋がグシャッという鈍い音をたて、刃先が豚口の下まで埋まる。
即死した戦士オークを蹴り、血と脳漿とその他色々が付着した斧を引き抜く。
その斧の盾にして、飛来した火焔弾を防ぐ。
衝撃に遅れて、食欲を刺激する香りが立ち籠める。
だが俺の意識がぶれる事は無い。
さっきまでの俺であれば食欲に負けて野獣化しただろうが、今はそんな事よりも敵を殺す方が何倍も楽しかった。
その思考がとても危険なモノだと分かっていたが、そんな事で臆していては、彼女のいる高みまで到底のぼる事は出来ない。
着地と同時に横へと跳び、木の陰に隠れる。
そのまま一気に木登りし、跳躍。
たったそれだけの事なのに、眼下のオーク達は俺の姿を完全に見失っていた。
守護オーク2匹の頭上を越え、魔法使いオークの頭上も越え、その背後へと音も無く着地。
着地と同時に身体を旋回させ、着地の衝撃を回転力へと変換。
そして右腕を振り抜いた時、魔法使いオークの両足は本体と切り離された。
そのまま更に一回転。
後ろ向きに倒れ込んできた魔法使いオークの首を寸断する。
魔法使いオークの顔は理解出来ないといった驚愕の表情のまま永遠に凍り付いた。
仲間の悲鳴を聞き、残る2匹が振り返る。
既にその時、俺は彼等の足下まで迫っていた。
守るべき対象を失ったオークがその事態に気付くより先に足下を駆け抜け、背後へと回る。
ただ、度重なる無茶な攻撃で斧刃は既にボロボロだった。
故に切断ではなく、峰打ちによる足払いを敢行。
振り向こうとして踏み出した足が着地する瞬間に剛撃が襲い掛かり――少し勢い余って、オークの身体が宙に浮く。
その巨体が倒れる先には俺がいる。
真上から降ってくる重量物。
その無防備な背中へと片手を添え、大地を踏みしめ、零距離からの短勁を叩き込む。
巨体が僅かに浮きあがる。
その僅かな時間さえあれば十分だった。
地面とオークの隙間から抜け出し、すぐに180度反転。
そしてそのまま、既に絶命しているオークにタックルし――身体が離れる寸前で踏みとどまり、タックルの威力、踏み込みの力、零距離からの全力の勁を一つの力へと凝縮し叩き込んだ。
オークの巨体が、まるで砲弾が打ち出されるかの如き速度で突如急加速。
すぐ隣にいた最後のオークを巻き込み、そのままその進行方向の先に聳え立つ大木へと物凄い音をたてて衝突。
肉が潰れ、骨が折れ、オークが苦鳴をあげる。
しかしその次の瞬間、その胸へと槍が突き刺さった。
心臓を正確に貫かれ、オークが悲鳴を急に止めて、目を大きく見開いて大きく息を吸い込む。
そしてそのまま力尽きた。
一時的に大木へと槍で縫い付けられたオーク二匹が、自重で槍をへし折り大地に崩れ落ちる。
用無しとなったその槍――鞭槍から繋がる太い糸を強引に引き千切り、右上に持っていた斧も捨てる。
既にその時、周囲一帯は巨大な蜂の大群によって埋め尽くされていた。
ここは弱肉強食の世界。
策を弄して敵を捕食するのも、敵が捕獲した獲物を横取りするのも、圧倒的な数の暴力で全てを蹂躙するのも、全て自由。
最後に立っていた者が勝者で、死した者は全て敗者。
ジャイアントスパロウ・ビーの大群が、女王蜂と子供達へと献上する肉を求めて、オークの屍と、気絶しているスパイダーキャタピラーへと殺到。
急降下から燕の如き鋭い弧を描き、尾にある巨大針で肉を削り取っていく。
死んだ相手に対してもヒット・アンド・アウェイというその危険な攻撃の嵐は、当然ながら俺の方にも無数やってきた。
まるで示し合わせているかのような連携で四方八方から次々と襲い掛かってくる拳サイズの蜂を、躍るように回避しながら一匹ずつ殴り砕いていく。
そのたびに蜜のような体液が身体に付着し、肌が焼かれていった。
だが、回復は後回し。
数があまりに多すぎるため、悠長な事は言っていられない。
それに俺の右腕だけはほとんど何とも無いようなので、遠慮無く防御にも使わせてもらう。
嵐はすぐに収まる。
獲物を回収する班と、俺へと特攻し牽制する班と。
2つの数の暴力はそれぞれの目的が達成されると、ジャイアントスパロウ・ビー達はアッサリと引き上げていった。
まさに一撃離脱。
尾の針に獲物の肉を突き刺した群は、そのまま俺の届かない上空へと逃げて行き――。
その半数が、突然に襲い掛かってきた業火に包まれ、灰へと変わり果てた。




