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◆第八週 二日目 火源日◆
昨日一日の調査でこの階層には例の黒兎以外にはもう真新しいモンスターがいないという事が分かったので、今日は皆で外に狩りへと出かける。
ダンジョンの外は〈アーガスの森〉と呼ばれる広大な樹海で、少なくともダンジョン内と同じで1日やそこらでは樹海の外に出ることは叶わない。
出現するモンスターはダンジョン内よりもレベルが高く、その上限もまだまるで分かっていない。
しかしそれでも、あの3種族がこれまで生きていられた事と、定期的に外へと遠征隊を出している事からして、注意しておけば何とかなる事だけは分かっていた。
スキルの確認も終わっているので、そろそろ新しいスキルが欲しいと思い、今日はちょっと遠くへと足を運び――そして見つける。
見つけたのは、かの有名な豚鬼。
相撲取りの様に丸々とした肉体ではあったが、その肉が脂肪だけでなく筋肉もしっかり詰まっている事は一瞥しただけですぐに分かった。
豚顔には微妙に知性が彩り、堂々と二足歩行している様は遠くから見れば人にも見えるだろう。
そんなオークが、六匹。
2メートル近くの巨体を誇り、斧や槍や杖を持って――魔法使いがいるのか――いる事からして、向こうの狩りの最中か。
数はこちらに分があれど、個人の能力と装備の面でのアドバンテージは向こうが上だろう。
どうするか――と悩んでいると、アクリスちゃんとエリアスちゃんがショートボウとクロスボウで先制攻撃を放った。
くそっ、ここ数日の特訓が悪い方向に働いてしまったか。
あの地獄の特訓に比べればオーク六匹など恐怖に足らない、などと増長しているのだろう。
やむなく、俺は特攻した。
魔法使いオーク二匹のうち、片方の瞳に矢が刺さり悲鳴をあげる。
警戒行動中の者達に奇襲が成功したのは僥倖だが、問題は何も解決していない。
すぐにもう一匹のオークが呪文の詠唱を始め、それを守るように護衛二匹が守りを固める。
残る二匹が、姿を現した俺へと向かう。
ラミア軍団との戦闘を経験した俺なので、オーク六匹如きなら問題無く潰せる。
だが、子供達を守りながら完勝するのは難しい。
フォルもどきとクズハもどきの助けがあるとはいえ、相手が魔法を使ってくるならば――厄介な事にスライムとは相性の悪い火炎系魔法を使ってきやがった――最悪一撃で沈められてしまうだろう。
被害を軽微にするには、やはり俺が無茶をする以外にない。
スキル【魅了ノ魔眼】【蛇の瞳】に【威嚇】を上乗せし、魔法使いオークを睨む。
しかし怯んだのは一瞬。
魅了は大方レジストされ、詠唱は続行される。
やはり直接攻撃して黙らせるしかないか。
俺の行く手に2枚の壁が立ちはだかった。
片目に傷を負っている戦士風のオークが持つ大斧が唸りをあげて振り下ろされる。
体格差はゆうに倍以上。
回避を選べば魔法が放たれる事は必至。
ウォーキッシュタートルの甲羅で作った小盾に【甲羅防御】を乗せ、押し切られないように【踏ん張り】も発動させる。
衝撃は、予想以上のダメージとして俺の身に降りかかった。
やはりこれだけ体格差がある戦士一撃を小盾では受け止めるのは厳しすぎる。
【小盾防御】があるのでそれに期待したのだが、たった一撃で盾は砕け散った。
だが何とか耐えた。
瞬時に盾を捨て、右拳に【硬化】を発動。
思わず心の中で『武装色!』とつい叫んでしまったが、やはりこういうのは気分だよな?
斧の一撃でいささか失速してしまったが、突進の勢いそのままにオークのでっぷりと太った腹部に拳を叩き込んだ。
拳が分厚い脂肪を突き破り、内臓へと至る。
その時オークがどの様な顔を浮かべていたかは知らないが、間違いなく次の瞬間には悶絶以上の苦痛に満ちた表情を浮かべていた事だろう。
その表情を見る事無く――拳がめり込もうが突き抜けようが、最初からすぐに拳を戻すつもりだった――急加速してオークの横を通り抜ける。
一泊遅れて、隣にいたオークの一撃が大地を破砕。
時間差の攻撃は見切っていた俺に軍配があがる。
立ち塞がった壁を越えても、また次の壁が立ち塞がる。
攻めに出たオーク二匹は突破したが、守りに徹したオーク二匹の壁がまだ残っている。
むしろこちらの壁の方が厄介だろう。
後方からの援護で矢が空を切るが、アッサリと弾かれる。
その合間にも魔法使いは詠唱を続け、今にも杖先に灯った炎の塊を撃ちだそうとしていた。
戦闘で俺が切れる手札は意外にも少ない。
慣れていない魔法は無詠唱だと威力が乏しく、十分な威力を出すには長い詠唱は不可欠。
間接攻撃系のスキル【吹弾】の威力は問題外、【壱ノ矢】は奇襲専門でもはや意味なし。
目眩まし系や集中阻害系のスキルなし。
これまで色々とスキルを奪ってきたが、雑魚が持っていたスキルなのでその効果もかなり知れている。
しかも奪ったものなので熟練度は低い。
格闘技術は高くとも、それは所詮、人間相手に特化された活殺武術がほとんどだ。
故に、魔法だとかスキルだとかが当然の様に存在し、死が当たり前の様に蔓延っているこの世界では万能には程遠い。
俺は強いが、それは個としての強さ。
守るべき存在がいる場合には――集団としての戦いには、まだまだ経験も実力も足りなさすぎる。
そんな俺をまるで嘲笑うかの様に、魔法使いが詠唱を完成させる。
もはや間に合わない。
あの炎が俺に向かってくるのならば避けるだけだが、その確率は半分を大きく下回っていると言っていい。
その灼熱の凶器が俺以外の者へと向かう確率は――後ろにいる子供達の誰かへと向けられる確率は――炎が杖から放たれ、予想通りの軌跡を描き始めた。
後はもう、子供達が避けてくれるのを信じるだけだった。
しかし絶望はまだそこで終わらない。
瞳に矢を受けた魔法使いも既に詠唱を開始していた。
戦況は間違いなく劣勢。
俺がみっちり特訓した子供達なので、早々に死ぬ事は無いとは思うが、それでも最悪の状況を考えて、誰かを失う覚悟をしておく。
――そう考えた時、それは木陰より現れた。
何か巨大な化け物が炎弾に喰らい付き、一噛みで炎を蹴散らす。
修羅の如き鬼面の額より生えた二本の角に、まるで吸血鬼の如く鋭い二本の牙。
出現と同時に前脚が振るわれ、その脚の先端に4本ある爪でオーク二匹の上身体が一瞬にして消失。
目の前を通り過ぎた身体は獅子の体格をしており、しかし背中には蝙蝠の様な翼が2対。
尻尾の先では先端で別れている赤い舌を出している大蛇までいた。
幻獣キマイラ――。
俺の持っている知識とは多少異なっているが、そう断言してもいい化け物が俺の目の前を横切り、優雅に着地する。
これまで出会ってきたどのモンスターよりも圧倒的な攻撃力を持った存在。
オーク如きとは次元違いも甚だしい。
その有り余る凶悪な生命の息吹を感じただけで、俺は瞬時に勝てないと悟った。
世界の空気が凍り付く。
その場にいた誰もが死を覚悟していた。
逃げたところで瞬時に追いつかれ喰い殺される。
有効な手立て、スキルも全く思い付かない。
誰かを犠牲にしたところで、逃がしてくれるとは到底思えなかった。
キマイラが、先程狩った獲物の血肉をペロペロと舐める。
まるで猫の様だと思ったが、そんな愛嬌を感じるような光景ではなかった。
血の味を確認したキマイラの瞳が獲物達の姿を確認する。
たったその一睨みで魔法使い達は意識を手放し――そして二度とこの世には変えってこなかった。
強者の食事が、始まる……。
◇◆◇◆◇
気紛れ。
ただそう言う意外に他なかった。
結論から言えば、俺達は助かった。
あのキマイラはオークの肉を存分に楽しんだ後、俺達には目もくれず去っていった。
ハッキリした理由はよく分からない。
お腹がいっぱいになったからなのか、それとも不味い種族が混じっていたからか。
もしかしたら元々オークだけをターゲットとしていたグルメ家だったのかもしれない。
オークを火炎の息で火炙りにしていた時に漂ってきた匂いは、死の淵にありながら思わず――物凄く美味そうな匂いだなー。俺も喰いたいなー――などと思ってしまったぐらいなので。
どうやら今回は命拾いしたらしい。
だが次回があるとも思えない。
やはり早く強くなる必要があるな、と俺は改めて思った。
 




