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◆第八週 一日目 月源日◆
ダンジョンの中は広大だ。
今俺が住んでいる場所は、最も上層の第一階層。
にも関わらず、一日や二日歩き回っただけでは網羅しきる事は出来ない。
新しく手に入れたスキルの効果を確かめながらダンジョンを彷徨ってみて、改めて俺はその事を実感していた。
この《宝瓶之迷宮》も含めて、この大陸にある《黄道十二異界》はどれも規模や特徴が尋常ではない。
前世ではVRMMORPG等でちょっとシャレにならないレベルの大規模ダンジョンを幾つか経験した事がある俺が、そんなものはゲームレベルでしかないと思わず思ってしまうぐらいに尋常ではない。
例えばこの《宝瓶之迷宮》。
【地図生成】【記憶力強化】と《地図生成士》がある御陰で、俺は脳内でゲームのように地図を自動で生成出来るようになったのだが、その技術があってもこの第一階層の地図が全く埋まりきる気配がない。
スキルを手に入れる前の情報も合わせて脳内マップでは表示されているが、リアル1日を費やして未踏破領域を歩き回ってもマップが埋まりきる事はなかった。
ならばまずはマップ端を探そうと思っても見たのだが、歩けど歩けどマップ端には辿り着かず、途中で断念。
しかも困った事に、壁を掘ってみると新しい道が簡単に作れてしまった。
道が作れたのだが……どれだけ掘っても地図上では隣にある筈の道へは辿り着けなかった。
実験の結果、どうやら《宝瓶之迷宮》内の空間は歪んでいるらしい事が分かった。
際限なく新しい道や空間を作り続ける事が可能ではあるが、すぐ近くに2つの穴を作っても、その先では決して2つの穴は繋がる事はない。
壁が間にあると、そこは無限に近い距離が生まれてしまう。
そう……このダンジョンには距離という概念が空間によってねじ曲げられており、2次元や3次元ごときの単純な地図では表す事が出来ないという異常な世界だった。
ようやくその事に気が付いた時、これまで頭の中でコツコツと作り上げていた3次元の地図が崩壊した。
これまではおかしいと思いながらも2次元3次元裏技等を駆使して地図を形成していたが、前提が覆ってしまった事でどう地図を表現していいか分からなくなったのだ。
そのせいで、危うく帰り道まで分からなくなるところだった。
最終的に、距離の概念や道の蛇行を完全無視した線と分岐路だけの、いつでも新しい道が間にニョキッと現れて形が変わるというシンプルかつ異常すぎるマップを作り上げる事に成功して事無きを得たが――お、宝箱発見。中身は……〝【ロウ】ライフポーション〟か。しけてるな――それが出来なければ樹海を彷徨う以上に危険な状態に陥っていただろう。
本当の意味で俺はこの時、【記憶力強化】と《地図生成士》の恩恵に感謝したものである。
しかし、この《宝瓶之迷宮》が異常である部分はそこだけには終わらない。
マッピング不可能な規模、常にダンジョンが成長いるので完全攻略は不可能というのも十分に恐ろしい設定だが、《宝瓶之迷宮》の異常性は更に上を行く。
先程から言っているが、今俺がいる場所はダンジョンの第一階層である。
一階ではない。
一階層だ。
つまり、一階層でダンジョン1つ分を意味している。
一階分の広さではなく複数階がまとまっている〝階層〟か、と聞いて少しは安心するだろうが、そうは問屋が卸さない。
確かに俺が今いるダンジョンは3次元に入り組んでいる事を考えないのであれば一階分しかない。
が、それは言い換えれば、この規模で複数階が存在する階層の存在を否定出来ないという事にもなる。
それだけでも十分に脅威なのだが、この《宝瓶之迷宮》は更にその上をいく。
第一階層と呼ばれるダンジョンは、何十個も存在している。
そしてそれらは飽く迄、第一階層に過ぎない。
各階層の奥で繋がっている隣のダンジョンは、必ず異なる階層に繋がっている。
第一階層ならば、入口もしくは第二階層に繋がっている。
このダンジョンでは距離の概念は無視される。
距離の概念が無視されているので、一つの階層に、複数の下位階層もしくは上位階層が繋がっている可能性も十分あるが、どちらにしても第一階層に属するダンジョンだけで何十個も存在しているだけで、この《宝瓶之迷宮》の規模がどれだけ異常か知れるだろう。
まさに冒険者泣かせのダンジョンだった。
……はぁ。
いつか完全踏破しようと思っていたのだが、挫折する未来が見えすぎて本当にやる気無くすな。
◇◆◇◆◇
一日の大半を費やしてダンジョン探索を楽しんだ、その帰り道。
謎のモンスターに襲われていた謎のモンスターを救助した。
襲われていたモンスターは、手の平サイズの女の子。
全身が草や葉で覆われており、キャーキャー言いながら必至に逃げ回っていた。
暫く眺めていると何だか俺自身も追いかけ回したくなるような愛嬌を感じ、だからというべきか可哀想に思えてつい助けてしまった。
小さな女の子を手籠めにしようとしていたモンスターは、黒い肌を持った凶悪人相の兎モンスター。
やはり初めて見るモンスターである。
シャープトゥースラビットやウォーラビットよりも一回り大きく、これまでこのダンジョンで見てきたどの雑魚モンスターよりも強そうで――アクエリアンジャイアントシャークは除く――試しに正義の鉄槌を振り降ろしてみると、サッと躱された。
だけでなく、バックステップからのジャンプキックまで器用に放ってくるではないか。
しかも、防御してみると予想以上の衝撃が腕に襲いかかり、少しばかり全身が痺れてしまった。
颯爽と現れた正義のヒーローに、女の子は一瞬驚いたものの、すぐに俺が敵では無いと気付き、色々と注意喚起してくれた。
それによると、目の前の黒兎モンスターの名前はディ・クルーエル・スプリガンというらしい。
この第一階層のボス的存在であり、シャープトゥースラビットの上位種なのだとか。
通常攻撃に麻痺効果があり、また氷柱の魔法も使ってくる。
倒してもいつの間にか復活するのと、毛皮が丈夫で肉も美味しいという嬉しい情報もあった。
そんなレアモンスターに彼女が襲われていた理由は、彼女が別のダンジョンでワープの罠に引っかかってしまい、飛ばされた結果だと言う。
飛ばされた先の部屋に黒兎がいて、何故か見初められていまい今に至ると。
名前はフララウラ。
もう少しで強姦されるところだった、ありがとう私の王子様、などという妙な台詞まで聞こえてきたが、とりあえず今は目の前の敵に集中。
いや、俺が黒兎と睨み合っている間に女の子がベラベラと喋りまくってくれたのだ。
緊張感が台無しである。
まぁそんな一幕があったあと。
真剣勝負にケチがついたからなのか、黒兎はチッと舌打ちしたあと逃げていった。
どうやら俺の実力を推し量るだけの知能はあるらしい。
流石はボスモンスター。
脅威が去った後、改めて助けた女の子――フララウラと自己紹介を行う。
ほとんど一方的に質問を浴びせかけられ、俺は答えているだけだったが、それはまぁ置いておくとしよう。
改めてフララウラの容姿を観察してみたところ、植物人間の小人バージョンという言葉がしっくりきた。
脳が死んでいる植物人間ではなく、植物と合体している人間である。
それを手の平サイズに縮小した可愛らしい少女。
間違っても欲情するような容姿ではない。
むしろ愛玩人形だ。
何故にこんなちんちくりんに黒兎が一目惚れして強引に事をいたそうとしたのかは全く以て不明だが、愛らしいという一点では同意する。
但しソプラノボイスでマシンガントークしてくる点を除けばだが。
フララウラは兎に角五月蝿かった。
話が進まないので何とか黙らせたあと、今後どうするのかを聞く。
これも何かの縁なので、最悪、保護しても良いのだが――小五月蠅いので本音は勘弁してほしい――どうやら一人で帰れるので問題無いという。
罠にかかってワープしてきたのに、いったいどうやって?と聞いてみたが、女の子の秘密という事で教えてくれなかった。
女の子というのは別に関係していないと思うのだが。
まぁそれならそれでこちらも助かるので、深く追求せず此処で別れる事にする。
去り際に『いつか白馬に乗って迎えに来てね、私の王子様』などという約束を強引にさせられたが、まぁ所詮は子供の戯言なので耳に流しておく。
フラグが立っていなければいいのだが……。
――ああ、そういえば種族を聞くのを忘れた。
黒兎の件も含めて、後で最長老にでも聞いてみるとしよう。
黒兎「わて、こう見えても紳士やねん」
小女「紳士は淑女を見ていきなり襲い掛かってきませんですわよ?」
黒兎「だからや。わて、自分の心に紳士なんや」
悪魔「(野獣かよ。……いや、この場合はあっているのか?)」




