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◆第六週 六日目 地源日◆
目が覚めると『存在進化』していた。
――という予想は裏切られる。
あれだけ上位者を殺したのに、まだ血の生け贄が足りないらしい。
今度こそ新しい生活が始まる。
昨日までの事は一端保留にして、まずは腹ごしらえ。
空腹で回転の鈍い頭を活性化させるため、ぶらっと喰いに行くとしよう。
俺が養うべき子供が8人いる事を確認した後、ハンティングに向かう。
この日初めてダンジョンの外に出て遭遇した獲物は、狼のような頭部に黒茶色の体毛を全身から生やした動物型のモンスター、ハウンドヴォルフだった。
見た目そのまま狼である。
野生の狼よりも大きくて強いモンスターなので、当然ながら3種族の子供より遙かに格上の存在だろう。
膂力ではバグベアの子供達を上回り、速度や敏捷力でもコボルトの子供達を上回っている。
それが三匹同時に現れた。
3種族の子供達だけならば即時撤退だが、俺が一匹、謎の子供2人が一匹受け持ち、一番小柄なハウンドヴォルフの子供を6人がかりで相手をさせる。
[リトちゃんはスキル【遠吠え】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【満月の加護】を対象よりスティール]
俺達はアッサリと倒したが、6人がかりでもハウンドヴォルフの子供はやはり強敵だったようで、取り囲んでも手痛い反撃を何度も受けていた。
お互いに爪と牙だけが最も強力な攻撃手段だが子供なので決め手に欠け、小さな傷ばかりが増えていく。
サッサとリンチしてしまえば良いのに、子供達はハウンドヴォルフの爪牙を恐れるあまり距離を縮める事が出来ない様だった。
もう少し逞しい種族かと思っていたのだが、どうやら見当違いだったらしい。
子供達の現時点での戦闘力が分かったので、俺の隣で見守っていた2人と目で会話して戦闘終了。
子供達の怪我を【破邪の癒し手】の検証をしつつ癒し、処理済のハウンドヴォルフ2匹の肉を【狐火】で熱した石板で焼いて皆で喰う。
肉がじゅうじゅうと音を立て、何とも芳しい匂いが漂いだすと全員の口から盛大に涎が零れ落ちた。
色とりどりの野菜の付け合わせも味を引き立てるソースもないが、赤身が焦げ色に変わっていくだけでいかにも美味しそうだという雰囲気を全員が感じ取り、思わずゴクリと唾を飲む。
まずはこの群の長である俺が一口。
すると、見た目に反して柔らかな感触に俺は驚いた。
適当に処理しただけなのだが元々の肉質が良いのか、モンスターの肉とは――狼の肉とは思えぬほど肉は柔らかく、歯がすんなり噛み切っていく。
噛むごとに中の赤身から肉汁が滲み出て、肉の旨味が口の中を蹂躙する。
久しぶりの食事とはいえ、予想以上に美味しかった。
9人で分け合って食べると肉はあっと言う間に無くなる。
だがまだまだ食べ足りなかったため、すぐに3匹目を解体し皆で食べた。
それでも食べ足りず、全員一致でハウンドヴォルフ狩りを続行。
恐怖に食欲が勝ったのだろう、次からは子供達の動きも幾分かマシになっていた。
いや、明らかに狂暴化していた。
まぁ死にそうになったら助けるので、今は心の赴くままに任せておく。
◇◆◇◆◇
突然に俺の元へと放り込まれ、異なる種族同士が集まって暮らす事になってしまった俺達7人プラス2人。
3種族の子供達は互いの言葉が分からず、しかも未知の存在である俺と、いきなり増えていた無口な2名。
どうやってコミュニケーションを取れば良いか俺も彼等もまるで分からない。
しかし、生きるために必要な〝食〟という欲望を協調させた事で、お互いの距離はぐっと近づいていた。
子供達から話を聞くと、どの集落も子供は勝手に自立するものであり、基本的に誰も育ててくれないのだとか。
生まれたばかりの頃ぐらいは多少食事は与えられるが、それも長くて十数日。
早く自分で生き方を覚えないと、その先に待っているのは死。
だが、この世界で子供が一人だけで生きていく事はとても難しい。
今日戦ったハウンドヴォルフにしても、子供達はまともに戦う事が出来なかった。
だから、子供のうちは大人の後ろを金魚の糞のように付いていって、バグベアならば採掘、コボルトなら採集、ゴブリンなら労力で日々の糧を得る。
6人もこれまでそうして生きてきた。
え~と、つまり今日が初めての実戦だったと。
道理で弱い訳である。
まぁ確かに素手であの狼はないよな。
昨日あんな事があったばかりなので、ちょっと浮世離れ過ぎていた様である。
ちなみに彼等は集落を追い出された身なので、俺が子供達をそれぞれの集落に預けた後、すぐに追い出されたらしい。
追い出されたため、彼等の部族を頼る事も出来ない。
だからどうする事も出来なくなって、俺が帰ってこなければあのまま野垂れ死んでいたのはほぼ確実だったとか。
鉱物が出やすい場所はバグベア達が抑えているのでバグベアの子供は何も出来ず、採集は基本的に大人達に付き添っていくのが常だったのでコボルトの子供も何も出来ず、最初から何も出来ないゴブリンは言うまでもなし。
数が多くいつも食糧難に喘いでいるゴブリン達は兎も角、コボルトもバグベアも以外に薄情な種族だなと思う。
流石に彼等を放り出す訳にもいかないので、そのまま俺が面倒を見る事にする。
しかし無駄飯食らいを養うつもりはない。
養うつもりはないが、今のままでは何も出来ない。
故に、これは先行投資だとか何とか言って、まず彼等を鍛え上げる事にした。
午後は彼等の根性が叩き折れるまでミッチリと戦闘訓練に勤しむ。
心が折れても痛みでやる気を起こさせてガッツリと鍛え上げていく。
体力が尽きようとも【破邪の癒し手】を使って回復し、楽になりたいなら早く強くならねばならないと心身に刻み込む。
最後には屍だけが残った。
いきなりヘビー過ぎるとは思うが、きちんと手加減をしているので問題無い。
それに三日も続ければ慣れるしな。
俺がそうだったし……。
その日の晩飯は鍛え甲斐のないあの2人が何処からか採ってきたキノコと草と肉の炒め物にする。
量は少なかったが、子供達にとっては朝飯と同じく初めて食べるものだったらしく、大変好評だった。
◆第六週 七日目 光源日◆
朝起きると、子供達全員が俺に抱き付いて寝ていた。
俺の部屋にはほとんど何も無いので――昨日狩ったハウンドヴォルフの毛皮が少量あるぐらい――普通に寝ると物凄く寒い。
故にこうして皆で身を寄せ合って暖をとっているようだった。
特にゴブリンは体毛が無いので体温が下がりやすい。
ゴブリン2人はうまく他の種族の毛に身を包んで寝ていた。
全員が俺に抱き付いている理由は、俺が一番体温が高いからだろう。
ほとんど寒いと感じた事無いし。
そう言えばクズハも良く俺にひっついていたな。
あれは暖をとるためだったのか。
酷い筋肉痛に悩まされている子供達を外に連れ出してもまともに動けずただ殺されるだけなので、今日は午前中を訓練にあてる。
子供達は当然の如く泣きそうな悲鳴をあげるが、フォルとクズハも通って来た道なので諦めてくれ。
その代わりと言ってはなんだが、昼は俺が外に狩りに出かけて仕留めてきた獲物の肉を振る舞った。
[リトちゃんはスキル【一角突き】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【疾風走】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【嘶く】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【処女の血潮】を対象よりスティール]
獲物はリトルホーンホースという額に小さな角のある白馬で、脅威レベルはこれまで出会ってきたどの食材よりも上だった。
身体も馬なので大きく、仕留めるのにはかなり苦労した。
運搬にもとても苦労した。
が、苦労しただけあって、ハウンドヴォルフの肉よりもジューシーでとても美味かった。
口の中を襲い掛かってくる暴力的な味。
ただ焼いただけとは思えぬほど素晴らしい肉は脂が程良く抜けて、しかも歯応えがある。
一緒に焼いた皮は香ばしい匂いと共に千切れ、奇跡的に絶妙の焼き加減となっていたのか熱々の肉汁が溢れんばかりに溢れ出ていた。
舌から頭まで美味さが抜けていく。
ダンジョン内で手に入るモンスターの肉も美味いが、ダンジョンの外にいるモンスター達の肉はまた一段と美味すぎる。
いや、もしかしたらこれがモンスター補正なのかもしれない。
モンスターだから動物よりも美味い、そんな気がしてならなかった。
会心の食事を終えた午後の予定は、生活空間の改善に努める。
部屋、毛皮、余った肉。
それしかないのはどう考えても寂しすぎる。
午前中に行われた鬼のような扱きと、顔が蕩けてしまうほどに美味かった昼食の効果で爆睡し始めた子供達を部屋に残し、まずは水場を探す。
目的は当然、ビッグパールシェルの貝殻。
それが最低5個は欲しい。
しかし、どうやらこの階層の水場では出現しないようだった。
何処に行っても魚と蟹ばかり釣れる。
それはそれで役に立つので、同行していた2人と一緒に部屋へ運搬。
すると、部屋が一気に手狭になった。
なので、次は部屋の拡張を行う。
【掘削】スキルを使用して部屋を整えていく。
六畳間に毛が生えた程度の丸い部屋を、十二畳間の四角い部屋へと変えていく。
途中、たまに鉱物が出てくるが確認は後回し。
日が暮れる頃には土砂の撤去も終わり、何となくそれっぽい正方形の空間が出来上がった。
そこで端と気が付く。
身体を清める方法がない。
普通の水場ではすぐにモンスターが現れるのでまともに洗えない。
しかし綺麗な水場は、一番近くても隣の階層にある例の部屋にしかない。
つまり、土木作業を終えた俺達は汚いままで過ごすより他なかった。
いや、手立てが無い訳では無い。
綺麗な水を毎日せっせと汲んでいるコボ族に分けて貰えば良いのだ。
早速、今日獲れたばかりの魚と蟹を持ってコボルトの集落に出かける。
水をかけられ追い出された。
汚い身体で入ってくるなと言われた。
……怒。
すぐに全員が土下座して謝ってきた。
汚いゴブリンだと思ってつい水を掛けてしまいました、申し訳御座いません、なにとぞ命だけはお助け下さい、と。
予定していた方法とは随分違ったが結果的に身綺麗になる事が出来たので良しとする。
あと、お詫びに魚と蟹を一匹ずつプレゼントする。
――あの水場、血で汚れて数日は使いものにならない筈だしな。
恐らく今は綺麗な水がとても貴重な状況だと思われる。
やはり早く何か対策を考えなければ……。




