2-12
◆第六週 三日目 水源日◆
気のせいか、急に不幸が連続して襲い掛かってきている気がする。
まさかこれが【不幸・弱】の効果か?
家出したクズハ。
しかし俺はすぐに探しに行けなかった。
原因は、いきなり増えてしまった6人の子供達の存在。
正直、足手纏いにしかならない。
彼等は見た目通りまだ一人ではまともにモンスターを狩れない弱者である。
しかも知り合ったばかりなので、信頼関係も全く築かれていない。
そんな状況で俺が取れる行動は限られている。
結論として、俺とフォルは一緒に行動しなければならない。
敵地にフォルを残すのは危険過ぎる。
かといって、フォル一人でダンジョンの中を歩き回るなど、死にに行かせるようなものである。
戦闘力もそうだが、自分で光源を発生出来ないフォルは、松明を失ったらその時点でアウトだ。
すぐにでもクズハを探しに出かけたかったが、子供達をこのまま放置する訳にもいかなかったので、かなり手間ではあるが各部族へ一時預けに回った。
本当は返品希望だが、彼等の様子からしてそれは悪手な気がしたので止めておく。
子供を預けるので随分と時間をロスしてしまったが、クズハがいつ失踪したのかが分からなかったので恐らく誤差の範囲。
子供を預ける際に情報収集してみたが、誰もクズハの姿を見ていないという。
もしダンジョンの入口方面へクズハが向かっていれば、入口には見張りが立っているので必ず見かけている。
消去法で、クズハはダンジョンの奥へと――俺達がやってきた方へと向かったのが分かった。
ダンジョンは途轍も無く広い。
クズハの捜索を始めたのが既に夜だった事もあって、気が付けば日付が変わっていた。
しかも最悪な事に、この《宝瓶之迷宮》において最も危険な水源日という始末。
不幸に拍車がかかっている気がする。
とはいえ、俺が熟練度の半分を奪っているので、元々所持していたクズハへの影響がその分減っている事がせめてもの救いだろう。
宛もなくダンジョンを彷徨ってもクズハが見つかる筈もない。
故に真っ先に調べたのは、つい最近拠点を移したばかりの綺麗な水場。
そこには貝殻もあるので身を守る事も出来る。
しかし、クズハの姿はそこには無かった。
但し分かった事もある。
ベッドが一つ減っていた。
つまりクズハは一度ここに来ているということ。
ベッドを運ぶために付いたのだろう、床には真新しい跡が付いていた。
◇◆◇◆◇
ようやくクズハを発見する。
クズハは一番最初に俺達が拠点としていた、天井に穴の空いた大部屋にいた。
閉じた貝殻の上に座り、放心していた。
無事だった事に安堵して声をかける。
しかし返ってきた言葉は『いらっしゃい』。
今までは『おかえりなさい』だったのに。
クズハは、もう俺の事を家族としては見ていなかった。
説得を試みようとした俺だが、そこで更なる不幸が俺の身に襲い掛かる。
フォルが『自分も此処に残る』と言い始めたのだ。
いったいどうして……などと言うつもりはない。
昨日からずっと、何となくそんな予感はしていた。
2人は、あのモンスター達と一緒に暮らすという選択はどうしても受け入れられない様だった。
フォルはとりあえず成り行きを見守っていた様だが、コボルトの子供2人を俺が受け入れた時点で心は決まっていたらしい。
クズハは最初からだ。
俺に何も言わずに逃げ出したのは、力尽くでも従わされる可能性を苦慮しての事だろう。
あのスキルの事もクズハには知られてしまったしな。
説得は不可能だった。
じゃあ俺も此処に残って今まで通り一緒に暮らそうと言うと、それも拒絶された。
俺はモンスターなのだから、モンスターと一緒に暮らすのが正しいと言われた。
その言葉が本心から出てきているものなら俺は2人を殺すが構わないよな?と言いながら無理して威圧してみたが、2人は微塵も動揺してくれなかった。
ただ、察してくれ、という悲しい瞳があった。
俺には2人を守る力がある。
2人を救う力がある。
だが、2人の願いを叶える力まではまだ無い。
2人の願いは俺と一緒にいる事では無い。
このままずっと此処で暮らしていく事でもない。
少なくとも、2人は望んでこんな場所にいる訳では無い。
2人の願いは、元の生活に戻ること。
この《宝瓶之迷宮》を抜け出し、近くにあるのか遠くにあるのか分からないが生まれ故郷に帰り、本当の仲間達の元へ帰り、そして人としての営みに戻る事を心の底から望んでいる。
モンスターは敵。
モンスターとは馴れ合ってはいけない。
ましてや、モンスターの群れの中に入って生活するなんてのは以ての外。
たまたま2人は俺という例外に出会い、生き抜くために暫く行動を共にしていたが、それは本来あってはいけない事なのだ。
その事を2人は、あのコボルト達に出会って気付いてしまった。
そして同時に、2人はもう自分だけでも何とか此処で暮らしていける力があるという事を、俺が『存在進化』で殻に籠もっている間に知ってしまっている。
だからもう俺とは一緒に暮らせない、と。
それはとても悲しい言葉だった。
――というのは建前で。
クズハの本音は、思い切り足手纏いになりそうだったから、というものだった。
あの3種族を俺が支配すれば、ダンジョンの外の情報も間違いなく手に入る。
しかしその場に足手纏いの2人がいると俺は動きがかなり制限され、結果的に2人が望んでいる未来は遠ざかってしまう。
早く家に帰るためには、今は俺と一緒にいない方がベストだとクズハは考えていた。
意外に聡い子である。
勿論、生理的にコボルト達とは一緒に暮らせないのも大きな理由ではあるだろうが。
ちなみにフォルの本音は、男の純情とだけ言っておく。
雄だなぁ。
他の理由として、言葉が分からないモンスター達と一緒にいるのも勘弁して欲しいらしい。
意思疎通も出来ない狂暴なモンスター達とは流石に暮らせない、せめて全員が俺の奴隷なら……なんて事も言ってきた。
まぁそりゃそうか。
大丈夫だからと言われて放し飼いの虎やライオンと一緒に暮らせるヤツはいない。
どうやら俺の配慮があまりにも足りなさすぎたのが一番の原因の様だった。
ところで俺が強引にでも残ったら一緒に暮らしてくれるのか?と聞いてみると、そこは信用しているからと言われた時にはちょっと感動してしまったのは秘密である。
その一言で強引な手を封じられたとも言う。
まぁ兎も角、これからは定期的に様子を見に来るからという事で話はついた。
正直、2人だけで此処で暮らすというのはかなり心配だったのだが、それは全く予期していなかった別の方面から解決する事になる。
いきなり右腕がボトッと落ちました。
……え?
そしてスライムに変わりました。
…………え!?
ああ、遂に恐れていた事が起きてしまったか――などと世界が真っ白になりかけたところでスライムから斜め45度のチョップが入り現実に引き戻される。
何故に斜め45度……。
ずっと触れないようにしていたのだが、2人はやはりこのスライムと顔馴染みだった。
友人関係になったのは間違いなく俺が『存在進化』していた時だろうが、この謎のスライムは2人の事をずっと助けてくれたらしい事は俺も薄々勘付いていた。
だってなぁ……たまに2人の視線が俺の右腕に向いて微笑む事があるんだよ。
そして予想通り、2人とスライムの間に友好関係が結ばれているのは確かな様だった。
スライムの身体から見覚えのある右腕がにゅっと出てきて2人と握手をかわす。
……単細胞生物っぽいのに知能が高すぎないか?
蛇に睨まれた蛙の様に脂汗を流しながら俺も握手を交わしつつ、折角の機会なので心の中では必至にトラウマと戦う。
早めに克服しておかないと、俺は将来、最弱スライムが弱点の最強悪魔のレッテルを張られる事になってしまうからだ。
余談だが、右腕を失った俺は左腕しか持ち合わせていないので、スライムは当然の様に左腕になっていた。
嬉しくない配慮をありがとう。
スライム、改め〝アクちゃん〟がウゾウゾと蠢きながら何処かへと向かう。
その背中はまるで『付いてこい、下僕ども!』と言っている様だったので、俺達も一緒に後に続いた。
何だか俺の名前を取られた様な気がしたが、気にしてはいけない。
間違いなく命名者であるクズハに何でこの名前?と聞くと、あのスライムの正式名称が《宝瓶之粘液生物》だからと言う。
過去にベビーインプだった俺の名前は〝ベビちゃん〟。
今現在、リトルインプの俺の名前は〝リトちゃん〟。
そしてあのスライムの名前は〝スラちゃん〟ではなく〝アクちゃん〟。
うん、とても分かりやすいネーミングセンスだ。
……たまには少しひねれよ。
さて、まるで犬猿雉のようにスライムの後ろを追いかけていく俺達の行き先だが。
早くも俺は物凄く緊張し始めていた。
正直言って、これ以上進みたくない。
しかし踵を返そうとすると、スライムが触手を伸ばして俺の右腕断面にピタッと貼り付き、逃がさないとばかりにプレッシャーをかけてくる。
今までかなりお世話になってきただけあって、俺はその要望に逆らえなかった。
程なくして目的地に辿り着く。
それ以上、俺とフォルとクズハは進めなくなる。
しかし、謎のスライムはウゾウゾと壁をよじ登り、その堤防を越えていく。
そう、堤防だ。
堤防の先には奴等がいる。
伝説のGよりも遙かに厄介な存在、最強のS軍団がいる。
ねちょねちょと。
ぐちょぐちょと。
夢に出てきそうな粘着質の音色が、耳を閉ざしても聞こえてくる。
とっくに全身が鳥肌になっていた俺は、しかし逃げられない。
あの謎のスライムは、まるで命綱の様に俺の右腕断面に一本の細い触手をくっつけたままだったからだ。
そんな俺を見てクズハが意趣返しの様にニヤッと笑う。
既にクズハは【狐火】をその場所へと投げ込んでいた。
そして俺は見る。
あの謎スライムがぐばぁっと広がり、部屋一杯のスライム達をがぶぅと捕食していく姿を。
〝くちゃくちゃ〟という、まるで何かを食しているような音色が暫く続いた。
そのうち〝ボリボリ〟というスライムらしからぬ音まで聞こえてきた。
最後の方では〝ゲプッ〟と。
全てが終わった時、そこには一匹のキングでビッグなスライムだけがいた。
いや、それで終わりではなかった。
部屋の半分ほどまで膨れあがったスライムが徐々に萎んでいく。
違うか。
萎んでいるのではなく、密度を増すことで体積を減らしているのか。
にも関わらず、濃密に濁っていたスライムの身体が徐々に透明度をあげ、向こう側が透けて見えるようになっていく。
【狐火】の燐光の一部がスライムの身体を透過し、一部が表面で反射し、室内が波打つ水面を反射したような幻想的な光景的に彩られる。
う~ん……あれ、間違いなく稀に出現する突然変異のボス級モンスターだよな?
クズハが名前付けちゃったし、そのうち悪名高きモンスターとか呼ばれ始めるのだろうか?
いや、俺もたぶんそっち系だとは思うのだが。
元の大きさまで圧縮されたスライムだが、その神々しさは以前の比ではない。
さっきまでなら色々覚悟すれば勝てると思われたスライムが、これは逃げの一手だなと思わせるぐらいに強くなってしまっている。
ゲーム風に言うと、経験値をガッポリ手に入れてレベルアップを繰り返しやがった。
そして更に信じられない事が続く。
プヨ~ンッと。
更にプヨ~ンプヨ~ンッと。
分裂しやがった。
ただでさえ厄介なスライムの数が4倍に膨れあがりやがった。
クズハが喜ぶ。
フォルが唇をひくつかせる。
俺はもう驚きすぎてどう反応していいやら分からない。
3人の中で最も正常な反応を示しているのは、さていったい誰だろうか?
分裂したスライムの中で、俺の右腕断面と細い触手で繋がっていたスライムがまず動く。
その反動で俺が引っ張られる。
物凄い力だった。
その後どうなったかは語るまい。
俺も餌として捕食され――。
……ではなく。
元の鞘に収まった。
失われていた右腕の感覚が戻る。
原理不明。
というか、やはり寄生されてる!?
スライムの用事は終わったらしく、俺達はそのまま住み慣れた拠点へと帰った。
そして俺はダンジョン内を単身走り、フォルの貝殻を取りに行く。
運悪く今日は水源日なので、水場でビッグパールシェルを狩るという危ない事は出来ない。
運んだ貝殻は一個だけ。
今日中に行って戻ってくるためにはそれが限界。
その後は、2つのベッドにそれぞれ入って眠る。
フォルとクズハは俺の寝床には入って来なかった。
きっと別れが寂しくなるからだろう。
俺も寂しい。
――いや、だからって、スライム4匹と同じベッドで寝るのはちょっと!?
貝殻の中でスライムプール塗れになった俺は、程なくして意識を手放した。
子狼「暫くは二人で頑張っていこうね(ヨシッ、ヨシヨシッ!)」
子狐「うん。よろししくね(なんでだろう。身の危険を感じる……)」
S「プルプル(私の存在、忘れないで~)」




