2-10
◆第六週 二日目 火源日◆
昨日は少し暴れすぎた。
色んなスキルが手に入るものだから、つい調子に乗りすぎてしまった。
少し反省する。
様々な手法を凝らして果敢に攻めてくるゴブリンは正面から叩き潰した。
技の冴えや発想は大したモノだが、所詮は小手先の技。
彼の持てる技術の全てを堂々と突破して拳を叩き込むと、彼は満足した表情を浮かべて白目を剥いて倒れた。
俺との戦闘で彼にも何か得られるモノがあったのだろう。
対戦者として、そんな顔で気絶されると少し嬉しく思う。
種族柄、かなり醜悪だったが。
対戦相手全てを倒して、その試合は終了――する筈だったのだが、少し時間をかけすぎたため、最初に倒した重装戦士が起き上がってくる。
ああ、起き上がってこなければ俺も放っておいてあげたのに。
遠慮無くボコボコにしてスキルを頂いた。
ゴブリンを倒した時点で衆人観衆は既に声を無くしていたが、その後に起こった悲劇に彼等の顔がどんどん青くなっていったのはちょっと面白かった。
満身創痍の相手の身体を掴み、殴ったり蹴ったりの暴行を加えていくたびに鎧兜が歪に変形していくという光景は彼等にとってよほど衝撃的だったのだろう。
最後には妖子鬼達の心が折れて、試合中止の合図が告げられていないというのに舞台へ出てきて土下座し俺に許しを請うてきた。
いやいや、別に俺も鬼じゃないんだから、ちゃんと手加減はしてるぞ?
ほら、ちゃんとまだ生きている。
むしろなんか喜ばれているような……?
土下座に泣きが入った。
何でだ……。
そんな訳で、俺は無事その戦いに勝利した。
だが気を抜くのはまだ早い。
何故ならこれは初戦であって、後にはもっと強い奴等が控えているのだから。
さぁ次は誰が相手をしてくれるんだ?
そんな風に笑いながら言うと、他の2種族の面々も一斉に土下座した。
ん?
――という一連の流れがあった後。
俺は彼等を統べる立場に担ぎ上げられた。
担ぎ上げられたというか、彼等は俺を担ぎ上げなければ皆殺しにされると思い、全力で保身に走ったらしい。
それに元々あの武闘大会の優勝者は、一ヶ月間、3種族のリーダー的立場になる事が大会規約で決められているらしいので、例え意にそぐわなかったとしても彼等はそれを受け入れるつもりだったとか。
それは3種族内での取り決めで俺は部外者だから、別に無視して全員で襲い掛かってきても良いぞ?と冗談で言ってみたら、長老達の何名かが泡を吹いて気絶した。
どうやら彼等も最初はそのつもりだったらしい。
ちなみに戦々恐々としながらも矢面に立って俺のご機嫌伺いをしていた長老達の中で、何故だか一名だけやたらと上機嫌で全く俺を怖がっていないコボルトの長老もいた。
魔物にも色んなヤツがいるものだ。
そんな訳で、明けて今日。
とりあえず仮の牢屋として使われていたあの部屋を貰い受けた俺は、まず最初の仕事に取りかかった。
生きるか死ぬかの生存戦争を想定していたのに蓋をあけてみればリーダー格に収まるというあり得ない結果に、思考を停止させ悟りの境地を模索しているらしいフォルの横にて。
クズハから事情を聞いていく。
何故だかコボルト達に対して深い憎悪を持っているらしいクズハ。
その原因を確認し、いきなり部下になってしまったコボルト達にとりあえず害が及ばないように手を打つ、というがまず俺が最初にするべき仕事である。
とはいえあまり自信はない。
多少の問題なら力尽くでも解決出来るが、人の心までは流石にどうにも出来ない。
ただのモンスターだと思っていたのが、彼等は姿が少し違うだけで基本的に人間と同じだと認識してしまった俺の心もそう簡単には変える事は出来ない。
最悪、俺はクズハか彼等か、そのどちらかを選択しなければならないだろう。
うむ、難題だ。
まぁ、最も簡単な解決策は俺達3人が何処かに行けば良いだけだがな。
だがまずはクズハの話を聞いた。
それによると、本人にも理由が分からないという。
いや、もうその時点で物凄く面倒臭そうだし解決策がまるで見えなかったので、強攻策を取ることにした。
[リトちゃんはスキル【狐火】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【運命改変】を対象よりスティール]
[リトちゃんはスキル【不幸・弱】を対象よりスティール]
[リトちゃんは職業【狐獣村人】を対象よりスティール]
俺は頑張った。
頑張って目的のモノが手に入るまで心を鬼――いや、悪魔にした。
その結果、クズハが持っていたスキルの熟練度が俺のそれと並んでしまうまで減ってしまっただとか、物凄くいらないスキルまで手に入ってしまっただとか、それまでずっと秘匿してきた【ライフスティール】の秘密がクズハにばれてしまったとか色々あったが、どうにかクズハを隷属化する事ができ――あ、拒否されたっぽい。
どうやら職業をスティールしても、隷属するかどうかは本人の意志に委ねられるようだ。
さて、ここで問題だ。
俺は得をしたのか?
それとも損をしたのか?
失敗は成功の母とは言うが、心はブルー。
【不幸・弱】って何だ……。
一端気持ちを切り替えて、他の事を行う。
問題を先送りにする。
昨日今日で手に入れたスキルの確認は後回し。
クズハはそのまま部屋から出て来れない様に簀巻き状態で放置し、フォルと共に3種族の集落を順番に訪問していく。
リーダーにされはしたが、結局俺は何をすれば良いのか何も聞いていない。
何をしても良い訳では無いだろう。
独裁する気もない。
まずはコボルト達――ちょっと短縮してこれからはコボ族とでも呼ぶ――が暮らしている集落を訪れる。
ここは洞窟で扉とかは無かったため門前払いにはならなかったが、進めど進めど住人達は蜘蛛の子のように逃げ散っていく。
彼等に嫌われる様な事をした覚えは無いのだが。
これはポイント稼ぎが大変そうだ。
室内を仄かに照らしている篝火と、盗みたてホヤホヤの【狐火】を使用しながら彼等の生活レベルを確認していく。
【狐火】マジ便利。
隣でフォルが何やら言いたそうにしていたが無視。
簡潔に言うと、コボ族の生活は原始人レベルより少し先といった感じだった。
モンスターを狩り、その毛皮を着て、その肉を焼いて食べ、その骨を道具とする。
水を汲み、水を煮沸し、それを飲み水とする。
木の実などが大量にあり、薪があり、草のベッドがあるので、洞窟の外に出て採集をしているのだろう。
コボルトからは【採集】【狩猟】が手に入っているしな。
持ち前の速度と得意の嗅覚を上手く使えば結構な範囲から採ってこれる。
貯蔵している食糧は、モンスターの肉よりもそういった採集品の方が潤沢だった。
他に特徴と言えば、床や壁がそれなりに整地されているのと、部屋が大きく数も多く、集落としての規模がなかなかに広かった事か。
あちこち歩き回っても、なかなか行き止まりには辿り着かない。
人口密度はかなり良さそうだ。
実はコボルトからも【掘削】のスキルが手に入っているので、こういう事は得意な種族なのかも知れない。
武器防具の類も転がってはいたが、肝心の鍛治場などは見つからなかった。
砥石で研ぐぐらいの事はしている様だが、生産設備がないとすると、それらは押収品なのだろうか?
もしくは3種族は得意分野で物々交換しているのか。
そんな感じで適当に見回り、そして行き止まりに辿り着けば、そこには大抵身を寄せ合ってブルブルと震えているコボルト達の姿がある。
かなりシュールな光景だった。
何だか押し入り強盗になった気分だったのは言うまでも無い。
そう言えば、ゲームの中でよく勇者達は見知らぬ土地でズカズカと家の奥まで入っていくが、現実に照らし合わせてみると実はこういう状況になっているのだろうかとふと思う。
まぁ俺は勇者とは反対勢力寄りの悪魔なので、端から見ればその怯え様は違和感無いだろうが。
適当に室内を物色して――などという事はせず、軽く挨拶をして部屋を後にする。
そうやって次々と畏怖を撒き散らした後――そんなつもりは無かったのだが――ようやくお目当てのコボルトを発見した。
そのコボルトは、唯一俺の事を恐れていなかったコボルトの長老――3種族の中で最年長らしく、最長老とも呼ばれているらしい――である。
話を聞くならまずこのコボルトだろうと思い、俺は最初に訪問する集落をコボルト達と決めていた。
予想通り、最長老は俺の姿を見ても怖がる様な素振りもなく、むしろ大歓迎してくれた。
理由は良く分からないが、まぁ本人が喜んでいるのだから良いか。
早速、最長老に根掘り葉掘り話を聞いていく。
それによると、リーダーとしての役割は、基本は外敵から身を守る時に陣頭指揮に立つ事と、奴隷の数が減ってきたら遠征部隊を組織して狩りに出かけるというものだった。
他にも細々とした権限はあるようだが、ざっくりまとめると相手と状況を考えて適当に権利を行使すれば良いという。
つまり、反発覚悟で強さをひけらかし強権発動、後は成り行き任せ。
別に何でもして良いが、後で殺されても文句言うなという訳である。
何となく分かったような分からないような。
それは兎も角。
やはり奴隷がいたか……。
見せて欲しいと言うと『お主も好きよのぉ』という言葉が返ってくるが――いや待て、俺は7歳児ぐらいの背格好なのに、何故にそんな言葉が出てくるんだ――聞かなかった事にして最長老の後に続く。
するとそこには、ボロ布の毛布を申し訳程度にかけているだけのほぼ全裸な数人の女性がいた。
全身を穢している白濁した液体を拭う事も無く、微塵も生気を宿していない瞳をしている彼女達は、俺達が部屋に入っても何の反応を示さない。
既に心は壊れているのだろう。
部屋には思わず吐きそうになる異臭が漂い、にも関わらず最長老はむしろそれが良い香りだと言わんばかりに鼻をスンスンと鳴らす。
いや、あまり理解したくないが、とある部分が屹立していた事からして興奮していた。
老いていてもまだまだ盛んなのか……。
眼福……とは言い難い光景に俺は当然繭を潜める。
豊満な胸が惜しげも無く曝け出され、美醜はあるもののよくよく見れば健全な一男子の目線で見れば平均以上の容姿を持った女性ばかりではあったが、流石にこの状況では俺にはそういった感情は生まれてこなかった。
むしろ嫌悪感ばかりが沸き立つ。
せめて小綺麗であれば……。
いや、この考えは危険。
兎も角、人道的に酷い有様だったとだけ――。
フラフラと女性達の方へと向かおうとする最長老を制止し、ずるずると引き摺って来た道へと戻る。
最長老は物凄く残念そうにしていたが、それは後回しにしてくれと言って説得。
そしたら何故か喜ばれた。
――ああ、もしかして俺が一緒だったから楽しめると思い、それは叶わなかったが、俺から『後で自由にしていい』などと解釈出来る言質を取れたからだろう。
言い直しても良かったが、そんな事をしても根本的な解決には繋がらないので、今は頭から追いやっておく。
というか、あまり考えたくない。
最長老の部屋に戻り、彼女達はどうしたのかと一応聞く。
若い衆が遠征に出て、どこからか攫ってきたという答えが当然の様に返ってきた。
彼女達をあの境遇からどうにかしてやりたいという偽善心が沸き上がるが、あの様子だと既に手遅れであり、解放してもただ死ぬだけだろう。
こういう場合、力尽くでは解決しきれない。
とりあえず、最長老には彼女達を定期的に身綺麗にさせて、かつ過ごしやすくさせるようにと指示を出しておく。
気休めにしかならないが、現時点ではまだ取れる手立ては少ない。
今後の課題としておく。
悪魔「ちっ。ただの村人かよ」
子狼「うわ、悪魔だ。悪魔がいる」




