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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第二章
22/73

2-7

◆第六週 一日目 月源日◆


 また新しい人生が始まった。

 ――というモノローグが出てしまうような状況にならなくて本当に良かったと思う。

 だが状況はあまり好転している訳では無い。


 昨日の朝とは真逆の状態で、俺達は部屋に転がされていた。

 腕を後ろ手に縛られ、足首も縛られ、猿轡を噛まされている。

 そんな可哀想な状態にありながらも俺に向けてフゴフゴと文句を言ってくるクズハを眺めながら、昨日のことを思い出す。

 ちなみに、縄抜けぐらいは朝飯前なので、俺とフォルは既に快適な状態にある。

 何やら彼等に対し怨みでも持っているらしいクズハは暴れるのでそのままにしておいた。


 犬鬼(コボルト)達の罠にかかった俺達は、大ピンチに陥った。

 事前にコボルトの子供から手に入れていた情報は真っ赤な嘘。

 小さな集落と聞いていたのに、どう見てもそんな規模ではない。

 集落には老人子供しかいないという情報も嘘っぱち。

 それどころか他の種族もいた。


 まずコボルト達だが、水汲みにやってきたコボルトの戦士達はまだ経験浅い青年兵みたいなものだと考えて間違いないだろう。

 広場に現れたコボルトの戦士達は肉体の大きさも装備の質もまるで異なっていた。

 背丈は俺が小学生低学年とすれば、コボルト青年兵は中学生。

 それに対し、現れたコボルトの身長は170センチかもしくはそれ以上あるだろう。

 今の俺では体格差がありすぎるため、更に巨大に感じられた。


 そんな輩が目や頬、腕などに幾つもの傷を付けている姿は、まさに本物の戦士達だと言っていい。

 加えて、軽装ではあるが使い込んだ鎧を着込み、肘には金属製のバックラー。

 手にしている剣や槍は大きく刃毀れしていたが、刃はしっかり研がれている。

 鈍い光沢を放っているものもあったが、それはもしかしたら毒を塗られているのかもしれず、むしろより気をつけるべきだろう。


 そんな犬顔のコボルト達が集まる一角から60度ほど視線を巡らせば、全身を鎧金属で覆った重装備の戦士の一団。

 身の丈はコボルトよりも一回り高い。

 守るべきところは頭部も含めて守るという意志が感じられる重戦士達の手には大きな盾が握られており、あの守りを突破するのは容易でない事が窺い知れた。

 もう片方の手には厚みのある剣や斧が握られ、やはり中には輝きが鈍いものが混じっている。


 そんな最前列に立っている重戦士等の後ろには、少しばかり軽装の者達が続く。

 軽装とは言ったがガチガチに全身を防具で固めているのは同じで、彼等はコボルト達の誰よりもしっかりした装備を着込んでいた。

 その者達はフルフェイスの兜までは被っていなかったので、彼等がコボルトとは異なる種である事が分かる。


 後で聞いた話だが、彼等は妖子鬼(バグベア)と言うらしい。

 もしくはバグスと呼ぶ。

 ゴブリンの一種だが、全身毛むくじゃらで、見えている顔もやはり毛だらけだった。

 熊とゴブリンを足して2で割った感じと言えば少しは想像しやすいと思う。


 最後にもう一種族。

 更に60度ほど視線を巡らせた先にも別の戦闘集団がいる。

 すぐに分かった。

 あれが噂に名高き子鬼(ゴブリン)なのだと。


 三種族の中で一番背が低く、最も醜悪な人相をしている濁った緑色の肌を持つ戦士達。

 手にしている武器と身に着けている防具は統一性がなく、しかし杖を手にしている者が含まれていたので、もしかしたら魔法が使える者も混じっているのかもしれない。

 ゴブリンなのに生意気な。


 種族的にはコボルトやバグベアよりも一歩劣るだろうが、彼等は多様性に富んでおりしかも数が多かった。

 この広場に現れた戦士達の半分がこのゴブリンなのだ。

 恐らく数の優位で他の2種族に並んでいるのだろう。


 そんなゴブリン達の中に、とある一対の瞳が何やら鋭く光っていた。

 多様性に富んでいるだけあって、型にはまらない考え方を持つ者もいるのか。

 超有名な最下級種族とはいえ三種族の中では一番注意するべきなのかもしれないと何となく思う。


 すぐに逃げるべき状況。

 しかし予想に反して俺達と同行したコボルト達が逃げる素振りを見せず広場の中心に残っていた事で、行動に移すタイミングを逃してしまった。

 まさかこれも彼等の作戦……いや、そんな捨て身の作戦を彼等が取るだろうか?

 見た目では彼等の性別の判断がつかないが、水汲みという行為から戦士以外の者達は恐らく雌と子供。

 いくら何でも見殺しにするとは思えない。

 いや、思いたくなかった。


 そんな風に悩んでいると、取り囲んでいる戦士達の背後から、明らかに戦闘タイプではない者達が現れた。

 見るからに非力そうで、しかも杖をついてヨボヨボしている者達。

 どの種族からもそのような者達が現れ、戦士達の前へ出てきた。


 もし戦闘になった場合、真っ先に殺されてしまうかもしれないというのに、彼等はまるで意に介していない。

 なんというか〝ここは我等が前に出るべき〟みたいな感じの顔を浮かべていた。

 

 その老人衆に対し、水汲み班のリーダーらしきコボルトが『長老方』と呼ぶ。

 どうやら話し合いに応じてくれるらしい。


 その後の話し合いの結果、今に至る。


 友好を結びに来たと言うと、ならば明日開かれる月一の武闘大会で力を示しその願いを叶えよと言われた。

 そして、それまでは拘束させてもらう、と。


 何となく彼等にはその気が無いという事が伝わってきた。

 いきなり殺すよりも、折角だから大会に参加させて余興の見せ物にしてしまえと。

 愉快そうに笑う彼等からは、そのような魂胆が透けて見えた。


 多勢に無勢なのだから俺はその申し出を受けるしかないと彼等は考えたのだろう。

 意外と良い性格をしていると思う。

 まさに悪魔――いや、それは俺の事だからこの言葉を譲っちゃダメか――彼等はまさに魔物だった。


 まぁ武装していなかった俺達も悪い。

 水汲み班のコボルト達は怪我を負っていなかったし、彼等にはもしかしたらコボルト達が俺を生け捕りにしたように見えたのだろう。

 子供が3人だしな。

 その子供の中に悪魔が混じっているが、あくま(ヽヽヽ)で子供だし。

 脅威に見える方がおかしい。


 いや、それは良いのだが、もう少し説明を欲しい。

 そう聞くと、一勝でもあげる事が出来れば教えてやろうと。

 俺の力量を知っているコボルト達が俺の強さを説明するが――倭ノ介(わのすけ)というらしい――やはりというか誰も信じようとはしなかった。

 まぁそれはそれで面白そうだから別に良いか。


 そんな訳で、俺は彼等が開催する武闘大会なるものに参加する事となった。

 そして拘束され、この部屋にポイッ。

 部屋の中に見張りは付けられなかったので縄抜けした後はそれなりにのんびりさせてもらっているが、一応の建前で手足は縛られているように見える程度には偽装している。

 本気で暴れようとするクズハも良いカモフラージュだ。


 それから一夜が経った訳だが、当然ながら食事の差し入れは無かった。

 別に一食二食抜かれたところで戦闘には影響ないのだが、やはり腹が減ってくると少しイライラしてくる。

 フォルもお腹が減って気が立っているのか、次第に俺へ文句を言う回数が増えていた。


 流石にクズハほどではないので猿轡を噛ませる事はしないが、やはりこの状況にかなりの不安を抱いているのだろう、普段のフォルらしからぬ言動、行動ばかりが目立つ。

 まぁそんなに心配するなと諭しても、何でそんなに落ち着いていられるんだ、もっと憤慨するべきだ、と逆に俺に説教をしてくる始末。

 気持ちは分からないでもないが、それで事態が好転する訳でもない。


 俺一人が生き延びるだけならさほど難しくないが、フォルとクズハの命までとなると流石に苦しい。

 特にクズハは無茶でも無謀でも戦う気満々なので始末が悪かった。


 やはりここは正々堂々と戦い、彼等の言葉通り力を示してこちらの要求を通すというのが最善手。

 武闘大会というぐらいだから、いきなり100対1というような事はない筈だ。

 いや、それはそれで面白そうなのだが、いつかのウォーラビット達を相手取った時とは状況がまるで違うので過信は禁物。


 間違いなくこちらは素手での参加が義務づけられるだろうが、1対1(タイマン)なら俺は誰にも負けるつもりは無いし――一部例外は除く――先に戦ったコボルト達の強さから鑑みるに、肉体のスペックは劣っている可能性はあるが彼等の戦闘技術が高いとはとても思えない。

 魔物はレベルアップで肉体のスペックが跳ね上がるので、技術より力押しで攻めてくる傾向が強いと俺は予想する。

 少なくともあのコボルト達はそうだった。


 ハッキリ言ってしまえば、相手にならない可能性が高い。

 そう結論を出す。

 そしてそれを証明する機会は、意外にもすぐにやってきた。





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