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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第二章
21/73

2-6

◆第五週 七日目 闇源日◆


 寝込みを襲われた。

 明け方だとは思うのだが、昨日は夜が遅かったのでいつもより長く寝ていた。

 それが悪かったのだろう。

 何者かが俺達が寝ている貝殻(ベッド)の蓋を開け、襲い掛かってきた。


 襲ってきた相手も、まさか貝殻の中に俺達が寝ているなど思いも寄らなかったのだろう。

 意識が覚醒して状況を把握する時間があった事で――彼等が驚き、我に返ってから攻撃に移るまでの間に――襲撃を受けている事を認識した俺は、咄嗟の判断で腕を全力で振り抜き、すぐ側まで迫っていた槍の穂先を弾き飛ばした。

 かなり危なかった。

 今の一撃は間違いなく昨日の夜に感じた死の危険よりも死に近かったと思う。


 眼で見えた数は3体(ヽヽ)

 スキルで視えた数はそれ以上。

 すぐに半開き状態だった蓋を殴り開き、行動範囲を広げる。

 その音でフォルとクズハが眼を覚ますが、寝室に武器防具の類は持ち込んでいないため2人は正直戦力にならない。

 むしろ守らなければならないので現状では足手纏いに等しい。


 かつてないほどの窮地が――いや、スライムに遭遇してしまった時ほどではないな――俺達の身に降りかかった。




[リトちゃんはスキル【槍術】を対象よりスティール]

[リトちゃんはスキル【槍撃・払】を対象よりスティール]

[リトちゃんはスキル【機動力強化】を対象よりスティール]

[リトちゃんはスキル【嗅覚強化】を対象よりスティール]

[リトちゃんはスキル【犬鬼族言語】を対象よりスティール]

[リトちゃんはスキル【採集】を対象よりスティール]




 ――簡単に結果を言えば、返り討ちにした。

 ハッキリ言うなら、襲い掛かってきた者達は全然大した事がなかった。


 死の予感というのはどうやら俺の勘違いだったらしい。

 寝起きでまだ寝惚けていたし。


 本()達が言うには、俺の動きに吃驚してつい持っていた槍で突いてしまったのだとか。

 悪魔(おれ)を殺せるほどの力は籠もっていなかったと言う。


 とはいえ彼が攻撃した事は確かだったし、反撃に出た俺に対しその場にいたほとんどの者が戦闘の意志を持ったのも間違いない。

 勝敗は俺にあがった訳だが、力関係が逆であればもしかしなくとも俺達は殺されていただろう。

 幸いにして死者は出ていなかった。


 俺は素手で全員を行動不能にした後、貝殻(ベッド)をここまで運んできたロープで彼等を縛り上げる。

 ついでに最低限の事情を聞いた後は意識を断っておいた。


 いや、別に面倒臭かった訳ではない。

 彼等には頭を冷やす時間が必要だろう。

 俺達には食事をする時間が必要だろう。


 これはよりよく頭を働かせるために必要な処置だ。

 決して食欲を優先させた訳ではない。

 彼等が携帯していた食料をコッソリ食べるために彼等の意識を断った訳ではない。




◇◆◇◆◇




 フォルとクズハに何か言われるかと思ったが、これも弱肉強食の理なのだろう、食事中はずっと無口だった。

 これまでに経験した事がないほどに不味い(ヽヽヽ)食事を、不満な顔を浮かべながら黙々と口に運んでいただけである。


 何となく済まないと思う。

 俺が好奇心に負けた事で二人にも辛い目にあわせてしまった。

 文句を言ってこなかったのは正直な所ありがたい。

 いや、本当にすまん。


 口直しで〝ナイトヴァイパーの蒲焼き〟に舌鼓を打ったあと、改めて襲撃者達を観察する。

 彼等との戦闘で手に入れた数多くのスキルの中にあった文字と、彼等の容姿、フォルとクズハの知識、そして俺の前世の知識を合わせたところ、彼等の正体はすぐに判明した。


 犬鬼(コボルト)である。


 魔物種の中でも人鬼種というカテゴリーに入る、それとなく人に近い容姿をした種族だ。

 彼等は俺がこれまで出会ってきたモンスター達よりも人に近い容姿をしており――悪魔の俺は除く。俺の方が人に近い容姿をしている――前世でも良く見知っているフォルムと比べてもほとんど遜色なかった。


 ぶっちゃけ、狼男の犬バージョンである。


 すぐ隣に狼獣族の少年がいる訳だが、フォルは人間に耳と尻尾を付け加えた程度の違いしかなく、コボルト達は犬が人型になって二足歩行していると言った方が早い。

 つまり犬顔である。

 白と青と銀色が混じったフサフサの気が全身を覆っており、明らかに獣なのではあるが、彼等の中の数体は皮製の鎧や石槍、木の盾といった武器防具を装備しており間違いなく戦士であった。

 それ以外の者も、布の服を着て隠す所はしっかり隠している。

 それどころか、捕らえたコボルト達の中にはフォルぐらいの子供も交じっていた。


 何の事はない、彼等はこの近くで暮らしており、ここには水を汲みに来ただけなのだ。

 戦士達は護衛。

 それ以外の者が桶や壺を持ち、俺達が寝ていた部屋にある池から生活用水を汲みあげて集落に持ち帰る予定だった。


 水を汲みに来たという情報以外はまだ推測の域でしかないが、朝というこの時間帯を考えても、恐らくそれは間違いないだろう。

 これは……少しモンスターに対する価値観を変えなければならないか?

 野生動物よりも敵愾心の強いモンスターばかりだと思っていたが、多少はコミュニティを築いているのかもしれない。


 それはそうと、お腹を満たして余裕が出てきたらクズハがコボルト達を一箇所に集めて燃やそうとしたのはちょっと困った。

 いやいや、殺さないからな?

 燃やさないからな?

 苦しめて殺すために縛ったまま生かしている訳じゃないからな?


 いやだから『フサフサの毛は良く燃えそうだね』とか言わないように。

 剥ぐつもりもないぞ。

 羊みたいに毛を狩るつもりもないって。

 不味い食事のお礼って……その礼はむしろ俺にするべきだろう。


 コボルト達を行動不能にするより、彼等に対しやたらと過剰な反応をみせるクズハの身体を拘束して説得する方が大変だったというのは笑えない。

 う~む、人とモンスターの間にはやはり溝が深かった。

 いや、まさかクズハの方が魔物に対しここまで頑なな態度を取るとは。

 過去に何かあったのだろうか?


 ちなみにフォルもクズハと同意見の様だが、俺に隷属しているためか黙して見ているだけだった。


 そんなこんなで暴れるクズハ()ロープで簀巻きにしつつ、それでも五月蝿かったので最終的に貝殻(ベッド)の中に放り込みフォルを蓋の重しにする。

 その後は敵対するつもりはないという意思表示で、気絶しているコボルト達の縄を解き一箇所に集めて寝かせた。

 但し武器の類はすべて一端没収。

 いきなり逃げられても困るので、部屋の入口にクズハ入り貝殻を移動させて通せんぼ。


 それからゆっくりコボルト達用の朝飯を準備し始めた。

 と言ってもクズハがあんな状態なので【狐火】による焼き料理は作れない。

 血抜きしたシャープトゥースラビットやナイトバットから皮を剥ぎ、内蔵を取り出しただけの骨付き肉が出来上がった。

 最後にパラパラとミミクリーアクアリウムの粉末をかけて完成。


 量が量なので食材が尽きてしまったが、元々いつも食べきれずに捨てる羽目になっていたので問題無い。

 此処には食材が満ちあふれているしな。


 香ばしい血の香りに意識が覚醒させられたのだろう、次第にコボルト達が目を覚ます。

 その彼等の目の前には、美味しそうな骨付き肉が。

 身体を拘束していたロープもいつの間にか無い。


 まさか罠か?という疑いの視線が俺に向けられる。

 いやまぁ、昨晩手に入れた【蛇毒生成】を使えばそれも可能だが、わざわざ拘束を解除したうえで罠を仕掛けるなどと言う面倒臭い真似――というか悪趣味な事はしない。

 腹が減っただろう、それはお詫びだから安心して食べて良い、と言う。

 俺に敵対心はない事を笑顔でアピール。


 余計に不審がられた。

 何故だ……。


 だが空腹と好奇心に勝てなかった者がいたらしく、彼等の一人が意を決して肉に囓り付く。

 それが切っ掛けとなり、ほぼ全員の口が肉へと向かった。

 最初に囓り付いた者の安否を確認してから手を伸ばしたのは、ほんの一握りの戦士達だけだった。


 暫く肉を咀嚼する音と骨をボリボリ囓る音が室内に響き渡る。

 生肉なのに誰も気にした様子がなかった。

 鮮度が怪しい肉もあったのだが、誰一人として気付いていない。

 恐らく普段から生肉を食しているのだろうが、随分と頑丈な胃袋をしているのだなと思う。

 羨ましい。

 俺も魔物の一種だが、まだそんな気にはなれない。

 せめて医療系スキルがあれば……。


 餌で友好関係を築いた結果、彼等の住んでいる集落に招待された。

 やはりそれなりのコミュニティを築いているらしい。

 コボルト達が使っている言語スキルを運良く手にれた事でコミュニケーションが可能だった事も良かった。

 まだ熟練度が足りず片言だが。


 彼等からはそれなりの知性を感じられるし、警戒心はあっても俺達に対し敵対心らしい感情は見受けられない。

 そんな輩と俺は好んで敵対しようとは思わない。

 魔物の俺と獣人であるフォルとクズハが仲良くなれたのだから、同じ魔物同士である俺達が仲良く出来ないという道理はないだろう。


 とりあえず今は様子見という事で、彼等の招待を受け入れる事にした。

 彼等に害意がないという事も分かったため、没収していた武器防具も返す。

 あとは土産物として何か詰まらないモノでもあれば良かったのだが、景気よく大盤振る舞いしてしまった後だったのでそこは断念。


◇◆◇◆◇

 

 クズハの両脇を俺とフォルで固め、先導するコボルト達の後を付いていく。

 妙に道を曲がる回数が多かったが、恐らく気のせいだろう。


 道中、コボルトの子供から集落の様子や住んでいる者の人数を聞きだしていく。

 それによると、どうやら彼等はとても小さな集落を形成しており、ここにいる者がほとんどなのだとか。

 集落に残っているのは老人や子供ばかり。

 だから全然警戒しなくても良いと子供は言う。


 普段はこの近くにいるモンスターを狩って暮らしているのだが、なかなか手強くて難儀しているとのこと。

 まだ自分はモンスターを狩った事がないから、あれだけのモンスターを狩っていた俺の事をとても尊敬していること。

 もし良ければ俺が得意としている武器の扱い方を教えてくれないかと懇願もされた。


 3人だけなのか、他に仲間はいないのか、隣にいる獣人の少年(フォル)少女(クズハ)もやっぱり強いのか、3人で連携して戦うのか、使用するスキルは何か、得意としているスキルや自慢出来るスキルは何か、いつもどうやって戦っているのか、などなど。

 いつの間にか俺の方が質問される側となっていた。

 その一つ一つに俺は丁寧に答えていく。

 自分達の知らない言葉で会話する俺とコボルトに、フォルとクズハが次第に不機嫌になっていくが、ここはぐっと我慢してもらう。


 これからご近所付き合いするかもしれないコボルト達に、俺のテンションは徐々にあがっていく。

 やっぱ新しい出会いは良いな。

 最初(であい)は最悪に近いものだったが、こうしてしっかりコミュニケーションを取ってみると、とてもではないが彼等が悪い存在だとは思えない。

 人の中にも色んな奴がいるように、魔物の中にも色んな奴がいるのだろう。

 この縁に感謝しながら、俺達は遂に彼等が住んでいるという場所に辿り着いた。


 かなり広い部屋に出たあと、先導していたコボルト達が立ち止まる。

 そして一言、ワォーーーーーーーンッと長い雄叫びをあげる。

 きっと仲間に対し、自分達が帰ってきた事を報せているのだろう。


 部屋には幾つもの横穴があった。

 もしかしたらそれぞれの横穴が一つの家にでもなっているのかもしれない。

 だから、彼は客人を連れてきた事を報せるために此処で鳴いた。

 そんなところだろう。


 ――そして暫く待った結果。

 俺達は合計で百体近くもの戦士達に取り囲まれた。


 あ、あれ……?

 子供から聞いていた情報と全然違うのだが?

 まさか騙された?


 現れたのはコボルトだけじゃなかった。

 他に2種族いる。

 しかも全員が全員、物々しい装備に身を包んでいる。

 一様に瞳をギラつかせていた。

 その彼等が俺達を取り囲んでいる。


 これはまさか――俗に言う〝万事休す〟というヤツなのでは……?






子狼「宝箱(貝殻)は4つ、当たりは1つ。あのコボルトさん、引きつぇー」

子狐「でも、開けたら悪魔が出てくるなんて、ミミックより質悪いよね」

犬鬼「軽く全滅させられたでありまする……」


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