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悪魔「(エピソードに)俺の出番が無かった……何故だ!」
◆第五週 一日目 月源日◆
目が覚めて伸びをしていたら、いきなりクズハに抱き付かれた。
しかも泣いている。
何故だ?
疑問はすぐに氷解する。
どうやら俺は約十日間、眠り続けていたようだ。
クズハが何故泣いていたのかは分かった。
が、十日間も眠りこけていた理由が分からない。
いくら何でも寝すぎだ。
それ以上に解せないのが、身体の変調。
変調というか成長。
貝殻から起きると目線の高さがクズハとほぼ一致した。
身長が並んでいた。
寝る前は大きく見上げなければクズハの狐顔は見れなかったのに、一眠りしたら身長が倍になっているというのは何の冗談だ。
理解に苦しむ。
とりあえず、俺の左腕にひしっとしがみついているクズハの頭を撫でよう。
こういう時は可愛いモノを愛でて癒されるのが一番だ。
きっと心が落ち着き、物事を冷静に考えれるようになる。
うん、そうしよう。
………。
……右腕がない。
何故だ?
俺の右腕、何処行った?
これは悪い夢だな。
寝直そう。
腕から離れようとしないクズハと一緒に俺は貝殻に入り、蓋を閉じた。
お休み。
◇◆◇◆◇
もう一度目を覚ましても変わったままだった自分の身体に驚愕しつつ欠伸をする。
現実から目を背けたい時、欠伸は便利だ。
冷静な思考力を奪ってくれる。
思考を微睡ませて『まぁどうでもいいか』と思わせてくれる。
ただ無性に身体を動かしたかったので軽く体操した。
……うん?
右腕があるな。
やはりあれは夢だったようだ。
解決。
新しい身体の具合を確かめているとフォルが帰ってきた。
やはり俺を見て驚いていたが、クズハほどではなかった。
その理由を聞くと、俺は《魔物》だから『存在進化』したのだと言う。
なるほど、この世界にはそんな神秘もあるのだなと俺は慄く。
そういうのはゲームやら漫画やらで極自然にありふれている。
が、知識と自分の身でその神秘を体感出来るのとではまるで感動が違った。
この法則は凄いとも思う。
早く大人になりたいな、という子供が良く思い浮かべる願望を見事に体現している。
その不可能が、この世界のモンスターには可能なのか。
モンスターはレベルアップによる能力の成長が他の種族よりも高い。
なのに『存在進化』で更に大幅成長出来る、と。
この世界の人間、本当に大丈夫なのか?
――まぁ他人ごとなのでどうでもいいか。
何しろ俺はモンスターだし。
きっと問答無用で狩られる側だから、まずは自分の身を心配しないと。
2人には真っ先に魚の餌にされたしな。
一晩で身長が赤ん坊から小学生低学年並になり、筋力も間合いも倍以上に。
視力や聴力などの普通はそう簡単には上昇しない基礎能力もあがり、朧気ながらスキル【空間視】で把握出来る範囲も広くなっていた。
違和感が半端ない。
地面がサクッと掘れるようになったとか、身体が大きくなったから間合いがちょっと把握し難いのは別に良い。
だが視覚/聴覚/空間覚(新しい名前を付けてみた)の性能上昇に伴い脳が必要とする処理能力も大幅に増えたため、頭の回転が追いつかない。
特に空間覚は酷かった。
把握出来る半径が伸びるという事は、伸びた半径の3乗分も情報量が増えていく事になる。
半径が2倍になれば、体積は8倍になる。
空間を平面映像としてとらえている視覚の広がりとは異なり、空間そのものを把握して見る【空間視】は前世では持ち合わせていない感覚なので、その変化に対する慣れが俺の中に経験として存在していない。
その慣れない感覚は、最初は違和感でしかなかったが、時間の経過と共に酔いへと転じてしまう。
うう、気持ち悪い……。
今までより遙かに強い力を得た事で感じる万能感を――普通の奴なら浮かれて馬鹿をしでかしてしまいそうな超越感が、その酔いの御陰で綺麗に霧散した。
今の俺なら例の鮫にも勝てる!と一瞬思ってしまった無謀な男がそこにはいたとだけ言っておく。
今日が〝水源日〟でなくて本当に良かった。
現在、代わりに釣れたレイククラブの背中に嘔吐中。
コイツを食うのは止めよう。
ほら、池にお帰り。
まぁそんな不始末は置いといて。
気分が良くなるまでの間、競い合うように近況報告をしてくる2人の声に耳を傾ける。
まずは『存在進化』のため殻に籠もった俺の話。
貝殻の蓋を閉じてすぐ、2人と1匹は貝殻からポイポイッと放り出されたそうな。
何やら増えているが、そこは華麗にスルー。
『存在進化』が始まると外敵から身を守るため繭などを作って閉じこもる。
繭の形は千差万別。
芋虫タイプなら糸を吐き出して本物の繭を生成し、殻小屋タイプなら近くにあるものをガチャガチャ合体させて殻を生成する。
他にも土や木の中に隠れ籠ったり、中には他の生物の中に寄生して進化し、目覚めると共に宿主を殺してしまうタイプもあるという。
何それ怖いな。
レアケースだが空間タイプというものもあるらしく、その場合には次元を歪ませ異空間を生成し、そこに閉じこもる。
俺の場合、都合良くビックパールシェルの貝殻があったので、それが利用された訳である。
まさに殻に閉じ籠もった訳だ。
寄生タイプで良かったな。
……。
いや、まさか俺の右腕は……。
怖いので考えるのは止めておこう。
で、突然『存在進化』に入った俺な訳だが、外からは叩いても蹴っても開かなかったので、2人は諦めて俺を放置プレイ。
というよりも、今までは聖水の効果が残っていたので安全だったその場所も、今では危険地帯と化していたため、2人は俺に構っている余裕は全くなかった。
いくら2人が強くなったと言っても、それはまだ1対1で勝てるレベルの話。
集団で襲い掛かられたら一溜まりもない。
それに襲い掛かってくる敵の中には、地中から奇襲してくるラビリンスワームも含まれている。
物理攻撃がほとんどきかないスライムちゃんもいる。
それらのモンスターから就寝中も身を守れるベッドを、2人は一刻も早くもう一つ確保する必要があった。
俺が無意識のうちに追い出しちゃったし。
なるほど、大変だったんだな。
俺はフォルが先程仕留めてきたシザーバットをつまみながら相打ちを撃つ。
しっかり焼くと翼がスルメみたいになります。
〝シザーバットの翼のスルメもどき〟と名付けておく。
ああ、酒が欲しい。
ちなみに1つから4つに増えていた貝殻の事は考えない。
次に、クズハの話。
ショートヘアーになっていた。
背中まであった黄金色の髪は肩の上まで短くなっており、しかし切り揃っていない。
年頃の女の子がそれはちょっとどうなのかと目が覚めた時からずっと思っていた。
理由を聞くと、ベッドを手に入れようと躍起になっていた時にレイククラブの集団が現れ、攻撃を回避しきれず切られてしまったのだとか。
それは可愛そうに。
ここにはまともな刃物が無いし鏡も無い。
フォルが何とか頑張ってみたようだが、結果はご覧の通り。
ハサミが無ければ火を使えばいいじゃないか。
無駄に色々な経験を誰かさんから積まされていた俺の意外な特技がここで役に立つ。
早速クズハに【狐火】を出してもらい、燃えカットを始める。
狐娘萌えカットではない。
具体的な方法を説明するならば、乾燥させたウォーラビットの毛皮にキラーフィッシュの魚油をつけたものをキラーフィッシュの小骨の先端に巻いて作った簡易松明のような巨大マッチ棒みたいなモノを使った。
ちょっと手が熱かったが、クズハのために頑張ろう。
髪は女の命だ。
男にとっても、可愛い髪形をしている女の子は命だ。
と、どこかの誰かさんが言っていた気がする。
髪先を燃やし揃えた後、思いつきでポニーにしてみる。
狐耳にポニー。
何だか新境地が開けた気がした。
フォルも可愛いと言っているので、似合っている事は確かだ。
ちょっと赤くなったクズハを愛おしく思い、つい撫でてしまう。
そしたらクズハがまるで猫の様に鳴いて喜んだ。
もしかしたらもう片方の血は猫なのかもしれない。
混血種だしな。
今度はフォルの話だ。
クズハをこの場に残し一人で狩りに出かけていた事からして、以前よりも見違えるほど強くなっているらしい。
その理由の一つは俺が『存在進化』したからだとか。
はてさていったい何の事やら?
詳しく聞きたくなかったのだが、どうやらフォルは俺の奴隷になっているらしい。
いやちょと待て。
そりゃあこんなファンタジーな世界なのだから、いつか女奴隷の一人や二人欲しいなと思った事はある。
三日目ぐらいにコッソリ考えた。
その人生計画や展望、夜の生活の色々もしっかり妄想した。
だがしかし。
だがしかしである。
それは飽くまで妄想であり、悪魔の妄想だ。
その妄想を勝手に叶えるな。
俺はもう少しじっくりワクワクしながらこの世界の奴隷ルールを知りたかったというのに。
街に行った際にひょんな事から虐げられている奴隷を見て、この世界の奴隷がどういう位置付けなのかを調べ、奴隷市場に出かけてより詳しいルールを知り、お金を貯めていざ奴隷を買う、という一連の流れをきっちり踏みたかった。
資金作りに四苦八苦したり、悪い貴族様と道徳面で言い争ってしまい対立する羽目になったり、狡猾な奴隷商に騙された挙げ句に情に流されつい売れ残りを買ってしまったりという色んなドラマが起こるのかな~などと思い描いていたのに。
それらを丸々すっ飛ばして奴隷を手に入れてしまっただと?
しかもそれが仲間だと?
子供だと?
男だと?
ショタだと?
妄想で終わらせるつもりだったのに、俺を悪の道に引きずり込むなと言いたい。
そう言いたかったが我慢した。
身体は子供でも頭脳は大人。
身体は悪魔でも頭脳は真人間。
しばらくして洞窟の中に少年の悲鳴が響き渡った。
身体は正直です。
子狼「あれ? 僕達2人だけの時のお話ってカットなの?」
子狐「む~、折角ドラマチックな展開があったのに~」
S「プルプル」




