EX# とあるエルフの苦悩
◆エピソード:
とあるエルフの苦悩 第四週頃~???◆
私の祖父――千二百年を生きる《森の民》の長老が、とても珍しい『森の病』に罹ってしまいました。
『森の病』は、その土地に長く生きている者が罹る病です。
森が病気となった時、その影響の一部を身に受け続ける事で罹る病だと言われています。
森が病気になる事はさして珍しい事ではありません。
森の一部で瘴気が少し濃くなり、周囲の大地や木々の元気がちょっとだけ無くなるという些細な病、その影響だけでも私達小さき者にとっては十分に負担となります。
森と共に生きる民である私達がとても森を大切にしているのは、そんな他人事ではない理由があるからです。
とはいえ、『森の病』が発症するのはとても珍しく、普通はそうなる前にその原因を排除します。
ですがその土地に住み続けている年長者ほどその長年の影響が身体の中に溜まりに溜まって色濃く残りやすく、森が病気になるとその影響を最も強く受ける年長者は原因を排除する前に『森の病』を患ってしまう事があります。
私の祖父はその『森の病』を患ってしまいました。
私達の集落では約70年ぶりの発症だそうです。
『森の病』を発症すると身体がまるで《混沌の民》のように徐々に老いていき、最後には死んでしまいます。
ヒュームは森を汚す事が多いため、その事から私達の間では『混沌の呪病』とも呼ばれています。
発症から死に至るまで約30年。
とても気の長い話ですが、森の病に罹っているかどうかは見た目でしか分からないため、場合によっては発見が遅れてしまい、助からないところまで病が進行している事もあるそうです。
幸いにして今回は私がすぐに気が付いたので、時間的な余裕はかなりあります。
ただ、残念ながらこの病を回復する手立てはこの森の中にはありません。
森の外へ出て薬を手に入れる必要があります。
しかし私達の掟で、森の外に出た者は二度とこの地に住む事は許されません。
つまり、祖父を助けるためにはこの森を捨てる覚悟をしなければならないという事です。
森の外にもエルフはいます。
いるのですが、森の一部に結界を張り外との交流を断っている私達は、この集落から出ていったエルフが気紛れに帰郷してくれる以外では森の外との交流手段を持ち合わせていません。
集落を出て行った者は集落の場所を他の種族に知られないようにするため森の周囲を彷徨く事を禁止されており、またエルフは長寿である事もあってとても気の長い者が多く、ほとんどの場合は十年に一度帰ってくれば良い方でした。
そしてそんな気の長い私達種族には珍しく、私はとても気の短い方でした。
それに、私を育ててくれた愛すべき祖父が苦しんでいる姿を――その祖父と一緒に暮らしている私は、毎日少しずつ老いていく姿を見ていられませんでした。
いつか誰かが集落に顔を出し解決してくれるだろう――そんな他人事のような言葉に憤りを感じていたのも確かです。
彼等も祖父を心から心配していましたし、私よりも長く生きているため自分達ではどうしようもない事だと私以上に理解していたのだと思います。
でも、まだ若い私には、やはりただ待っているだけというのは性が合いません。
集落の皆が必至にそんな私の事を止めましたが、私は外の世界へ薬探しの旅に出てしまいました。
そんな思い切った行動を取ってしまった理由には、もしかしたら私がまだ伴侶を迎えておらず、父が掟破りの英雄だった事、その影響で外の世界に興味を持っていたからなのかもしれません。
父はかつて祖父と同じ様に『森の病』を患ってしまった仲間の為に自ら森の外に出て、入手は非常に困難だと言われている薬を見事手に入れて帰ってきたそうです。
父は掟を破ったため集落に半日以上滞在する事は出来なくなりましたが、そんな父の事を集落の皆はこっそり英雄と呼んでいます。
本人の前では決して口に出しませんが。
兎も角、私は祖父の病を治すため、掟を破り森を出ました。
森の結界を越え、初めて外の世界へ足を踏み出しました。
そこからは苦難の連続です。
右も左も分からない私は、いきなり生き倒れてしまいました。
良く考えてみれば、私はまだ狩りの経験がないのです。
祖父より花よ蝶よと育てられてきた私は随分と甘やかされていたのだと思います。
それに私が命を殺める事が好きではなかったのも起因しているのでしょう。
日々の糧は全て集落の者達が採ってきた物を皆で分け合いながら暮らしていましたので、それでも何も問題はありませんでした。
加えて、準備不足だったのも否めません。
ほとんど勢いだけで私は集落を出たので、食糧はお昼のお弁当のみ。
世間知らずも良いところですね。
ピクニックではないのですから、流石にそれはないでしょうと後から思ったものです。
そんな訳で、エルフの集落を出た次の日にはもう動けなくなり、私は見知らぬ森の中でお腹を空かせて倒れてしまいました。
穴があったら入りたいです。
いえ、この国には至る所に穴があるそうなのですが、その穴には決して入らないようにと口酸っぱく祖父に言われているので、穴があっても入る訳にはいきませんが。
でも当時の私はそんな気持ちでいっぱいでした。
ああ、薬を手に入れるというのは何と困難な事なのでしょう。
父はこのような苦難の数々を乗り越えて薬を手に入れたのですか。
私には到底無理です。
やはり早まりました。
愛する森よ。
愛する父よ。
愛する祖父よ。
先立つ不孝をお許し下さい。
そして、母なる大地へと先に旅立たれておられますお母様。
このように早くお目通る事となった不肖の娘をどうかお許し下さいませ。
………。
………。
………。
そんな風に最後のお祈りを捧げていましたところ。
可愛らしいお耳と尻尾を生やした子供が、じ~っと私の事を見ている事にようやく気が付きました。
えっと……こんにち、は?
運良く、私は助かりました。
子供に事情を説明している間に何度も私のお腹が『くぅ~』と可愛らしく鳴いてくれた事でお顔が真っ赤に染まりましたが、死んでしまうよりはマシですよね?
お腹の鳴き声を何度も聞いた事で子供もすぐに理解してくれましたし。
子供に案内された小さな集落で暫くの間、私はご厄介になりました。
同じ森の中に別の集落があった事にも驚きですが、その集落に住んでいる者達の容姿が親子で異なるというのも大変私は驚きました。
詳しく話を聞くと、血の中に異種族の血が混じっていると、極稀に先祖返りが起こってしまい子供が親とは異なる種族になってしまうのだとか。
混血種よりも珍しい隔世種。
その集落に住んでいる人達は子供がその隔世種なので、迫害を恐れ自主的に各々の集落を出てここに集まったそうです。
私達エルフにも他種族と交わるとハーフエルフが生まれると聞いた事があります。
それは一代限りで、ハーフエルフの子供は相手方の血に負けてしまい、以後ハーフエルフの子供は出来ないそうです。
エルフとハーフエルフが子供を作っても、そのハーフエルフの子供はエルフと契らない限りハーフエルフになる事はありません。
つまり、混血種に該当するハーフエルフは存在しても、隔世種に該当するエルフはいません。
《亜人種》と《獣人種》の違いはその点にもあるのですね。
勉強になりました。
さて、いつまでも獣人集落の皆様方のお世話になっている訳にはいきません。
私は祖父の病を治すため薬探しの旅を出たのです。
残念な事に彼等は『森の病』も私が求めている薬の名前も知りませんでした。
しかし、とても貴重なご意見を聞く事が出来たのは僥倖でした。
森の外で暮らしているエルフに聞けば知っているのではないか、と。
とても良いアイディアだと思いました。
当初、私は手当たり次第に聞き込みをするつもりでした。
外の世界を知らない箱入り娘の私に宛がある筈もないので、兎に角頑張るしかないと私は考えていたのです。
恐らくその情報はエルフだけが知っている――そんな事にも私は気付けませんでした。
ダメですね、私。
獣人集落を出て、森を抜け、初めて見る景色に暫しのあいだ感動したあと、道なりに進み私は街に入ります。
街に入るためにはお金が必要でしたが、その話は集落で聞いていましたので問題ありません。
お金はご厚意で頂いてました。
その代わり、その街に住む知人にお手紙を届けるというお仕事を頼まれています。
忘れてしまわないうちに門番の方よりギルドという名の場所を聞き、真っ先にその頼まれていたお仕事を片付けてしまいました。
さて、肝心の情報収集です。
エルフの居場所を聞きたければ、そのギルドなる場所で情報を聞くのが一番早いというアドバイスも集落で聞いていました。
なので、早速近くにいた男性に話を聞いてみます。
何故だかその人は凄く顔を赤くして戸惑っていましたが、私が聞きたかった事にはすぐに答えてくれました。
知らない、と。
その後もその建物内にいた方々に片っ端から声をかけていったのですが、残念な事にこの付近にいるエルフの情報は得られませんでした。
たまに数ヶ月前に見かけたという情報がありましたが、今現在の情報はありません。
但し、少し遠い場所にある大きな街に行けば、もしかしたら貴族様がエルフを持っているかもしれないという情報が。
持っているとはどういう意味なのでしょうか?
分かりません。
街に出ればすぐに仲間のエルフが見つかると思っていたのですが、人生ままならないものですね。
ですが、それも仕方が無いのでしょう。
何しろエルフの掟で森の外に出た者は近くにいる事を禁じているのですから。
仕方なく、ダメ元で私は薬のお話を聞いてみる事にしました。
元々の目的は薬なのですから、別に仲間のエルフが見つからなくても良いのです。
しかし何という事でしょう。
何人かの方に声を掛けてみると、その薬を持っているという方が現れたのです。
しかも格安で売ってくれるという事です。
私はすぐにその薬を買いました。
そして元来た道を急いで戻りました。
途中、お礼も兼ねて獣人集落に立ち寄り一泊します。
私の初めての旅は、そんな感じであっと言う間に終わってしまいました。
エルフの集落に戻ると、皆がとても驚いていました。
我等が英雄の子はもう諦めてしまったのか、と。
なんて人聞きの悪い言葉なのでしょう。
だから私は胸を張ってこう言い返してあげました。
英雄の子は、やはり英雄の子なのですよ、と。
ちょっと言い過ぎでしたか?
私が初めて見せたお茶目な一面に驚いて固まってしまった皆様を横目に、祖父が待つ我が家へと入ります。
祖父は私を抱き締め、そして泣きました。
息子に続き孫にまで森を出られてしまい、とても悲しかったのだと思います。
私も一緒に泣きました。
この薬で祖父の命は助かりますが、祖父とは暫く会えなくなるのだと今更ながらに気が付いたからです。
泣いて別れを惜しんだ後、私は祖父に薬を渡し集落を出ました。
本当はもっと長く祖父と一緒にいたかったのですが、その時間が長ければ長いほど別れの時をより辛いものに感じてしまうからです。
その事はたまに家に帰ってくる父との経験で良く分かっていました。
これから私の本当の旅が始まります。
薬探しの旅に出た時にはまるで感じられなかったドキドキが襲ってきます。
まだ見ぬ世界の神秘に心が躍っているようでした。
不安はありません。
だって、これまで私が出会った人達は皆、親切だったのですから。
まず何をしましょうか?
掟に従い、この森から遠ざかる旅をしなければならない事は分かっています。
でもその旅は一人で行わなければならないのでしょうか?
それは何だか嫌です。
出来れば仲間と一緒に旅がしたいです。
うん、そうですね。
まずは街で仲間を捜してみましょう。
きっとそこには新しい出会いがある筈です。
☆世間知らずのエルフのは奴隷商に掴まり奴隷になった。
☆世間知らずのエルフのは集落に帰る際、尾行されていた事に気付かなかった。
☆娘が持ち帰った薬を飲んだエルフの長老は間もなく死亡した。
☆大規模なエルフ狩りが行われるという噂が流れている。
エルフ「えっと……不束者ですが、宜しくお願い致します~」
奴隷商「お、おう……(何だかやりにくいな、コイツ)」




